23-16.振り回される人々(前編)
<前回のあらすじ>
研究組の皆さんと検討、検証した結果、福慈様を小型召喚体で迎えた際の事故防止策も纏めることができました。依代の君が言うように、僕の竜神の巫女としての役割について事前に説明しておくことは確かに良い楔になりますね。(アキ視点)
研究組との相談、検証作業は試せない案が多かったこともあって午前中にはサクサク終わった。
ただ、その内容を踏まえて、さぁ、午後からは福慈様と心話でお話を、という訳にはいかず、連邦大使館の庭先に場を用意したのでそこで、そこで話をしようじゃないか、と調整組や参謀本部、その他の人達に拘束されることが決まった。
研究組は解散、白竜さんは紅竜さんと共に福慈様の元へ。
依代の君は自分が必要なとこは終わったと言って、連樹の社へとヴィオさん、ダニエルさんと一緒に帰って行った。
そんな訳で、お別れの挨拶をしたり、師匠から創造術式を連発したことへの感触や実行結果についてあれこれ聞かれたりとしているうちに、関係者の移動も始まったので、僕も馬車に乗って連邦大使館へ移動を行うこととなった。馬車は観察用に増設された二階席も無くなってすっきりした姿に戻ってる。やっぱりこちらの方が安定感があっていいよね。あちらはあちらで見晴らしはいいんだけど、明らかにトップヘビーになってて低速移動限定って感じになってたし。
「なんでしょうね。皆さん、随分、熱心に話したそうでしたけど」
「それはアキ様もよくご存じなのでは?」
韜晦してみたけど、ケイティさんから、わかってるでしょうに、と突っ込まれることに。
「アキの言うように、高齢の御婦人が声を張り上げたのを諫めて、気分転換させると言われて、はいそうですか、と済ませる訳にもいかんじゃろうて」
お爺ちゃんも、説明するのは皆を束ねる要としての責務じゃな、と一言。
まぁ、そうなんだけどね。
なんか近頃、雑事ばかりにかまけてる感があって困るんだよね。だからといって、任せた、と言えるような方が見当たらないとこも痛い。竜族三万柱とか言ってても、誰一人、福慈様を諫めないんだもん。まぁ、伏竜さんが対面してた最中の出来事だから、案外、伏竜さんは食い下がったかもしれないけどね。
参謀本部にはその役を担って貰いたいなぁ。人数はいるのだし、今後に期待しよう。
◇
連邦大使館の庭先に行くと、調整組、参謀本部、その他の皆さんが既に陣取って待ち構えていた。ヤスケさん、父さんも来てるけど積極的に発言する気はないようだね。一応、各チームの状況確認だけでもしておこうという傍聴者的スタンス、と。
いやぁ、壮観な眺めだねー。
「今回は通算二回目の思念波となった訳ですけど、近衛さんは前回は妖精界にいて未経験だったかと思います。今回の思念波は体験されました?」
そう話を振ると、ふわりと前に出て、その体験を語ってくれた。
「今回はたまたま参謀本部の面々と仕事をしていて、私も体験することとなった。アレが地平線を超えた先から放たれたとは今だに実感がない。成竜の咆哮であっても、あぁは届くことがない。自分に向けられた意思ではないにも関わらず、背筋が凍り付く恐ろしさ、死を予感させるモノだった」
ほぉほぉ。
僕が一発目に踏んだ特大地雷での激高に比べると、随分マイルドだったんだね。あっちは今でもちょっと思い出すだけでも、慌ててその記憶を心の奥底にしまい込んで鍵を掛けたくなるくらい怖かったくらいだ。それに比べれば、まだ天空竜の怒りと認識できるだけだいぶマシだ。最初の激高は、あれこそ世界が揺れて荒れ狂う、生ける天災そのモノだった。もう生き物とかそういう発想なんて欠片も湧いてくることがなかった。
他の面々の表情を見ても、まぁ似たような感じっぽい。
「お爺ちゃんはどう感じた?」
「去年の激高の思念波はありゃ生き物の発するソレとは思わんかった。火山の爆発のような何かじゃな。それに比べれば、今回は強大な竜が放った思念波の範疇じゃったし、その時間も短く、空を竜達が慌てふためいて飛ぶような事も起きてはおらなんだ。尾を引く話ではなさそうと思ったわい」
なるほどね。
「どっちかというと竜族寄りの感想、と。エリーに纏めて聞くけど、調整組の皆さんの二度目の体験はどっちよりだったかな? 初めて食らった近衛さん寄りか、二度目のお爺ちゃん寄りか、どっちだった?」
エリーは、一応、他のメンバーに目線で確認しつつ教えてくれた。
「どちらかと言われれば翁寄りね。ただ、誤解しないで欲しいのだけれど、幼子が強面の父親の怒鳴る声を聞いたくらいには恐怖に身が震えたわよ? 自分に向けられた激しい感情ではないと感じられたけれど、それで他人事と受け流せるような軽い体験じゃなかったの」
ふむふむ。
これは森エルフだろいうとドワーフだろうと、鬼だろうと人族だろうと関係なしと。
「そうなったら母親の背に隠れて身を縮めて涙目になってそうだね。とはいえ、皆さん、特に尾を引いてる感じでないのは何よりでした。それに比べるとちょっと参謀本部の皆さんは本調子とは言えない感じでしょうか。多分、一年間、多くの竜との対面を続けて、ある意味慣れてきた調整組と、そうでない方々の差なのかもしれません。第二演習場で手伝ってくれているスタッフの皆さんも、去年に比べればだいぶ自然な感じになってるくらいですし」
そうフォローを入れると、参謀の鬼族シゲンさんが勘弁してくれ、と率直な思いを語ってくれる。
「去年の思念波爆発の時には俺は連邦の地にいて、離れていた分、荒れ狂う思念波も皆に聞いた話に比べればだいぶマシだったんだ。それに竜達に城塞都市群が消し飛ばされた時代も幸いにして体験していない。で、さっきの検証で見せられた対竜向けの熱線術式。アレに軍人で平然としてられるのは、頭のネジが外れたような連中だけだろうぜ」
あー、なるほど。
「確かにアレと対峙するとか、少しでも考えたら身が竦むでしょうね。まぁ僕からすれば、鬼族の方々の鉄棍の一閃も似たようなモノですけど。依代の君みたいに、熱線術式を放つ白竜さんの凛々しい姿に大興奮、みたいな方はいませんでした? ふむ、残念」
怪獣が放つ破壊光線、ちゅどーん、みたいなのって日本の子供達なら大興奮間違いなしな格好良さなんだけどね。「世界が燃えちまうわけだぜ」と興奮気味に呟くとか、とか。
物質界にいる皆さんにとっては、天空竜がいるのがリアルな現実だから、そんな呑気な意識は持てないんだろうね。金属光沢のある鱗に覆われた白竜さんの身体が、熱線術式の赤黒い光に照らされて輝く様は、かなりSFチックな感じで、僕は格好いいと思ったんだけどなぁ。
さて。
緊張緩和のアイスブレイクもこれくらいにして、それじゃ本題に入るとしよう。
「それでは、こうして大勢が集うのも大変ですし、そろそろ本題に入るとしましょう。こうして福慈様との心話を行う前に時間が設けられたということは、福慈様への働きかけに対して何か注文があるとか、触れて欲しくない話題があるとか、逆に触れて欲しい話題があるとか、或いは今後を見据えて相談がある、ってとこでしょうか?」
僕の問いに先ずは調整組はエリーが代表として返答してくれる。
「概ね、その認識で合ってるわ。アキの考えた策なら、追加費用も資材も人員も必要がなく、福慈様がやらかした事を思えば、できるだけ早いタイミングで誰かが諫めるべきというのもその通り。白竜様も紅竜様も依代の君も、対価を求めるような仕事ではなく、必要だから手を貸す、そうした範疇なのよね」
うん、うん。
「何か契約する訳でもないし、仕事を頼む話でもないし、福慈様に声をかけて気晴らしでもいかがですか?って誘う、言ってしまえばその程度の案件だからね」
エリーの言う通りだ、と同意すると、でも、と話が続いた。
「でも、そのアキの言う老いた方々の気晴らしは、弧状列島の広い範囲に影響を与え、「死の大地」に対する影響軽減という目に見える変化が生じ、きっと決定的な対立意識を持っている竜族高齢層の意識改革に繋がり、将来の統一国家樹立への呼び水としても大いに役立つのよね」
「まぁ、そうなるといいなぁ、くらいの話だけどね。流石に気晴らしのお手伝いをして今より関係が険悪になるってこともないだろうから、分のいい賭けというか、やった分だけ儲けな話でしょ」
なんてお得、しかもお高くない、というか代金0円というのだから破格だ。
「そういうとこが心配なのよ」
「えー」
「えー、じゃないでしょ、えー、じゃ。フォローするこっちの身になってちょうだい。アキがどこまで意図してるのか、どの程度まで見込んでるのか、逆にどこはまったく考慮してないのか、その匙加減を知らないまま、なんてのは怖過ぎるの。安心なさい。しっかり話してくれれば、隅々まで気を配ってフォローしてあげるから」
などと、口元だけ笑ってるけど、見透かすような眼差しを見てると背筋が寒くなってくる。うーん、今回は特に怒られるようなことはしてないと思うんだけどなぁ。
「うん、ありがと。では調整組の大まかな話はそれ、ということで。参謀本部の皆さんの方はどうでしょう? シゲンさん、簡潔に一言どうぞ」
僕の言葉に、肩を竦めながらも、参謀本部の面々が抱いた意識や、注文を軽く教えてくれた。
「なら簡単に言うが、シンプルに言えば、我々は活動の根本からボタンの掛け違いをしていた事に気付かされた、って話だな。それに、我々からの依頼もある」
ほぉ。
「依頼というと?」
「こちらでも作戦規模が大き過ぎて、必要な情報が多岐に渡る事もあって、竜族の参加をして貰う前に、自分達の中である程度話を煮詰めていこうとしてたが、今思えば、明らかに優先順位を間違えていた。俺らに必要なのは、素の竜族と僅かでもいいから日々、交流を積み重ねて、互いを良く知ることだった。参謀本部の戦場は会議室であり、地図を見て全体を指揮していくことに行き着くが、最初からそれを想定しては駄目だった。竜とは何か、彼らを共に生きる隣人として、生々しいその生き方を、考え方を知らなきゃ話にならん。そういう訳だから、忙しいのは知ってるが、参謀本部と竜族の間の橋渡しをして、彼らが参謀本部の仕事に意欲的に関わろうと、この冬、通い詰めるようになるまでフォローしてくれ」
おおっと。
「それはまた、随分と積極的なお話ですね。竜達からすれば冬の寒さだろうと夏の暑さだろうと、活動への影響なんて僅かでしょうから、上手く誘えれば、それなりの頻度で通ってくれるとは思いますけど。暫定で決めていた炎竜様、氷竜様、鋼竜様の三柱で良いですか? あと、伏竜様や雲取様、雌竜の皆さんなど他の竜についての考えも聞いておきたいですね」
確かに事前検討していたとはいえ、頻繁に彼らが通う形になるほど、お膳立てをしてなかったもんね。仕事に支障が出てるなら早く言ってくれればと言う気もするけど、ある意味、竜達目線の武力を目の当たりにするまで、竜神とまで言われる彼らの力も、どこか現実味が薄かったってとこなんだろうね。頭では解ってるつもりだったけど、実のところそれは、理解からは程遠い認識だった、と。
「まぁ、その辺りも含めて全体的に把握しておきたい。特に老竜達は戦力外と認識して、若竜達の参加を邪魔しなければ御の字だろうと考えてたんだが、そこの見直しもあるかもしれん。そうなると前提が全部変わってくる。だから、俺らの方は調整組との話を終えてからにさせて貰うぜ。その方が話が早い」
ん。
「では、順番も決まりましたし、調整組の皆さんとの話から始めましょう。あー、ベリルさん、ホワイトボードの準備をお願いします」
鬼族の女中さん達がひょいひょいとホワイトボードを運び込んでくれて、あっという間に準備完了。あー、鬼族王妃様のウタさん達も給仕してます、って体だけど、話はがっつり聞くつもり、と。
では、話を始めよう。まぁ、大した話じゃないからサクサク話して終わるんだけどね。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
というわけで、研究組の対策も終わったので、はい、どうぞ、福慈様と好きに心話して、などとアキの手綱を離すようでは、ロングヒル勤めなどやってられないとばかりに調整組、参謀本部の面々に捕まることになりました。
今回の話は、追加予算ゼロ、白竜、紅竜、依代の君も手弁当で協力してくれるし、別邸から心話を行えばいいのでどこかに出かけるような必要すらなし、というお手軽さなんですよね。そしてあまりに手軽だからこそ、内心恐怖している調整組、参謀本部だったりする訳なんですが。アキからすれば、それはそれ、まぁお任せしますから、と丸投げしたい部分でしょうね。
次回の投稿は、九月二十九日(日)二十一時十分です。