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SS⑪.預言者という厄介者(後編)

今回は本編ではなく、長老達から見た裏話です。読まなくても本編理解には何ら問題はありませんが、読むとより一層楽しめることでしょう。

クロウが空に浮かぶ月を見上げて、眩しそうに手を翳した。


「列島全体を巻き込んだ交流祭りも大盛況で終えることができた。三大勢力が繰り広げるいくさがいつまでも続いていた時代が過去の物となり、過去は忘れはしないが、それでも未来の為に手を取り合うことを決めた、その象徴としてのロングヒルはこれからも夢や希望、楽しさの象徴としてあり続けるだろう」


ヤスケもこれに異論はなかった。他と違い、毎日のように天空竜が飛来し、妖精達が飛び回り、鬼や小鬼、それに少数種族である森エルフやドワーフ達の姿を見かける事も多い。街エルフや魔導人形達も事あるごとに姿を見せることで、昨年までなら隠れキャラ扱いされていたのが嘘のような露出具合である。


多様な種族が争いではなく、和をもって交流することを良しとする街、未来、それを体現する国、それがロングヒルだ。


そして、クロウはヤスケに底の見えない闇の眼差しを向けて告げた。


「ヤスケ、地球(あちら)の思想を示した陰陽太極図というのがあるだろう? 世界は陰と陽が混じり合って成り立っている。どちらかに偏り過ぎてはいけない。対となる存在なくして成り立たず、陰の中に陽があり、陽の中に陰があると言ったように、その内に対となる存在を含むという奴だ」


挿絵(By みてみん)


古代中国で流行して道教のシンボルとなった図である。


陰が強まれば陽を飲み込もうとし、陽もまた陰を飲み込もうとして流転し続ける。また、どれだけ陰が強くなってもその中に陽はあり、陽の中にも陰は残る。


「規模が違う分、そうしたシンボルは数も出来も地球(あちら)には勝てん」


マコト文書で地球(あちら)の情報が多く齎されたが、図形やシンボルといったものは、数多く作られ洗練される事を繰り返す分、やはり地球(あちら)の方が優れたものが多いことは認めざるをえなかった。外れも多く生み出されているのだが、膨大な試行錯誤の果てに勝ち残った情報が厳選されてマコト文書として伝えられてきたのだ。


ソレを持って何を言いたいのか先を話せ、とヤスケが促すと、クロウは鋭い目で真意を告げた。


「ヤスケ、貴様は輝きに満ちたロングヒルの地において、陽中の陰であれ。戦乱を終えた太平の世はきっと素晴らしい。それに異論はない。だが、多くの勢力を束ねた要たる竜神の巫女アキが語る未来はあまりに眩く、先を見据え過ぎている。足元の石に躓くことにもなろう。貴様は陽に満ちた地にあっても、陰の視点を持って関わるのだ」


隣にいるジロウもその言に頷いた。長老衆の総意ということなのだろう。


云わんとする事はわかる。アキはあまりに先の未来を見通し、その視点はこの惑星ほし全域に及ぶ。確かに道先案内人として先を示す必要はあるだろう。


 ……だが。


人は星空を見上げてばかりいては、足元が留守になって転んでしまう。それでは駄目なのだ。


街エルフ的な視点、考えもあって、多少の争乱は先々を考えれば必要なこともあると思うことはあるが、三大勢力が同盟を結んだと言っても、つい昨年まで互いに血で血を洗うようないくさを延々と繰り広げてきた間柄だ。当然、他勢力に対するドロドロとした闇に染まった思いはいずれも多く抱えており、矛盾した思いを抱え込んでいる状況だ。


そして、ロングヒルの地において、いくら王族と言ってもロングヒル王家にその役割を担わせることはできない。立場的には象徴となる地を治める王家として、希望と夢に満ちた安定を齎す存在であり続けなければならない。それにマコト文書の知も僅かしか知らず、アキの動きを制する役となるには力不足だった。


また、アキの行動に対して、異界の住人たる妖精族や、相互不干渉を続けてきた竜族が重しになるかといえば、これもまた甚だ心許ないと言うしかなかった。どちらも強大な勢力ではあるのだが、あまりに地の種族から遠過ぎて、アキの説明、考えを表層的に理詰めで理解するのが精一杯であり、その言に矛盾がなければ、納得してしまう素直さ、部外者的意識を持っているのだ。


 それでは制する役は務まらない。


そうした事を認識していたからこそ、ヤスケは貧乏籤を引かされたと嘆きながらもロングヒルの地で、何かあればすぐにアキの元に駆けつけられるよう配慮してきたのだった。


「誰かがやらねばならん。そして儂はその役を担うだけの力量もあると自負しておる。だが、貴様らはどうなのだ?」


代わりがやりたいなら喜んで席を譲るぞ、と混ぜ返すが、クロウはさらりとこれを受け流した。


「残りの長老達の総出でないと務まらぬ役目がある。我らは共和国の中にあって陰中の陽でなくてはならん」


「我らが共和国を陰と言うか。陰陽混ざりあう混沌といったところだろうに」


クロウの物言いにヤスケは一応、形ばかりの反論をするが、意味するところは理解していた。ヤスケの言に、ジロウがいずれ進むだろう未来絵図を口にした。


「今後、東遷事業に協力しつつ、並行して他文化圏育成計画の準備を始めることとなる。その中で、大々的に公表する話ではないが、竜族に対して我らが運用している衛星システム、天空に浮かぶ目が捉えたこの世界のことを伝えて行くことになる。秘匿していたカードを、わざわざ場に出して示す。これによって、共和国は大きく荒れることになるだろう。ロングヒルを中心として力強く推進していく陽の未来、それが輝きを増せば増すほど、陰もまた濃くなっていく。三大勢力の争いから一歩引いた位置にあって、仮初の安定に安堵していた時代から、強烈な光と底知れぬ闇が渦巻き、安定と混迷が共にある混沌とした時代へとなろう」


これにクロウも続く。


「だからこそ、我らは陰中の陽として共和国を導き続けなくてはならず、選別を続けねばならんのだ。そういう訳で、済まんがロングヒルに増援は出せん。全権大使のジョウもいる。奴を上手く育てろ」


クロウは雑草を刈り取るようなジェスチャーをして、その作業が延々と続く様を嗤った。





その話を聞いて、ヤスケは合点がいったと頷いた。


「だから、シャーリス殿が必要に応じて、忍び働きをする密偵を提供する旨を申し出てくれたのか。地の種族の中にあって、妖精族の強みを見出す場が欲しいなどとは話していたが、彼女とはそうした荒事の話もしたのかね?」


ヤスケも共和国の中を自ら案内などはしたが、四六時中、シャーリス達といた訳ではない。


精力的に他の長老達とも歓談の場を設けたことまでは把握していたが、話す内容まで共有してはいない。


「あくまでも情報収集の担い手として協力体制を敷くことで合意しただけよ。街エルフ同士となれば、互いの手の内は知り尽くしている。だが、魔力感知不能で、風も起こさず自在に空を舞う妖精族の密偵が加われば、諜報活動の天秤を長老衆の側に大きく傾けることもできるだろう。あくまでも手を下すのは我らだ」


使い魔のように小さく、しかも使い魔と違って、翼を羽ばたくことなく、姿を消したまま動き回れる高位魔導師というのだから、並みの密偵よりも強かに結果を出してくれるだろう。


それに、戦場において空から偵察するような働きと違い、地の種族の街中にあって、その営みに溶け込んで探るとなれば、妖精族が周辺地域の人族達の国を探る予行練習としてもうってつけだ。


ヤスケは溜息をつきながらも、一応、釘を刺しておくことにする。


「あまり深入りさせぬようにな。そうした働きにばかり手を貸して貰っては、見るモノ、聞くモノ、闇に染まったものばかりになって、彼らの為にならん」


「バランスは取る。安心しろ」


ひたすらドロドロとした暗部ばかり覗いていては、地の種族に対する意識が歪んでしまいかねない。あくまでも離れた位置から、陰陽どちらも備えた全体を捉え、どちらにも偏ることなく、妖精族とは良い関係を築いて行かねばならないのだ。





そういえば、とジロウが話題を変えてきた。


「東遷事業への参加を表明した唯一の天空竜、伏竜だったか。ソレへの教育をこの冬行うそうだが、ヤスケから見て、アキは教育係として見た場合のバランスはどうなのだ?」


竜族はその在り方が地の種族とはあまりに違うので、共感できない事柄も多く、多くの分野では理解を促していくことになる。あの天空竜相手に物怖じせず、相手の反応を的確に把握して適切に説明していくという点では、アキの力量は他の者達に比べて、大きく差を開いていると言える。二番手が誰、というよりアキとそれ以外、というくらいの差だ。


東遷事業に限定したとしても、理詰めで理解できる部分と、理詰めでは語れない部分、割り切れない部分、つまり(ことわり)を超えた範囲が多くある。そして、アキを教師役として見た場合、理詰めで語る部分とそれ以外を語る部分について、適切に伝えられるのか、という問いだ。


理詰めで理解するしかないのだから、理詰めで処理できる範囲だけ教えればいい、という意見はあまりに浅い。共感できずとも、一見して利がないのにそれを選ぶ、或いは協力を拒む、といったシーンもあり得る。それに対して、天空竜の圧倒的な力をもってすれば、意味不明な部分をばっさり切り捨てて押し通すこともできるだろうが、それでは将来に禍根が残り意味がない。


ヤスケはしばし考えを深めてから、その問いに答えた。


「その点で言えば、アキは竜族目線で言えばバランスの良い教師役となりえるだろう。各種族が抱えている心情や葛藤などもよく伝えようとしており、竜眼で見通すことがそれほど万能でないことも事あるごとに示している」


「ほぉ」


例えば、目の前にいる者が善良であっても、与えられる情報が偏っていれば、裏にいる者が意図するように、竜の思考が誘導されかねないといった話だ。アキのように心の棚に思考を放り込んで、外から伺い知れないような真似をすることだけが、竜眼対策ではない。


そんな具合に、窓口となる竜神子も含めて、群れとしての地の種族は、個で完結している竜族と違うという事をアキが語って聞かせている事について、あれこれ話した。


「なるほど。だから竜族目線で言えば、なのか。地の種族からすれば手の内を明かされてしまい、要の中立性に恨み言でも言いたくなるところだが」


クロウが顔を顰めるが、ヤスケはそこはちゃんとフォローに回る。


「短期目線ではそうだろうが、後でそうしたはかりごとが露呈した際の被害を考えれば、知らない手口に竜が騙される、という事象の発生自体を予め手の内を伝えることで回避するというアキの姿勢は、長期目線で言えば皆の得になるのだ」


相手は、遊戯盤をいつでもひっくり返せる生ける天災なのだぞ、と指摘するとクロウも仕方ないと同意した。竜神の巫女は全勢力の要であって、どこに対しても肩入れしない。だがそれは何も手助けしない事は意味せず、後々まで考えてできるだけ損が減るように立ち回る、そうした振舞い込みの要なのだ。


そして、皆に損がないように動く点については、この一年で実績を積んできたこともあり、各勢力から、その点については十分な信用を勝ち取ることに成功していた。


 どこかに肩入れ? そんな怖い事しませんよ


アキなら、きっとそう言って理詰めで、そんな小細工は意味がないどころか、竜族に疑念の種を蒔くだけで悪手だ、と論破してくるに違いない。


ただ、この点についてはジロウは少し思うところがあったようだ。


「ヤスケが言うことは理解できる。だが、蓄財という文化が薄い竜に対して、貸し借り、将来に得るであろう権利を担保に、欲を教えようと伏竜相手に丁半博打で遊んでみせた、と聞いた時には我が耳を疑ったぞ」


まるで火薬庫で火遊びをするような振舞いだ、とこれには大いに渋い顔をしてみせた。


 あぁ、それか。


クロウ、ヤスケの二人が浮かべた表情もまさに渋柿を口一杯に含んでかみ砕いたような酷さだった。何せ、竜相手の賭博となれば、表向きは楽しく遊んでいたとしても、スタッフ達を経由して、関係各所にはその様子が報告される騒ぎにもなっていたのだ。直接、対面しているメンバー達では言いにくいこと、気付きにくいこともあるかもしれない。万難を排して、無用な衝突、諍いが起きないよう注意せねばならないのだ。


なお、丁半博打の件はその日のうちにハヤトの手で、本国へと報告が行われていた。スタッフ目線と違い、同じ賭場を囲んだ面子でもあり、共和国の議員目線、アキの親としての目線、それに遊びの範疇として伏竜自身に納得させられるかどうか、といった点で、娯楽の範疇であり十分な成果が得られたといった報告内容となっていた。


何でもできる街エルフ、というだけあって、ハヤトの分析は竜族視点での考察なども含んでおり、なかなか読み応えのある報告内容となっていたのだが、受け取った側からすれば、悪い冗談と言いたくなるような出来事だった。


「寺銭一割に、歪みのある賽子サイコロを敢えて仕込んでたとあるが、ミアの影響か?」


ミアならやりかねない、とジロウが口にするが、これはクロウが否定する。


「ミアとアキ、あちらでのマコトの接点は心話のみで、仮初の部屋で互いの姿は見せ合えていても、賽子サイコロを振るような物理現象まで再現はできん」


いくらミアが突出した力量を持つ心話術師であってもそれは無理、と断じた。心話におけるイメージとしての部屋は、現実世界を再現したものではなく、あくまでも視覚の一部をやり取りする補完的な位置付けに過ぎない。


「マコト文書にイカサマ絡みの話も随分多く含まれている。ミアとの間で直接のやり取りはせずとも、日本あちらでの実生活の中で、試して、遊びの一環としてミアに話していたんだろう」


ヤスケもロングヒルにいる間に、本国から取り寄せたマコト文書の非公開部分に色々と目を通していた。賭博絡みの話となると、一般向けに公開されているマコト文書抜粋版には含まれていないのだ。それベースで実体化した依代の君が、丁半博打をやりたがり、できなかったことに文句をたらたらと言ってたのは、未経験でよく知らない遊びだからだった。


「竜の手では札遊びに手を出すことは無いと思うが。取り敢えず竜神子向けの雑誌に、竜相手に賭博をすることの危険性や原則禁止とする旨を掲載させるか」


今回の丁半博打が成立したのは、完全無色透明かつ竜並みの位階の魔力で創造された賽子サイコロや振る為の壺のおかげで、竜眼で見通すことができず、外部から干渉することもできないこと、壺を振るアキにしても、物体移動サイコキネシス賽子サイコロを放り込んで、ドラム缶ほどもある大きさの壺を良く振ってるのだから、中の出目に手心を加えることなど到底不可能だった。


ハヤトも看破した通り、わざと偏りを持たせた賽子サイコロは、完全にランダムな出目を出す賽子サイコロに比べると、当たりやすい賭け方が成立する分、胴元からすれば良いことが何もない。今回の場合はそもそも賽子サイコロも壺も大き過ぎて、指先の技で出目を操作するような真似はできないし、勝負の前にすり替えるような真似もできないのだから、本来の意味でのイカサマダイスではないのだ。強いて言うなら出来の悪い賽子サイコロといったところである。


ジロウの提案に、クロウは話のネタくらいにはなるだろう、と取り敢えず賛成した。


「そもそも、竜サイズの道具を扱える竜神子がいないだろうが、アキがそうしたことを仕出かした事の把握くらいはしておいた方がいいだろう。竜同士の間で話が伝わって、話題として振られるかもしれん」


遊んでみたい、と言い出す竜が出てこないとも限らないからだ。


伏竜は今回の丁半博打でだいぶ懲りたようで、それを他の竜に話す可能性は低そうだが、それでも備えは合った方がいい。


そんな具合で、三人はその日は夜遅くまで、あぁでもない、こうでもない、とアキが仕出かした賭博をネタに、真面目とも不真面目ともつかない話題をネタに、月見と洒落込んだのだった。まさかあの天空竜と共に同じ賭場を囲む、などという街エルフが出てくるなど、一年前には想像することすらなかった、などと誰からともなく笑い出す始末だった。


そして、彼らは、全ての街エルフがそうして、それはそれ、と過去と切り離して笑い話として語れる未来が来ることを祈っていた。それがきっと叶わぬ夢だとしても。

いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。


22章について、長老衆視点での描写でした。彼らが語ってるように、共和国の陰、暗部の話になるので、アキがそうした活動について知ることは殆どないでしょうし、もしあるとしても相当先の話で、しかも軽く教えられる程度でしょう。なので、今回はSSで補完としました。アキ視点だと結構危うい綱渡りをするのに、それが見えてきませんからね。


まぁ、アキも教えられたとて、大変だなぁ、頑張ってください、くらいしか言えませんけど。


次からは定番の説明ページの投稿となります。といっても、限られた期間ですし、表立った出来事もあまりないので、勢力や人物は変化なし、ってパターンが大半でしょう。


<今後の投稿予定>

二十二章の各勢力について      七月二十一日(日)二十一時十分

二十二章の施設、道具、魔術     七月二十四日(水)二十一時十分

二十二章の人物について       七月二十八日(日)二十一時十分

二十三章スタート          七月三十一日(水)二十一時十分

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