23-24.雲取様との心話を終えて
<前回のあらすじ>
雲取様に、福慈様が思念波を暴発させた件について、再発防止策をあれこれ説明したら、最終的にはちゃんと納得して同意して貰えました。ただ、依代の君と僕がそっくりだなんて誤解をされていたのが残念でしたね。一応、ちゃんと心話の利点を最大限活かして短時間で誠心誠意、それが勘違いであることをわかって貰いました。ふぅ。(アキ視点)
雲取様との心話を終えると、さっそくケイティさんに居間に連れていかれることになった。さぁ、行きましょう、と柔らかな笑顔なのだけど、恋人繋ぎという名の脱走を許さない様は、正に連行していくといった状況だった。
「別邸の中にいる訳で、僕がどこかに行くことはありませんよ?」
「はい。ですが、心話を終え次第、速やかにお連れするように、と厳命されているのです。ご了承ください。これも雇われ人の務めなのです」
などと、ケイティさんは不満など微塵も考えさせない落ち着いた声で、居間に直行していく理由を教えてくれた。
なるほど。
実際、居間に戻ってみるといつの間にやら、父さん、ヤスケお祖父様、それと全権大使のジョウさんが待ち構えていた。
「おやおや、皆さんお揃いで。どうかされました?」
そう、韜晦してみると、ジョウさんが苦笑しながらも、こうしてまた集まった理由を教えてくれた。
「調整組や参謀本部の面々との話し合いの場には同席していたからそちらは問題ないが、雲取様との心話をしたんだろう? 心話は短時間でもその情報密度は異様に濃いから、記憶が薄れない間に共有しておく必要があると判断したんだ。それで時間もないから早速で悪いけど、心話で話し合った内容を教えてくれるかい?」
ふむ。
確かに、時計を観ても、僕が寝るまでの時間はそう多くはない。ケイティさんに心話の話を報告して、ケイティさん伝いに話を聞いて、そのフィードバックを明日の朝行うよりは良さそうだ。
「まぁ、大したことを話したわけでもないんですけどね。まずは――」
それからは掻い摘んで、福慈様の思念波再暴発と、それに伴う再発防止策の必要性、そして今、このタイミングで、福慈様の小型召喚を行うことで、一番リスクなく福慈様と地の種族の対面を済ませることの意義なんてことを話して、これに合意して貰った旨を伝えていった。
「それで、最後、アレに対して、小型召喚を行う趣旨や説明、説得を誰が行うこととしたのだ?」
ん。
「僕は誰でもいいし、雲取様、僕、伏竜様のいずれが行ってもそれぞれに利点があると話して、雲取様がどれを選ぶのか聞いてみたんですけど」
「なんとも迷う三択だ」
「まぁ、そうなんですけどね。雲取様は自身の考えは決まったとして、僕の意見を先に話すよう求めてきたんですよ」
そう話すと、父さんが意外だ、という顔をした。
「考えたら即断即決、自身で物事を決める竜族にしては珍しい」
「ですよね。ただまぁ、自身の判断は決めたと話されていたので、単にちょっとした興味から聞いていたのかな、とも思いましたけど」
「それでアキはどう答えたのだ?」
ヤスケ御爺様もせっかちだなぁ。
「僕の中では、最上は伏竜様が話をされることとしました。これは雲取様は既に竜族の中で高い役割を担い、権威も持たれているので、それを担うことによる恩恵は少ないと判断したってのがあります。僕が話すのも似た話で、いまさら僕が竜族の方々に働きかけても、僕自身への意識は特に変わらないでしょう」
これには皆も頷いてくれた。
「けれど、伏竜様はそうではない。東遷事業に名乗りを挙げてくれた件も、それは竜族の中で変わり者であると思われる程度であり、正式に竜族の代表としての役割を担ったと言っても、地の種族との窓口としての立場を認められた雲取様とはまるで違う、ってことかい?」
「父さんの言う通り、今の伏竜様には権威が足りないんですよね。なので、今回の暴発が伏竜様と福慈様が対面していた際に起きたことなので、そこに蟠りがあるなら再考するしかないですけど、そうしたことが特になく、伏竜様に意欲があるなら、ぜひ、伏竜様に説得役を担って貰いたいと考えました」
これを聞いて、ジョウさんも一応納得してくれた。
「その判断自体は良いと思うが、それを聞いた雲取様はどんな反応をされたんだ?」
おや。
そっちを気にするのか。しかも雲取様はどう判断されていたかではなく、反応のほうとはね。
「僕の考えを聞いて、自身の考えと同じだ、と教えてくれましたよ。実際のとこは、雲取様自身の答えとしては、現時点では誰とするかは保留、伏竜様が僕から一通り説明を受けて、意識が揃った時点で両者で話し合って、どちらが説得するのか決めるつもりだった、とのことでした」
「伏竜様がその気であれば任せる、そうでなければ雲取様が担う。いずれにせよアキに任せるつもりは最初から無かったと」
「ですね。雲取様が気にされていたのは、老竜達へのストレス軽減策としての小型召喚や、鬼の武を学ぶことによる魔力効率改善の件について、竜族社会の在り方を大きく変化させる行いであるにもかかわらず、それを主導するのが、竜族自身ではなく竜神の巫女となることは、先々、あまり良いことではないと考えられたそうなんです」
「当たり前だが、竜族自身が自分達全体の群れとしての役割を念頭に判断するというのは、これまでであれば考えられん事だったと言えるだろう。雲取様を窓口とできたことは幸いだった」
だよねー。
ヤスケ様も、雲取様のことは個人的に交流も深めて、竜族自体への認識に変わりはないけれど、雲取様個人については、十分に尊敬を向けるに値する存在であると認めたんだよね。だから雲取「様」と普通に呼んでる。それが福慈様だとアレとか福慈呼びだもんね。なかなか悩ましい。
「ですよね。僕が提案したにせよ、竜族内でしっかり吟味した上で、老竜達への横展開もまた、「死の大地」の浄化作戦を行う上でも、老竜達のQOLを改善する意味でもそれを行うことが重要である、と合意を得ること。そして、その合意を得た上で、竜族からそれをしたいと要望を出して、それに相応しい対価も我々と交わした上で、サービスとしてそれを受ける。そうしてこそ、正しい種族同士の在り方だろうとか言ってくれて。いやー、もう、かなり感動しちゃって、がっつり褒め殺しをしてあげました」
「褒め殺しだと?」
「心話で心を触れ合わせた状態でしょう? そうした状態で、心底凄いことだ、めったにできることじゃない、よく考えてくれました、さすが雲取様、様々な部族を巡って話をしてなかなか苦労もあったでしょ、それをさして感じさせない振る舞いもまた格好いい、といった感じに、とにかく雲取様がもうその辺りにしてくれ、と降参するまで褒め尽くしてあげたんですよ」
そう話すと、三人ともなんかとっても、揃ってげんなりした表情を浮かべた。
えー。
「褒められることをしたなら褒める、評価すべきところは評価するのは基本でしょう? しかも成竜ともなれば、なかなか他者からそうされるような事も少ないでしょうからね。なおさら、しっかりと、思いを伝えないと!」
ぐっと手を握って、もうこれでもかってくらい全力かつ、一切邪な心を抱かず褒めましたよ、と告げると、更になんか三人とも揃って疲れた顔を向けてきた。
「そんな真似をされて喜んでいられるのは、幼子か色恋呆けした連中くらいだろうよ」
ヤスケ御爺様が何とも呆れたように言い捨ててきた。何だろねぇ、この拗ねたお爺ちゃん。底の見えない澱んだ眼差しを向けてきても、不思議と怖い意識は湧いてこないや。
「えっと、ちゃんとヤスケ御爺様が相応しい行動をされたら、同じようにしますからご安心くださいね?」
「誰も、そんなことを強請ったりせんわ!」
そうじゃないだろ、となんかすっごく情感の篭った声で否定されてしまった。もう、照れ屋さんなんだから。まぁ、あれか、年齢を重ねると、だんだん、素直に受け取るのが難しくなってくるのかもしれないね。立場とか外面とかあれこれ気にしちゃってさ。
「まぁ、そんな訳でして、雲取様も賛同してくれましたし、伏竜様に説明した後は両者で調整もしてくれる段取りになりましたので、明日は伏竜様がロングヒルにやってくる日なので、一通りの説明をして、後の打ち合わせは雲取様と行うようお願いするだけとなりました」
いい感じに話も纏まったでしょ、と同意を求めると、三人とも何だか凄く渋々とだけど頷いてくれた。ふぅ。もう、大人って面倒くさいなぁ。
◇
「後は、桜竜様が福慈様の孫に当たるって聞いたのと、福慈様は桜竜様と同様、元気な頃は魔力が有り余ってる関係で激しく、荒々しい対応と、殴って黙らせるような手の早さで、色々と武勇伝をこさえてきたっぽいことを聞いたくらいでしょうか。そうした意味でも、老いていつもうとうと巣でお休みされているような活力の低い今こそが、福慈様と僕達が一番穏便に対面できるだろう、ってことを雲取様も認めてくれたとかでしょうか。なんか僕の説明を聞いて、逃げ道を全部塞がれたかのように、凄く追い詰められた感を出してましたね。別にそんな気は無かったんですけど」
そう話すと、三人ともはぁ?って表情を浮かべた。再起動を果たしたのはジョウさんだった。
「待て、アキ。一通り説明を行って合意を得られたという報告と、今の話ではまるで印象が違ってくるぞ。本当に雲取様は納得されていたんだろうな? 煮えきらない態度であるとか、不満を抱えられたままだと、問題となるぞ」
あぁ。
「それなら大丈夫ですよ。確かにストレス解消と小型召喚で対峙して最悪の場合でも誰も怪我をしない策を話した時は、随分煮えきらない程度と、先送りにしたがってる素振りも見せましたけど」
「けど?」
「必要性を説いて、理詰めでそれをしないで、先に鬼の武を学んでストレス限界なのに元気な福慈様がロングヒルにやってきてご対面とかやるより、僕の提案の方がよほど安全だ、といったことを実際に舞い降りて対峙する様子をがっつりイメージして伝えながら、惨劇必至みたいな情景をありありと思い浮かべて貰って、ちゃんと納得して貰いましたから」
福慈様自身の外見イメージは他の竜達から仕入れていたので、そうした光景をイメージするのは余裕でした、と頑張ったんだぞアピールをすると、ジョウさんは凄く同情の眼差しを向けてきた。
「それはさぞかし明確な未来、そうなることは断固として避けねばならない未来を思い浮かべることができただろう。ただな、アキ。心話で心を触れ合わせていたのなら、そこまでしないでも良いという判断もできたのではないか?」
ふむ。
「んー、でも、雲取様、凄くお婆ちゃんっ子な感じで、今の福慈様への敬愛の念が強い事がありありと伝わってきてましたからね。なので、いつも物静かで巣で休んでばかりという福慈様のイメージを覆す必要があると思ったんですよ。ストレスを解消して鬼の武を学んでそれなりに活力を取り戻した福慈様って、きっと、かなり違ってきますからね。激しい気性も戻って来るでしょうし、色んな意味で意欲も出てくるでしょう。なので、そうした未来をできるだけ穏便にするルートを選ぶための下地を整えようかなぁ、と」
まて、それは偽りの姿だ、本来の福慈様のことを想像してみろ、と。我々と違って、過去の思い出の写真を眺めるとかができない分、そうしたフォローは必要と思うんですよね、なんて感じに話をしていくと、父さんもそれには頷いてくれた。
「長い年月を生きる竜族にとって、若い世代からすれば老竜は生まれた頃から老竜であっただろうから、確かに若い頃、元気だった頃を思い浮かべるのは難儀しそうだ」
でしょ。
「幸い、雲取様も話だけとはいえ、昔はお元気だったと取り繕った言い方をするくらいには、多くの武勇伝を聞いてはいたようなので、イメージさえ渡して想像を手助けした後は、ちゃんと納得してくれましたよ。ちょっとだけお疲れな感じにはなりましたけど」
「では、雲取様は精神的に疲労はされたものの、今回の件についてはじっくり考え、想像を巡らせた上で、しっかり納得されたということだな」
「はい。それの認識で間違いありません。最後にはちゃんと持ち直して、伏竜様と話し合ってどちらが説得役になるかなんて事で、自身が懸念していることとかも話してくれましたし」
そう告げると、ヤスケさんがほらでた、という顔をした。
「さっきまでの報告には懸念事項なんぞ微塵も入ってなかったぞ。……それで何を気にされていたのだ?」
ん。
「これまでの伏竜様との関係はあまり近いものではなく、どちらかというと羨まれ、疎まれる意識を向けられる間柄だったので、どう接していいものかと悩まれてました。いやぁ、なんか青年の悩みって感じでいいですよね。何よりそうした個人的な悩みを僕に打ち明けてくれたのが嬉しくて嬉しくて」
「アキ、それは私達が聞いても良かった話なのか?」
んー。
「言いふらしたり、なんか揶揄するような態度とか取らないで胸のうちにしまっておく分には、問題ないと思いますよ。まぁ、雲取様と対峙した時には竜眼で視られたとしても、変な態度を出さないよう自身を律しておけば良い程度でしょう」
なんでもできる街エルフならその程度誰でも容易いでしょ、と言った意識でそう告げると、三人の表情が少し引き締まった。まぁ、天空竜の雲取様を前にして、そんな浮ついた感情をそもそも持てるくらい心に余裕があるなら、全然平気とは思うけどね。
「……これ以上詳しくは聞かないが、一応教えてくれ。それで雲取様の悩みはある程度解消したのか?」
「まぁ、そうですね。両者が共に知っている人物、つまり僕のことをネタにしながら、素直に感じたこと、悩んだことなどを口にすれば、多分、伏竜様も親近感を覚えて身構えた態度とか、取り繕った姿勢とかは崩されると思うってことを伝えたら、名案だと喜んでくれましたよ。なので大丈夫でしょう」
同じ竜族の誰かについてネタにするのは後々かなりヤバいことになるだろうけど、竜族からみてペット枠な僕をネタにするなら、素直な感想なり、印象なり、僕と依代の君の違いでも話したりしてれば、話題は多いと思うからね。それに雲取様も雌竜達とそうした、気の置けない話をするというのもなかなかそれはハードルが高いだろうから、気楽に話せる同性の友人はいたほうが良いと思うんだ。
まぁ、これは群れで暮らす種族だからこそ抱く思いなのかもしれないけどね。
「アキはそれで気にならないのか?」
「お二人とも立派な大人ですからね。バレないようにやってくれる分にはとやかく言いませんよ。誰だって思うところの一つや二つあるでしょうし、それを共有できる仲間がいれば、気も楽になるってものですからね。群れに慣れるための練習も兼ねてです」
なんか引っ込み思案な兄達を抱えたような気分ですよね、なんて同意を求めたけど、なんか三人とも、一応、賛同はしてくれたけど、全然、共感は持ててない感じだった。残念。
いいね、ありがとうございます。やる気がチャージされました。
はい、今回は雲取様との心話が終わり、その内容を保護者達に共有するといったお話でした。
皆さん、心配性ですよね。まぁ、心配させるだけのことをこれまでにやらかし続けてきたからこその対応なんですけど。
そんな訳で、前パートの終わりの後もアキは心話の利点、短時間に濃密な交流ができることを活かして、目一杯、雲取様を愛でて褒めて堪能しました。何気にストレス解消にも役立ったでしょう。現実世界ではなかなかこうした時間を設けるのが難しいですからね。次パートからはやっと伏竜様とのお話です。そろそろ23章も終わりが近づいてきました。
次回の更新は2024年10月27日(日)の21:10です。