22-26.地の種族の狩猟文化とは
<前回のあらすじ>
地の種族が土地に執着し、水を巡って争うことについて、広い地域で水の利用で揉めることがある点について伏竜さんにも納得して貰うことができました。(アキ視点)
さて、気分転換も兼ねて、ちょっと狩猟文化の違いも認識して貰おう。
『伏竜様、ちょっと互いの狩猟生活に関する意識の違いについても明らかにしてみましょう。僕と依代の君で実演するのでご鑑賞ください』
僕達が実際に体を動かして、地の種族の狩猟の真似事を実演してみせますよ、とイメージ込みで声に乗せると、伏竜さんも興味深いといった反応を返してくれた。
<見せて貰うとしよう>
ん。
伏竜さんも実演と言っても、狩場に行って実際に狩る訳ではない、と理解してくれて話が早い。
スタッフさん達に合図を送り、僕達から離れた様々な位置に鳥や兎といった獲物の実物大の絵が描かれた的を設置していってくれる。それに鹿や猪といった大きな獣の絵も。僕達の近くには様々な武器も置いてくれた。
『お爺ちゃん、万一に備えて予想外の方向に飛んでったら叩き落してね』
「任せよ。じゃが、そこまで外すでないぞ」
お爺ちゃんもぽんっと胸を叩いて請け負ってくれた。これで安心だ。
さーて。
では、軽く手に持てる手槍を持って説明開始だ。
『伏竜様や妖精族の皆さんは熱線術式などで狙えば必中、確殺できる手段があるので狩りと言っても苦労することはないと思います。ですが、地の種族、例えば人族や小鬼族の場合、魔術を使える人は少ないので、それ以外の方法で獲物を倒す必要が出てきます。そこで問題になるのが地の種族の攻撃範囲の狭さ、そしてそれを解決していく手段になります』
武器を持たない状態でパンチやキックの動作をしてみて、ソレが届く距離まで獲物に近付かないと、有効打を与えられないという状態を示してから、その次に手槍を構えて突く動作をしてみて、間合いが大きく広がった事を表現してみた。
<道具を用いる地の種族だからこその間合いの工夫だな。道具を用いぬ他の種族は牙や爪、蹄の届く間合いに近付かねば打撃を与えることはできない>
うん、そうなんだよね。
『猪の突進は怖いし、熊の手の薙ぎ払いは簡単に木々すら抉ります。鳥が鉤爪で魚を捉えたりもしますけど、いずれも体に相手が接触しないと効果がありません。その点、例えばこの手槍なら先端の鋭い刃は、手持ちの短剣の間合いを身長と同じくらい遠くまで伸ばしてくれます。これは自分の攻撃が本来よりずっと遠くまで届き、なおかつ相手の攻撃がこちらに届かない状態を作るという意味でも、地の種族に大きな優位性を齎しました』
そう、槍の発明は画期的だった。徒手空拳状態は論外としても、手持ちの刀剣で熊と戦うとなったら、熊の薙ぎ払いが互いに届く間合いになってしまう。これはかなり豪の者でも決死の戦いとなってしまう。けれど、手槍であれば、熊の手の届く範囲より遠くから全力の突きを届かせることができる。まぁ、実際には熊相手だと手槍があったとしても命がけだけどね。
<その一方的に攻撃できる、遠い間合いまで届く点は確かに優位よな>
『はい。多くの動物は自分より大きい人族がきたら距離を取って、あまり近くなりそうなら逃げてしまいます。手足が届く距離まで近づいて、なおかつ有効な攻撃を繰り出すのは容易ではありません。間合いが広がれば、その分、攻撃が届くチャンスが増えます。そして手傷を負わせれば、後は弱るまで追い続ければ獲物も狩れます』
野生において怪我をするということは、それだけで生存率を大きく落とすことになってしまう話だ。槍の深い刺し傷となれば、出血が酷くなる可能性も高い。応急手当なんて真似を動物は行うこともできないし、人族はどの動物よりも長距離走破能力に優れているから、ひたすら追いかけ回す状態になれば、手傷を負った動物の方が力尽きるのが早い。
それに、人は集団で狩りをするからね。立ち止まって休もうとしたり、眠ろうとしても誰かがそれを邪魔し続けていれば、動物は急激に疲弊していってしまう。そして足を止め続ければ止めを刺されて終わりだ。
<だが、手持ちの武器よりは間合いが伸びたと言っても、手槍が届く距離になる前に獲物は逃げよう>
うん。
『そこなんですよね。なので地の種族は遠隔攻撃武器を作ることにしました。一番簡単なのは投石です。僕達は肩の可動域が広いので、モノを投げるという点においてはどの種族よりもソレが得意なんですよ』
ここで、僕と依代の君は手に手頃なサイズの石を持って、離れた位置にある動物の描かれた看板に投げてみた。
実はある程度、練習もしたんだけど、威力のある速さである程度の石を投げるとなるとなかなかキツイ。
<間合いは伸びたが、それでは大きな獣には効果は薄そうだ>
ですよねー。
『それでも大人数で沢山投げつければ馬鹿にできない威力にはなるんですけどね。ただ、ご指摘の通り、手投げの石で熊と戦うのは無謀過ぎるでしょう。そこでちょっと工夫をして威力を高める工夫をすることになりました』
まずは手拭い。これで石を包んで振り回して投げれば簡易スリングになる。手が何十センチも長くなることになるから、投げる速度は大きく変わってくる。振り回す遠心力で加速できるのでそこらのおじさん程度でもプロ野球選手並みの速度で石を放てるのだ。鎧を着てても当たれば昏倒するレベルである。
スリングの利点は、何といっても振り回す基礎体力さえあれば、年齢や性別による威力差はないってとこにある。振り回す加速とタイミングよく放つ要領さえあれば、誰でも殺傷力のある石礫を放てるのだ。地球だと、村全体で子供から老人まで総出でスリングで的当てをする大会を開くところもあるってくらいだからね。
次は、両手で持てる程度の長さの木の棒の先に、紐と石をセットする受け口を付けたスタッフスリングを持って、頑張って山なりになるよう投げると、遠心力のおかげで百メートルを超える飛距離を出すことができた。
依代の君は身長は僕より小さいのに、僕より遥かに鋭くスタッフスリングを振り切り、演習場を飛び出ていくのが確実な弾道を描いていたので、円周部にいて警戒をしてくれている森エルフさん達が矢を何発も立て続けに命中させて石礫を撃墜してくれた。ふぅ。
<随分遠くまで届いたモノだ。手投げの時より遥かに威力も大きい。当たればかなりの痛手を与えられよう>
伏竜さんも感心した声をあげてくれた。まぁ手投げより何倍も遠くまで届くからね。多人数が一斉に投げれば、かなりの効果を上げそうでもある。何よりある程度の手頃なサイズの石であればよい、という点もコストを下げる意味で優しい。
『このように投石も、手で直接投げるだけでなく、紐を使って振り回して投げるスリング、全身の力を使って両手で棒を振り回し、その先の紐で加速して投げるスタッフスリングといった形で、その射程距離、威力を上げました。ただ、投石は打撃なので、地の種族は他の攻撃手段も編み出しました。それが弓矢です』
投石は打撃系統であり、石が重いほど威力も増すけれど、運ぶのが大変だし、スリングは振り回すのに広さが必要で、連射速度も遅い。熟練の投げ手となると、かなりの高命中率を出せるそうだけど。
その点、弓矢は刺突武器であり、その矢は石に比べればずっと軽く飛翔速度も十分に速く、貫く威力はとても高い。
「まぁ、見てろ」
依代の君が自身よりずっと大きな和弓を引き絞って矢を放つと、それは僕がスリングスタッフで届かせた距離を難なく直射して矢は的に深く突き刺さった。
……というか、放った時の音が異様だったんだけど。
ちょっと確認させて貰うと、馬鹿みたいに引く力が必要な強弓だった。一体、何人張りの弓なんだか。
『依代の君が射てくれたように、矢は石よりずっと軽く沢山持ち運べて、その飛翔速度はとても早く、投石に比べればずっと命中させやすく、貫く力によって出血を強いることで獲物を狩る力は各段に増しました』
僕もコンパウンドボウを手に持って、近い距離の的に向けて撃つと、フライパンくらいの厚さの鉄板を張った的なのに簡単に貫いていく様子を見せることができた。
いやぁ、怖い、怖い。
<それだけの矢の速さと威力があれば、小さな獣を狩るのにも苦労はしまい>
ですよね。
『勿論、射手の実力にもよりますけど、我々は手槍よりも投石、投石よりも弓矢と言った形で、どんどん遠距離攻撃の技を進化させていった結果、狩りの効率も随分上げることができるようになりました。ただ、そうは言っても熱線術式のように必中、必殺ではありませんし、ある程度まで近づいて不意打ちしないと外れるし、逃げられることにもなります。また、こうして一定範囲で狩りをしていくと、狩り尽くしてしまう恐れがあるので、広い範囲を転々と移動して狩る必要も出てきました。この点は竜族や妖精族も同じですよね』
<同じ範囲であまり狩らないこと、老いた獣、傷付いた獣を狩ることは確かに重要だ>
「儂らも狩り過ぎには注意しとるぞ。追い払いたい時には鏃のない投槍や、威力を落とした熱線術式で叩く事もある」
どちらも飛行速度が速く、必中、必殺の術式を持つ究極の狩人だからこそ、狩り尽くす怖さは良く知ってるってとこか。うん、うん、良い事だ。
『禁猟期間を設けるのも重要ですよね。子育て期間に数を減らしたら獲物がいなくなってしまいますから』
<その通り>
妖精さん達はそもそも獣を食べるために狩ることが稀だから、ここは見解が違う感じか。それでも脅威になれば倒すし、邪魔になるなら追い払う訳だから、子育て期間中で気が立ってる時には無用な刺激をしないとか、それなりには配慮しているんだろう。
『あと、僕達は狩りをするにも野山を歩いて移動する必要があるので、そもそも獲物を見つけることが大変です。一日中野山を歩いて、獲物が取れなかったりしたら骨折り損のくたびれ儲けですから。しかも狩場は転々として行く必要があるから、一年を通じてみた場合、とても広い地域が必要になり、しかもそこで養える人口には限りがあります。狩猟採集民では人口はどうしてもそうそう増えなかった理由も見えてきたかと思います』
竜族や妖精族のように地形を無視して、軽々と空を飛び、必中・必殺の術式で狩れるなら、狩りのコスパは高いだろう。だけど、地の種族は歩いて移動してれば、音や匂いで感づかれるから、下手な狩人では獲物は見つける前に逃げ出してしまう。それに獲物を狩って持ち帰るとなると遠出もできないし、遠い地で獣を狩ったら持ち帰るだけでも大変だ。
◇
スタッフさんに野山で狩りをして、外泊までする事を想定した場合の荷物をズラりと並べて貰った。
帽子、靴、手袋、下着、靴下、長袖の上下の服、外套、背負い袋、水筒、コンパウンドボウ、矢筒、ロープ、ナイフ、火口箱、携帯食料などなど。ずらりと並べるとなかなか壮観な眺めだ。
『地の種族は服を着ていないと体調を崩しますし、荒地を行動するとなると頑丈な靴や、手を怪我しない為の手袋や頭を守る帽子も欠かせません。狩りの最中ともなれば手早く飲食できないと困るし、飲んで安全な水が旅先で簡単に手に入るとは限らないので水筒も必要。狩りのためのコンパウンドボウも矢筒もこの通り嵩張りますし結構重い。複数人数で狩りを行う場合は皆で手分けをしてテントを運んだりもします』
地球の現代式テントほどではないけど、結構軽くて丈夫そう。とは言っても登山装備と違って、狩りの道具も持参して、となるから、かなりの重量だ。
<そのように荷物が多くてはあまり早くも歩けず、獲物もそれなりに倒さないと狩りに出ても得になるまい>
うん、うん。
『そうなんですよ。ある程度の人数を出すなら、その人数が従事する日数で割りが合うだけの獲物が得られないと、狩りに行く意味がありません。しかし、多人数が満たすほどの狩りをすれば、その地域での狩りは当面は禁止になります。回復するのに何年もかかりますから。かくして農耕文化への移行は必然とも言えるモノでした』
どうせ一日中野山を駆けずり回り、賢明に獲物を探し当ててもあまり多くを狩り過ぎてはいけない。だから、狩猟期間は一年のうち三か月程度と短かいんだよね。人類の狩猟技術があまりに向上してしまうと、狩場全体を管理しないと持続可能な狩場として存続できないほどになった。
その点、農耕文化は手間はとてもかかるものの、狩猟採集に比べると、その実りは劇的なモノがあった。何よりあまり遠出をする必要もなくなったから、ずっと移動し続ける必要もなくなり、その分を田畑の管理に回すこともできるようになった。
実りもとても多く得られたから、農業に従事せず、農具を作る鍛冶も生まれたし、他にも多くの仕事が新たに生まれ、分業化が進んで行った。
<それに日持ちのする保存食を作る作業も、狩猟・採集をしながら片手間でやるのと、農業を主体として、余暇時間に行うのではその生産量も随分違うのだろう>
おー。
『はい。河や海での漁業においても禁漁期間が設けられているのと、獲って食べられる量にも限りがあるので余った分は、長期間保存できるように日干しにしたり、塩漬けにするなどの加工を行いました。また穀物は上手く保存すれば何年も持つので、毎年の収穫量の変動にも備蓄してある食料は大変役立ちました』
凶作、豊作の変動はどうしても生じるけれど、人は次に食糧が手に入るまで空腹でも我慢する、なんてことはそうそう長続きしない。その点、保存食があり、安心して生活できる住居があれば、多少、実りが少ない時があっても何とか乗り切れるのだ。
<そうして、人が定住し、狩猟採集をしていたころより人数が増えれば、一層、農業の安定と一層の収穫増が必要となってくる。少し貧しい土地でも開墾し、水を余すことなく利用し尽くす工夫も行ってきた。だからこそ、土地や水を巡った争いもまたなくならない。そういうことだろう?>
凄い。
触れてる魔力からも、竜族のように魔力依存が強ければ、獲物が少ない年は静かに過ごして翌年に期待すればいい、なんて真似もできるけど、人は食べなければ十日もあれば死ぬし、水は数日なければ終わりというほど実は弱い。自身の身体を変化させて栄養を蓄えて水が無くとも一ヶ月は生きていける駱駝みたいなことは、人には無理だ。その代わり、人は自身の外に物を貯めおく能力を高めたのだから。
なので、土地や水に対する欲求は切実で、竜族の持つ縄張り意識と並ぶかそれ以上にそれらを求め、奪われることを拒み、分配を巡って争うのが避けられないってことについて、伏竜さんもかなり理解してくれた。
ふぅ。
いやぁ、凄い理解力だね。これだけ生き方が違うのに、僕達のような小さな生き物の目線で物事を考え、共感は厳しくとも理解できるってのは凄いことだ。弧状列島に住む竜達が聡い存在でほんと良かった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
同じ狩りでも、航空機の速度で飛行できる竜族や、自在にベクトルを変えて鳥と異なる飛び方ができる妖精族は、その機動力と必中・必殺の熱線術式が使えるせいで、地の種族とは狩りへの認識がかなり違っていました。そこで、今回は同じ狩猟と言っても、地の種族は沢山の努力をして手間をかけないと狩りが成功しないということを説明することにしました。
しかし、スリング、怖いですね。体格や性別差が威力に差をあまり生まず、誰でも野球選手並みの速度で結構な大きさの殺傷能力のある石礫が放てるというのだから。素手で投げるのとは威力、速度ともに別物で明らかに殺しの道具です。なのに丸めたらポケットに入る携帯性もあるという。いやぁ、怖い。
ただ、不思議と海外のデモ隊なんぞも素手で投石はしていても、スリング使いは見かけたことがありませんね。さほど苦労することなく、飛距離を何倍にも引き上げることができて、頭数が多いデモ側からすれば、効果的な手段ではあるんですけど。……まぁ効果的過ぎて、武力闘争と看做されて鎮圧されかねないからってとこでしょうか。
次回の投稿は、六月二十六日(水)二十一時十分です。