SS⑫.福慈様の思念波の再暴発と、アキを危険視する風潮(後編)
今回は、SS⑫の(後編)です。本編では描写されませんが、知っておくとより楽しめる内容になります。
長老達との会合が始まった。その日は前日の福慈様の思念波暴発を受けての緊急会合ではなく、事態が落ち着いた事から今後の対応をどうすべきか話し合うという趣旨である。ただし、アキが起きる前に結論まで話を進めることを前提として、時間は朝の日の出と共に始まった。
円卓には長老達とアヤ、リアが座っているものの、その後方、壁際に備え付けられた臨時席にロゼッタを筆頭とした合計八名もの魔導人形達が座っている様はやはり異様で、長老達の中には明らかに落ち着かない様子でそれらを眺める者達もいる始末である。
「魔導人形の同席を認めて下さりありがとうございます。人数に特に制限はありませんでしたので、今回は奮発してみました。これまで以上に高い質のサポートをお約束します」
アヤがシレッとそんなことを言い、人形遣いは人形達がいると安心しますよね、などと嘯いた。
そんなアヤの様子を見て、長老達の脳裏には、過去に何度となくあった出来事が思い浮かぶことになった。アヤの娘であるミアもまた、傍らにロゼッタを連れて「長老の皆様とお話できて光栄です。秘書人形の同席をお許しくださり嬉しく思います」などと、殊勝な態度で語っていたものだった。
勿論、敬う態度こそ正しかったものの、あの頃のミアもまた、こうして居並ぶ長老達全員を相手に論戦を制して己の目的を貫き通さんとする眼差しを向けていた。親子だからか、今日のアヤもまた、同じ眼差しをしているように感じられた。
◇
ただ、多くの長老達が抱いた不安とは裏腹に、アヤもリアも求められる際に、必要な情報の提供、説明をするといったこれまでのスタンスを崩すことはなく、長老達が延々と行う議論に対しては、それを落ち着いた様子で静観しているのみだった。
彼らの主張はといえば、アキが物事を起こす騒動が早過ぎる、対応が間に合わない、支える者達の事を考えてない、場を荒すだけ荒して後は任せる態度がけしからん、などと言った具合だ。今回の件も伏竜様と福慈様の会合時に暴発が起きたことから、アキが何か吹き込んだのではないかとか、伏竜様との会話ログを精査しても意味が通らないとか、伝話を用いたイメージの受け渡しや、魔力に触れることで感知できる部分がブラックボックス化しているせいで、何が話されているのかわからず危険だ、などなど、まぁ、出てくる出てくる、不満のオンパレードだった。
ジロウ、クロウは積極的な発言はせず、時折、求められる時には意見は述べるものの、基本的には他の長老達に活発な議論を促し、多くの視点によって漏れを無くすように、思考の見落としがないよう、議論を広く深く行うよう働きかけていた。
そうした部分をある意味、技術支援、竜神の巫女の片割れとして、直接、雲取様と心話で連絡を取り合うなどしたリアは、心話の特性や、妖精達が使う伝話の性質などについて説明しつつも、アヤよりも更に一歩引いて、争いの場に踏み込まない気でいたからこそ気付くことになった。
あー、これはジロウ、クロウは、他の長老達と母アヤと衝突させ、徹底してやり合わせる腹積もりなのだな、、と。
漏れなく検討をする、深堀りをしていくということは、長老達の抱えた思い、鬱憤、希望などを洗いざらい吐き出させる行為に外ならず、彼ら同士に意見を交換し合わせて深堀りさせるということは、彼らの思考や意識がどこに向いていて、どういったところを注視していて、そして、どこが欠けているのか、視点が持てていないのか露わにするということなのだ。
同じ長老として仲間ですよ、という振りをしながらも、実のところ、やってることは手札のフルオープンをさせているに等しい。あぁ、なんて悪辣な、などと思ったところで、クロウから視線で黙ってろ、と釘を刺されることになった。
つまり。
理解したなら余計な邪魔はしないことだ、という心遣いである。何ともお優しい温情だった。
などという、第三者目線で退いているからこそ理解できる配慮も、当時者としてヤル気満々、長老たちの議論を注視しているアヤは気付いていないか、気にしていない感じだ。ちらりと後方に控えているロゼッタ達の様子を見ると、ロゼッタが露骨に口元に指を当てて、お静かに、というジェスチャーを示して、ウィンクまでしてくる始末である。
ここまでくればリアもはっきりと理解できた。アヤはリアが今感じたようなことなど、とっくに把握済みであり、自分を含めた九つの目線で、長老達の振舞いを、言動を、その表情や声色の変化を、全てを見極めた上で狙っているのだ。
一撃で粉砕できる、その瞬間を!
いやはや、怖い、怖い。それに指揮用ヘッドセットは人形達と音声を介さない意思疎通が可能だ。アヤは円卓には一人で座っているものの、実質、後方に控えている人形達を駆使する人形遣いであり、そして、人形遣いとは操る人形の数によってその能力は何倍、何十倍と跳ね上がるものなのである。
そして、その時が訪れることになった。
議論がある程度出尽くして、新たな項目がホワイトボードに書き足されることもなくなり意見が出尽くした段階で、クロウがアヤに話を振ったのだ。
「アヤ、多くの意見が出たが、議員として、アキの母として、或いはマコト文書の専門家として、何か意見があるようであれば延べよ」
クロウの物言いに長老達も議論は出尽くしたので、新たなアイデアがあれば聞いておこう、くらいの認識でいた。
「そうですね、では街エルフの民として意見を述べることとしましょう」
そう、アヤは口火を切った。
◇
アヤはゆっくりとホワイトボードに記された多くの意見に目を通しながら、長老達に問うた。
「多くのご意見が出ていますけれど、これらの意見の前提とする認識に疑義があります」
アヤの言葉に、長老達は強い既視感を感じることになった。多くの議論に新たな意見を足すでもなく、それらの議論に対して自分の見解を述べるでもなく。それらの根本、土台となる認識そのものに対して注視してきて、全てを粉々に粉砕してくる論法、やり口には苦い思い出が多い。
「前提か。それはなんだ?」
淡々とジロウが続きを促す。その態度はあくまでも中立で司会進行をしているだけ、といったようでいて、明らかに手心加えまくりだ。
「私達、街エルフの民はそれほどまでに頼りないのか、信頼に値しないのか、庇護されねばならないのか、という問いです。並んでいる意見をよく眺めてみてください。感じませんか、親のような目線を。子には無理だろうと手を回す過保護な姿を」
アヤは淡々と告げたものの、長老達に対するその物言いは何とも酷く挑戦的ですらあった。
そう。
問題がありそうだから予め対処しておこう、急ぎ過ぎて追いつけなくなる前に枷をつけよう、アキの心のうちがわからないからその行動を縛るべきだ、などなど、どれもこれも、先走って手を回すような振舞いは、子の成長を妨げる、子を信用していない、子の経験を奪ってしまう、街エルフの親がすると見苦しいとされる態度そのものではないですか、という訳だ。
「政治とはそういうモノだ。滞りなく世を平穏に、今を大切にし、未来に備えねばならん」
長老の一人が反論するが、これにアヤは笑みすら浮かべて一言告げた。
「乏しい物資を嘆くよりも、人形達を駆使して進む道を切り開くべきだ、俺達はきっとやり遂げる、でしたっけ」
アヤが少し声色まで真似てそう揶揄すると、彼は苦虫を潰したような顔をして押し黙ることになった。その台詞は彼が故郷を捨てて今の共和国へと辿り着くまでの道中、物資不足から消極的な対応を選ぶべきとする当時の長老達に、若気の至りか、熱く言い放った言葉そのものだった。
そんな大昔のこと、アヤが知る筈もない昔の事をどうして、知っているというのか。
「成り行き任せで国が荒れては元も子もないだろう」
他の長老が反論するが、これにもアヤは選び抜いた言葉を告げる。
「握り締めた拳では物は掴めませんわ。弧状列島という新たな国を掴もうというのに、そのように強く握り締めてたまま、欲しい、欲しいと言うのはどうでしょう?」
コレは街エルフならば実地試験の時に散々、骨身に染みるように叩き込まれる言葉だ。持ち運べる物資には限界があり、しかも常に限界まで抱えていては新たに何も持てなくなってしまう。常に余力を開けておき、手に入れる余裕を持て、という指導である。そして、実はこの長老は、物を手放すのが下手で、実施試験で散々、ソレで痛い目に遭ったという経歴の持ち主でもある。
それだけに、アヤの言葉は鋭く胸に突き刺さった。
それからも、それぞれ、同じような問答をしていったものの、一刀両断とばかりにアヤは柔らかな物言いながら、長老達の反論を打ち砕いていくことになった。それも、明らかにそれぞれの長老に特化した物言い、過去の経験や、場合によってその上役、指導者など近しい上の世代の人達でなければ知らないような事まで的確に引用して潰していく用意周到さである。
長老達が全員、議論の土台となる根本部分を揺さぶられ、それらを元に積み上げた議論全てが脆くも崩れ去っていく様を幻視する中、クロウは、後方に控えているロゼッタに問い掛けた。
「相変わらず見事な差配よ。いつから準備しておった?」
問われたロゼッタはといえば、まったく緊張するそぶりも見せず、淡々と手の内を明かす。
「皆様が長老の任に就かれました際に、ご挨拶がてら、関係する方々に一通りお話を伺い、関係する資料、閲覧を許可されている議事録、過去に発刊された書籍などを確認しておりマス」
これまでの人生の経歴、交友関係、信条、などなど全てを調べ尽くす勢いの身辺調査を、関係する上の年齢層などまで含めて聞き取りまでしておきながら、ソレを本人に悟らせないというのだから、何とも用意周到過ぎる。それを長老全員にやってます、とうのだから、財閥恐るべしである。……なお、ここまで露骨に暴露されていないものの、ミアとロゼッタのペアに過去、幾度となく似たような徹底っぷりで論戦で叩きのめされてきた経験がどの長老達にもあったりする。
「何とも準備の良いことよ。して、これまでの問答をどう思うた?」
「秘書人形の身としては、発言は控えたく思いマス」
「良い。この場でのお主の発言はなかったと記録しておく。遠慮なく話すがいい」
クロウは何とも余裕を持った器の大きさを示して、さぁ、と促した。
「では、遠慮なく。これまでの話合いは、人格模倣の範囲内から一歩も出ておらず退屈でございまシタ。同行してきた七人の魔導指揮官達に、各人の人格模倣までさせて備えていたのは過剰過ぎでシタ。できましたら貴重なお時間を使い実のある議論をしていただきたいデス」
ロゼッタは慇懃無礼とばかりにばっさり切って捨てた。こうして並んで控えている魔導人形達が人格模倣した振舞いから一歩も出てないとは、それでも貴方達は街エルフの頂点たる長老衆ですか、といわんばかりだ。
クロウは懐かしさすら覚えたような目線を向けながら、更に続きを求める。
「ならばロゼッタ、それに尽き従う人形達ならば、何を意識して議論の起点にすればよいか、提案もできよう。話せ」
時間もそう多くは残っていない、などと時計を示して、アキが起きる時間までの残りを皆に意識させる。
「では、一つ、起点となる視点を。そもそもアキ様が僅かな話をして竜族社会に大きな変化が頻繁に起きるのは何故なのか、それはアキ様だからこそ起きるのか、他の者でも起きるのか、その理由は何か、そこから問うてみるのが宜しいかと思いマス」
ロゼッタの告げた言葉は、長老達の意識に冷や水を浴びせることになった。
そう。
そもそも、軽く話をしただけで社会が大きく変わり、その変化に大勢が巻き込まれる、それは何故か。本質的な問いであり、自分達とは異なる種族、深く知ることのなかった敵対種族、その竜族とは何か、その社会とは何か。そして竜神の巫女とは何か、他の者が代わるならどうなるのか、という深い問いだった。
言うべき事は済んだとばかりにロゼッタは居住まいを正し、クロウもソレ以上、問うことはなかった。
◇
ぽつり、ぽつりと長老達から、ロゼッタが告げた視点に従って、改めて今回の出来事を振り返り、そして過去の出来事にまで意識を広げてみると、わかることは、竜族社会はあまりに簡素過ぎるという当たり前の話だった。あまりに簡素過ぎるから、何か提案すると、過去にはない新たな導入、持ち込みとなり、社会がそれによって変化する。当たり前だ。これまでにない要素が放り込まれるのだから。
そして、アキのそれは、意思疎通をこれ以上なくスムーズに行っていて、認識違いを起こさず、短時間に交流しているだけで、何か特別な事をしている訳ではないし、竜側もアキに対して特別な配慮をしている訳でもない、というこれまた事実の再確認となった。
確かに常人が行う交流の何倍か、下手すれば十倍は効率が良さそうだが、それでも、通常の対話の範疇から逸脱した特別な意思疎通、交流が行われている訳ではないのだ。だから代わりを担える者達が似たような交流をしたのなら、やはり似たような社会変化が起きるのは間違いなかった。
それから、余りに急ぎすぎではないか、社会が疲弊してしまうという意見に対しては、アヤが「他の競争相手の動きが見えぬからと、見えるまでは出立しない、などという試験者がいたら、監督官はソレをどう思うでしょうか?」などと揶揄うことになり、これには流石に長老も自身の意見を引っ込めざるをえなかった。
他が見えずとも、自分と似たような技量を持つと考え、それらがどう動いているか想像し、手を打つのが常道だ。そこで判断する際にも公平に見極める目を持つこと、全体を見定める広い視点を持つことこそが、人形遣いには必要なのだ。
結果として、対立の時間もさほど長くなく、前半と違い、後半にはアヤやリアもある程度、議論に積極的に参加して、今回の出来事について客観的に評価し、ならば、今の体制に何が問題で、どう手を加えるべきか、などというところまで考えが及ぶことになった。
かくして。
アヤ、リアの二人は長老衆のサポートに回る、という判断は誤りであった、との結論が出され、二人は急遽、ロングヒルに戻ることとなった。何をしても竜族社会はシンプル過ぎて変化をするのだから、即応体制を分厚くするべきだったのだ。それと、大陸との競争、エウローペ文化圏との競争が見えている中、多少、社会に負担が増えるからとペースダウンするなどという判断もまたあり得ない、との結論になった。
着の身着のまま、「死の大地」から脱出した祖先達の苦労を思えば、今の自分達はあまりにも恵まれ過ぎており、しかもその恵みに安住して、居ついてしまっているのではないか、という認識も持つことになった。ちなみに居付く、とは武道の用語であり、攻防の最中に瞬間的に対応できないような状態に陥ることを指し、そのような状態とならぬよう努めねばならないのだ。これは別にフットワーク軽く飛び跳ねていろという訳ではない。また、身体の状態だけでなく精神状態も指すのだ。集中が切れて相手の動きへの反応が遅れる、などというのも居ついた状態である。
こうして、長老達とアヤの短い戦いは終わった。なお、アヤはこれなら人形達を率いて敵軍に突入する方がよほど気が楽だったとか、不満たらたらだったりするが、まぁ、これは人には向き、不向きがあるということだろう。いいように使われちゃったわねー、などと言う辺り、アヤも今回の対立が半ば意図して行われたモノだった事は重々承知の上だったようだ。それでも子の為に立ち向かうのだから母は強しである。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
はい、かくして長老衆vsアヤの静かな戦いのお話でした。武器の一つも抜くことはなく、言葉だけのやり取りでしたが、話している内容はなかなか怖いもので、アキの扱いや立ち位置なんてのにも関わってくるだけに、アヤもかなり本気で挑みました。本人も話したように、ジロウ、クロウにいいように使われた感が強いですけど、これも長老衆やアヤの成長のために必要と判断したのであって、手抜きをする気持ちはきっと半分くらいだったでしょう。
23章も終わりましたので、ブックマーク、評価、いいね、感想など反応を頂ければ幸いです。
それらは執筆意欲を増進してくれますので。
<今後の投稿予定>
二十三章の各勢力について 十一月十三日(水)二十一時五分
二十三章の施設、道具、魔術 十一月十七日(日)二十一時五分
二十三章の人物について 十一月二十日(水)二十一時五分
二十四章スタート 十一月二十四日(日)二十一時五分