22-23.父《ハヤト》との久しぶりの家族団らん(前編)
<前回のあらすじ>
大人達は何を考えてか、皆さん、コメントを控えるといった態度なので、エリーに相談してみました。エリー曰く、僕の方が熱意があり過ぎで、伏竜さんとのバランスが悪いから歩調を合わせるべきとのこと。悩ましい話です。(アキ視点)
エリーとの歓談も終わり、取り敢えず伏竜さんに対してどんな姿勢で臨めばいいか、だいたいイメージできてきた。高い熱量と積極性が上手くいく場合もあるけれど、伏竜さんに対しては適切な距離感を保ちつつ、許された範囲を広げながら少しずつ関係を深めて行った方がいい、なんてアドバイスも貰った。
年齢に応じた適切な距離感ってあるでしょ、などとなんかお小言を貰うことにも。
うーん。
急な動きをしない、力んだ動きをしない、真正面から目を覗き込まない、聞き取りやすい声で落ち着いた対応を心掛ける、って感じでこれまでは上手く行ってたのにとボヤいたら、それは子供や犬猫への対応でしょうに、などと呆れられた。
感情を声に乗せて伝えると、竜眼で覗き込まれる頻度も減るから、警戒心を解く効能ってありそうだよね、とも話してみたんだけど。
「そもそも、ソレができるのは妖精族やアキ、それにリア様だけって時点で、理解は進むでしょうけど、無害な地の種族って枠からは逸脱してるって理解をすべきよ」
んー。
「でも、ほら、魔導師の人達も声に魔力を乗せる感じで圧を強めたりするってケイティさんから聞いたよ? 伝話と似たような話じゃない?」
騒ぎを起こしている連中を黙らせるのに、声に魔力を乗せるように発して威圧する、というのは魔導師の定番だ、とケイティさんも話してた。
「それは相手との魔力差があるからこそ効果がある小技、力技であって、伝話は全然別。常闇の術式と同じ、世界の理に干渉する高難度技だと理解すべきなの」
「そうなの?」
「そうなの。だいたい小声で語り掛けてるのに、遠くまで届くように、と思いを乗せるだけで、見渡す範囲全員に小声が届くとか、明らかに物理法則が歪んでるでしょ」
あー、うん。
「大声出さなくていいから便利だなぁ、としか持ってなかったけど、改めてそう言われると、なんか凄そう」
そう話すと、エリーが額に手を当てながらオーバーに嘆いてみせる。
「凄いの。しかも詠唱も無し、魔法陣の補助も無し、完全無色透明の属性もあって、魔力の動きも全然わからない。これまで洗礼の儀で軽く伝話を使ってたけど、アレで理解できる、想像力が働かせられる人達はかなりビビってたんだからね」
あら。
まぁ、態度がアレな人達への忠告だったり、警告だったり、心に響くように働きかけたりしてたから、多少はそんな風に思う人もいても不思議じゃないか。
「でもほら、僕は見ての通り、人畜無害を絵に描いたような女の子だから、そこまで警戒はされないでしょ?」
華奢な女の子ってとこで、怖さと無縁だよね~って同意を求めたら、呆れた目線を向けられた。
「物事を腕力で測るような脳筋連中ならそうでしょうよ。でもそんな連中だって、天空竜の傍らにあって仲良さげに緊張感ゼロで話してる少女に何も感じないほど馬鹿じゃないわ。というかそれでわからないような馬鹿は事前に弾いてるから」
何のために事前審査を念入りに行ってるのか、ジョージさん達、セキュリティ部門が尽力してるか理解しなさい、などと窘められることに。
むぅ。
「つまり、伏竜様に対しては、他の竜みたいに幼竜扱いで大目に見て貰うって関係は無理そう、と」
あまり懐いてない野良猫くらいな感覚で、微笑ましく気長に関係を築いていこう、みたいにならないかなぁ、と期待を込めてみたんだけど。
「そんなの無理に決まってるでしょ。そろそろ淑女の教育が必要な子に対して、幼女のような可愛がり方なんてしない」
まぁ、確かに、そろそろ思春期の女の子を抱き抱えて高い、高いなんてやったりはしないね。
「対等の仕事相手として見て貰えるならまぁ、それで良しとすべきってとこか」
「そもそも、竜族の常識、尺度からすれば、地の種族なんて塵芥とまでは言わないけど、軍勢規模でやっと警戒しておこうかって程度のところ、私達の側の尺度を理解した上で、対等と認めてくださってるという時点で、かなり異例尽くしと思いなさいよ?」
「うん、まぁそう考えてくれてるのは嬉しいね」
そう返事をすると、エリーは酷く露骨に溜息をついて、呆れたと言いながらも誤解のないよう訂正してくれた。
「アキ、ちょっと言い直すわ。伏竜様はきっとアキを対等と看做してない。自分より少し上の立場、力量を持つ相手と捉えてるわよ」
え?
「それって天空竜として共感はできないけど、地の種族の文化を理解しているという範疇で尊重するという意味でなく?」
「竜族の尺度、文化で、よ。考えてもみなさい。そんじょそこらの成竜で、黒姫様や白岩様の協力を取り付けられると思う? 彼らの文化からしたら、相応の謝礼を用意して頼み込んで、それで気が向いたら対応して貰えるかもしれないって程度でしょ。それに部族単位ですらなく、竜族全体として対応して、と依頼してきて、伏竜様が手を挙げてくれたというのはあるにせよ、竜族全体として対応するに至った。この時点で、伏竜様はアキのことを部族の長かそれ以上、と看做してても不思議じゃない」
おっと。
「かなりの高評価だね」
そう言ったら嗤われてしまった。
「そこまで思いを巡らせることができる方だから、アキは伏竜様を高く評価してるんでしょうに。あと、雲取様に伝える時も少しは感情を抑え気味にしなさいよ? 嫉妬されてもフォローなんて誰もできないんだから」
う。
「そんなに?」
「相手が竜だと知らないで聞いてて、アキがそこらの普通の女の子だったなら、私は恋の熱病にかかったと確信してたわよ」
げ。
ちょっと他の人の意見も聞いてみよう。
「ねぇ、お爺ちゃん。僕、そんなに浮かれてた?」
「そうじゃのぉ。身近な娘がそうであったなら、相手が恋仲になるのに相応しい相手か思案して、あまりに酷い相手なら止めとるじゃろうな」
恋は盲目、痛い目に遭う経験も必要とは言っても物事には限度というモノがある、なんて言われてしまった。
むむむぅ。
自分自身を客観視してみても、伏竜さんにはかなり期待してるし、親しくなれたら嬉しいし、竜の中に僕と同じ目線で物事を考える方がいてくれることが望ましいとは思ってるけれど、それと恋愛の情はかなり別と感じるんだけどなぁ。
まぁ、でも確かにあまりに楽しい、嬉しい、なんて気持ちを素で雲取様に報告したら嫉妬されそうな予感はあるから注意しよう。それとなく、紅竜さん辺りにでも聞いてみるのもいいかもしれない。天空竜が庇護下に置く生き物、という時点でかなりのレアケースと思うし、雲取様が庇護している森エルフやドワーフ達にしても、種族として縄張り内に住むことを許可するといったレベルであって、その中の誰かを愛でるみたいな話じゃない感じだから、僕やリア姉みたいに、個の存在を庇護下とする、というのは竜族の文化からすると前例がない話かもしれない。
◇
お昼の休憩は、父さんが鍋を振るってくれた青椒肉絲定食を頂いて大満足。ピーマンの苦みと筍のシャキシャキした歯応えと牛肉の旨みがマッチしてほんと美味しい。調味料の牡蠣油が良いアクセントになってる。父さんの味付けって奴だね。懐かしい。
「こうして話すのも久しぶりですね」
「街エルフの常識からすれば、年単位で会わないのも普通なんだが、何せアキの周りは物事の変化が激しいからね。入れ替わりになったとはいえ、こうして戻ってこれたのは良かった。それでミアからの手紙を新しく読んだのだったか。内容を聞かせて貰ってもいいかい? 二人からは詳しい話は内緒だと言われてね」
「はい。えっと、ミア姉の手紙ですけど――」
内容を掻い摘んで話して、ミア姉曰く「囚われのお姫様」という状況で、一人寂しく日本にいるから、悲しみの涙で溺れてしまう前に助けにきてね、とか言いつつ、何年かは日本の生活も満喫したいし心話が通じるようになったら調整していこうとか言ってた話を伝えると、なんだろう、悲しいというより嘆かわしいとでも言いたげな表情をして、それでも、多くの言葉が思い浮かんでも口にするのは憚られるって感じで、結局、色々と迷った挙句、やっと一言、口にしてくれた。
「……アキ、いや、今だけはマコトくんと呼ばせて貰うが、あんな娘で申し訳ない」
「あ、いえ、その、えっと、まぁ、そこはほら、ミア姉ですから」
などとフォローするしかなく、二人してこれ以上の言葉は不要とばかりに黙り込むことになった。
うん。
母親や姉妹とという関係と、父親と娘という関係の違いって奴なのかな。アヤさんやリア姉の遠慮の無さに比べると、ハヤトさんの方がフォロー役に回ってる感じだ。父母のどちらから厳しい事を言うなら、もう一方はフォローする側に回るって感じだけど、妻と娘二人が組んでる家庭となると、父親の立ち位置と言っても、多勢に無勢ってとこなのかもしれない。
暫くして、父さんは、街エルフの一般的な家庭の話として、成人した子の行いに対して親や祖父母がとやかく言うのは品の無い行為とされ、そうした振舞いは控えられるモノなのだと教えてくれた。庇護される子供でもないのに、親や祖父母がでしゃばるというのは一人前である、と社会的に認められた成人への態度ではない、とのこと。
義務教育だけで百六十年も費やす街エルフらしい風習ってとこだろうね。未熟だとか経験不足なんて言われるような人なんて、国政に携われる成人と認めたりはしない、時間はあるのだから文句があるなら成人の儀を通過してから言え、って話だ。長命種だからただ年齢を重ねただけで成人と認めるような雑な制度にはしないってのはあるんだと思う。長命種あるあるって奴だ。
日本と違って、実務をがっつり経験してどんな仕事でも新入社員程度の働きはできるレベルまで鍛え上げて、やっと成人となれる社会なのだから、学業ばかりで頭でっかちとか、体験ばかりで学がない、なんてバランスの悪い状態はとっくに矯正されている。
しかも、ヤスケさんの口ぶりからすると、ばっきり心をへし折るような体験までさせた挙句、そこから這い上がってくる程度の事はできて当然、できるまで待つ、といった文化のようだ。人族からすれば鬼畜の所業って気がしないでもないけど、そこは長命種として、それがベストと長い年月を経て辿り着いた結論なのだから尊重するべきなんだろう。
そんな感じで、ミア姉の手紙については直接伝えることもできたので、二人して、その件はそこまでとしておこうと心を一つにすることもできた。
なんか共犯者になったような気分だけど、父と息子ならそういう間柄もあって良いと思う。日本の父さんともそんな感じだったし。
◇
次はロングヒルに戻ってきた父さんの話となったけど、最初から面白い話で始まった。
「えっと、父さん、わざわざ、ロングヒルに到着したのに、共和国に向かう船に同行して、それからまたロングヒルに戻ったんですか」
一応、通信越しにロングヒルの状況は聞いてはいたものの、共和国に戻る面々、母さん、リア姉、お姉様方、ヤスケさん、それに妖精さん達から、皆で話し合った国家百年の計について聞いて、これは当事者から話を聞いておかないと不味いと判断したそうだ。
「船旅の間、長老達との会合に参加できるようファウスト船長に一通りの説明をすると聞いて、私も同席することにしたんだ。船旅は多少増えても直接、話を聞いておいた方が良いと思ってね。実際、同行して正解だった。長老達に説明する為として持参していた資料を広げながら話も聞けたし、疑問に思ったことはその場で聞いて、各人の見解も確認できた」
マコト文書の知識がない分、ファウスト船長は付いていくのに精一杯って感じで、何日もかけて行われた内容を聞いても、父さんがある程度落ち着いていられるのは、知識の有無に過ぎない、と宥めるくらいの余裕はあったよ、と落ち着いた笑みを浮かべてくれた。
なるほど。
確かに、マコト文書を一通り目を通してる父さんと、それがないファウスト船長だと、前提が違い過ぎるから、その驚きを吸収して落ち着かせる意味でも父さんが同席していたのは正解だったろうね。
「ファウストさん、他文化圏育成計画には乗り気でした?」
期待を込めて聞いてみたんだけど、父さんは首を横に振った。
「いや。恐らく今後、それを超えるだけの任務は無いだろうが、好んで立候補したい感じでは無かった」
ありゃ。
「未踏破領域への探査に向かいたいとか話してたから、希望にマッチしてるかと思ったんですけどね。妖精さん達が船団に同行して、現地に残る使節団にも参加するって事はかなりの好条件と思うけれど、そこはあまり評価して貰えなかったんでしょうか?」
僕の問いに、父さんは少し思案してから考えを話してくれた。
「船団を率いる提督の身からすると、目的地に関する事前情報が殆どなく、未知の風土病の危険性も想定される為、上陸するのは魔導人形達と召喚された妖精達だけとする時点で、これまでの探査とはかなり勝手が違うと感じたようだ。対象の文化圏が我々のように竜族と接点を持っていたり、その庇護下或いは支配下にある可能性もある、と聞かされれば、未知を探求する思いより、船団を安全に帰還させる義務感の方が勝るのだろう。彼は良い提督だ」
ん。
「ファウストさんなら良く船団を率いてくれると思いましたけど、まぁ、暫く先の話ですからね。誰が選ばれるにせよ、共和国は適切な人を選んでくれるでしょう」
現役の提督でも反応はそんなものか、とちょっと意外に感じたけど、そこはそれ、と区切りをつけて、さぁ次の話を、と促したら、物凄く諦観に満ちた眼差しを向けられてしまった。あれれ?
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
かなり久しぶりの父ハヤトの登場なので、父親目線、議員目線、ファウスト船長との繋がりなども含めて、あれこれ語り合って貰うことにしました。何せアキのストッパーになっていたヤスケ、アヤ、リアの三人が全員纏めて帰国して不在になる状況ですからね。引継ぎはしっかり行われていたというとこも示しておきたいとこなのです。一応、ジョウ大使はいるんですけど、彼だけにストッパー役を任せるのは酷というモノでしょう。アキの語る内容、目線は、全権大使、一方面軍の総司令程度では全然、権限も経験も足りませんから。せめて長老衆に並ぶ目線を持てないといけないけど、ジョウ大使は国全体を俯瞰する立ち位置ではなかったので、色々と理解が行き届いてない分野が多いのでした。
次回の投稿は、六月十六日(日)二十一時十分です。