23-11.福慈様の暴発対策(前編)
<前回のあらすじ>
まさか、福慈様がまた思念波を暴発させるとは思ってませんでした。幸い、前回よりはかなり小さめではあったようですけど、ロングヒルまで届いた時点で、結構な広域だったのは間違いありません。力が強いのもこうなると困りものですよね。まぁ、それはそれとして伏竜さんと福慈様が何を話してその結果がどうなったのか気になります。あぁ、伏竜さんとの心話が解禁されてたなら、すぐ聞けたのに!(アキ視点)
前パートのタイトルを変更しました。
旧:23-10.世代間対立(前編)
新:23-10.福慈様、また激しい思念波を暴発させる
福慈様を小型召喚体で喚び、視界内に街エルフが一人しかいない状況とすることで、もし反射的に消し去ろうと熱線術式を放ったとしてても、それを防ぐべき範囲はわかっているので、予め正面に範囲を絞って強固にした障壁を設けておけば、仮に撃たれたとしても被害が出るのは防げるだろう、というのが僕のアイデアだ。
念の為に、僕の前には依代の君、僕の後ろには白竜さんに立ち会って貰うことで、巻き込んで撃つ可能性を減らすなんてアイデアも考えてみた。そもそも、僕自身は魔力が完全無色透明で感知できないので、存在を認識して撃たれる可能性が低い気もする、という見込みもある。
他には、撃ってくる方向はほぼ限られるのだから、障壁を何重にも展開するとか、熱線術式は光なので、上手く偏向する面を設ければ全反射させて逸らすこともできるだろうとか、或いは常闇の術式は光という存在自体を指定空間内で存在しないよう理を捻じ曲げるから、盾状に常闇を展開しておけば、熱線であろうと常闇の領域に入り込んだ時点で存在できず消え去るんじゃないか、なんてアイデアも出してみた。
そんな感じに、色々と撃たれるとしても防ぐ算段はいくらでも用意できるから、まず心理的に拒絶の反射行動が起こるのを可能な限り抑制、更にもし撃たれたとしても逸らす、防ぐ、打ち消す、とすればいいと話すと、父さんもヤスケさんも、酷く疲れた眼差しを向けながらも、研究組を集めて軽く事前検討してみることを了承してくれた。
良し。
一応、二人とも、竜族が年老いていくと巣からあまり離れることもなく、眠ってる時間が増えていくことについて、精神的なストレスが溜まっていく一方であって、そのまま放置しておくのは良くない、という僕の主張については理解を示してくれた。今回は多分、大きな問題には幸いにして繋がらないで済みそうだけど、今後もそうとは限らない。そして、こちらの準備が整わないまま、「死の大地」の祟り神を刺激して暴発されるのは、あまりにも酷い展開だ、という主張も頷いてくれた。
ただ、今のうちに福慈様のストレスをできるだけ減らして、思念波の暴発を防ぐ必要はあるにしても、召喚で喚びつけて、目の前に街エルフを立たせて、ギリギリに追い詰めた状態で試すという方法以外に選択肢がないのかよくよく検討すべき、と念押しされることにもなった。
「どうせ暴発しそうなら、安全に暴発させちゃった方が反省も促せて良いでしょう?」
そう言ってみたんだけど、酷く呆れた顔をされてしまった。
「お前のその考え方は、お前がいつも非難している我々、街エルフの考えそのものだぞ」
ヤスケさんも、そんなとこまで真似んでいい、などとボヤく始末。どの口が言うのか、と思わないでもないけど、福慈様の前にぶら下げて反応を促す僕の身を案じてのことだから、流石にそこで突っ込むのは止めたんだけどね。
◇
ケイティさんに関係者に緊急の用事として研究組の招集をお願いして、それと心話を通じて、白竜さんにも趣旨を説明して、お手数だけどロングヒルに来て欲しいと頼んだら、かなり苛ついた心を向けられることにもなった。
<福慈様に話をする前に連絡をしたのはいいけど、緑竜も言ってたように、私達を信頼し過ぎ>
触れた心から伝わってきた感じからすると、白竜さんが射線上にいたとしても反射的に撃たれた熱線術式程度でどうにかなるなんて事はないので、躊躇させる要素としては弱いようだ。
<予め障壁を展開しておけば、焦るような展開にもならないかなぁ、と。後は集まってから相談させてください。召喚陣と僕の間に何枚障壁を出してもいいのだから、きっと大丈夫ですよ>
例えば、ということで紅竜さんと白竜さんに控えて貰ってそれぞれ、僕の正面の絞った範囲に障壁を重ねるように展開して貰って、そこに依代の君も障壁を出してくれればそれだけで三重の守りになるってイメージを渡すと、一応、考え無しに引き受けようとしてるのではないと意識はしてくれて、続きは会ってからということで、やってきてくれることになった。
ふぅ。
そもそも小型召喚体にする時点で、本来の力の二百分の一くらいに落ちるんだから、いくら福慈様が強くても、本体の紅竜さんや白竜さんにあしらえないような事態になる訳ないのにね。あと、白竜さんだけでなく紅竜さんも同席することが決まった。どうせなら、熱線術式を絞った障壁で完全に防ぎきれるか確認しておこうという前向きな提案だ。
熱線術式なら竜同士の空中戦でも牽制技程度にばんばん使うだろうに今更検証が必要かと聞いてみたら、高速飛行が基本の竜同士の空中戦においては、互いの距離は何キロも離れてるのが当たり前であって、今回のような至近距離で撃って、防いでなんてことはしたことがないそうだ。あー、うん、言われてみれば確かにその通り。あと位相を揃えた光でもないから、遠距離だと減衰率凄そうだもんね。
それからそれから、依代の君にも連絡をして貰い、彼も同席してくれることに。そんな大勢が参加して、しかも話にしか聞いたことがない福慈様を小型召喚体とはいえ喚んで対面できるとなれば、顔を出さない訳にもいかないだろう、って。僕の身を案じてとかじゃないし、そもそも危険とすら思ってないとこは、今回は心強いかな。
おおっと。
お爺ちゃんが少し待つように声をかけてきて、同期率を落とすと、暫くしてシャーリス様にも話を通して、なんと研究組の打ち合わせに参加してくれることになった。賢者さんがいるから、妖精さん達からの追加参加は不要と思ったんだけど、これはちょい予想外だった。
それでも、ロングヒル全体が臨戦態勢になっているような状況下でもあり、思った以上にスムーズに関係者を集めることができたのは幸いだった。できるだけ間を置かずに福慈様に話をしたかったから、この段取りの良さはかなり助かる。
さて。
それじゃ、第二演習場に向かって、ちゃっちゃと実現性がありそうか確認するとしよう。
◇
皆が集まるまで少し時間もあるということで、ベリルさんとケイティさんに言われるままに、今回の事件について、何が問題で、どこに対して行動を起こすのか、逆にどこに対しては口を挟まないのか、技術面で試してみたいアイデアは何か、なんてところをひたすら、もう無いですよね、と念押しされながら、思いついたことを話していくことになった。
ホワイトボードもどんどん話が書きこまれていき、一枚、二枚と増えていき、途中から父さんやヤスケさんが呆れることに。
「よくもまぁ、あの短時間にこれだけ思いつくモノだ」
ん。
「実際には大まかな方針を三つ決めただけで、残りの細かい部分はこうして話している間にちょこちょこ思いついて付け足してるだけですから、ここにある話を全部最初から思いついた訳じゃないですよ?」
そう話すと、父さんも納得したと頷きながらも、何とも深い溜息をついた。
「事前にこうしてアイデアを出して整理しておいて正解だったね。出てくるアイデアの方向や粒度を予め整理しておかないと、集まった面々もきっと混乱してたに違いない」
っと、お爺ちゃんがふわりと前に出てきた。
「いやいや、こうして横で聞いておっても、言われている言葉はわかるのに、その意味するところへの理解が追いついておらん。きっと揉めるじゃろう。後で検証していけば良いことと、決めるべきポイントはどこか定めて、それを先に示しておくべきじゃ」
なるほど。
「では、その方向で情報を整理してみまショウ」
べリルさんがてきぱきと、書かれた情報を方向性と粒度で整理し直してくれた。こうして並べ直してグルーピングしてくれるだけでも、かなりアイデアの全体像が明確になって大変ありがたい。
「アキ、守りじゃが儂らの集団術式も混ぜてみたい。実用的ではないとお蔵入りになっておったが竜の吐息を防ぐ空間断絶術式があった筈じゃ」
はぁ?
「空間を断ち切るって、それ竜族の竜爪みたいな感じ?」
「アレは対象を空間ごと消しておるからちと違うのぉ。儂らのは空間を割いて広げるんじゃ。ほれ、馬車は道路に沿って走るじゃろう? その道路を切り裂いて幅を広げてしまえば、馬車はその狭間に落ちて、先の道路には辿り着けん。そういう術式じゃよ」
なんと。
「……なんか凄いこと言ってるけど、お蔵入りした理由は?」
「あまり大きく世界を割くと色々と問題が起きそうだと女王陛下が言われてのぉ。それに集団術式で発動しても範囲をあまり大きくできなかったんじゃ。今回の要件なら満たせるじゃろうが、竜の吐息の一部を防いでも、全体に飲み込まれては意味が無い、というオチじゃった」
ふむふむ。
いくら最強の盾と言っても、構えた部分以外が竜の吐息に晒されたらまぁ、助かる訳がないものね。盾で防げるのは攻撃が点や線で、それを盾で食い止められるからで、面で襲われたら盾がカバーしてない部分は被害甚大だ。
「なら、それも対策に入れておくね。これで逸らして、防いで、無効化して、届かないよう世界を割いて、と異なる手法での防御案が四つも並んだし、これなら、安心でしょう?」
指折り数えてほら四つもある、って示して同意を求めたけど、なぜか周りにいた皆さんから帰ってきたのは呆れた視線だった。代表してケイティさんが心情を明かしてくれる。
「アキ様、有効な対策が出せそうだ、ならリスクはあっても挑戦しよう、と荒事に飛び込めるのは探索者気質そのものです。私やジョージは共感できる面もありますけれど、それでも、対策があるからと老竜の前に喜んで立てる意識は持てません。まして探索者気質がない方々となれば、理解はともかく共感を得るのは諦めてください」
えー。
その意見に父さん、ヤスケさん、それに女中三姉妹の面々まで皆さん、深く、深~く頷くのだった。え、お爺ちゃんまで?
「お爺ちゃん、なんでそこで深く頷いてんの?」
「儂はこうして召喚体でやってきておる。だから、最悪、この身が消し飛ばされても妖精界におる本体は無傷じゃからリスクは取れる。じゃが、本来、妖精族はできるだけリスクを避けて、可能なら相手にこちらのことを知られることすらなく、目的を完遂することを良しとする気質なんじゃよ。福慈殿の抱えた問題について、先延ばしにするのは悪手、対策は早めにすべし、というアキの意見は勿論、理解しておるが、選んだ方法は随分過激だと思うておる。あまり心配させんでくれ。老骨には堪えるわい」
そう言って、ぽんぽんと優しく頭を撫でられることになった。この辺り、種族差と召喚で仮初の身体で、リスクなく行動できるってとこはかなり違いがある、と。いやはや、一年も親密に過ごしてるのにまだまだ知らないことだらけだ。
まぁ、だから面白いんだけどね。
本当に異世界に来てるんだなぁ、と凄く実感できて、嬉しさがつい表情に出たら、今の話の流れで笑うところか、と結構マジに皆さんから絞られることになった。うー、ごめんなさい。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
さて、竜族の反応が鈍いので、仕方ないのでアキが福慈様を諫めるというか、怒ると言い出しました。次回、研究組を集めた際に対応の柱となる方針三つについて明示しますけど、①福慈様と伏竜様の間の衝突には割り込まない、②福慈様の思念波暴発癖を改める、③福慈様の溜め込んだストレスを発散させる、といった感じになります。
今回、アキが話してる「召喚して、目の前に街エルフがいる状況に追い込んで、反射的に拒むのを我慢できれば良し、できなくて攻撃を放ってしまっても損害なしなら、攻撃してしまった事実で反省を促す」ということで、一応、②に対する荒療治となります。翁も指摘した通り、なかなかに過激な策です。
と言っても、アキ自身は別に無敵でもないし、強い訳でもないので、暴発させないための策、暴発しても防ぐ策をしっかりと用意して挑むつもりです。自身を餌に福慈様をギリギリに追い込んで、撃たないよね? と迫る気満々ですけど。
反射的に無念無想、無拍子で放たれる必中必殺の熱線術式ですけど、射手たる小型召喚福慈様の位置と、撃たれるアキの位置は予め確定できるので、防御方法もさくさくと四案も揃うことになりました。逸らす、防ぐ、無効化する、届かせない、とSF好きな男の子ならさくさく思いつくだろう対策目白押しです。日本の文化にどっぷり浸かったアキなら秒で思いつく話ですけど、こちらの人々からすれば、なんでそうポロポロ、対策が出てくるの、ってとこでしょう。
次パートでは急遽集められた面々と共に、アキの提案した荒療治が実際に、安全に実施可能か検討、検証していくことになります。
次回の投稿は、九月十一日(水)二十一時十分です。