23-1.小さな妖精達の大きな一歩(前編)
<前章のあらすじ>
せっかくお姉様方が集まり、街エルフだけで情報開示の制約なしで話ができるからと統一を果たした弧状列島が進むだろう今後百年程度の未来について、あれこれ想像してみとになった。それはそれで楽しく話を広げることができたんだけど、それを踏まえて妖精さん達も、自分達の国家百年の計を考えてくれたんだよね。そして出た結論が面白い。
次元門を使い三界を繋げる事こそが妖精の国にとって最重要である
っていうんだもの。これまでは各勢力が僕の要望に対して、ある意味、好意をもって理論すらできてない次元門構築という研究に対して、至宝と言える専門家の皆さんを参加させてくれていた。これはこれで素晴らしいことだけど、あくまでも数人程度の専門家を派遣してるという意味では、国家事業からすれば小粒な話ではあった。
それに対して、他文化圏育成計画に妖精さんが参加することは、今後を考えると二度とないような好条件で、是が非でも体験しておきたい事業であり、だからこそ、何としてもその計画を実施させたい、と判断した。そして、やってもやらなくてもどちらでもいいと言ってた僕に対して、積極的な推進派に鞍替えさせようと、白紙小切手を出してきてさぁ、好きに書くがいい、それだけの覚悟はある、と言ってきたんだよね。
そして、師匠も交えて皆で何とか衝撃のある策が出せないかと考えたところ、妖精の国でしか実現できず、恐らくこちらの世界では千年後でも再現不可能という、空前絶後の巨大検証作業、妖精の国の全国民が参加しての心話、魔力共鳴の大規模検証を行うという案を導き出した。
万単位の高位魔導師達が集って行う巨大検証作業となれば、相性問題や高位魔導師の数が多くないこともあって、研究が進展してこなかった心話や魔力共鳴について、大きく知見が広がることはもう火を見るよりも明らかだ。後はソレがいつになるか、というだけで、何も得られなかった、などという事はないと皆が確信していた。
そんな訳で、シャーリス様達は自信満々で共和国の長老衆が集う会議に乗り込んでいき、そして思った通り驚愕させることに成功し、召喚を通じて他文化圏と弧状列島を常時、連絡できる手筈も整うことから、他文化圏育成計画の実施することが確定したのだった。
僕が積極的推進派に鞍替えしたことがどれくらい影響を与えたのかはよくわからないけど、妖精さん達が望んだ結果が得られたのだから良かったと思う。それに僕も次元門構築に向けて、研究組だけで進めていた話に、強烈な増援が入ることになったのだから大満足だった。
あと、東遷事業に参加する唯一の天空竜である伏竜さんがやってきて、今後についてあれこれ話したりと良いスタートをきることができた。できたんだけど、なんか幼竜扱いはせず若竜扱いしてくるし、心話は仲良くなるまで控えるとか言って拒まれるし、何気に波乱要素も含んでる感じかな。かなり当たりな性格な方で、その振舞いもとても好感が持てるモノだったので、もっと仲良く、理解を深めていこうと意気込んだんだけど、あまりに熱意ありすぎ前のめりだと、伏竜さんが困惑するから、と諫められることにもなった。むぅ。
伏竜さんが東遷事業に参加するにあたって、地の種族の文化や意識を理解していた方が望ましいだろうって話になり、学びの場を設けていくことになったのだけど、僕だけと交流を深めると、他の普通の人達との交流に支障が出てくる恐れがあるとのことで、敢えて、他の普通の人達との交流を挟むことになった。
普通というけど、護符込みとは言っても竜の圧に耐えられる文官という時点で、選抜メンバーと言った方がいい感じなんだけどね。
ケイティさんからも話を通して貰い、僕が話し合う内容についてはエリー、師匠、それと父さんも監修役として参加することになった。話が発散していって迷走するようなことがあると、冬の間にある程度まで一通りの理解を終えるという目的を達するのが難しそうな気がしたからだ。
そんな訳で、慌ただしい日々も終わり、秋の気配が見えてきた庭を愛でたりしながら、ケイティさんとスケジュール表を眺めながら、さーて、どうしたものか、なんて事をのんびり話していたんだけど。
そんな穏やかな時間に不似合いな封書が三通やってきた。途中で盗み見られることを防止する特別製の箱に入れられた威圧感溢れる容れ物は、三大勢力の代表さん達とのやり取りに使う書簡だね。それが三つ。抱えてきたベリルさんがわかりやすく並べてくれたけど、うん、予想通り、連合のニコラスさん、連邦のレイゼン様、帝国のユリウス様からだ。
うーん。
「ケイティさん、定期の文通とは時期が違うし、こうして揃うって何かありました?」
「強いて言えば、皆様が帰国されたのが同じ日でしたので、それから過ぎた日が同じというくらいでしょうか」
ケイティさんも不思議そうな表情のまま、書簡の封を決められた手順で解いて、中から三通の封書を取り出してくれた。正しい手順で解除しないと、中の封書が焼失しちゃうからね。毎回、手順書をベリルさんと二人で確認する慎重っぷりだ。
出てきた封書は三通。
んー。誰からにするかな。良し、ニコラスさんからにしよう。
封書を開いて読んでみると、各勢力が集って未来に向けて同盟を結び、食料の相互供給協定を結んだ事から、連合所属国の方々を集めた説明の場を設けて、喧々諤々の話合いが行われて大変ってことが書かれていた。片務協定って訳ではないし、一定量を提供しないとペナルティが発生するといった内容でもないので、大統領権限で締結したことに法的にはなんら問題はないとのこと。
ただ、過去にありえなかった三大勢力と共和国を交えた同盟、事実上の不戦協定ということもあって、気の早い方々からは、国境線で睨み合う軍事的緊張感を下げるべきだとか、逆に小鬼帝国が圧力を下げてないのに軍事力に手を入れるのは問題だとか、食料相互供給と言っても、数が多い小鬼帝国ばかりが得をするのではないか、とかとか、それはもう果てがないんじゃないか、というほど皆が意見を出してきて苦労が多いそうだ。
勿論、そうした忌憚のない意見を皆が出し合える空気があるというのは大変素晴らしいことであり、軍事的緊張感が高まって切羽詰まった状況とは真逆な状態、交流祭りでこれまでよりもずっと他勢力についての事を互いに知り合った事で、単なる殺戮者、襲撃者達だといった短絡的な意見が共感を広めるようなことも起きておらず、会議の場は静かな熱気に包まれていて、とても有意義な場となっている、とも。
そして、そういった事が書かれた後に、これが書きたかった、とばかりの内容が記されていた。
書いてある内容はシンプルで、ニコラスさんの問いもシンプルなものだった。それは妖精の皆さんが次元門研究について国策として取り組むことを公式に宣言し、ただし、新同盟に参加している訳ではない事から、その宣言は各代表達に文面で内々に行われたこと。そして、国策として成果を手繰り寄せる明確な一手として、妖精の国の国民達が総出で心話、魔力共鳴の大規模検証を行うことが伝えられたそうだ。
で、質問は要約してしまえば、シンプルな一言。
何をやったのか説明しろ、って事だった。
うーん。
何だろう、この疑念の一片も抱かず確信を持って僕が何かやらかしたんだろ、まぁ、ちょっと話を聞かせろや、って書いてくるとは、どうもニコラスさんは僕に対して誤解してるようだ。
手紙の内容に特に秘匿しておくような内容も無いので、ケイティさんにも読んで貰った。
「外部にまだ秘匿しておくべきは他文化圏育成計画や、それに付随する衛星群の監視システムや、そこから得られた情報についてのみですから、次元門研究について妖精の国が、その推進を国策としたことや、次元門研究について大量の人員を投じて検証作業を行うことについては、縛るような取り決めは無かったかと思います」
ふむ。
「お爺ちゃん、何か聞いてる?」
「うむ。儂らはこちらに所領を持っておらんからのぉ。女王陛下がロングヒル王家を頼って、次元門構築を国策とすること、それに伴う第一弾の施策として、国民を総動員しての心話、魔力共鳴の検証作業を行うことを各勢力に公式に伝えたとは聞いておる。秘密にするような話ではないからのぉ。それより我が国の姿勢、意欲を示した方がどの勢力にとっても良い事じゃろ」
ほぉ。
「自分だけでやるぞー、って決めるだけじゃなく、周囲の人にもそれを宣言することで、自分自身にも制約を課す、ってのは良い手法だからね。ロングヒル王家を頼ったのもいいね。なんといってもロングヒルの地を平和かつ全種族に対して公平に統治されているヘンリー王は、どの勢力からもその在り方に尊敬も集めてるから」
三大勢力の誰かを頼るのは有り得ないし何より遠い。それに共和国も距離は近いけど妖精さん達と一番仲が良いかというとやはり微妙。なら、各勢力の要である僕を介するかって話も、いちいち僕を通すってのは手間が増えるので避けたいところだし、何かの会議をやる際の纏め役みたいなところや象徴的な立ち位置からすると、いちいち各勢力間の公式書簡が飛び交うところに僕が絡むのもどうかと思う。
その点、召喚された妖精さん達が降り立つのはここロングヒルの地であり、多彩な種族が集い平和を謳歌しているロングヒルの地、そこを統治しているロングヒル王家には、どの勢力も一定の敬意を払ってる。そこが仲介するというのなら、そこに恣意的な操作が行われることはない、とどの勢力も納得してくれるだろう。
東遷事業への参加の際の押印もヘンリーさんがやってたからね。なるほど、なるほど。
ん。
ケイティさんがいくつか確認をしてくれる。
「翁、各勢力に送付された書簡ですが、ロングヒル王家の文官が代筆し、最後にヘンリー様が押印されたのでしょうか? 確か印章は必要があればまた作ればよいとのことで廃棄してたかと思いましたが」
「廃棄は雲取様に竜爪で消して貰ったからのぉ。あれから女王陛下も自筆でサインできるようにと練習を重ねたんじゃよ」
ガイウスさんも絡んで、妖精さんでも使える大筆を作ったそうだ。人間サイズの筆はそのままでは持ちにくいということで、色々と工夫しておった、などと、杖を筆のように振り回しながら、その様子を教えてくれた。
なるほど。
確かに妖精さんは小さいけれど、サイズでいえば六分の一といったところだから、人間換算で言えば、書初めを行うようなノリで頑張ればそれほど苦労せず書けるってことだ。慣れが必要な分は練習を重ねてサインはきっちり書けるようになったと。
「お爺ちゃん、文書って例の改変不能にする術式で保護してるのかな?」
「そうじゃ。あれで保護しておけば改変はできんし、何より完全無色透明の魔力で術式を付与することなど、こちらの誰にもできんから、偽造防止策として完璧じゃろ」
ふむ。
「それなら安心だ」
手続きとしては問題ないし、そうしてシャーリス様からの書簡がロングヒルから一斉に送付されれば、各勢力からの反応の届く時期が揃う謎も解けた、ってとこだろう。気になるところがあるとすれば、明らかに各勢力が僕への文書を最速で送ってきたであろうこと。
文面こそ丁寧だし、咎めるような内容も入ってないし、何か画策してんだろ、と穿った感じもないんだけど。
とにかく早く事実を明らかにしたい、という対応からは焦りが感じられるんだよね。気持ちはわかるけどさ。
◇
その後、レイゼン様の文を読んだけど、やはり書いてあるのは、帰国して、同盟や食料相互供給の締結、それに東遷事業を正式に行うことについて、国内の主な人々を集めてその内容を皆で共有して、連邦が今後どうしていくべきか、なんてことを皆で大いに語り合った、なんてことが書かれていた。で、やはり最後には問いが書いてあった。あれからさして日も過ぎてないにも関わらず、妖精の国が国家としての姿勢を強くしてきたのなら、竜神の巫女アキが何か絡んでるか、そうでなくても何か知ってるだろうから、教えろ、と。
むむむ。
ユリウス様の文も読んでみたけど、帝国においても同盟締結や食料相互供給の取り決め、それに皇帝領で前代未聞の規模で行われる未曾有の巨大治水工事である東遷事業について、集めた諸王達に話をしたところ、椅子から転げ落ちるのではないかというほど驚いていた、なんて軽妙な文体で書いてくれていた。全種族、妖精族や竜族すら参加するというその事業の在り方は、連合だの連邦だの帝国だのと言って争っていた次元とはまるで違うことを皆が意識し、だからこそ、その計画の推進に賭ける各勢力の本気具合もしっかり伝わったとのこと。良いことだ。国土を大きく変えることになる帝国でこそ、しっかりとして受け入れの姿勢と、変化することを受け入れる強い意思が欠かせない。この覚悟の決まった姿勢は、寿命が人の半分ほどしかない小鬼族だからこそ持つ死生観も関与しているのかもしれない。自分が生きている間に何が為せるか、何を次に託すべきか。それを皆が常に考えている。ほんと、小さな体躯だけど強い種族、強い生き方だ。
……で。
ユリウス様もやはり文の最後にしっかり書いてきていた。もし、妖精の国が国として明確に次元門構築に本腰を入れると考えていたのなら、諸勢力が集っていた会合の場でそれを宣言していた筈。その場には竜族代表として雲取様も同席していたのだから。けれど、それは行われず、後から公式の書面で、次元門構築を国策とすること、それと国民総出での空前絶後な大規模検証作業を行うことが後から伝えられたということは、あの会合の後、何かあった事に他ならない。
何があったのか詳しく説明するように、と。そして世界を超えて届く心話や召喚術式への理解が深まれば、理論魔法学の重要性も増すだろうこと、場合によっては増員も考慮する、だからこそ、事態を正しく知る必要があるのだ、と理路整然とすっきり書いてくれていた。
いつ読んでも、ユリウス様の文面は読みやすく飾り気がなく思いがストレートに伝わってきて心地いい。
うん。
二人からの文書もケイティさんに読んで貰い、お爺ちゃんにも読んで貰い、さて、どうするかと三人で悩むことになった。
「皆様が他の可能性よりも先ずアキ様が原因だろうと推測されたというのは興味深いですね」
そう揉める内容じゃないから、ケイティさんの表情も穏やかだ。ちょっと楽しそう。
「三者三様、今後、大きく重みが増すだろう理論魔法学の使い手を多く擁するユリウス様が一歩踏み出した発言をしていてくれたのが嬉しかったですね。共和国からの反応がないのは父さんか、いずれ戻ってくるヤスケ御爺様から直接話があるってとこです?」
「今回の件の全体像が我々には見えているので、どう返事をするのか、文面が決まった時点で内容を確認すればよいとお考えなのでしょう」
「返事を書くにしてもどこまで書けばいいか悩ましいのぉ」
そんな話をしていると、父さんがふらりと居間に入ってきたでこれ幸いと捕まえて話に加わって貰った。ざっくり三通の文書の内容を話して、妖精の国から共和国には同じ文面が届いただろうけど、僕への文が届かなかったのは何故か聞いてみる。
「私には、アキから代表達に文を出すことがあれば一旦留め置くように、と指示が届いただけで、何の話かと思ってたけど、こういう話になってたとはね。これは長老衆も何をどこまで伝えることを許可するかで揉めているんだろう」
自分宛ではないし、サポートメンバーでもないから、と文書を直接読むことはせず、父さんは大まかな内情を教えてくれた。
なるほど。
確かに、共和国や弧状列島の今後の百年を考えた策を聞いたからこそ、妖精さん達もならば自分達も長命種らしく長い未来を見据えた策を考えてみよう、という流れになった訳だから、呼び水となった話を伏せると、いまいち繋がりが弱くなるだろうね。違和感を覚えるほどの話ではないし、妖精さん達が世界の理への理解を深めた事でこの一年で大きく実力を伸ばしたのは確かだから、異世界との繋がりが値千金であると評したのも事実だけどさ。
これまでの通例からして、返事を先延ばしにするのは悪手だ。聞かれた話に答えにくい何かがある、と邪推されかねない。さて、どうすればいいのか。いきなり面倒臭い話になってきた。
はい、新章スタートです。
伏竜相手の教育計画を立てて、この冬の間に地の種族への理解を広く深く進めていこう、なんて意気込んでいたところに、いきなり予想外の冷や水を浴びせられることになりました。大して揉める話じゃないんですけどね。アキとしては共和国が定めた範囲までの情報で返事を書けば良いだけなので。
ただ、そんなのんびりしたことを言ってられるのはアキだからであって、三大勢力から「どういうことだか話聞かせろや、あん?」と詰め寄られたに等しい共和国からすれば、春までに方針を決めればいいか、などとちょっと現実逃避してたところに、タイムリミットを定められて現実に引き戻された、ってとこでしょう。長老衆達はきっと頭から湯気を出すほど苦慮しながら意見を纏めようと悪戦苦闘してるに違いありません。ご愁傷様。各勢力はそれぞれの意図で動いてますからね。妖精女王シャーリスも他勢力に対して強く自分達の存在感や姿勢を示せる好手を逃す訳もないのです。
次回の投稿は、八月七日(水)二十一時十分です。