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4-1.水平線の彼方に見えた隣国(前編)

前話のあらすじ:準備も済んで、大勢のサポートメンバーに囲まれてアキは、隣国ロングヒルに向けて出発することになりました。


という訳で、今回から新章、書籍で言うなら二冊目に突入です。

二冊目を初めて手に取った人でもわかるように、一冊目(一章から三章)の内容を簡単に説明してのスタートです。

一カ月と少し過ごした館を後にして、僕達は最寄りの港に向けて馬車で移動を始めた。

といっても、この馬車、さっきから全然振動を感じない。こちらの制振技術のレベルの高さを感じる。


そう。……こちら。


僕はこちらでは、アキという名で呼ばれる銀髪、赤眼の女の子だけど、あちら、つまり地球では誠という名の高校二年生の男子だった。

夢の中で毎晩、何時間も長い耳の街エルフであるミア姉さんと話を物心ついていた頃から続けていただけの極普通の学生だった。

それが、夏休みの初日、ミア姉に『助けて欲しい』と請われて、快諾したら、魂を交換されて、僕はこちらに、ミア姉は地球に行ってしまった。


僕はこちらにきてからそう長い時間ではないけど、起こったことについて口にすることで状況を整理することにした。

なぜって? 馬車の移動は快適だけどやることがない、つまり暇なので。


「ほぅ。地球あちらの世界ではアキのような子供がごろごろいるのか」


物珍しそうに、馬車の中を飛んで調度品を触って知的好奇心を満たすことに夢中になっていた妖精のお爺ちゃんが驚きの声をあげた。


妖精。街エルフの作る魔導人形の一種である妖精人形と違い、お爺ちゃんは本当の妖精族だ。といっても実体ではなく、仮初の肉体である召喚体ではある。掌に乗るくらい、六分の一のフィギュア人形サイズで、背中に半透明の昆虫のような疑似羽を展開して浮遊している。疑似羽は背中から生えているのではなく、肩甲骨の後ろあたりから、出現している感じなので、服装選びに困ることはないようだ。


「んー、僕もミア姉の求めるままに本を片っ端から読んで、毎日ミア姉相手に学校で学んだこととか、本で読んだこととかを話していたから、同じような真似をしていた学生がそれほど多いかというと疑問ではあるけど、概ね間違いないよ。膨大な知識を頭に詰め込んで理解を深めることに重きを置いていて、体を動かしたり実技を磨く人は少数派だったから」


「なんとも不健全じゃのぉ」


「仕方ないよ。分業化が徹底していて、自分で農作物を作ることも、狩猟をすることも、ましてこちらみたいに戦うようなこともほとんどないんだから。毎年のように新技術が生まれていくし、知るべきことはどんどん増えていくんだから、その分、どこか削らないと」


「忙しない世界じゃ」


「そうだね」


僕が召喚された『こちら』は、ベースとなる物理法則は地球と違いがなかった。上に投げたものは落ちてくるし、物を食べなければお腹も空く。

ただ、こちらには魔力が満ちていて、科学の代わりというと言い過ぎだけど、魔術が文明の根幹となっていた。なにせ、物理法則一つにしても魔力が満ちているせいで『上に投げたものは通常は落ちてくる』というように、ただしこのような場合は、といった例外がついてまわる。

街エルフの人達が『この世界は魔力に汚染されている』と言うのも頷けるところだ。


「そもそも、僕が呼ばれたのは、僕が伝えた大規模災害メガディザスターの脅威を深刻に受け止めた街エルフの人達が、ちょうどよくリア姉と同じ魔力属性を持つ僕を喚んだら、魔力共鳴現象によって魔力が増幅強化できそうだから、それで研究を進めて国民一人一人がパワーアップすれば、未曽有の大災害でも生き延びられるんじゃないか、と考えたからなんだよね」


 お爺ちゃんに大規模災害メガディザスターの例として、大地震、巨大台風、津波、大規模火災時に発生する火災旋風といったものを簡単に説明すると、木々をなぎ倒す台風の広範囲で荒れ狂う風の激しさや、高層ビルのように高く天と地を結ぶ炎の竜巻、火災旋風をイメージして、まるでこの世の終わりじゃ、と身を震わせた。逆に地震や津波は、大変だろうが飛んでれば問題ないからのぉ、とあまり危険とは感じなかったようだ。空を飛ぶのが当たり前の妖精だからこその感性だろうね。


「リア殿とアキなら、たしかに魔力属性はまったく同じ、というか無色透明でまったくわからんが、共鳴の効率は良さそうじゃのぉ」


同じ魔力属性を持つ術者がいると、魔力共鳴現象によって魔力を増幅できる。しかも、無色透明だと共鳴のロスなく、負担も軽微で強化できるだろうと。そんな目論見で、それは半分は成功、うーん、半分は言い過ぎかも。成功したといえば成功したんだけど、問題も山のように生まれてしまった。


リア姉は、ミア姉の妹で、髪や瞳の色は今の僕と同じだけど、活発そうな印象を受ける人だ。魔力属性が無色透明で、他人から魔力感知されないということで、色々と苦労もしたらしい。


「魔導師である私でもアキ様に触れるためには、魔力耐性を高める必要があるほどですから、魔力強化という目的は達成できたのは間違いありませんね」


そう微笑むのは、ケイティさん。僕の活動をサポートしてくれている人達を束ねる家政婦長(ハウスキーパー)で、蒼い髪が似合う美人のお姉さんだ。ミア姉と違って、長い耳ではあるけどハーフという話だ。いつもはクラシックなメイド服を着て仕事をしているけど、今は隣国への外出ということで、落ち着いた色合いのロングスカートベースの服装をしている。


こちらでは魔術を使う人のことを魔導師と言うらしい。


「そういえば、ケイティさん。魔術を使う人は皆、魔導師なんですか?」


「いえ。単に覚えた術式を行使するだけの人は魔術師と呼称されます。魔導師は魔術の研究・開発を行い、魔術師に教える資格を持つ者を意味します」


「教員免許みたいなものでしょうか」


「そう考えて問題ありません」


さすが、多くの部下を従えるだけのことはある。それにしても上級職っぽい感じだ。


「それで、魔力強化はできたが問題も多く、それが原因で、こうして隣国に学びに行く羽目に陥った訳じゃのぉ」


「その通り。魔力は強くなったみたいだけど、全然制御できないし、魔力感知もできないからね。おまけに僕が触ると魔導具が壊れるせいで、行動範囲も制限されちゃうし。なんだか損ばっかりだよ」


こちらでは、様々な魔術を家電製品のように使える魔導具が一般に普及していて、現代魔術と呼ばれる魔法陣を主体とした技術体系によって、魔術の高速発動、魔力消費の大幅な低減、術式の高度化が為されていた。それはいいんだけど、あまりに繊細過ぎて、強化され過ぎた今の僕は、まるで常に静電気を貯めている人みたいに、触るとバチッと火花が出て魔導具を壊してしまう。おかげで文明の利器も遠くから見るだけだ。


「じゃが、その膨大な魔力のおかげで、こうして儂をこちらに召喚できたのじゃ。良いことにもちゃんと目を向けねばな」


「物質界研究家のお爺ちゃんは、こちらにこれて嬉しいよね。あ、ケイティさん、でも、色々、配慮して貰えているので全然不自由は感じてませんから」


 僕が慌ててフォローすると、ケイティさんはわかってますよ、と微笑んでくれた。

 実際、こちらにきてからというもの、衣食住の全てに渡って、僕が困らないようにケイティさんをはじめとした人達が助力してくれていて、日本あちら並みに快適に過ごせているくらいだ。本当にありがたい。僕の召喚は国家事業という話だから、予算面は補助が出ているんだろうけど、そもそも低予算で済むからゴーサインがでた、なんて話も聞いているし、ちょっとだけ気になるところだ。


「アキ様、隣国で師事することになる方、実力の高さは申し分ないのですが、少し偏屈で口が悪いと聞きます」


 私も直接の面識はないのですが、とケイティさんが告げた。


「普通のやり方では埒が明かないから、なんとかできる可能性がある人を探して、とお願いした訳ですから、性格のほうは……覚悟しておきます」


 こちらにきてから、毎日、街エルフの標準的な方法で魔術を使えるよう訓練を続けたけど、まったく成果がでなかった。

 元々は普通に魔術を使えていたリア姉も、魔力共鳴現象が発生してからというもの、魔力感知も魔力操作もできなくなったというから、この問題は根が深くて、そうそう簡単に克服できそうにない。

 だからこそ、普通の枠からはみ出たような人でもいいから、師事できる人を探して、とお願いしたら、たまたまこれから行く隣国ロングヒルにいることがわかったんだ。


 街エルフ基準では成人には遠く及ばない子供の僕は、本来、出国を許されない。でも隣国に行けるのはそこに、国外唯一の大使館領があるからだった。制度上は『大使館領の中は国内』ということらしく移動を許可されたんだ。


「そこまで急がなくてはならんものかのぉ。ミア殿が暮らす『あちら』は、天災や事故に遭わない限り天寿を全うできるほど平和なのじゃろう?」


 お爺ちゃんが首を傾げた。そういえば、お爺ちゃんも長命種か。うん、まぁそうだよね。予想しておくべきだった。

 長命種というのは、ミア姉も含めた街エルフなど、寿命の長い種族の総称で、その中でも街エルフは寿命で死ぬ者がいないと称されるとのこと。

 もっとも、過去には、こちらの世界を我が物顔で飛び回る竜族との死闘を繰り広げた戦闘民族とも聞いているから、実際、どれくらい寿命があるのか把握できてない、というのが実情なんだとは思う。

 なんにせよ、長命種は時間感覚が人とはだいぶズレているから注意が必要だ。なにせ、僕は召喚された当初、魔力増幅は確認できたから、あとは子供らしく普通に暮らせばいい、などと蚊帳の外に置かれそうになった。詳しく聞いてみると成人するまでの期間はなんと平均で百六十年もあるというのだからビックリだ。


 彼らの感覚に付き合っていたら、日本あちらにいるミア姉が天寿を全うして終わってしまうからと、ちょうどよく鬼や小鬼といった敵対している種族の話も聞けたから、このままだと倍の速度で繁殖する小鬼族に負けてしまう、という考えを突き付けて、だから、『あちら』と恒久的に繋いで行き来を可能とする次元門を作って情報や技術を仕入れて一気に引き離そう、そうすればついでにミア姉もこちらに戻ってこれて万事OKだ、と説得して、なんとか、ミア姉を助ける未来へと方針変換して貰うことができた。


 あのまま何もしなかったら、百六十年の学生生活でバッドエンド一直線だったから、かなり頑張った。

 といっても、目に見える脅威、危機、困難があった訳じゃないから、僕のこれまでの活動を見てても、話をしてただけじゃないか、と言われるかもしれない。


 だけど、僕にとっては、最初にして巨大な難関であって、武器を使わない真剣勝負、間違いなく戦いだった。


「後になって、もっと急いでいれば良かったと後悔だけはしたくないから。いくら、街エルフの人達が宇宙にまで手を伸ばし、ある程度、時空間制御ができるといっても、指定座標への空間跳躍は天空竜しかできないって話だし、さほど遠くない妖精界からお爺ちゃんを召喚するのだって、やっとできたくらいなんだから。世界の壁を越えて、『あちら』に手を伸ばすのに、時間はいくらあっても足りないと思うんだよね」


「私は、アキ様のいう『ただの普通の子供』が、一カ月程度の間に、国の最優先課題に、自分の考えを捻じ込んで、望んだ状況に創り変えたこと自体が驚きですが……」


「それはほら、たまたま父さんや母さんが話を通しやすい立場にいたからですよ。伝手もなかったら、もっと手間がかかったでしょうね」


 僕は、ミア姉と魂を入れ替えた関係で、髪や瞳の色は魔力属性の関係で色がかわったけど、見た目がそっくり。そしてリア姉は魔力属性が同じということで、体が弱くて静養していた末の妹という立場になっている。いわゆる偽経歴カバーストーリーだ。そのため、リア姉やミア姉の父母は僕の父母、ということになり、一カ月程度の期間ではあったけど家族として扱って貰い、一緒に訓練をしたり、食事をしたりと双方が努力をすることで、だいぶ親交を深めることができたと思う。


 で、こちらの父さんと母さんだけど、共和国の議員で、結構、上の役職という話だった。おかげでなんだかんだと考えを伝えて、情報を用意して貰い、一緒に考えてと、だいぶ力を貸して貰えた。だからこそ、学生生活エンドを回避できたんだと思う。


「にゃー」


そんな話をしていたら、隣で丸くなっていた柴犬サイズの大きな茶トラ柄の角猫のトラ吉さんが、僕の膝に頭を乗せて催促してきた。背中を撫でろって感じだ。


「ん、そうだね。トラ吉さんにも色々助けて貰ったね」


僕は、毛並みに沿って少し強めに背中を撫でた。満足そうなふにゃ顔をしているから大丈夫そうだ。

トラ吉さんはリア姉のペットで、角のある獣、つまり魔獣であり、天然の魔術杖である角を使い、魔術を使うことができる。そのためかとても賢く、僕達が話している内容もだいたい理解しているらしい。今回は隣国に行く僕のことを心配して、面倒を見るようにとリア姉が同行をお願いしたんだ。

寿命も長いようで、僕よりずっと年上なのは間違いない。彼からすれば、僕の面倒を見るのは子守のようなものなんだろう。


トラ吉さんの満足具合を指先の感覚と鳴き声で判断しつつ、少し窓の外に目を向けてみた。


振動が全然ないから気付きにくいけど、山の斜面をゆっくり登ってきていたようで、眼下に映る山の木々は、水分もたっぷり青々としていてとても元気そうだ。木漏れ日が綺麗で、森林浴にお勧めって感じだけど、遠くに見える山、そこに生えている木々を見てみると、同じような間隔、似たような背丈で揃っていて、かなり手入れをされていることもわかった。


「このあたりの森は、森エルフさんが住んでたりするんですか?」


 僕の問いは、予想外だったらしく、ケイティさんは目を瞬いた。


「森エルフが管理する山林はもっと木々の種類が多く、生え方もわざと乱雑性を持たせていたりして、もっと自然な感じですよ。こちらは街エルフの魔導人形達が管理している山、というか街エルフの国である、この島全体が街エルフ達の管理下にあって、他の種族は都市部で多少過ごしている程度ですね」


 ケイティさんが、指さして、更に説明を続ける。


「ほら、あのあたりの木々ですが、谷側には杉が、尾根側には檜が生えているでしょう? 枝の生え方が一様で剪定されているのが良くわかりますよね。道筋に植えられている銀杏の木々も綺麗ですけど、やはり生え方が作り物っぽくていまいちです。果物が取れる木々も、収穫を第一に考えているようで、一角に纏めて植林してますが、土壌の多様性を考えるとこれはあまりよくありません。そもそも――」


 あー、なんか、ケイティさんのスイッチが入ってしまったようで、いつになく饒舌に、樹木や草木、それに山林で棲息している動物などについて語り始めた。こちらの世界をよく知らない僕も、お爺ちゃんも興味津々なこともあって、時折質問を交えながら、相槌を打って、楽しくお話を聞くことになった。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

馬車に乗って移動していると暇なので、状況整理がてら会話をしているお話でした。ケイティが饒舌になるという珍しい状況もあり、今回の旅でケイティとアキの関係も少し距離が縮まるといいですね。

次回の投稿は、十月二十四日(水)二十一時五分です。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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