22-32.共和国に嵐到来
<前回のあらすじ>
伏竜さんに次の春までに、地の種族の社会や文化についての理解を深めて貰おう、その為のチームを組んで頑張ろう、って話になりました。父さんが主力になってくれるので大変心強いです。(アキ視点)
伏竜さんに今後どういう教育を受けて貰って、地の種族の社会や文化への理解を深めて貰うか、取り敢えず検討メンバーの選別までは終えることができた。
サポートメンバーの皆さんも交えて少し意見交換してみたんだけど、言葉が通じる部分を除けば、今後、想定される異文化圏とのコミュニケーションの実証実験にもなるのではないか、なんて前向きな意見も出たりして、結構盛り上がった。同じ人同士であれば、衣食住や、身体感覚、能力といったかなりの部分に共通項目があるから、自分がこう感じるなら相手も同じように感じるだろう、といった類推もしやすい。だから、言語が例え通じずとも身体言語でそれなり意思疎通が取れるし、ある程度一緒に住んでいれば、簡単な会話くらいならできるようになっていくモノなんだ。
勿論、お互い、融和的な態度で交流を希望していれば、だけどね。地球にあるインド洋のベンガル湾付近にある北センチネル島というところなんかはその対極に位置している。会話すらするつもりがなく敵対的で弓矢を射かけてくる原住民が暮らす島で、世界中で唯一、交流不可能が続いているんだ。何せヘリで降りて行こうと学者さん達が矢を射られて、這う這うの体で逃げ出したくらいに殺意が高過ぎる。そして、その敵意を無効化して上陸するのはできなくはないけど、そこまでして上陸したい訳ではないし、住民にとって未知の病原菌を持ちこんで絶滅なんて事にもなりかねないから、上陸は禁じられているんだ。
あ、殺意マシマシって言ったけど、一応、穏便に交流できた事もあったし、矢の鏃に金属を使っていることからしても、金属精錬技術はないけれど、流れて来た船の残骸などから得た金属を使うだけの知識はあるといった感じではある。
それに比べると、伏竜さんとの交流はある意味、条件が正反対だから面白い。会話はできるけど、身体の作りがまるで違い、生息環境も違い、行動範囲も竜達は空が基本、我々は地上が基本と共通点に乏しい。どちらも地の恵みに頼って生きているという点は同じで、生物としての共通基盤があるというだけでもありがたい話ではあるけど。
これが樹木の精霊達となると、食事という概念ですら共通項目が無くなっちゃうからね。水分補給くらいかな。共通点があるのって。陽光に対する価値観もまるで別で、樹木の精霊達にとっては豊かで安定した土壌、風や水、そして陽光こそが大切だ。そして我々、動物との差は動かないこと。実際には連樹の皆さんのように参道を広げたいと言ったら、山全体でちょっとずつ生えてる位置を調整して、参道を広げる為の空き地をあっという間に生み出してくれたりと、地球の植物と違って完全に動かない訳じゃないし、世界樹さんのように飛びぬけた存在になると、成長に適した地を提供されれば、そこに向けて空間跳躍で引っ越してくるくらいだから、まぁ、静物というほど動かない訳ではないんだけどね。
っと、ちょい話が横道にズレた。
竜族に話を戻すと、番という単位、或いは子育て時期における幼竜や若竜達を集めた集団育児といったように多少なりとて集団活動を営んでいてくれているし、道具や文字は使わないけれど貸し借りの概念はあるし、医術に長けた黒姫様の例にもあるように、専門家に敬意を払う、専門家という概念があるという点も興味深い。単なる獣の群れには狩りにおける役割分担くらいはあっても専門家みたいな特殊技能にまで昇華された技は出てこない。
あと、道具や文字は使わないけれど、縄張りを持ち、縄張りが持てない若竜達も扱いは多少落ちるとはいえ、縄張り内に住むことを許して共生しているとこもあり、成竜として認められるための儀もあったりと、列挙していくと、個で完結している生活スタイルと言いながらも、そこらの魔獣とは明確に違うんだよね。最強たる個なのに群れとしての暮らしも持っている点がとても面白い。
それにとても長命で大変聡く、異なる生活を送る地の種族の暮らし方や文化にも多少は理解があるところも特筆すべきところだろう。雲取様のように、自身の縄張り内に世界樹や森エルフ、ドワーフ達が住まうことを認めてる方もいる。
あー。
そうした他種族を住まわせてる話って考えてみれば、雲取様絡みでしか聞いたことがないから、雲取様もまた竜族の中ではレアケースに該当する方なのかもしれない。一般的な竜とはなんぞや、というとても深い問いだ。
伏竜さんも間違いなく、竜族の中ではかなりのレアケースに該当するだろうからね。んー、ロングヒルにやってくる七柱の雌竜の皆さんも、雲取様に対する恋心があれども、仲の良い女友達といった感じでもあり、そこまで多くが一柱の竜を巡って恋の駆け引きをするというのも大変珍しいと聞いている。だから、竜族の中で彼女達は一、二を争う影響者集団だったりする。
あれ?
ロングヒルに来てる竜達って実はレアケースだらけなのかも。
雲取様も、外部との交流を担うことを他の竜達が認めている、という意味で、かなりの上澄みの方々がやってきていることは認めてたからなぁ。僕が良く知る竜達というのも、かなりの幻想、実態からかけ離れた部分があるのかもしれない。現実を見て興覚めしてしまうパリ症候群みたいな話があったらやだなぁ。
◇
そんな話も終わって、ちょっと一息ついていたところに、珍しく、共和国のある島から通信要請が届いた。共和国とロングヒルを結ぶレーザー通信網によるリアルタイム長距離通話だ。相手の姿を幻影で立体表示して互いに認識し合えるとこが凄い超技術なんだけど、使用料金が高いとかで利用時間に制限があるのが玉に瑕。
「それで、通信要請って誰からです?」
「ロゼッタからです。他の方々は忙しいため、代表として選ばれたとのことでした」
おや。
「結構日数も経過したのにまだ忙しいって何かトラブルでもあったんでしょうか?」
しかも、緊急で予定外の連絡を入れてくるとなるとよほどの事態と言えそうだ。
……なんて感じにちょい身構えたんだけど、これには全員から白けた視線が突き刺さることになった。
「えっと、皆さん、なんです? 何か忘れてました?」
変だなぁ。
っと、ケイティさんが呆れた表情を浮かべながらも、理由を教えてくれた。
「アキ様、もうお忘れですか? 異文化圏育成計画の話を長老衆に報告しに戻り、後に続くように三界を繋ぐ利を説いた妖精の皆様が共和国に乗り込んで、異文化圏育成計画への妖精族の参加などに強く関与して行く旨を告げる流れになったではありませんか」
あぁ。
確かにそんな話もあったね。
「でも、シャーリス様達が乗り込んでからももう何日も過ぎてるのに、まだ忙しいんですか? 長期目線で考えることはあるにせよ、大まかな方針としては、二隻体制くらいの探査船団に魔導人形の皆さんを乗せて送る準備をしようって話と、惑星の規模での観測網があることを竜達にどう伝えるか、という部分、それと妖精さん達が国を挙げて大々的に基礎研究に助力してくれること、異文化圏育成計画の各地域に妖精さんを常駐させよう、という申し出をしてくれた話くらいでしょう?」
そう告げたら、父さんに渋い顔をされてしまった。
「アキ、今の話だけで一週間やそこら平気で紛糾する話だ。そして結論がすぐ出せる筈もなく、判断するに足るだけの情報を用意せよ、と命じられて部下達が大忙しになってる筈だ。あちらが忙しい、と言ってたのはそういう事だろう」
あぁ、なるほど。
「長老衆は大方針を暫定で決めればいいとしても、母さんやリア姉、それにマサトさんのような立場になると、長老衆が判断するに足る情報を出せ、用意しろと言われる側だから、大変なのはこれからって話なんですね」
「そうだ。それと時間も無さそうだから、通信室に行こう」
「はい」
ケイティさんに指を全て絡める恋人繋ぎという名の拘束をされて、通信室へと向かうことに。僕が触れると壊れてしまう繊細な魔導具がごろごろしているから、僕は決められた範囲での行動しかしないようがっしり捕まえられてるんだよね。あぁ、せっかく綺麗なお姉さんと手を繋いでいるのに潤いの欠片もないとは、ちょっと悲しい。
大勢入るスペースはないので、こちらのメンバーはケイティさん、僕、父さんに厳選。あ、お爺ちゃんは勿論同行してくれてる。
皆が所定の位置に立ったところで、ケイティさんが機材を操作し、通信回線を開いた。
「アキ様、お久しぶりデス。多くを語りたいところですけれど、時間も限られていますので、こちらの状況をお伝えシマス。翁は今から聞く内容は守秘義務と考え、シャーリス様達には伝えないように。伝えたい場合は調整しマス。良いデスネ?」
幻影で表示されたロゼッタさんは、いつもながらの落ち着いた余裕のある振舞いで、淡々と話し始めた。
「うむ。儂も立場は弁えておる。話す必要があると思ったら、ちゃんと相談して伝え方まで含めて意に沿った形にするから安心せい」
ん。
さすが、お爺ちゃん。親しき仲にも信頼関係は大事だからね。うん、うん、良いことだ。
「それでは、手短に。アキ様の提案された異文化圏育成計画とそれに付随する、街エルフが保有する人工衛星群に関する技術開示についてデスガ、妖精族が各地域に滞在して共同で交流事業を実施するとの宣言が最後の駄目押しとなり、実施することを前提として計画立案と実態調査を行う方針が示されまシタ。ただし本件は極秘として外部への情報開示は長老衆の許可を得るまで禁止しマス」
ほぉ。
「妖精さん達の国を挙げての心話や魔力共鳴への基礎研究大規模実施は、長老の皆さん驚いてました?」
これはかなり興味あるところ。師匠や母さんはビックリすること間違いなしと言ってくれてたけど気になってた。
僕の問いに、ロゼッタさんは芝居がかった態度で、くすくすと笑って予想通りになったことを教えてくれた。
「ハイ、それはもう面白いように驚かれてまシタ。万を超える魔導師級の人々が基礎研究の為に協力するなど、こちらの常識からすれば、あまりにもあり得ない域の話であり、されど、事前情報として知っていた妖精の国であれば、国の規模的にも、妖精の方々の実力からしてもそれが十分可能であることの理解にも至りまシタ」
あの気難しい老人達が驚愕に目を見開いて口を開けてた様は面白かったデス、などとちょっと悪そうな表情を浮かべる様子は、ほんと他の魔導人形の皆さんとは一線を画している。
「三界を繋ぐ計画を強く推進していきたい、とする妖精さん達の国家百年の計についてはどうでした?」
そっちは僕の次元門構築に密接に絡んでくるからかなり気になるところ。
「計画の語る視点の壮大さ、そして、共和国が地球の知を利用することによる利を強く受けていることから、理解と共感を得るに至りまシタ。ただ、現時点で研究組の活動を支えており、弧状列島の各勢力が更なる注力を行える余地があるかどうかは今後検討していくと述べるに留まりまシタ」
ふむ。
「そこは研究組の自由な研究を認めて支援してくれている現状で十分と思うので不満はありませんけど、更なる余地に言及したってことは、もしかして長老さん達、結構、対抗意識を燃やしてたとか、危機意識を持ったとかです?」
「ソウデスネ。シャーリス様が示した支援が、次元門構築の研究への寄与という意味では、他を大きく圧倒する質と内容となるであろう事から、バランスを取る必要性を考えられた可能性がありマス。ですが、憶測で私が語るよりはいずれそちらにヤスケ様が戻られた際に直接聞かれるのが宜しいデショウ」
などと殊勝な態度で語ってるけど、直で聞いた方がきっと面白いデスヨ、などと付け足す辺り、ロゼッタさんも十分楽しんでるようだ。
「母さん、リア姉、あとマサトさんはマコト文書の専門家として駆り出されているとか?」
「私も含めて、それで八面六臂の大活躍中デス。暫くの間は対応が鈍くなりますがご了承くだサイ」
勿論、緊急事態や重要な案件があれば話は別デス、とは言ってくれた。
ふむ。
「えっと、つい先ほど、伏竜さんに対して、春先までに地の種族の社会や文化について教育をして理解を深めて貰おうって話をしてたんですよね。父さん、僕、それとエリーと師匠の四人で考えながら対応していこうかなーって」
そう告げると、ロゼッタさんが少しひきつった顔をしながらも、笑顔でそれならば、と提案をしてくれた。
「竜族で唯一、東遷事業に参加される伏竜様。その方に対して地の種族への理解を深めていただくことは大変重要な案件デス。緊急性も最大級と判断しマス。ケイティ、適宜、私に報告し、伏竜様に説明する内容は必ず事前確認できるよう調整しなサイ。どの時間帯でも割り込みを許可しマス」
くどいように、絶対、事前確認させろ、と押し込んできた。ちらりと父さんを見ると、どうもこういうロゼッタさんの振舞いは以前にもあったようだ。目線で全面的に受け入れるように、なんて指示をケイティさんに出してる。
「そのように差配します」
ケイティさんも手短に同意を示した。というか、同意以外の反応は絶対論破スルゾ、なんて強い意志が幻影越しにすら伝わってきた。
あー。
「ロゼッタさん、長老さん達からのお仕事より重要と判断したように聞こえましたけれど、それほどですか?」
そこまで最重要と捻じ込むほどじゃない気もするんだけどなぁ。
「そこまでデス。伏竜様は後に続く天空竜達の道標であり、行動指針を示すリーダー足りえるのですカラ」
あらかた腹は決まってるのに、裏取り情報を欲しがってるだけの長老衆とは同列な訳がありまセン、などと嗤う表情がちょい怖い。
そんな訳で、伏竜さんへの教育計画についてはロゼッタさんも多忙な状況ではあるけれど、がっつり絡むことが決まった。なお、多忙と言いながらも、依代の君への対応はこれまで通り行っていくそうだ。現身を得た神への対応の優先度が高いのは当たり前、とか言ってる。だけど、潤いのある仕事があってもいいじゃないデスカ、とか言ったりしてて、ロゼッタさんにとっても、これから成長していく依代の君との時間は、仕事と言いつつ、息抜きや娯楽にもなっているようだった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
キリがいいとか言いつつ、共和国側で波乱があるよ、長老衆大慌てだよ、といった部分の話が22章の大半を占めていたのに、そこに触れないまま終わるのもどうかって話もあり、今回はそちらについての話が伝わってくることになりました。「判断に足るだけの情報を整理された形で揃えて」とまぁ、言うのは簡単ですが、ソレを言われた部下達はこれから暫く鉄火場確定です。
アヤは議員として、リアは研究所所長として、マサトは財閥の代表として、ロゼッタはその秘書としての仕事をこなしつつ、副業としてマコト文書専門家の力量を今回の件(異文化圏育成計画、次元門構築絡みの研究支援)に支援をしてくれ、と長老衆から頼み込まれることになりました。
どちらもアキほどではないにせよ、それに近い目線、視点の高さ、広さがないと話を正しい方向にもっていくのすら困難なので、四人が駆り出されるのも無理のないとこなのです。
なので、この四名は暫く……多分、この冬一杯は開放して貰えないでしょう(笑)
二十二章も終わってキリも良いので、感想、ブックマーク、評価、いいねなど何らかのアクションをしていただければ幸いです。それらは執筆意欲のチャージに繋がりますので。
<今後の投稿予定>
二十二章の各勢力について 七月十七日(水)二十一時五分
二十二章の施設、道具、魔術 七月二十一日(日)二十一時五分
二十二章の人物について 七月二十四日(水)二十一時五分
二十三章スタート 七月に十八日(日)二十一時五分
<それと>
自分で読み返しても、作者自身が楽しく読めてるし、無駄を極力排してるとも思うんですけど、本作って一般向けじゃないよなぁ、とは思うようになりました。2017年時点で私が欲しい部分(本作的な内容、視点の高さ、広さ)を扱ってる作品がないなぁ、なら自分で書くか、というのが発端だった訳ですが、なぜ、数多くの作家の皆さんが扱ってないのか、って部分への認識が薄かったかな、と。
本作が極力排してる余計な部分、本筋を語る際に邪魔となる部分というのは、異世界チートマニュアルで描かれているような内容全般なんですよね。本作ではそれらはもう共和国が実施し終えているのでアキが出張る必要はなし。それらを描いてる作品はそれこそ幾千、幾万とある訳ですから、それらが読みたいならいくらでも作品はある訳でして。……とはいえ、それならなぜ先人達はその先を描こうとしないのか、ってとこですが、はい、自分で描いてみてわかりました。映像映えしないし、会話シーンが殆ど、概念的な説明図とかばかりになるし、さらりと読み流すとふーん、で終わっちゃいますから。戦闘、アクションシーンがない「転生したらスライムだった件」みたいな感じでしょうか。
悩ましいですね。もし、本作のような視点の広さ、高さを扱ってる作品をご存じであれば、教えてください。世界に情報は溢れているので、私が実は知らないだけ、という可能性も十分あります。
ここで言う視点の広さ、高さとは、現代人が持つ地球全域を知ることで得た世界観や、歴史観、そこまで世界全体が統合されたことで見えてきた複雑で新たな学問の数々(例:比較文化学)、といった部分です。たんに世界が広いだけなら銀河規模とかあるし、神様が世界を作るような話もごろごろあるんですけどね。