23-2.小さな妖精達の大きな一歩(中編)
<前回のあらすじ>
シャーリスさんが妖精の国が、国策として次元門構築を推進することを打ち出し、その流れの一環として、国民を総動員した心話、魔力共鳴に関する空前絶後の大規模検証作業を行う事を他勢力に対して正式な書簡で通達した。おかげで、代表の皆さんから僕宛に、何やったか正直に話せ、と三者三様、多少の違いはあれども、言葉を揃えて詰め寄られる事になってしまった。冤罪だー。(アキ視点)
三大勢力の代表から揃い踏みで、詳しい話を聞かせろ、と文が届いてしまった。
今回の件では、僕が妖精族に積極的に働きかけた訳ではないので、完全な思い違い、濡れ衣も良いとこなんだけど、火が無いところに煙は立たぬ、というように、完全に真っ白という訳でもない。
次元門構築のために研究組を組織して、研究を押し進めている僕の姿勢は皆さん、よーく理解してくれている。だから、妖精さん達が、その推進を国策としたことも、全国民が参加する大規模検証作業の実施についても、僕が大喜びしてるだろうと推測してる。
実際、それは大当たりだ。
ならば、最大の利益受容者であるところの僕が何らかの働きかけをしたのではないか、というのも妥当な推論だろう。というか、僕以外の誰かが妖精の国に強く働きかけて、今回のような動きを引き出す、というのはそもそもかなり無理がある。
三大勢力は働きかけるには距離が遠過ぎるし、共和国もロングヒルの地に大勢の人形遣いを送り込んで、ロングヒルの地にいる妖精達との交流は十分密にしている。そうは言っても、ロングヒルは集うどの種族にも偏ることなく、和を持って交流している地だから、妖精族と共和国の繋がりを更に密にできるかというと微妙。
そして、更に密にすると言っても、召喚を通じてロングヒルの地に降り立つしかない妖精さん達とは、世界を隔ている関係で、情報のやり取り以外に行うことができない。そして研究組の活動を通じて、高魔力域における知見は十分得ており、更にその知を多く欲する、という流れは想像しにくい。
竜族が妖精族に働きかけるというのもありえない。というか、竜族が特定の他種族に働きかける姿がまったくイメージできないからね。秋の実りの時期に美味しいモノを食べたいとか言って、こちらの勢力に働きかける事があるかもしれない程度で、世界を超えた妖精さん達に対して、文字を殆ど使うことがない竜族が情報だけのやり取り量を増やす、のもまぁ無理だ。
かくして、誰でもすぐ思いつける消去法で、今回の働きかけのような真似をするのは無理、という勢力を消していくと、うん、確かに僕しか残らないや。
「消去法で考えても、仕掛け人は僕しかありえないってとこは厄介ですね。今回の件は誤解なのに」
そう韜晦してみるけど、残念、皆から白々しい、と冷めた眼差しを向けられてしまった。
「そもそもアキ様が一切の制限なしで話ができると、街エルフ目線での国家百年の計を語られたのが発端ですから、誤解と言い切るのもどうかと思いますよ。確かにアキ様がシャーリス様達に対して直接働きかけた訳ではありませんけれど」
うん、まぁ、そう。
「アキは事あるごとに、長命種らしく長期目線で物事を考えるべき、と言っておるからのぉ。儂らにとっても耳の痛い話じゃったよ。軽くあしらえておるからと、周辺諸国への関心もさして持たず、その外にまで目を向けることもなかった。空にあって届かない浮島には手を伸ばそうとしとったが、アレも他国領に関心を向けた訳ではなかった」
自分達の領土上に存在していて、見えるけれどその地に辿り着けない、そんな浮島は、頑張れば手が届くかもしれない月のようなものじゃった、とお爺ちゃんが語ってくれた。
遠くから観察していても、大勢の生き物が住まう地といった感じではなく、険しい自然に阻まれて近づけない、暮らすのには適さない謎の地、といった扱いだったと。
なるほど。
「これまでにも、三大勢力の皆さんには世界儀を示し、街エルフが交易を行っている海外地域の範囲を示し、参謀本部に対しては弧状列島全域に及ぶような未曾有の大戦力が蹂躙戦を行ったバグラチオン作戦を紹介したりと、世界の広さや時代の移り変わりの早さについて説明してきましたからね。それに金属船体や動力船が生まれた時点で、そこから百年とせず戦艦同士が殴り合う大艦隊戦の時代になったという話もしてきました。既に大型帆船で幅広い地域との交流を安定的に行って見せている以上、他文化圏がそうした動きに追従していく流れは止められないってとこまでは認識して貰ってます」
そう。
弧状列島全域の地図だけでなく、この惑星全体に対しての位置や大きさを理解し、海外の交易地域がどこにどれだけの広さで存在しているのか、世界儀の上に正確に記せるだけの力、視点があることは三大勢力には示してきたんだ。
街エルフ達は探査船団を頻繁に派遣していて、だからこそ、海外からの舶来品もそれなりに届いていて、連合内であれば、それらを手にする事も可能というくらい身近になってもきている。ならば、今は限られた海域だけだが、残りの海域にも手を伸ばしてこの惑星全域を所狭しと探査船団が行き交う未来も想像できることだろう。
「だから、街エルフが運用している人工衛星群について明かさずとも、説明はできる、と。だが、ユリウス様は、皆が集まったタイミングで妖精の国が方針変更を口にしなかったことから、何か別の切っ掛けがあった筈だ、と看破していた。先ほどの話だけだと、そこが弱い」
父さんの指摘は尤もだ。
「んー、やっぱり長期目線で国家百年の計を語ったとこまでは伝えるべきですね。弧状列島が統一されたとして、他文化圏目線で言うと、かなり小ぶりですけど、統一してやっと対抗勢力として成立する段階です。後は地球の歴史ベースで、日本がほぼ統一された時代と、大航海時代、こちらで言うところのエウローペ文化圏が海洋国家として乗り出してくるだろうこと、その勢力は纏まれば弧状列島の十倍にも達するだろうこと、だからこそ、彼らに好き勝手自由に暴れられないように先手を打つべきだと」
僕の説明に一応父さんも頷いてくれた。
「そうした長期目線での百年の計が語られ、それを妖精族が知ったならば、自身らの百年の計を熟考する事となった、というのも納得できるだろう。ただ、地球ベースの情報として惑星全体を俯瞰した意見は出せるとして、それをこちらの惑星に当て嵌めて、だからこそ、こちらでも湖国(仮称)は、エウローペ文化圏に先駆けて、同じ海洋国家として、他文化圏に働きかけて容易に蹂躙されぬよう、対抗できる独自勢力として存在できるよう働きかけようというのは、少し飛躍がある」
ん。
「地球と比較するなら、こちらにも未踏破海域には多くの大陸や文明が存在する筈だ、だから、そこに向けて先手を打って探査船団を派遣しよう、というのはかなり博打要素が強い試みに思えますからね。地球のキリスト教徒のように、世界の果てまで自身らの神の教えを行き渡らせよう、なんて宗教的義務感もない中、交易のような確定した利益も見通せない中、ただ、あるかもしれない何かを求めて未踏破地域に向けて進んでいく。……長命種の街エルフらしからぬ振舞いと切り捨てられるのがオチかな」
そう、そこがあちらの大航海時代と、こちらの街エルフ達が行っている海外探索、交易との差だ。根っからの商人気質なところがある街エルフ達が、未知の文明圏があるかもしれない海域に当ても無く探査船団を派遣する、などという殆ど外れるとしか思えない試みに手を出すとは到底思えない。何かしら向かう先に利となる何かがある、という確信なくして、街エルフが虎の子の探査船団を送り出すなんてある訳がない、と。
「地球でも、大航海時代の頃には、既知の大陸の分布から言って、残りの未踏破地域にもそれなりに大きな大陸が存在しているだろう、と学者達は予想してたんですよね。だからこそ、地球の全域を探査しきって、実は地球の七割が海だった、という事実は驚きを持って受け入れられることになりました。回転する天体にとって、これほどバランスの悪い大陸分布になる、とは誰も考えてませんでしたから」
地球が安定して回転している以上、大陸の分布もバランスよく配置されている筈だ、というのが当時の常識だった。まさか、太平洋にあれほど何もない大海原ばかりだとは誰も考えていなかった。
◇
うーん。
なんか、思考がショボい感じがするなぁ。小粒に纏まっているというか、こう微妙感が半端ない。
「どうしたんじゃ?」
「ちょっとね、考え方が悪くないけど小さく纏まり過ぎだなぁ、って。これくらいの話なら別に長老さん達の許可待ちで、その間、横に置いておくのと変わらないなー、とか思ったり。ケイティさん、皆さんへの返事ってどれくらい違和感なく伸ばせます?」
「過去の例からすると、三日ほどであれば特に違和感は持たれないかと思います」
なるほど。
「では、長老の皆さんに、代表の皆さん達から、妖精族の皆さんの急な態度の表明、国策化の動きがあった件について、何があったか教えろ、と問い合わせが届いたことと、何をどこまで伝えていいか、要望があるなら三日以内に教えるようお願いしておいて貰えます?」
「はい。承りました。ハヤト様、後ほど文面作成の助力をお願いします」
「そうしようか」
ん。
父さんも一緒に考えてくれるなら、ちゃんと要望は伝わるだろうから、この話はここでいいかな。それよりは、発想がいきなり街エルフ目線、彼らベースで、どこまで情報を隠匿しておくか、って感じに小さく纏まったのが良くなかった。思考がしょっぱい感じになってたもんね。
「そもそも、街エルフ達の抱える地上観測衛星群というカードは、そこから得られた世界儀の例を見てもわかるように絶大かつ、後追いで真似するのも当面は無理、竜族相手に開示しても価値は損なわれず、だからこそ、秘匿しておくことで高まる価値はなく、それより、妖精族が次元門構築に向けて大札を出してきた今、地上観測衛星群に関する情報開示という大札は今切った方がいいんですよね」
そう告げると、父さんは苦々しい表情をしながらも、実質損はなく、今、その札を出すことの意義についても同意してくれた。
「今、その大札を出せば、弧状列島統一に向けて協力する姿勢を強く示せますからね。あと、世界全体を眺めた視点、文明圏という概念単位での把握、だからこそ、まったく未交流だった異質な他文明圏との交流に妖精さん達が高い価値を見出して、ぜひそれを最高の好条件で実施していきたい、僕にも中立から、熱心な推進派に変わって欲しいと働きかけてきた訳ですから。他文明圏には召喚体とはいえ、竜族、妖精族も揃い踏みで使節団に加わると成れば、弧状列島が持つ、多くの種族が和を持って暮らすという姿勢も示せ……あぁ、そっか、ちょっと抜けてましたね」
僕は考えに抜けがあった事に気付いて、どうせ最大三日間程度返事待ちにするなら、その間に動けそうアイデアを思いついて、それを皆さんに話してみた。そう突飛な発想ではないだけに、これまでの提案がちょっと雑だったなぁと反省する気持ちも籠めて。
父さんも含めてちょっと唖然とされちゃったけど、ジョージさんやウォルコットさん、ダニエルさん、女中三姉妹も含めて主だったメンバーに集まって貰い、そのアイデアを軽く吟味してみて、良さそうという手応えも得ることができた。
「ん、ではケイティさん、長老さん達への依頼と、今、話に出たメンバーを集めた話し合いの場を設けてください」
「森エルフのイズレンディア様、ドワーフのヨーゲル様、小鬼人形のタロー、鬼人形のブセイ、リア様麾下の魔導人形のヒロシ、それと人族からエリザベス様ですね」
「はい。それでお願いします。無駄に人数を増やしても仕方ないですからね」
「十分多いように思うがのぉ」
お爺ちゃんの突っ込みの通り、結構な大人数だし、そもそも凄く珍しい顔ぶれだよね。
「人形遣い枠では父さん、稀有な魔導人形としてはダニエルさん、一般的な魔導人形枠では女中三姉妹から誰か、今回だとシャンタールさんが出てくれれば良いでしょう」
指折り数えて、もう抜けはないね、と確認すると、皆もそれで足りていると同意してくれた。今挙げたメンバーなら秘密順守の制約術式も受けてくれているから、秘密保持の点でも問題無し、と。それじゃ、場を改めて、他文化圏育成計画に向けたアイデアについて少しトッピングを加えてみよう。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
前回、シャーリス達に言われたように、ボトムアップ式で考えると話が小粒に纏まりやすいんですよね。アキもそれに気付いて、そもそも大札をきるなら今でしょ、とトップダウン式に考え、最適化した返事をイメージして、それに対して長老達が渋って制限を入れてくるならそこだけ手直しすればいいか、とすっぱり考えて、この件は横に置くことにしました。
そんなことより、他文化圏育成計画についてこれまでに出したアイデアについて、イマイチな点があることに気付いて、そちらについて検討した内容を確認したら、ソレを新たにぶちこんでいく事にしました。積極的推進勢に鞍替えしましたからね。妖精さん達にもその姿勢をアピールする意味もあるでしょう。
次回の投稿は、八月十一日(日)二十一時十分です。