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SS⑪.預言者という厄介者(前編)

<前回のあらすじ>

他文化圏育成計画や妖精の皆さんが心話や魔力共鳴についての基礎研究に国をあげて協力してくれる件が伝わったことで、共和国の長老衆の皆さんは随分と話が弾んだようです。後でヤスケさんに聞け、という話ですけど、妖精の国とバランスが悪くなった、と言ってるから、次元門研究について色良い話が何か聞けるかもしれませんね。(アキ視点)


今回は本編ではなく、長老達から見た裏話です。読まなくても本編理解には何ら問題はありませんが、読むとより一層楽しめることでしょう。

長老ヤスケの緊急帰国は、極秘裏に行われたものの、アヤ、リア、それにアキがお姉様方と呼ぶ大企業の長である女傑ミエ、マリ、ユカリの三人まで揃い、そして探査船団を率いる提督達の中でも一目置かれるファウスト船長まで同行して、長老衆との会合を行うとあっては、耳目に優れた者達の注目を浴びるには十分過ぎるほど目立っていた。


しかも、アキの義父(ちち)であるハヤトが話を詳しく聞く為と称して、わざわざロングヒルに出向いて、ヤスケ達一行が共和国に渡ってくるのに合わせて同行して話し合いの場を設けるなどいう真似をしてから、ロングヒルに再び渡るなどという無駄の極地とも言える行動をしたとあれば尚更だった。


そして、長老衆との会合の場には、財閥の代表たる家令のマサト、そして当主ミアの秘書たるロゼッタも同席すと言うのだから、一体、何が起きたのか、と結構な人々が注目するに至ったのも当然だったと言えるだろう。


しかも、会合の中でも最重要機密を扱う際の厳戒態勢が敷かれているという徹底ぶりだ。


常設の警備兵達だけでなく、長老達が個々に抱えている魔導人形達を配備する、という異例な対応は、絶対に何も漏らす気がない、という長老衆からの力強いメッセージと言えた。


会合が行われる区画は外部から完全に独立していて、寝食もその中で完結するどころか、外気すら遮断されているという徹底っぷりだ。内から外へ、或いは外から内へは、許された手段以外では何者であろうと通さないという異様な設計であった。この極秘会合用の区画の作りは外洋帆船のソレを流用したものであり、だからこそ、完全に水没しようと、外部から戦略級術式のつるべ撃ちを食らおうと、竜族の体当たりを食らおうと耐えうる強度と気密性を備えていた。


実際のところは、竜族の竜爪は空間そのものを断ち切る非常識さがあるので、それを振るわれれば両断されるしかないだろうが、少なくとも通常の攻撃であれば、ここまでするか馬鹿、といったレベルの備えであった。


かくして、そのような極秘会合区画へと、長老衆やヤスケ一行が吸い込まれて行っても、中で何が話し合われているのかは一切漏れ出てくることは無かった。



 ただ。



その会合も数日で終わるかと思いきや、ロングヒルから追加でやってきた妖精女王シャーリス一行が吸い込まれると、更に会合が延長されることになり、多くの人々は興味というよりは、ある種の不安すら抱く状況となった。



 そして。



長い、長い、極秘会合の果てに出てきた長老衆の容貌を見た街エルフ達は、そのあまりの変貌に戦慄を覚えたのだった。何を体験すればそれほどまでに憔悴しきった面持ちになるというのだろうか。例え、人知を超えた外なる神々(アザーゴッズ)と対峙したとて、揺るぐことのない鉄の心を持つであろう長老衆と誰もが知っていた。その彼らがこれほどまでに疲れ果てるとは何があったというのか。


対照的だったのはヤスケ達一行だろうか。肩の荷が下りたと言わんばかりに和気藹々とした様子で出てきて、せっかく共和国に来たのだから少し観光をしていきたいなどと妖精女王シャーリスが要望を告げると、ヤスケ自ら率先して、ならば、とその案内を買って出る始末だった。


そのあまりの対称っぷりに、人々の疑念は更に混迷を深めることとなった。ヤスケもまた長老衆の一人である。それも長老衆を束ねると言ってもいい重鎮なのだ。なのに、同じ長老衆なのにこの落差は何なのか。


勿論、ヤスケ達一行がロングヒルからやってきたのだから、どうせ、いつものように、あの竜神の巫女アキに絡む案件なのは確実だと誰もが理解していた。何せ、この間も全勢力が同盟を結ぶことや、同盟間の食料供給を行うこと、そして全勢力、妖精族すら協力して前代未聞の超巨大治水工事となる東遷事業の実施が宣言されたばかりだ。


共和国においては、もうアキのことを、まだ成人も迎えてない非力な少女、などと思う馬鹿は一人もいなかった。そういう面もあるし、ソレは嘘ではないだろう。しかしアキのことを評する時に、それらの特徴を挙げるのはあまりに不誠実であり、判断を誤らせる悪意ある物言いである、と誰もが理解していた。


アキがこの一年で為したこと、引き込んでいった勢力や、為した事を羅列していけば、それが一人の少女によって行われたとは到底信じられない偉業の数々であり、変化があまりにも急激であり、それまでの歴史、文化、技術と隔絶しているのは明白だった。


あの天空竜達が足しげくロングヒルへと通い、弧状列島中のあちこちに降り立って竜神子達との交流を始めると宣言し、不倶戴天の敵と互いを目してきた三大勢力、人類連合、鬼族連邦、小鬼帝国が争いを止め、それだけでなく互いに争わぬことを誓う同盟を結ぶに至ったのだ。しかも、御伽の国の住人たる妖精達すら、ロングヒルに毎日のように降臨してきて、文官達と熱心に話し合いをしていると言う。


話だけを聞けば、そんな奴いるわけないだろ、と思うし、そうでなくとも、一人が為した訳がないだろ、とも百人に聞けば、百人がそう即答するに違いなかった。


 けれど。


そんな彼らも、天空竜でも名の知れた雲取様が、わざわざ座席(ハーネス)を吊り下げてアキと共に共和国へと降り立ち、アキとの仲の良さをアピールし、雲取様自身がアキが自身の庇護下にあることを宣言するに至ったのだから、少なくとも天空竜の傍らでのんびりリラックスした態度でいる街エルフの少女アキが実在することは認めるしかなかった。


だからこそ、人々は今回の件で、更に悩むことになったのだ。もういい加減、騒ぐような話は出尽くした感がある。弧状列島内の全勢力が手を取り合って統一国家を樹立する、なんて話が出たとしても、三大勢力が同盟を結んだ延長線上にある話であって、そこまでの驚きは持つ案件でもない、と理解していた。なのに、長老衆が外見を取り繕うことすらできず憔悴しきった姿を晒すことになるとは、一体何があればそれほどの事が起きるのか、どうしても想像できなかったのだ。


なお、長老衆の名誉の為に補足しておくと、一応、それなりに彼らも外見は取り繕ってはいたのだ。ただ、そこは何でもできるスキルコンプリートな街エルフ達である。多少取り繕ったくらいでは見抜いてしまう眼力の持ち主もまたゴロゴロいるのだ。そして、そうした眼力を持つ者達からすれば、長老衆が酷く憔悴していることは一目瞭然なのだった。






ヤスケは屋敷の庭先で風流に月見と洒落込んでいた。穏やかな夜空に浮かぶ月のほのかな輝きが心に落ち着きを齎してくれる。ヤスケはこの静けさが好きだった。そして、そんな彼の前には、どこか恨みがましい気持ちを目に湛えた、同じ長老衆であるジロウ、クロウの姿があった。


御猪口に注がれた日本酒をぐいっと飲み干したクロウは、ジロリと鋭い視線をヤスケに向けた。


「ヤスケ、貴様、本当にアキの手綱を握れてるのか?」


そんなクロウの威圧もどこ吹く風とばかりにヤスケは軽く流して、目を細めて笑みを浮かべた。


「儂一人では無理だと早々に告げて、三大勢力の代表達も含めて皆で御するよう仕向けた事くらい覚えておろう?」


物覚えの悪い年寄りはこれだから困る、と言わんばかりの口調にクロウは顔を顰め、仕方なくジロウが仲裁に入る。


「無論、忘れてなどおらんとも。だがな、些か、いや、かなり常軌を逸した提案ばかり持ち帰られては、我らとて困惑してしまうのも仕方ないというモノだ」


長い年月を生きてきた彼らにとって、そこらの出来事に右往左往するようなヤワな心などとうに失っていたのだが、そんな長老衆をして、今回、ヤスケが持ち帰ってきた提案と、それに付随する決断の必要性については、動揺を隠すことなどできなかった。


「貴様らと違い、儂は全権大使のジョウや他の若い者達もいる中で、今回の話を聞かされたのだぞ? 落ち着いた態度を崩さなかっただけでも自分を褒めたい思いだったわ。それにその場になぜ他の長老衆がいないのか、という理不尽さへの恨み、辛みが湧いてきたのも当然だろうよ」


儂は一人、一番上の立場としてアレの話す荒唐無稽と断じたい話を延々と聞かされる事になったのだ、とヤスケは愚痴った。お月見の団子を口に放り込んで、優しい歯応えにほっと一息、緑茶を啜って、ジリジリと怨嗟に満ちた視線を気が済むまで向けた。


 はぁ。


誰からともなく溜息が零れた。


クロウは本来ならば、街エルフ達の国の根本を揺るがすであろう条件が、アキの提案する計画の付随条件に過ぎないことを口にした。


「我らが運用している、竜族に対して数少ない優位性(アドバンテージ)である人工衛星の運用、その事実とそれが何を意味するのか、そして得られた情報の粋である世界儀の情報まで開示せよ、と言う。しかもそれをしても街エルフの持つ優位性(アドバンテージ)は揺るがず、竜族がそれを脅かすことはない、か。あの竜達の猛威を何とか防ごうと、駆逐しようと、心血を注いで構築したシステムを、まるで庭先でも見せるように披露しろという。隠してる意味はないと言う。我らの懸念事項を杞憂だと論破していく。しかも、ソレはアキが提案した他文化圏育成計画を実施する上での前提条件に過ぎんと言う。……なんなんだ、アレは」


せっせと育てた大札は、確かに大札ではあっても切り札でも、鬼札(ジョーカー)でもなく、後生大事に秘匿しておくような代物でもなく、一番価値が出せるタイミング、つまり現時点で竜族に対して開示し、それが指し示す世界観を共有し、あの竜達と手を取り合え、と言うのだ。


これにジロウも続く。


「我らとの対峙が不可避となるエウローペ文化圏、我らの十倍規模にも達する強大な海洋国家群(シーパワー)、それが他文化圏を吸収して強大化するのを防ぎ、多様な文化圏が独立性を保ち、対抗していくことで世界の安定を保つ。説明は聞き、不明な点も徹底して質問を繰り返し、なんとか理解はした。……だが理解はできても、共感できるだけの視点も実感も持てんのだ」


二人が内心を吐露してくれたことに、ヤスケは曇り一つない笑みを浮かべた。


「そう、ソレだ。儂一人が抱えていた苦悩を皆で分かち合えた、それが今、とても喜ばしい。長老衆の皆で分かち合えたことできっと、苦悩もその分減り、そして苦悩を分かち合える仲間がいることで、行き場のない焦燥感や迷いも減るだろうと」


夫婦になれば苦労は半分、喜びは二倍という理論である。その通りと頷く幸せな家庭もあるだろうし、苦労が二倍、相方の気持ちを共感できず喜びが増えず不満ばかり、なんて家庭もあるだろう。ヤスケはそれでも、苦楽を共にする運命共同体としての長老衆という仲間がいることのありがたみを口にしたくなったのだ。


彼の飾り気のない思いに、ジロウ、クロウのどちらからともなく頭を下げて詫びた。


「すまん、苦労を強いた」


「苦しい人選だったが、お主で本当に良かった」


ヤスケが乗り切ってきた苦境を思えば、自分でも同じようにこなせたかといえば、そうだと言えるだけの自信は無かった。既知のことであれば、いくらでも何とでもするだけの自負はあった。だが、アキの示すそれは未知の上に未知を幾重にも重ねて行く理詰めの預言なのだ。


それはあやふやな未来を語る理詰めの予想であって予言ではないか、と思うかもしれない。けれどアキは、あの「マコトくん」自身であり、その「マコトくん」はこちらでは信仰対象となる神なのだ。それが伝える言葉とはすなわち預言に他ならない。


マコト文書の知を持って、こちらの世界の事を深くり、未来を見通して告げる言葉は神の言葉、預言なのである。


問題は、「マコトくん」は異なる世界、地球(あちら)に住まう子であり、こちらの世界の神ではないとされる事にある。こちらの世界からすれば、「マコトくん」とは外なる神々(アザーゴッズ)であり、こちらの世界に直接的に干渉してくる実体のある神ではない。生ける災害たる竜のように竜神などと崇められる連中とはその在り方が大きく異なるのだ。


そして、アキは「マコトくん」本人であり、そしてその言葉を伝える預言者でもある、というややこしい存在でもある。正体を知る者からすれば、アキと「マコトくん」が同一であることに異論はないのだが、ここで更にややこしいのが依代の君だ。あの「マコトくん」が現身を得た存在、それこそが依代の君であり、あの自由奔放なガキんちょはロングヒルと共和国それぞれに現身を置きながら、好き勝手に遊び回っているのだ。


依代の君という誰もが認める現身を得た「マコトくん」が降臨中であり、それとは別に同時にアキがいるとなると、アキのことを「マコトくん」と称するのは色々と無理がある。それに、この世界には皆の願いによって存在する本物の「マコトくん」、信仰によって存在する神がいるのだ。


何ともややこしい話である。


そしてこの世界の神とは、かなり限定的な力しか持たず、できるだけ僅かな干渉しかせず、信者の後押しをそっと行うような存在である。その導きは後から振り返れば、アレが神の助力だったか、とふと感じる程度に過ぎない。


それに対して、竜神の巫女アキが告げる可能性の高いとされる未来、選んではどうかと差し示した提案はあまりに現実味に溢れていて、否定し難く、魅力的で、否定するには甘露過ぎた。


「だが、儂も妖精女王シャーリス殿の決意までは全く予想できなかった。華奢な見た目に惑わされてしまうが、彼らもまた上位存在、竜族や魔獣、世界樹らと並ぶ者達なのだ、と冷や水を浴びせられた気分だ」


後からやってきたシャーリスは、他文化圏育成計画にぜひ妖精族も参加したい、各文化圏に対して一名ずつ常駐要員を派遣すると明言してきた。そしてそれとは別に次元門構築に繋げる基礎研究として、妖精の国をあげて心話や魔力共鳴に関する大規模検証を実施し、三界を繋ぐ次元門構築を何よりも優先すべき課題とする、とまで告げたのだ。


僅か数日で激変した姿勢、投じる国力の膨大さ、それに研究組に参加する程度だった次元門構築への姿勢から大きく踏み込んだ新たな方針の提示に、一体何があったのか、と酷く困惑することにもなった。


心のどこかでいつも数人、多くても数十人しか現れることのない、魔力感知すらできない小さな存在である妖精達を、意識せぬうちに軽く見ていたのかもしれない。


だが、その実態は総力でいえば天空竜数百にも匹敵する大勢力であり、しかも召喚によって本体は傷付くことなくいくらでも再召喚できるというインチキとしか言いようのない空飛ぶ高位魔導師の大集団、万を超える大国家なのだ。


国民の人数で言えば、共和国と同様の小国である。街エルフは魔導人形達を従える一人軍隊(ワンマンアーミー)であり、その国力は人口の百倍にも匹敵するチート国家ではある。しかし、それならば妖精族はと言えば、人口はやはり共和国程度ではあるが、数が減らず、魔力不足とも無縁で、自在に空を飛び回れる天性の斥候にして高位魔導師という非常識な高位存在の群れなのだ。しかも、高度な魔導技術を持ち、群れとしての国家を形成し、その技術力はこちらのどの勢力にも負けず劣らずなのだ。


「彼らはアキの言う次元門構築こそが国家千年の未来を決める計画だと看破した。彼らの言には十分過ぎる重みがあった」


万を超える高位魔導師達が集いて、心話や魔力共鳴についての相性問題やその特性について検証を行うというのだから、大盤振る舞いもいいところである。ロングヒルにいたメンバー達が看破した通り、こちらの世界では恐らく百年どころか千年先の未来でも実現不可能な検証作業である。異なる世界を繋ぐ恩恵、その実演として説得力があり過ぎた。


きっと、その検証結果だけでも、魔導研究に計り知れない恩恵を与えてくれることだろう。これまで一部の高位魔導師がおぼろげながら垣間見た世界の(ことわり)を明らかにしてくれるのだから、不可能と思われた事すら多くが可能な事柄へと変わっていくだろう。


「高位魔導師達が集う研究など、我ら共和国ですら、そうそう行えるモノではない」


街エルフは一応、何でもできる、その道のプロとしての最低ラインはクリアしないと成人と看做されないというぶっとんだ種族である。だが、そんな彼らであっても、そこらの市民が高位魔導師級かと言えばそんな訳がない。魔導師級の実力は確かにある。だが、魔導師にも幅があり、初級の魔導師とケイティのような高位魔導師ではそれこそ月とすっぽんというくらい差があるのだ。


共和国がもし、全ての制約抜きに妖精族の真似をして、検証作業をしようとしても、妖精族の一割も高位魔導師を集めることはできないだろう。街エルフにとっても高位魔導師なんて存在はそうそういないのだ。


そして、他の勢力、三大勢力においては高位魔導師など更に数が少なく軽々しく動かせる存在でもなかった。





妖精族という、自称、可憐で奥ゆかしい高位存在達が共和国に並ぶ大国である、と自覚させられたことに苦笑しながらも、ヤスケが少し目を細めて、二人に問いを投げかけた。


「それで、要である竜神の巫女アキを危険視する風潮や、逆に崇拝するような風潮はどう変わった?」


「この一年、殆どロングヒルの近場をうろつくだけで、まつりごとへの干渉をすることもなく、提案はすれども、決断するのは各勢力の代表達である、という姿勢を崩さなかったこともあって、危険視する意見は随分減った」


クロウの答えにヤスケも安堵の溜息を洩らした。


「あの竜達がアキの提案に耳を傾けることはあっても、彼ら自身が物事をよく考え、判断している事実が知れ渡ったということか。交流祭りも開催した甲斐があったというモノだな」


動かないとはいえ、実物大の竜の幻影を展示してじっくり眺められるようにしたブースは常に盛況だった。本物と違って心身を襲う圧がないことがやはり大きかった。落ち着いて視線を向けることすら困難な存在であっても、模型であればそう恐れずじっくり眺めることもできる。それに、竜達が食する菓子類の試食コーナーも人気を博していた。美味しい料理を喜んで食べる様子に、少し親近感を持つ者も出てきたという。


「崇拝する方は、その在り方も様々だ。マコト文書の第一人者として、或いは竜の傍らに立ち我らとの間を仲介する巫女として、全勢力を束ねる要として、遠い存在、崇めるような存在としてアキに思いを向ける者達が増えてきている」


ジロウが困った話だ、と渋い顔をした。


「洗礼の儀で、直接、アキを見た者も多いだろうに。伝話で心に直接働きかけられたことがそれほど衝撃的だったのか?」


確かにアレはアレで脅威を感じる特技ではあるが、所詮は妖精族が使う意思伝達手段に過ぎん、とヤスケが断じると、これにはクロウがそれは一面的な見方に過ぎない、と眉をあげた。


「竜の連中が使う思念波と同様、妖精族が使うという伝話もまた、我らからすれば普段使いできるような技ではない。それを何の気負いもなく、呼吸をするように普段使いする様子を見せられれば、それに畏怖の思いを抱いたとて責められんだろ」


ある程度の技として意識して放たれたのならまだしも、あれほど軽く使いこなし、しかもそれを竜の傍らに立って、穏やかにリラックスした態度でされては、逆に底知れなさを感じるのも無理はない、と理解を示した。


「アキが街エルフであり、財閥によって生活を支えられていることから、他勢力に比べて共和国が重く用いられるなどと都合よく誤解する輩は減ったかね?」


「それは随分減ったとも。財閥が事あるごとにアピールしたということもあるが、アキが示す話の最低単位が財閥のような大企業群であって、それより下位の企業や個人では恩恵を得られるような案件足りえない。例外があるとすれば、研究組のような突出した稀有な研究者か、アキが面白いと思って投じる群衆資金調達クライドファンディングくらいだが、前者はともかく、後者は宝くじを買う程度の軽い気持ちでしかなく、個人や企業に肩入れする気など更々ないことも随分周知できた」


アキが興味を示す分野は徹頭徹尾、次元門構築に繋がる研究絡みであって、それ以外は全て余興枠に過ぎず、衣食住で言うと、衣類はシャンタールが用意するものに満足しているし、食もアイリーンのそれに満足し、住んでいる別邸での暮らしに不満もないといった具合である。貨幣に触ると術式が壊れることもあって金にも興味が薄く、帳簿上の意味しかない有様だ。色事と言っても魅力的なお姉さんがいればニコニコしている様子で、逆に周囲がブロックして不埒な輩は近づけないよう注意してたりする。


武術に興味があると言っても、鬼族のセイケンや、鬼人形ブセイ、それに森エルフの弓使い達といった達人級が身近にいて満足しているし、武人を集めるような趣味もなければ、セキュリティ部門はアキとは完全に独立しているから、アキの目を惹く意味も薄い。


なるほど、とヤスケは満足そうに頷き、そして、だからこそ、深い眼差しで二人に問うた。


「そうでありながら、竜族がアキに親しみを持って接し、妖精族がアキと同じ次元門構築を望んだからと、アキを危険視するとは長老衆も随分と了見が狭くなったのではないか?」


潜在的な危険性について否定するつもりはないが、とヤスケは言いながらも、韜晦は許さぬ、と目線で制した。


「我らが竜族に対して、唯一といってもいい、知られてない優位性を持つ衛星運用について伝えることを躊躇するのと根は同じだ」


ジロウの言葉に、クロウも続ける。


「我らの衛星探査の技に対して、竜族が世界全体を知ることの優位性を心強いと思う前に、秘匿していた筈の子育てをしている地域の内情が露呈していることに危機意識を持つであろうこととも同様だろう」


二人が告げたことはシンプルなこと。つまり相手が信用できるかかどうかだ。信用できる相手なら、強い力は心強い味方となる。逆に信用できない相手なら、強い力は警戒すべき潜在的な敵だ。


 そして。


アキが持つあまりにも強過ぎる影響力、アキ個人が持つといっても過言ではない高位存在の群れである竜族、妖精族から助力を得られることと、それによって為しうる事象はあまりにも広く、その結果も圧倒的である。


それを無邪気に心強い、安心だ、と言ってられるか、という問いだった。

いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。


ちょっと考えてみたんですけど、長老衆視点での22章を語っておかないと、その重み、苦渋、決断といった部分が明らかになるのに結構間が空いてしまうことが判明したので、SSで補うことにしました。と言う訳で、次回、後編を投稿してから、いつもの説明セット、次の23章という形になりますがご了承ください。


SS⑪は、長老衆から見た、アキという預言者の厄介さ、面倒さ、貴重さなんてところを描写するお話です。知る範囲が狭いからこそ無邪気に安心していられた時代、それを過去のものとしてしまう存在、それがアキなのだ、という事を長老衆視点で語ります。簡単に言えば、江戸時代初期くらいの世界観の人々に対して、令和時代の視点、世界観と長期的な物事の捉え方をぶち込まれたようなもの、ってとこでしょうか。それも別世界の辿った歴史とはいえ、かなり説得力のある未来絵図まで示されて、だからこそ、この道筋を推奨します、と示す預言者、それがアキなんですよね。そして、当初こそ、異文化圏育成計画は選んでも選ばなくてもどちらでもいい、というスタンスだったのが、妖精族の介入もあって、ぜひ推進すべし、と態度を改めています。理解を超えてしまえば拒絶するという選択肢もありますけど、幸いなのか不幸なのか長老衆はアキの語る言葉を理解するだけの知識や技術、そして実行するだけの国力も備えているんですよね。だからこそ苦悩も深まるのです。


<今後の投稿予定>

SS⑪.預言者という厄介者(後編)   七月十七日(水)二十一時十分

二十二章の各勢力について      七月二十一日(日)二十一時十分

二十二章の施設、道具、魔術     七月二十四日(水)二十一時十分

二十二章の人物について       七月二十八日(日)二十一時十分

二十三章スタート          七月三十一日(水)二十一時十分

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