23-10.福慈様、また激しい思念波を暴発させる
<前回のあらすじ>
虫や蛇、鳥といった外敵に襲われることを心配せず幼竜が休める家が得られるなら欲しい、という伏竜さんの申し出を受けて、そもそも仮設テントと、常設の住居は何が違うのか、建物の構造や周囲と分け隔てる壁の役割などをあれこれ説明して、その後は実際に幼竜達が使うとしたらどんな家がいいのか、話を詰めていくことができました。こうして構想をあれこれ考えている時が一番ワクワクしますよね。(アキ視点)
伏竜さんと、幼竜の過ごす家について語らった翌日、起きた時に目に映ったのは、ケイティさんやお爺ちゃんの緊張した面持ちだった。
はて?
「おはようございます。何かありました?」
いつものように健康状態を手早く確認しつつも、僕の身支度を手伝いまでしてくれて、落ち着いてはいるものの、急ぐ必要があるようだった。
「詳細はヤスケ様、ハヤト様からあると思いますが、昨晩、福慈様の怒りと拒絶に満ちた激しい思念波が放たれました」
うわ……。
用意してくれてる服は、学生チックな外出用のドッキングワンピ―スだから、場合によっては竜と会う事想定か。さて、考えろ。ケイティさんの雰囲気からして、前回のソレに比べるとかなり小さめ。でも、福慈様が発したと明言してるってことはロングヒルの地まで届いて、実際、ケイティさんも感知したって感じだろう。
「思念波の規模、回数、長さ、それに竜達は前回のように慌てふためいて逃げまどったりしました?」
「まだ集計途中ですが、到達範囲からすると規模は前回よりだいぶ控えめ。回数は一回、長さも数秒といったところでした。竜達の飛ぶ様子も今のところ変化はありません」
「なるほど」
前回は、沸々とした怒りが収まるまでに何日も必要としていたことを考えれば、確かにだいぶ小規模だし、持続性もない。この分なら、最悪の事態に繋がる事は避けられたと考えて良さそうだ。
「リア姉から天空竜の誰かに確認した結果はどうでした?」
「雲取様に心話で問い合わせたところ、伏竜様が定例の報告に赴いた際に起きた出来事のようです」
ほぉ。
「えっと、伏竜様のロングヒル訪問の日程変更みたいな話は特になし?」
「はい。特に変更の申し出は届いておりません」
なるほどね。なら、竜族的には大した話じゃなかった、ということなんだろうね、多分。
「もう一つ、やらかした福慈様に対して、伏竜様以外の誰かが諫めに行ったなんて話は?」
「いえ。そうした動きは雲取様からはありませんでした」
「リア姉は?」
「リア様は共和国に滞在中で、あちらには福慈様の所縁の品はなく、働きかけは行っていません」
あー、そうか。殆どの所縁の品は別邸内に保管してるもんなぁ。そこも改善点か。
んー。
おや、ふわりとお爺ちゃんが前に出てきた。
「アキ、何やら悪巧みを思いついた顔をしておるが何をする気なんじゃ?」
指摘されて、鏡台に映る自分の表情を見ると、確かに座った目をして、何やら仕出かしそうな顔をしてた。おっと。いけない、表情を穏やかに、穏やかに。
「大したことじゃないんだけどね、まぁ、ちょっとあれこれ準備がいるけど、福慈様のやらかしを怒ってあげようか、と」
「怒る、ですか?」
ケイティさんが驚きの声をあげた。と言っても止めたり、焦ったりしてないのは、僕がそれなりに落ち着いてるからかな。
「悪いことをしたなら、その場で叱らないと駄目でしょう? なのに竜達がサボってるから仕方なく、僕の方でするんですよ」
長命種で個で完結してる竜族らしいといえばらしいんだけど、多分、今回のやらかしを問題視できてない。少なくとも他の老竜や成竜が押し掛けて、どうにかせねばならない、とは判断しなかったのは確かだ。
あー、違うかな。もしかしたら伏竜さんは問題と考えたかもしれない。だからこその衝突かも。予定が変わってないなら、次にロングヒルにやってくるのは何日か後になるから、そういう意味では時間があると言えばあるけど、当事者の伏竜さんを差し置いて、僕が福慈様に働き掛けるのもそれはそれで問題あるか。まぁ、いいや、とにかく急ぎではあるけど、今すぐという程ではないし。
◇
リビングに行くと、既にヤスケさんと父さんが座ってて何やら話し込んでいる。アイリーンさんがその場でつまめるサンドイッチを用意してくれてるから、今日の朝食は二人と話合いながら取れ、という事らしい。何気に急かされてるね。無理もないけど。
「おはようございます。ジョウさんはロングヒルの王城で対応中ですか?」
「そうだ。臨戦態勢は解除されたが、まだ軍の待機は続いておる」
ヤスケさんがしかめっ面も露わに状況を教えてくれた。そりゃそうか。ケイティさんが断言したように怒りと拒絶の意志が籠められた、というほど明確に感知した思念波なら、気の弱い一般市民の一部は治療が必要になったりもしてるだろうし、ロングヒルは今、戦時のような緊張した事態が続いているってことだ。
「ジョウさんも大変ですね。それで二人がこうして集まっているということは、僕に心話で何か働きかけをさせようと考えたってとこですか?」
僕の問いに父さんは、そうじゃないと苦笑し、でも、必要があるから集った、としてその理由を明かしてくれた。
「今回の事態を聞いて、何か働きかけができるとすれば、福慈様との所縁の品が保管されてるこの別邸から心話を用いることになるからね。一番の火事場となりかねないから、他と意識を合わせずに動いたりしないよう、目が届くところに集ったんだ」
あー。
僕が竜達に働きかけるとしたら、別邸にある心話魔法陣を使う事になるから、現場を押さえたと。うーん、そこまで短絡的に動くつもりはないんだけどなぁ。どうも誤解されているとこが多分にありそうだ。
アイリーンさんが用意してくれたのはツナサンドだね。美味しい。
「それで、アキ。何をやらかすつもりだ?」
ヤスケさんがやらかすことを前提に聞いてきた。
「大したことをするつもりはないんですけどね」
「お前の大したことがないほど信用できないものはないわ。で、何をする気だ?」
あまりゆったり構えている時間はない感じかな。他の長老の皆さんへの報告とかも必要なのかもしれない。お忙しい方だ。
「とりあえず、何も知らないよ、という体で、大声を張り上げた福慈様に対して、五月蠅いにゃー、とペット枠らしく、無邪気に文句を言ってみるつもりです。当事者の一方である伏竜様とは何日か後に直接会って話を聞けばいいとしても、誰も今回のやらかしを諫めないのは駄目ですからね。悪い事をしたならその場で誰かが叱らないと」
めっ、て言って、悪いことしたね、ってわからせないといけませんと伝えると、なんだろ、ヤスケさんが理解できない、と言わんばかりに混乱した顔で目を見開いた。
「叱る、だと? アレをか?」
「僕にとっても近しい方ですからね。そう尾を引いてる話でもなさそうですし、軽くお話して、後は伏竜様預かりで良し、となればいいんですけど、そこは福慈様に話を聞いてみれば見えてくる話でしょう」
おや、父さんが割り込んできた。
「アキ、伏竜様預かりと簡単に言うが、予定に変更がないということは、竜族の間ではもう終わった事扱いなのではないか?」
ん、父さんもそうだとしたら、地の種族にとって不味いと認識した上で、ならどうするか語れ、と促してくれた感じだね。
「状況からして、伏竜様と福慈様の単なる個人的な衝突ではなさそうですし、報告中に問題が起きたというなら、世代間対立みたいな話かもしれません。もしそうなら、僕みたいな部外者が間に立つ話でもありませんし、伏竜様がのし上がる良い機会です。多少の支援はするとしても、伏竜様には矢面に立って貰いましょう」
それをお願いするかどうかは、伏竜さんの意識とやる気次第、なんて話をしたら、父さんは目元を揉みながら、絞り出すように口を開いた。
「それで支援は何をする気なんだい? ある程度、やる事は思い描いてるように感じたが」
ほぉ。
そこまでわかりやすい態度に出してたかな。まぁ、確かにその通りではあるけどさ。
「研究組のメンバーと要相談ってとこですけど、色々と煮詰まってそうな福慈様のストレス解消に小型召喚体で喚んでのびのびと飛んで貰うのはどうか、ってとこがゴールで、その前段階として、福慈様がつい反射的に目に入った地の種族を消し飛ばしたりしないよう、意識を改めるための顔合わせを穏便に済ませる算段が取れるかどうか、あと念の為に後ろに白竜さん辺りに控えて貰えたら何とかならないかなぁ、と」
長年の争いの結果、福慈様自身も認めていることだけど、本人にその気がなくても、つい、反射的に目に映った地の種族を消し飛ばしかねないとのことだった。竜の吐息を無意識に撃つとか、竜爪を振るうとかはないだろうから、そうなると貯めなしで放たれる必中必殺の熱線術式って可能性が高いと思う。それなら、召喚陣の位置から見える方向を揃えて、目に映る街エルフが一人だけ、となれば撃たれる位置も守るべき範囲も見えてくるから、予め守りの術式を強度を高めて絞って展開しておけば何とかなるだろうとか。そうして無意識に一回やらかせば、その後も反射的に連発するとも思えないし、その並びに白竜さんがいれば、撃つところまでいかないかもしれないとか。見た目、子供な依代の君にも付き合って貰えば、彼の特異な神力も、暴発への抑止力として働くんじゃないか、とか語ってみたんだけど。
「……それはアキが対峙しないと駄目なのか?」
「地の種族で一番撃たれる可能性が低そうなのは、心話で外見を伝えていて交流のある僕でしょうからね。それに暴発させないのが最上、暴発しても被害なしに抑えるのは次善の策ですよ」
なんて語ったら、それはそうかもしれないが、と父さんは納得しかねる、といった表情のまま黙り込んでしまった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
はい、急転直下というほどでもないですけど、再び福慈様がやらかしました。怒髪天を衝く、なんて言いますけど、福慈様の場合、本当にその怒りが世界を衝いちゃうのだから難儀な話ですよね。とはいえ、アキも認識してる通り、前回のように竜達が騒いで飛び回るほどの混乱にもなってませんし、激しい思念波も起きたのは一回だけで時間も短い、となればそこまで拗れた話ではないとは言えそうです。
さてさて、どうなることやら。取り敢えず次パートでは緊急で研究組を集めての相談となります。耐弾障壁だと熱線術式の速度には反応が追い付かず、対抗する前に貫通されてしまうのは妖精族が以前やって見せた通りなので、予め、どこに命中しても防げるだけの障壁を展開しておく必要があります。即時発動の竜族の術式、それも無念無想にして無拍子で放たれる必殺必中の一撃となれば、先の先で対応しないと対処は無理ですから。あと威力もやたらと強いのは確定ですから、薄く広い障壁で何とか防ごうというのは無茶、となれば絞った狭く強固な障壁で防ごう、という塩梅です。
あと、福慈様が放った怒りと拒絶の思念波は誰に対して、というものではないので方向性のない全方位に広がったモノになります。なのでロングヒルから見た思念波の発信源の方向は前回のソレと同じ、思念波から伝わってくる感覚も前回と同じ、なら、あぁ、福慈様が震源地だな、と判断がついたのでした。生ける天災と天空竜のことはよく称されてますけど、老竜級になると放つ思念波は大地震の如き扱いなのです。
次回の投稿は、九月八日(日)二十一時十分です。