22-24.父《ハヤト》との久しぶりの家族団らん(後編)
<前回のあらすじ>
父さんが久しぶりにロングヒルも戻ってきました。共和国との間との船旅を一往復半もしてまで、皆から話を聞いたそうで、なかなか熱心でしたね。他文化圏育成計画の方はファウスト船長はいまいち乗り気じゃなかったそうですけど、慎重な船長さんの方が船団の皆さんも安心できるでしょうから、悪いことではないでしょう。(アキ視点)
父さんは、少し遠くに視線を向けながらも、疑問を口にした。
「アキのその意識の切替えの早さは、ミアにそっくりだが、ミアから指導を受けた結果かい?」
ん。
「そうですね。考えても結論が出ない事ですし、急ぎの話でもないし、リスク高めなお仕事ですから、率いる人は慎重な方が安心できるって気もしました。それに、船団派遣の話、父さんもそれほど興味津々、できるなら自分も行ってみたいとかじゃないでしょう?」
話していた父さんの口ぶりからしても、ファウストさんの立場を大変そうだ、と思いはしても、それは彼の職務だ、とか、自分には直接絡まない話だ、とか、或いは、気にしている意識の割合からすれば、優先度は低めと判断してるって感じがしたからね。
わかってますよ、と理解を示した顔をしたら、父さんも苦笑しつつ、ソレを認めた。
「自分の興味だけでなく、私の反応も加味しての話なら、その態度も当然か。確かに、他文化圏育成計画は話の規模が大き過ぎるのと、長老達がこの後、関係者を集めて話し合うと聞いてもいる。ならそこまで、今、気にしても仕方ないと考えたのは確かだ」
「ですよね。それに母さん、リア姉も参加するのだから、その点でも安心でしょう?」
「確かに。二人は私と同じかそれ以上にマコト文書を読み込んでいるからその点でも不安はない」
なんて感じに笑みを浮かべてくれた。
うん、うん。
確かに惑星全体を俯瞰した意識、未知の文化圏を想定して先手を打つ思考、競争相手が誰で、何を気にすべきか、自分達の優位性は何か。そういった考え方ができる二人が参加するなら、父さんも自分も参加すべきなどとは思わないだろう。
「あと、ミア姉の指導って部分は確かにあります。ほら、僕とミア姉の間の時間っていつも限られていたでしょう? そうなると、どうしても、話題を絞らざるを得ないし、発散する意識を元に戻すとか、今、何を話しているのか、相手が興味を向けているのはどこか、自分は何を伝えたいか。そんな部分に常に意識を向ける癖が自然と身に付いたってとこです」
そこはそれ、と気持ちを切り替えて、ぱっぱと片付けて行かないと寝ている時に見てる夢の中での交流だから、疲れているとそのまま寝落ちすることになったりして、そうなると起きた時にも、アレも話しておけば良かった、これも聞きたかった、と互いに反省することにもなって。
だから、心話を重ねるほどに、互いに余計な部分を削ぎ落して、話を進めるようになったんですよ、と話した。
「ミアが指導した、というよりは互いにより良く振る舞い続けた事で染みついた習慣なんだね」
「はい。勿論、心話の特性上、言葉を話すより感覚とイメージで何となく伝え合って、共感して、話題を切り替えてって感じでしたから、寄り道しまくり、興味の向くままにどんどん話題を変えていく感じでしたけどね。心話の時にはそうなるから、段取りを決めて進める会議みたいな流れにはならなくて、互いに話す内容は予め、粗筋を考えておいて主要な部分に触れつつ、後は流れで必要があれば話す、ってように内容には濃淡をつけてました」
僕の説明を聞いて、父さんも、心話では資料は持ち込めないし、ホワイトボードに内容を纏めて書いて、みたいなこともできない中、話をしていくことの特殊性に気付いてくれた。というか、心話はあまりやる人がいない、相手との相性もあってなかなか難しい、ってとこからして、父さんも心話についての知識はあっても経験はさほど積んでないっぽい。
「なるほど」
「父さんも心話をしてみます? ケイティさんとのお試しも安定してきたし、加減もわかってきましたから」
そう誘うと、少し驚きながらも試すことに合意してくれた。
「せっかくの誘いとあれば試してみようか。私も暫く落ち着いてこちらにいられるからスケジュールを確保しておくよ」
「今日、この後は?」
「朝から一往復半も船旅をしながら、込み入った話を濃い面々を延々とやってきてね。流石に疲れた」
あぁ。
お姉様方に、ヤスケさんに、シャーリスさん達、妖精組にファウスト船長まで、となれば大変だったろうね。しかも船旅をしながらだもの。
「頭をフルに使うのって楽しいけれど、疲れてくると気持ちに頭が追い付いてこなくなりますからね。そういう時はお休みを入れるのが一番です。それにぐっすり寝ると、頭の中も整理されてすっきりしますし」
伏竜さんへの説明会に向けた準備とか、調整とかもあるけど、どうせなら早めがいいですね、などとケイティさんに調整をお願いしていると、父さんが温かい眼差しを向けてくれた。
「私との心話にそこまで熱意を見せてくれると嬉しいね」
ん。
「どうしても、他の事に時間を取られて家族の触れ合いも不足気味でしたから。あぁ、ケイティさん、心話なら距離は関係ないから、リア姉は禁じられてるから無理としても、母さんとの心話もどうせなら予定に入れて貰えません?」
「はい。それではアヤ様と日程を調整しておきます。伏竜様への説明会を行った後を希望されているということで良いですか?」
ケイティさんもわかってるね、うん、うん。
「それでお願いします。伏竜さんはどうも僕のことを幼竜ではなく若竜と看做してそうなので、これまで以上に慎重さが必要かな、って気がしてるんです。父さんは伏竜さんとの説明会には同席してくれるんですよね?」
「そのつもりだ」
なら、そっちは良しとして。
「伏竜さんが満遍なくやる気を見せてくれるかどうかもわかりませんし、興味の薄い分野もアプローチを変えれば食いつきが良くなるかもしれません。巧い比喩をすれば話も伝わりやすくなるかもしれませんからね。時間節約の為にも、同席できない母さんとは心話メインの方がいいでしょう。あー、ごめんなさい、父さん、そもそも伏竜さんとの話に全面協力して貰える気で話しちゃいましたけど、そこは大丈夫です?」
僕の問いに、父さんは何を言うのやら、といった感じで心配無用と話してくれた。
「アキが起きてる時間、特に伏竜様が絡むなら、ソレこそが最優先だから気にしないでいい。それにジョウ大使もいるから、場合によっては手分けをしてもいい。なに、私がいないと動かないような案件はロングヒルではそう多くはない」
手が足りないならジョウさんに回せばいいや、って発言をするのって、立場的にどうなのかとか、役職的には一般議員より全権大使の方が上って聞いてるんだけど、ほいほい仕事を回せるってどういう力学の結果だろうかとか、あれこれ思わないでもないけどね。
「ミア姉の割り切りの良さとか、使える奴は親でも使え、みたいな姿勢って父さんや母さんの影響は結構大きくないです?」
母さんも、それはヤスケさん預かりでいいか、とかさらっと意識を区切るとこがあったし。
「何でも自分が、というのは悪癖って奴だ。それに彼からは、アキ絡みの話があれば気にせず早めに伝えてくれ、と頼まれてもいるんだよ。後から聞かされるくらいなら、数が増えても先に聞いた方がよほどいいそうだ」
目を細めて笑みを浮かべる様子からすると、別に僕の知らない力学が働いた、とかじゃなく、ジョウさんの方からフリーパスを渡してる感じのようだ。
んー、でもでも。
「でも、確かジョウさん、出世されたこともあって、部下が増えたとか言ってましたよね。手を空けておかないと不味くないです?」
「仕事で手一杯な上司なんてのは悪夢だろうね。それで上司が手を空けておくのはなぜだと思う?」
ふむ。
「自分が動かないといけないもしもの場合に備えて、ですよね」
「その通り。そしてアキと伏竜様が友好を深めるとなれば、それは、そのもしもの時って事だ。ロングヒルにいると忘れがちになってしまうが、そもそも、天空竜が舞い降りてくること自体が非常事態なんだよ」
あー。
確かに、雲取様が初めてロングヒルに舞い降りてきた時は、あれこれ考えて、沢山準備して、かなり慌ただしかったし、七柱の雌竜の皆さんが押しかけてきた時なんて、待機中の魔導人形を全員叩き起こしたり、妖精さん達を召喚して助力して貰ったりと、うん、確かに大変だった。
「暫くは依代の君にも同席して貰う感じになりますからね。そう言えばケイティさん、彼は何か言ってました? 僕が先に帰った後も残ってたから、彼も伏竜さんと何か話したりしてたんですよね?」
そう話を振ると、ケイティさんも先日のことを思い出しながら教えてくれた。
「確かに、私達が第二演習場を立ち去った後、黒姫様、白岩様はすぐ去られましたが、伏竜様とは夕方近くまで遊んでいました」
はぁ?
「遊んでたぁ!? なんて羨ましい、じゃなく、もっとこうお仕事的なこととか、東遷事業に絡む話をしてたとかじゃなく?」
なんか、二人が生温かい視線を向けてきてるけど、そこは敢えてスルーする。
「地の種族のことを良く知らないだろうからと、依代の君が神力を抑えるのに苦慮していた頃、雌竜の皆様に入れ替わり、相手をして貰っていた際のことを参考に、走り回ったり、飛んだり、跳ねたり、思念波を使わせたり、意志を乗せた言葉を試したりと、随分と熱心に取り組まれていたそうです」
ほぉ。
「伏竜さんの反応はどうでした?」
「最初はかなり慎重に、というか壊れ物を扱うような有様でしたけれど、時間をかけたことで最後にはだいぶ手慣れた感じになっていたそうです。それと小さい相手の面倒をみることに慣れている、或いはそうしたことを苦にされない性格のようでした」
それはいいね。
「他の方、例えばトウセイさんや師匠も参加してたんですか?」
「ソフィア様はある程度のところで切り上げたそうですが、トウセイ様は鬼のまま、或いは大鬼となってといったように参加して、依代の君が一般的な地の種族の範疇から逸脱していることを熱心に伝えられていたとか」
ほぉ。
「トウセイさんも鬼族だから、僕達に比べれば遥かに大きくて強靭な筈ですけど、竜族からすれば大差ないでしょうからね。その面子だと、魔力泉からの魔力取り込みも試してみたとか?」
「はい。物は試しと短い時間ですが試されたそうです。ただ、魔力を籠めた食事と魔力泉からの魔力取り込みは競合し合うような性質があるとかで、途中で切り上げられてました」
「どちらも心身に絡んでくるところがあるってとこでしょうか。面白そうなことしてましたね。ちなみに自身にはない技の使い手としてのトウセイさんへの扱いはどんな感じでした? 師弟? それとも共同研究者?」
「互いの力量を認め合った同僚といったところでしょうか。共同研究をされている白竜様の指導もあって、トウセイ様も遜った態度は控えられてたそうです」
それはいいね。
「力量を認め合ったとなれば、確かに上下関係を強調するような態度は控えた方が良いでしょう。白竜さんらしくていいですね」
トウセイさんも、依代の君も伏竜さんとは良好な関係を築けたようだ。そして、熱心にどうだったか聞き込みをしている様子を眺めていた父さんが口を開いた。
「アキも一緒にいたかったようだね」
「それはそうですよ。そもそも先日も東遷事業に絡んだお仕事的な話しかできなかったですからね。心話も当面はしない、と距離を取られているし、親睦を深める機会を僕も増やさないと!」
ぐっ、と手を握り締めると、父さんに苦笑されてしまった。
「相手も長命種なのだから、もっと肩の力を抜いてゆったり話を進めた方がいい。相手の隣に寄り添って、相手からもう少し知りたい、と興味を持たせるように振る舞う方が、伏竜様は好まれるだろうからね。……しかし、我が子達はどうしてこうも前のめりなのだか」
そうそも、竜族同士なら相手の個人領域を尊重して、近しい間柄となるまでは距離を置くことを良しとする文化なのだから、と諭されることになった。若竜と看做されているなら、不用意に近付くのは好ましくは思われないんじゃないだろうか、などとも。
むむむ。
仕方ない、ここは急がば回れってことで、もう少し慎重に搦め手で行こう。幸い、研究組のトウセイさんとの関係も良好そうだし、マコト文書にそれなりに知識のある依代の君も、思った以上に興味を持ってくれているから、そちらの協力も仰いでみるのも手か。
んー、魔力泉絡みで師匠も絡んでいきそうだし、白竜さんは研究組に参加してくれているけど、雲取様は部族絡みの活動が増えてお忙しそうだし、竜族の方の関係者は増やしていきたい。
なーんて感じに、黒姫様は世界樹の精霊との繋がりもあるし、白岩様は鬼族の武の技を通じて地の種族にも興味を示されている方だから、東遷事業の切り口だけで終わらせるなんて勿体ない、ぜひ、伏竜さんには積極的にソレ以外の分野にも手を広げて貰おう、と論じてみたんだけど。
これには父さんだけでなく、ケイティさんからも、伏竜さんは何でも手当たり次第に試すようなタイプではないだろう、と呆れられることになってしまった。頼みの綱ということでお爺ちゃんにも聞いてみたけど、他の分野は気晴らしの娯楽程度として気を楽に持たせた方がいいじゃろう、なんて助言を貰うことになってしまった。難しい。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
アキが帰った後も、トウセイや依代の君が伏竜と親睦を深めていたことを知って、アキもつい、羨ましい、と本音が出てしまいましたね。そこまで文句を言ってる訳ではないけれど、アキがこちらに来てからこういう不満を言ったのは、珍しいことです。
というのも、アキはこちらに来てから、誰かと競るようなことがありませんでしたから。まぁ、今回の場合、競ってるという話とはちょいと違う気はしますが。
次回の投稿は、六月十九日(水)二十一時十分です。