23-23.先ずは雲取様に連絡と相談(後編)
<前回のあらすじ>
福慈様に話をする前に必ず雲取様、伏竜様どちらにも話を通しておくようにと言われたので、心話ですぐ話ができる雲取様から先に相談することにしました。実際、福慈様のストレス軽減計画について概要を話したところ、その暴発時の被害防止策まで含めて、よく考える、と高評価を出してくれました。ただ、感情的にはかなり煮え切らない感じなんですよね。(アキ視点)
雲取様に、福慈様のストレス解消作戦としての小型召喚と、それを行った際に地の種族を意図せず害してしまう可能性を防ぐ策について伝えることはできた。評価は上々、それ自体は悪くないといったところだけど、触れ合った心から伝わってきたのは、何とも煮え切らない意識と、行うべきではないのではないかという躊躇する思いだった。
さて。
竜族の悪い癖が出た感じかな。長命種故に問題になりそうなら、判断を先延ばしにする、行動せず様子を見るという判断に流れがちだ。
でも、それは今回の場合は悪手であり、福慈様、というか老竜達の感情爆発から生じる思念波拡散などいう、生体地震とでも称するような災害を発生されると、「死の大地」浄化作戦までの段取りが全てご破算となりかねないから、抜本的な対策を打たないといけない。
<雲取様、問題を起こした今だからこそ、その記憶が色濃く残っているうちに再発防止策を講じるべし。それはご理解されているのでしょう?>
<うむ。アキの言う通りだ>
あぁ、もうカワイイなぁ。なんだろ、怪獣のような巨体なのに、繊細で初心な青年みたいな隙を見せられると、そのギャップが何とも微笑ましく思えてきてしまう。今も同意しながらも、でもなぁ、と続きそうな煮え切らない思いが漂ってる。
<では、雲取様。小型召喚によるストレス解消だけでなく、老竜の方々が殆ど寝てるような様相を一変するかもしれない提案をする件も合わせて考えてみましょう。実は、白岩様や桜竜様が研究されている、鬼の武を竜の身に応用することで、無駄を極力省こうという試み、あれを福慈様に学んで貰おうと提案するつもりなんですよ>
<ほぉ。無駄を廃するということは、巣で休むと回復が早まる事が期待できるということか>
おー、話が早い。
<はい。いつも半分お休みな感じなのは、万年、魔力不足といった有様だからというのもあると思うんですよね。なので、ストレスを解消して心に余裕がある状態になったら、鬼の武を身につける試みに参加していただき、福慈様には己を律する術を身に着けて貰おうと思います。結果として、意識がはっきりしている時間が増えて、活動的に振る舞うこともできるようになるでしょう>
<それは素晴らしい提案だ>
うん、うん。
やっぱり、巣に籠ったまま、いつも半分寝ているような有様というのは、雲取様も仕方ないこととはいえ、どうにかなれば、という思いはあったようだ。
<その場合、やはりストレスを解消して、心の奥底でドロドロしている激しい感情を大きく減らしておいた方が、新たな技の習得と自身を制する行いも難度が下がると思うんです。ここまでは良いでしょうか?>
<良いぞ。確かに予めストレスは解消すべきだろう>
あー、もう喜んでる、喜んでる。もぅ、小さい犬猫なら、抱きしめて撫でまわしたい気分だよ。
<そうして自らを律する技を新たに身に着けて、ストレスも大きく軽減されたとしたら、感情を爆発させる恐れはほぼなくなると思ってもいいでしょう。そこでですね? どっちがいいかという話になるんですよ。順番の話なんですけどね?>
<順番? ストレスを解消して、鬼の武を習得するのが最適ではないのか? 逆は効率が悪かろう>
うん、うん。というか、喜び過ぎてて思考が浅くなってるなー。
<はい。逆の場合、ストレス過多で、起きている時間も短いまま、新たに鬼の武を学んでいくのだから、やはりストレス解消をしてから取り組むより効率はかなり悪いでしょう。そしてですね、順番ですけど、これ、実際には二つじゃなく、三つなんです>
<三つ? ……あぁ、そうか。福慈様と地の種族が対峙する事か>
<その通りです。そこで想像してみてください。心の奥底にドロドロとした感情を溜め込んだままの福慈様が鬼の武を身に着けて元気になった状態を。そこから地の種族と対峙をするのと、僕が提案した現段階、鬼の武も身に着けてない、老いと魔力欠乏でだいぶ活力が低い状態の今、僕と対峙すること、両者はかなり違いがあると思いませんか?>
ここで、元気ありまくりで沸々と煮え滾る感情を抱えた福慈様がロングヒルの地に降り立つイメージを敢えて渡してみた。
うん、うん。
雲取様もソレは洒落にならない、というか絶対それはさせてはいけない、という意識を流石に持ってくれた。
<いつかは福慈様も地の種族と会う機会を設けざるをえない。だが、それはいつであるべきか。アキはそれは今、この時が一番リスクが少ないと言うのだな>
<はい。きっと今なら、福慈様が一番物静かなんじゃないかな、と思うんですよ。どうです? 福慈様がもっと活力に満ちて元気だった頃って、いろいろと武勇伝とかあったんじゃないです?>
<……随分とお元気だったとは聞いている>
だよね。
一瞬、伝わってきたイメージからすると、やはり全ての部族から一目置かれてるだけのことはあって、若い時分には随分と元気にやらかしていたようだ。というか、その身に有り余る膨大な魔力と激しい気性、取り敢えず殴って黙らせる、みたいな手の早さって方向性を感じたけど。
<雲取様、もしかして、桜竜様って福慈様と血縁的にはかなり近かったりしません? その身に有り余る膨大な魔力ゆえの激しい振舞い、でも性根はお優しいとことか、凄く似てると思うのですが>
<孫に当たる。桜竜の体質も福慈様のソレを色濃く継いだのだろうとは言われている>
やっぱり。
というか先祖返りなのか、性質が一つ飛んで祖母に似たってとこなんだね。うん、うん。何かと目を掛けて可愛がってる感があったのも、直系の孫というなら納得だ。扱いに差は設けないのだろうけど、自分と同じような体質で苦慮してるとなると、まぁ、どうにかしてあげたいって思うのが祖母ってものだろう。
<桜竜様が鬼の武を身につけることができれば、福慈様が同様に習得する際にもきっとその経験は役立つでしょう。それに桜竜様との交流が増えること自体も、多分喜ばれますよね?>
<うむ。しかも桜竜から技を学ぶとなれば、きっとそうなった事も嬉しく感じられるだろう>
孫に教えて貰う祖母となれば、まぁ、デレデレになってもおかしくないもんね。きっと楽しい時間になるだろう。
<となると、そうした楽しい時間をより楽しくするためにも、福慈様が鬼の武を学ぶ際にはやはりストレスはできるだけ減らしておくのが良策でしょう。そして、小型召喚ほど負担なく楽しくストレス解消できる手段はそうそうないと思うんですよ>
<異論はない。しかし、そうなると、小型召喚をすれば、目の前に召喚主、つまりアキかリアがいることは避けられない>
<そういうことです。どうせ対面するのなら、ずっと元気になってはいるもののストレスを溜めたままの福慈様よりは、魔力不足で少し元気不足でストレスを溜めてる福慈様の方がより暴発しにくいですよね? そして福慈様自身がそもそも暴発なんて避けたいと思われている。なら、その意を汲んで行動を促すのが優しさと思うんですよ>
元気満々で目つきの悪い福慈様イメージと、なんかお疲れで眠たげな福慈様を天秤の両方に載せて、ヤバさは前者がダントツだ、といったイメージを渡してみると、うん、雲取様もこれには頷くしかなかった。
<先を見越したなら、今、僅かなリスクが残るが、断行するのが最上のようだ>
なんか、逃げ道を全部塞がれて、もう降参するしかない、って感じの心境のようだ。そこまで追い詰める気はなかったんだけどなぁ。
<納得していただけて幸いでした。それで雲取様、ここからが相談なんですけど>
<今の判断までがそうではなかったのか!?>
<今のは前置き、前提条件じゃないですか。相談は簡単です。この話、雲取様からするか、僕がするか。それとも伏竜様からするか。誰にしますか?って話です。あ、伏竜様には今度、ロングヒルにきていただいた時にお話する予定なのでまだ伝えてません。所縁の品を貰っていないのもありますし、心話は当面しないと宣言されてるので、雲取様のように相談する訳にもいかなかったんですよ。それを踏まえての相談です。誰から話を持って行きましょうか?>
雲取様なら、竜族の窓口に就任されてもいるし、先を見越した提案といった事も話しやすいし、何より雲取様自身がどうせ話をするなら自分から、という思いもあるんじゃないかなぁ、って気はする。
僕が話すというのなら、別に気負う話でもないし、心を触れ合わせて説明、説得できるから悪い選択にはならないという自負はある。
で、伏竜様が結構悩ましい。何せ暴発した際、目の前にいた当事者だ。ただ、今後を踏まえた場合、伏竜様が福慈様を説得した、という実績を積んでおいた方がかなり都合がよくなると思う。
あー、悩んでる、悩んでる。
<えっと雲取様、この件ですけど福慈様で成功したなら、他の老竜の方々にも同じように小型召喚を堪能して貰い、鬼の武を身に着けて貰おうと考えているんですよ。同じように広域に思念波を放ちかねないという危険性の芽は摘んでおきたいですからね。なので、それを踏まえると、竜族の窓口である雲取様から話すのも良いと思うし、竜神の巫女としての立ち位置の僕でもいいし、東遷事業に多くの竜の参加を促すことになる伏竜様がその役を担うことで、竜族内の知名度と竜族の序列とは異なる権威付けの実績稼ぎに使うのも良いと思うんですよ>
どれを選んでも正解だし、不正解もないと思うんですよねー、と正直な認識を伝えて、どれを雲取様が選ぶか興味津々、という気持ちも渡すと、なんか悟ったような意識を向けられてしまった。
<……アキ、やっと理解したぞ。確かに依代の君とアキは共に同じ、日本に住むマコトくんから分かれた、もとは同じ存在なのだと>
<えっと? それ、改めて理解するような何かがありました?>
変だなぁ、前からソレは伝えてあったことなのに、改めて腑に落ちたみたいな言い方をされるとは予想外だ。
<相手が判断に迷う苦難の状況において、それでもなお決断を下そうとする振舞い、そして決断に至る様を……尊ぶ姿勢、二人の示す様はまったくの瓜二つだ>
今、愉しむとか言おうとして、慌てて取り繕った言い回しに変えてくれたね。ふぅ。
<いや、あんなのと一緒にされるなんて心外ですよ。僕はあれほど性格悪くありませんから>
そう断言して、なんで元が同じマコトなのに、あんな人を試す悪癖持ちになってるんだか、と愚痴ると、雲取様はそれはもう盛大に、それこそ現実世界なら、吹き飛ばされてしまうこと確定なくらい大きな溜息をついたのだった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
はい、雲取様との心話はこれで一応決着となります。後は伏竜に相談して、という流れになりますけど、福慈様の召喚までステップが多いですねぇ。でもここは端折るとこではありませんから。丁寧に竜族の意識やアキのスタンスを示すシーンなので冗長に感じるかもしれませんがお付き合いください。
あと、アキは依代の君と自分は明確に違うと断言してますけど、一応、本人なりの根拠はあるんです。
アキはこれまでのマコトとしての人生から言っても、相手より圧倒的に優位にあって、試練を与えるような側に立った事がありませんからね。なので、依代の君のような意識を持つ機会がありませんでした。
逆に依代の君は、皆にそうあれと願われて存在を確立した、願いによって成立している神が実体を得た存在です。なので、皆の信仰を集める「マコトくん」は神であり、人々の行いに対して何かあってもそっと助力する程度で、自力で難事に打ち勝つことを求める気質を元々備えています。そこが違う訳です。
まぁ、でも雲取様も悟ったように、はい、これって、根は一緒なんですよね。
それをする機会があったか、無かったか、その違いに過ぎません。
ただ、アキは元が一緒でも、そうして人に試練を与え、その様子を尊ぶ依代の君を、第三者視点で観察するという経験をしたので、あれはないよなぁ、印象悪いからその顔やめようよ、とか意識を持つに至りました。なので、自分はそういう真似はしないぞ、とそこで意識の分岐が起きたんですよね。
元が同じだろうと積み重なる経験が異なれば、その在り方は移り変わっていくモノ。一卵性双生児とて、離れて暮らしてそれぞれが異なる人生を歩んで久しぶりに再会すると、もう人相とかからしてだいぶ変わってきますからね。似てるけれど明確に区別ができる、そんな感じに人相に歩んだ人生が反映されてくのです。
……といったようにアキは、だから彼と僕は違うと認識してる訳なのでした。ただし、本人が思うほど依代の君とアキの振舞いに違いがあるかと言うと、それを評価するのは他者ですからね(笑)
次回の投稿は、十月二十三日(水)二十一時十分です。