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1-7.偽経歴《カバーストーリー》

誤字を修正しました。(2018/04/16)


 ホワイトボードには、これまでに話した内容として、①僕を喚んだ理由、②僕でなくてはならない理由、③想定外の結果、と書いてある。箇条書きにすると大した話ではなかったようにも思えるけど、実際には前提となる知識からの説明になるから、かなりボリュームがあって、少し疲れた。


「だいぶ話し込んでしまったが、今日の話はあと二つある。少し休憩を入れてから、残りを話すことにしよう」


 あと二つ。確かに少し気分転換しておかないと、集中力が途切れそう。


「マコト様、こちらへ。水回りの設備について紹介します」


 促されて、隣の部屋に入る。見取り図によると、ここは脱衣場で、この先にあるのはトイレとお風呂だ。大きな鏡が備え付けられた洗面台は、両手を広げたくらい幅があり、横のカウンターとボウル部分は段差がなくて綺麗だ。ボウルは人造大理石っぽい。しかも水栓は水温、水量がレバーで簡単に調整できる混合タイプで、洗面所全体の木の色合いもダークブラウンで統一されていてお洒落な感じだ。


 科学の進みが鈍いというけど、とてもそうは思えない。


「気に入っていただけたようですね」


「はい」


 異世界っぽくはないけど、使いやすそうだ。


「触れる位置には魔道具を使わないという制約があるため、曇らない鏡、いつでもすぐ使える温水、冷たくない床あたりまでしか用意されていません。何か思いつかれたことがあったら遠慮なくご意見ください」


そう言いながらも、僕の反応を見て嬉しそうだ。


「いえ、とても配慮の行き届いた作りだと思います。角の曲面仕上げもそうですが、使いやすく、シンプルな面で構成されているので、掃除もし易そうなのもいいですね」


「そう言っていただけると職人も喜ぶことでしょう。ところで、こういった家具ですが、装飾で埋め尽くされたような高級感溢れるタイプと、こういったシンプルなタイプはどちらが好みですか?」


「普段使いするなら、シンプルなほうかと。掃除が楽ですから。それが何か?」


「いえ、ニホンではどちらが人気なのかと、ふと気になりまして。さて、こちらが温水洗浄機能付きトイレの試作型になります」


 扉の向こうにあったのは見覚えのある洋式トイレだ。ご丁寧に横のタッチパネルまで再現されている。電源はどこから供給しているのかと思ったけど、電源ケーブルは見当たらない。


「マコト様、こちらは電気式ではなく、機械・魔術併用式なので、コンセントはありませんよ」


 機械・魔術併用式! なんか凄そう。


「僕が触れても大丈夫なんですか?」


「ご安心ください。あくまでも魔導具部分は直接、触れられることのないよう配慮された設計となっています。便座を温める機能は実装できず、このようにカバーで対応しています」


「このようなトイレは一般的なのでしょうか?」


「こちらでは、魔術式タイプが広く普及しています。大変好評なんですよ。国外に輸出する話も出ているそうです」


 うん。良い物は誰もが欲しがるものだから売れることだろう。それにしても凄い情熱だと思う。


「最後に浴室を紹介します。こちらは魔術を使わずに、湯冷めしにくい真空断熱層を用いた浴槽になっています。床も暖かくしてあります。 それと、マイクロバブル生成も魔導具で実現しているんですよ」


 床の上に足付きの湯舟がでんと置かれている。深さはないけど足も伸ばせてリラックスできそう。それにしてもマイクロバブルとは、凄いなぁ。日本でだってそうそう普及している物じゃないのに。


「マイクロバブルもやはり機械・魔術併用で作るんでしょうか?」


「水圧の発生には魔術を用いてますが、マイクロバブルを発生させる部分は純粋な科学式です。マイクロバブルは薬品と違って水を汚さないので、お風呂以外にも多くの分野で活用されています」


 僕もミア姉さんに原理とか、効能とかはいろいろ説明した覚えはあるけど、こうも短期間で導入できるとなると、こちらの技術力はかなり高そう。


「もしかして、同じ高性能でも、魔術なし、というのは賞賛に値する特徴ですか?」


「そうですね。やはり魔術で同じことをしても『あぁなるほど』と言われる程度で、それを魔術抜きで行うと『なんと凄い』と驚かれる、といった感じでしょうか」


「それは魔術だと、魔力を必要として、効果が長続きしないから、とかでしょうか?」


「ご明察です。現代魔術がいくら効率が良いと言っても魔導具に込められる魔力には限界があり、どうしても稼働時間は制限がついてしまいます。ですが、この湯冷めしない浴槽は丁寧に使えば何十年でも効果は持続します。魔術を使わず、魔力を供給する必要もなく。なので『凄い』と評価されるのです」


 そう考えると、科学って本当に凄い気がしてきて嬉しくなった。


「さて、マコト様。では、そろそろ戻りましょう」


 リアさんが、お茶を淹れ直してくれた。一緒にチョコレートケーキも用意してくれている。さて、それじゃ残り二つの話を聞こう。





 うん、甘さ控えめなビターなチョコレートケーキとは、なかなか良い選択だと思う。口の中で溶けてく感じとか、ほろ苦いリッチな感じがまた美味で、食べてるとなんか幸せな気分になれる。


「本当に美味しそうに食べるね、マコトくん」


「甘いだけじゃないところがいいですよね。あれ? でもさっきチョコレートケーキは食べたって」


「そんな怖いことをする訳がないじゃないか」


 リアさんは手を大きく振って否定した。


「そうなんですか?」


「確か、ニホンではその気になればいつでも夜中であってもケーキを買って食べられるんだったか」


「そんな真似をすれば太りますけどね」


「それは怖い。それはさておき、私が、君のことをミア姉ではないと断言した理由を教えておこうと思う。こちらでは、カカオは舶来品で、そうそう簡単に手に入るものではないんだ」


「食料を運ぶのなら量も多いですし、船便になるのは仕方ない話と思いますけど」


「それは運ぶ手間だけの話だろう? こちらでは海には出るんだよ、海竜どもが」


「海竜? それって船を襲ってきたり――」


「するんだ。見つかると当然、碌なことにはならない。だから、舶来品はとても高価で、船乗りは出航前に遺書を書くのが決まりになっているほどだ」


「なんて物騒な」


「そう、だから、そんな貴重な品物を勝手に食べられたら、ミア姉が怒る。それがわかって食べる訳がない」


「でも賞味期限切れになりそうなら、ミア姉だって仕方ないと許しますよ」


「あと一つの理由はそれ、保管庫と言っただろう? 冷蔵庫じゃない。あちらの世界にはない品物だからわからないのも無理はないが、保管庫の中は時間の流れがとてもゆっくりで、何カ月も出来立てを楽しめるんだ。だから、賞味期限が切れる、なんてことは理由にならないんだよ」


「傷んでしまう訳でもないのに食べられたら、うん、確かに怒るかも」


「そういう訳で、仕方ないと言った時点で、ミア姉ではないことは確定したのさ」


「なるほど」


 などと、雑談をしつつ、お茶を飲んで、だいぶリラックスできた。集中力もだいぶ回復したと思う。


「さて、では話を再開しよう。今日話しておくべき内容は残り二つ。一つはマコトの偽経歴(カバーストーリー)をどうするか、だ。といっても事実上、選択肢は一つしかない。マコト、君は、私とミア姉の年の離れた病気がちで療養していた妹という立場になる」


 妹! 確かにこの身で男と言う訳にはいかないだろうけど、妹、妹かぁ。


「ミア姉と瓜二つな姿、私とまったく同じ魔力属性、これで血縁関係がないというほうがおかしい。そして、マコトの年齢を考えると、年の離れた妹ということにするのが自然で、これまで表に出てこなかったのは、病気がちで療養していたから、とすれば、納得しやすい訳だ」


「病気がち、というと、体調が悪い演技をする必要がでてきたり?」


「わざわざそう振舞う必要はない。まだ話してなかったが、君はミア姉と魂を交換した状態で、心身が不安定で、健康とは言い難い。普通に生活するだけでも、心が疲れてしまうから、一日の半分は寝ているような生活が続くことは覚悟して欲しい」


 魂を身体から引き剥がして、別の身体に放り込んで、何の支障も出ない訳がない、と。でもそれって!?


「ミア姉は、あっちに行ったミア姉さんは大丈夫なんでしょうか!? こちらのように魔術がある訳でもないし、状況を把握してサポートしてくれる人がいる訳でもないし、それにそれに――」


「まぁ、落ち着け。もちろん、大丈夫だ。心身の定着に必要な魔術と、発動に必要な魔力は一緒に送り込んでいるから、周囲に魔力がなくても発動する。だから心配ない。それにマコト、ミア姉はアレでも、我が国でも上から数えたほうが早い熟達した魔導師なんだ。考えうる限りの準備をした上で、あちらに行ったんだ。そこは安心して欲しい」


 僕の手をしっかりと握って、ゆっくりとリアさんは話してくれた。確かに。確かに、ミア姉さんが準備もなしにこんなことをする訳がない。なら落ち着こう。慌てず、何ができるのか考えないと。


「とりあえず理解しました。その、僕にも定着術式というものをもっと使って貰えば、早めに安定したりしませんか?」


「先ほど話したように、高過ぎる魔力のせいで、外部からの魔術、とくに魂を扱うような精密な魔術は効かない、と思ったほうがいい。魂が入る時に仕込んでおいた定着術式は別として、あとは自然治癒に任せるしかない。その点、あちらのミア姉のほうは、魔力共鳴効果は出ないから、二、三日もすれば、安定するだろう」


「そう聞いて少し安心しました。それで僕はお二人の妹、との話でしたね」


「そうなる。私達の父母であるハヤトとアヤからは既に承諾を得ている。名前も二人から受け取ってある」


「マコトでは不味いんでしょうか?」


 真でも、真琴でも、女の子の名前としても問題ないと思うんだけど。


「こちらでは、マコトは男の子の名前で、しかも名付ける人はいない名前なんだ」


「一般的な名前ではないから?」


「ミア姉のせいで、『マコトくん』は有名になり過ぎてね。そのまま名付けるのは避けられているんだ」


「――なるほど。それで、名前を教えていただけますか?」


「アキ、それが新たな君の名前だ。命名は親の権利だから、と自分達で決めると譲らなくてね。どうだろう?」


 アキ、か。ミア姉さん、リアさんと同じアの音が入っているから、確かに妹っぽいかな。


「わかりました。私の名前は、アキということでよろしくお願いします」


「こちらこそよろしく、アキ」


 日本も含めるとこれで、姉は3人目か。どうせならお兄さんも欲しかったなぁ。弟や妹でもいいんだけど。


「それで、だ。私はアキの姉な訳だ。だから、呼び名は変えて欲しい」


「では、ミア姉と区別するということで、リア姉と」


「リア姉、いいね、うん。もう一回呼んでみてくれないか」


「リア姉?」


 なんだろう、何度も呟いてうん、うんと頷いてる。


「私達は長命な種族だと話したね。私はずーっと長い間、ミア姉の妹だった。だから、自分に妹ができると思うと新鮮な気持ちだ。そうか。下の子ができるというのはこういう感じか」


 とても嬉しそうなのは何よりだけど、いつまでも繰り返していそうで、ちょっと困る。


「それでリア姉、最後の一つは何かな」


「そうだった。今後を決める意味で、必要なこと。アキ、君が今後、何をしたいのか、を聞きたい」


 何をしたい、なかなか難しい問いだけど、答えは決まっている。


「ミア姉さんを助けたいです」


「即答だね。でも、そう答えると思っていたよ。『ミア姉を助ける』、これを最終目標として、ではまず何をすればいいのか、その点について意識を合わせておこう」


 ケイティさんがホワイトボードに、最終目標として書き記した。

 千里の道も一歩から。いきなりゴールには到達できない。それじゃ、まず何をすればいいんだろう?

 確かに意識合わせは必要だ。

次は四月十五日(日)に投稿します。

この時期は、くしゃみ、鼻水、涙と、花粉症の症状が強く出て辛いです。

異世界には花粉症、あるんでしょうか。気になりますね。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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