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22-25.伏竜さんと稲作文化を学ぼう(前編)

<前回のあらすじ>

僕が帰った後、依代の君やトウセイさんも交えて伏竜さんと遊んでたそうで、何とも羨ましい話でした。今後の交流では僕も仕事以外の内容を増やしていかないといけないですね。別に競ってる訳じゃないですけど、仕事だけのドライな関係みたいなのって微妙でしょう?(アキ視点)

伏竜さんへの教材をあれこれお願いし、事前訓練も少しやったりすればもう説明会の当日だ。


第二演習場では、暫くは同席が必要ということで依代の君も来てくれている。スタッフ達の中には彼専用要員としてヴィオさん、ダニエルさんもスタンバイ。他にも父さんや、トウセイさん、それに師匠も来てくれている。いやぁ、何気にメンバー構成が凄い。


スケジュールは、最初に僕が伏竜さんに東遷事業に絡む様々な文化、知識を伝えて、それから魔力泉からの魔力取込みや、竜用の食事、そしてその後は伏竜さんは黒姫様や、白岩様の縄張りに足を運んで、心身の様子を見て貰ったり、竜爪の改良に挑むという流れだ。


最初に僕との話をするのは、一番集中力を維持できる時間帯だから、とのこと。嬉しい心配りだ。


「立ち合いをしてくれると言う意味と別に、君も話を聞くのに加わるってのは意外だったけど、どうして?」


「天空竜は、地の種族からはかけ離れた生き方をしている。そんな彼らへの説明ならわかりやすいだろう? それにボクは知識はあっても経験がない。それにマコト文書の知も少ない。それに伏竜殿も共に学ぶ者がいた方が気が楽だろう?」


 おぉ。


「キミ、気遣いとかできたんだねぇ」


感心した、という思いを伝えると、彼は無言でこちらを指差して、神力弾を撃ち込んできた。額が痛い。


「酷い、感心したのに」


「ふん、ボクはちゃんと相手の事を慮った振舞いくらいできるぞ。こうあって欲しいという人々の願いの結晶なのに、察しが悪いなんてあり得ん」


 まぁ、ね。


人が縋るような神様は何でもご存じだけど、必要以上の事は語らない、そんなイメージはある。人知の及ばない摂理を超えた何か、みたいな近代北米神話系の外なる神々(アザーゴッズ)と、地球(あちら)の土着の神様は在り方がかけ離れてる。


「試練与えるのが趣味な癖に」


「苦難を乗り越えてこその成長、難事あってこその平時よ」


まったく口が回るガキんちょだ。


そんな話をしてる間に伏竜さんもやってきた。魔力総量が少な目なせいか、ロングヒルにやってくるどの竜よりも圧を抑える効率が高くて負担が少ない。


『いらっしゃいませ、伏竜様』


<宜しく頼む>


送られたきた思念波の絞り方も丁寧だし、雑なところがない振舞いは好感が持てる。


決められた場で尻尾を体に沿わせるようにして、その上に首を乗せてお休み姿勢にもなってくれた。いいね。





『それでは伏竜様、東遷事業の概要ついては初日に大雑把に語りましたので、トップダウンはひとまずそこまでとして、ボトムアップ、つまりそもそもどうして治水事業が必要なのか、そこに繋がる話として、狩猟文化と大きく異なる農耕文化について知識に触れて理解を深めて行きましょう』


緑竜様ですら、辛うじて邪魔な蔓草を焼き消す手入れをする程度というから、竜族には農耕的な文化はほぼ皆無。となると、かなり基本的なところから触れていく必要が出てくる。


<種を蒔いて育つと秋に収穫を行う、それを毎年繰り返すのだろう? その実りは狩猟の何十倍にもなるとか>


ん、前回の話をちゃんと覚えていてくれて何より。


『前回食して頂いた一斤の米粉パン、ちょうどよいのでそれを題材にお話していきましょう。さて伏竜様、スタッフさんが並べてくれましたけど、一斤の米粉パンの隣に置いたカップ半分くらいのお米、これなんだと思います?』


伏竜さんにも見える位置にテーブルを配して、そこに一斤の米粉パンと、その隣に透明なカップに半分くらい入った白米。


 さてさて。


<米粉パンというくらいだから原材料は米を粉状にしたモノなのだろうが、随分量が少ない。あぁ、アレだ、炊いた米を丸めた握り飯に関係するのではないか? 確か似たような大きさだった>


 ほぉ。いいリアクションをしてくれる。


『確かにこのカップ半分のお米、一合という単位ですけど、これを炊くと水をたっぷり含んで二倍くらいの重さになります。丼飯の大盛相当か、普通に握ったお握り三個分といったところですね。そして、この一合なんですけど、なーんとこの一斤の米粉パンの分量なんです』


 じゃじゃーんっ、と両者を指して、カップ半分の白米が一斤の米粉パンに化けるんだよ、と伝えると、伏竜さんは目を丸くしてくれた。うん、カワイイ。


<随分と大きさが違うが。……あぁ、そうか、そのパンも見た目と手触りの割に柔らかく軽かった>


 察しがいいね。


あぁ、竜眼を使って実際に両者を視て、その密度の差も確認したのか、うん、うん、手際もいい。


『はい。大きく膨らんだふわふわしていて香りも豊かになりますけど見た目の割に軽いんですよね。もし興味があれば、食事の際にお握りの方もお召し上がりください。小さくてもずっしり重く、もちもちとした食感があり、かなり違った印象を持たれるでしょう。で、その一斤のパンなんですけど、成竜の方が降り立つ広さと似た大きさで米俵一俵、成人男性が毎日一合のご飯を食しても一年持つ分量になるんですよ』


スタッフさんに60kgサイズの米俵をどーんを置いて貰い、自身の身体の大きさ、まぁちょい違うけどテニスコート一面分程度を意識して貰い、その広さがあれば、秋の収穫時期を迎えれば、それだけの量のお米が得られるんだぞ、と伝えてみた。


そして、イメージで、第二演習場くらいの広さがあれば、伏竜さんが一年食べ続けられるだけのお米が収穫できるんだぞ、とも。


 おー、驚いてる、驚いてる。


<我らの常識からすれば、この演習場程度の広さで、我らの食を賄えるというのは驚愕の域の話だ。嘘や誇張をしているのではないと理解はしている。だが、それほどなのか!?>


『実は地の種族も最初からそれほどの収穫量を得られた訳ではありませんでした。昔は竜が降り立つ広さの五倍程度を一反という単位で呼び、そこから得られる収穫量を一石と呼びました。その広さの農地があれば成人が一年食べていける量が収穫できるとされたんですね』


 ん、依代の君が手をあげた。


「その単位は聞いたことがあるぞ。確か一万石を超えると大名と呼ばれてたんだろ」


「うん。勿論、一万石なら領民が一万人いた訳じゃないけどね。でも石高はだいたい人口にも比例するし富を数える単位としても国力を測るのにちょうどよかったから、戦国時代には各地の勢力はその国力を石高で表していたね。十万石なら大大名だった」


<アキ、先ほど聞いた話では我らの降り立つ広さで俵一つ分の収穫量と言っていたが、今話している一石では収穫量が二割に過ぎない。それほどまでに収穫量はどうして増えたのだ? 何か特別な魔術を使っているのか? それにしては農地から感じる魔力は森林のソレと大差ないが>


 なかなか良い観察力をお持ちだ。


『それこそが地の種族の持つ能力、環境を整える力、科学です。勿論、魔術も使うので、魔術と科学の共演コラボレーションって奴です。我々は時間と手間をかけて、多くの労力を投じることで同じ広さの土地からより多くの実りを安定して手に入れる技を磨いてきました。伏竜様が興味を持たれた備蓄技術もその一つで、収穫が得られない時期も備蓄しておいた貯えを食することで乗り越える、得られた実りはできるだけ無駄にしない、ソレが我々の強さです』


天秤をイメージして、第二演習場の広さに年間を通じた労力をどんっと乗せると、天空竜の成竜一柱が食べていく量に釣り合う、って感じに言葉に乗せて伝えてみた。


 どやっ。


ちょっと自慢げに伝えると、伏竜さんは目を細めて笑みを浮かべてくれた。


<自慢するだけの事はある。驚嘆すべき技だ。それを乏しい魔力と多くの時間と労力は投じるものの、これほどの狭さでソレを可能とするとは。それで、私が一年に食するであろう米、それの収穫に必要な広さは凡そ理解できたが、そこから東遷事業にどう繋げる?>


 ほぉ。


全然予想がつかないんじゃなく、ある程度予想できるけど、話を聞きたい、と。相手に語らせて自身は考えるタイプ、と。


日本あちらには一所懸命という言葉があります。限られた領地を命がけで守り、そして生計を営むことを表した言葉ですけど、地の種族にとって土地というのがどれだけ大切か示しています。スタッフさんが置いてくれた土のサンプルを比べてみてください。一つはこの演習場に使われている土、もう一つは田畑で使われているふかふかの黒土です』


箱に入れられた土だけど、演習場の土の方は敢えて演習場のようにぎっしり詰め込んで押し固めてある。そして黒土の方は掘って箱に入れただけだ。


伏竜さんも竜眼でよく観察してるけど、依代の君が箱に近付いて実際に土を手に取ったり、その柔らかさを確認してる。匂いや手触りも大切だ。ほら、味まで確認しようとしないの!


 まったく。


<土というが随分違うな。それに私が知る縄張りの土にも、この黒い土は見た覚えがない>


 ほぉ、ほぉ。


竜族と言えば空を飛んでばかりで、地面なんて気にしないんじゃないかと心配してたけど、案外、見てるものだね。


『こちらの黒土は、帝国の皇帝領で多くみられる農作物の栽培に適した大変豊かな土で、柔らかくふかふかなのが特徴です。他にも色々と土には種類があるんですけど、比べてみて貰ったように、運動場に向いた土と農作物に向いた土はまるで別です。開けた地面があればいいって話じゃないんですね。作物が立派に育ってくれる良い土、それも水も多過ぎず、少な過ぎず、日当たりもよい必要もあります』


農地と言っても、どこでもいいんじゃない、育てる作物によって地域の向き、不向きもあるし、あまり海が近いと塩害の問題も馬鹿にならないからね。


<暑さや寒さも関係してくるだろうか? 今回の件で私も多くの部族への挨拶周りをしたのだが、思い返してみれば、北の方ではまだ田の黄金色が足りぬように思えた>


『はい、作物が育つためにはある程度の日差しを浴びる必要があり、気温の上昇も必要になってきます。なので北の方が収穫時期は遅れるんですよね。逆に南方の温かい地域になると、一年に二回収穫できるという二毛作で、実りを沢山得る事ができたりもするんですよ』


地域差があり、土の差があり、水の巡りの差があり、実は風の影響もあったり、潮風の影響もあったり、海流の影響もあったりと、農業は多様で複雑、同じ策が別の地域では通じないなんてこともザラなので奥も深いんだ。


<農業に向いた土地は限られているのだな>


『はい。そして竜族もそうですけど、土地というのは持って移動はできません。ですから、限られた土地を最大限活かそうと頑張り、だからこそ、土地を巡って争いも起こるのです。良い土地は皆が欲しがりますけど限りがありますから。それと同じくらい重要なのが水です。水が少なければ育ちが悪くなり、最悪、枯れてしまいます』


<だが、多過ぎる水は植物を腐らせ、田畑を乱してしまう>


 おぉ、理解が早い。


『はい。水は多過ぎても少な過ぎても駄目なんです。だから雨水頼りの農業はどうしても限界があります。だからこそ河から水路を引いたり、溜池を作って水を確保しておいたりと、必要な時に必要な量の水を十分に確保しようと農民達は争います。その分配を巡っては時には武器を取っての争いにまで発展するほどです。水がなければ作物は育たないのだから、安易な妥協はできません』


<我々が縄張りの維持に血道を上げるのと同じか>


あぁ、竜族も土地への執着はかなりのモノだったね。縄張りが得られなければ一人前とは看做されない、嫁さんを迎えるのだって縄張り無しでは不可能だ。


『竜族の縄張りとの違いは、地の種族は水の流れにも介入しているので、良い土地だけ確保しておけば良いとはならないとこなんですよね。下手すると上流で水を沢山使われて、下流域で水不足になる、なんて感じに離れた地域間の対立さえ生じます。この辺りで話が繋がってきますが、だからこそ多くの人の力を結集して、河川の流れに介入し、大雨が降っても洪水を起こさないように、洪水が起きるのが避けられない時にも遊水地に多過ぎる水を逃がして田畑や水路、人の住む町を守るようにします』


ここで、大型幻影を出して貰い、良い土地を手に入れるのは個人レベル、水を巡る争いは村落レベル、そして河川の改修や水路整備などの域になると国家レベルの話になる、ということを図示して貰った。これは言葉で伝えるより絵の方がわかりやすいからね。


伏竜さんはじっと絵図を眺めていたけれど、得心がいった、というように頷いた。


<東遷事業はその中でも、全ての勢力が協力して行う巨大治水工事。竜族視点で捉えても何千という竜が影響を受けるほどの活動か>


 ん。


『はい。竜族の縄張りを巡る調整と違い、土地の持つ特性そのものに手を入れて環境を大きく、自分達にとって都合がいいように変えていく。それが地の種族の強さです。小さな力を束ねることで大きな成果を掴み取る。面白いでしょう?』


個で完結しているからこそ、協力する文化がない竜族からすれば、協力するのが前提の地の種族の在り方はかなり異質に見えるだろう。


それでも、伏竜さんは絵図や自分にいる第二演習場の広さに視線を向け、深い思索を巡らせてくれたのが、魔力から感じ取れた。掴みはOKだ。

いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。


これまでにも何度か触れて来た農業系の話ですけど、今回は単純な一粒何十倍という農業の良さではなく、限られた良い土地、水利権、治水事業なんて切り口からの説明になっていきます。

伏竜からすると、第二演習場の広さって、戸建て住宅の限られた庭先くらいなノリですからね。カプセルホテルくらいの狭さに感じてても不思議ではありません。


次回の投稿は、六月二十三日(日)二十一時十分です。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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