22-28.伏竜さんと稲作文化を学ぼう(後編)
<前回のあらすじ>
稲作について、単に種を蒔いて水をやってれば育つほど簡単な話じゃないんだぞ、ってところをアピールできました。(アキ視点)
さーて。
真面目に田植えを終えてから収穫までを語ると話が冗長になるし、別の機会に別のトピックとして語ったほうが良い話も多いから、絞り気味にして大筋だけ辿っていく事にしよう。
『それでは伏竜様。しっかりとした作土を用意し、ある程度育った苗も適切な間隔、深さで植える事が出来ました。この後、適度に豊かな日差しに恵まれ、降水も多すぎず少なすぎず、気温も低くなり過ぎず、適切な時期にしっかり暑くなり、虫や鳥、獣の害も退けて、病にも幸いかからなかったとして、雑草も除去して、水田に張った水量を減り過ぎず多過ぎにならないよう調整していれば、秋には、水田全体が実り豊かな黄金色に輝く光景に辿り着けるでしょうか?』
指折り数えて言い忘れがないか確認しながら列挙して、さぁどうか、と問い掛けたら、伏竜さんは、むむっと唸った。
おー、僕が列挙した項目を一つずつ確認してる。数が多くて込み入った問いな事もあって魔力制御が疎かになってて、思考の流れが追いやすい。
顔色を変えずヒントは出しませんよーって顔をしながらも、気付いてくれるかも、と期待していたら、その期待に応えようと更に深く考え込んでくれた。
ほんと、良い心遣いだ。
<野分(台風)があまり暴れぬ事が肝要だろう。そこまで良い結果に恵まれて、大水は避けられたとしても、突風に薙ぎ倒されては、育ちが悪くなるか、育たず枯れたり腐ってしまいそうだ>
どうだ、って感じの爽やかな心が心地良い。なんだろ、この竜、めっちゃカワイイんですけど!
『お見事!ほぼ、ほぼ正解です。稲が倒れてしまうと、籾が発芽してしまったり、水没したままだと腐ったり、ついた泥で発育が悪くなったり、折れたら枯れてしまったりと、泣きたくなるような事態に陥ります。そうならないためにも、稲はしっかりと立派な根を張る必要があるんですよね』
<なるほど。だが、そればかりはよく育つ事を祈るしかないのではないか?>
『そこ、です。実はまだ人がやれる事があります。中干しって作業なんですけどね。敢えて途中で水田から水を抜いて、根の成長を促すんです。根は水を求めて伸びるんですけど、水を張ってると、その必要がないので伸びが悪くなるんです。なので、穂が実って重くなる前に、しっかり根を伸ばすために、敢えて水を抜いて、水を求めて根が伸びるよう仕向けるんですね』
他にも過剰に分げつが進んでしまうのを防ぐとか、地面から有毒ガスを抜くとか、土に酸素を届けるなんて効能もある、と説明した。
水の覆いは寒さから稲を守り、ある程度深くすれば風への守りにもなるけれど、空気を遮断してしまうので、土には悪いこともある。
出穂の時期や開花時期になると、開花や受粉、受精を促すよう浅水、つまり水深を浅くする操作もするんですよ、と伝えると、とても感心してくれた。
<稲に特定の行動を促すのに、水量を調整することでそれを為しているのか。草木に語り掛ける術を持たない中、良く考えているものだ>
ほぉ。
「ケイティさん、森エルフの場合、精霊使いが働き掛けて、特定の行動を促す感じですか?」
一応、確認してみると否定的な返事が返ってきた。
「精霊使いは、草木が何を欲しているか察することはできても、準備が足りぬ中、特定の行動を促すといった事はできません」
なるほど。
「魔術を農業に活かすのは、戦術級術式が必要で、術師が足りないから行われていない、でしたっけ。国民全員が魔導師な街エルフ達でもそれは同じです?」
っと、依代の君が手をあげた。
「それは大地から魔力が失われる愚策だぞ。術師達が使う魔力は種火に過ぎず、地に満ちた魔力を使って術式は発動する。そんな広域で魔術を使えば、地に魔力が戻るまで何年かかるかわからん」
ありゃ。
「なら、君のような神の祝福なら?あれは信者達の祈りが集いし力だから、地に満ちた魔力は使わないのでしょう?」
「僅かな力を貯めたのが神力だ。だからもし用いるとしても必要最小限、ほんの少し助力するような手段を神は好む。例えば、稲の生育なら、病に冒された株に本来より早く気付くとかだな」
なるほど。
◇
『ところで、伏竜様。受粉のような植物の生育に絡んだ事にも興味がお有りですか? んー、例えば蝶、いや、蜂、あれ? 蜂蜜? えっと、熊みたいに蜂の巣を襲って食べたりするんですか?』
蜂の巣を襲う生き物と言うと、鷹の仲間の蜂熊もそうだけど、食べるのは幼虫や蛹なんだよね。伏竜さんの魔力に触れた感じだと、明らかに蜂蜜のような液体と甘さに関する記憶、それも楽しい記憶が感じられた。
というか、伏竜さん、甘味好きかぁ。
僕の言葉に反応して変化する魔力からは感情やイメージも感知できるから、こうして伏竜さんの魔力の届く範囲にいると、色々と察知できて便利。
<幼い頃に多少、な。それにしてもよく感じ取ったモノだ>
呆れた意識と感心した意識が半々くらい。忌避感や嫌悪感みたいなのは皆無、と。竜は寛大な心の持ち主でありがたい。
『蜂蜜好きなら、焼き立てのパンケーキにたっぷりとバターと蜂蜜を垂らして食べたら最高でしょう』
アイリーンさんの作ってくれるパンケーキはまた絶品で、ほっぺたが落ちそうになるくらい美味しいからね。その時のイメージを言葉に乗せて伝えると、あー、目の色が変わったわ。
<期待しても良いのかね?>
『米粉パンばかりでは飽きるでしょうから、たまにお出しするよう調整していきましょう。でも、そんなに量は出せませんよ? 蜂蜜って、蜂が生涯に集める分量は僅かティースプーン一杯程度なんですから』
手元にあったティースプーンを持って、一匹が生涯で集める蜂蜜がこれに一杯、と示すと、何とも驚くイメージが感じ取れた。
『あー、えっと伏竜様? 随分と豪快に蜂蜜を食されていたようですね?』
爪で巣を壊して、露出した部分の蜂蜜を舐め取るとかじゃなく、ズボッと長い首ごと巣に突っ込んでしゃぶり尽くしていたらしい。
<待ちきれなくて、な。若気の至りだ。後で若竜達に随分叱られた>
だよねー。いくら竜の鱗が堅固だろうと、顔の周りはそれ程強固でもないだろうし、そんな顔を巣に突っ込んだ状況じゃ、周辺警戒もゼロに等しい。
『ちなみに、蜂の子や蛹、蜜蝋や巣を取り除いて濾した蜂蜜は雑味がなく滑らかで美味しいですよ?』
蜂の巣を混ぜご飯のように砕いて混ぜて食べてたんじゃ、雑味だらけだったに違いない。
人が食に注ぎ込んだ情熱の高みに触れて、ぜひ驚いて欲しい。甘くてドロッと透明でキラキラと輝く蜂蜜のイメージを言葉に乗せると、ちょっと魔力の抑えが緩んで跳ねたくらいだ。
<……済まん、蜂蜜の話は別の機会としよう>
『ですね。稲作からだいぶズレました。養蜂文化については森エルフの協力も得られるでしょうから、改めて別の時に』
そう話して、それはそれ、と心の棚に除けておく事にしたのだった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
すみません、短いですけど、キリは良いので今回はここまで。加筆した場合には次パート前書きでその旨、書いてお知らせします。
次回の投稿は、七月三日(水)二十一時十分です。
◆活動報告
エッセイ「 敵戦車が現れた! 攻撃ヘリの機関砲で蜂の巣にしてやるぜ! →生成AIさんに結果を聞いてみた」を投稿しました。活動報告の方に補足的な話も書いてます。