3-18.父の想い(前編)
前話のあらすじ:リアとの最後の訓練で、色々と考えていたことを教わりました。ちょいとリアが暴走気味でしたね。
父さんとの最後の訓練は、なんと、一泊二日の泊まり込みで、キャンプをすることになった。
もちろん、遠出はできないので、歩いて小一時間程度の近場だけど、清流と豊かな自然が売りの河辺のキャンプ地区という話だ。
今回向かう場所は、軍の訓練にも使うという地域ということで、子供でも楽しくというようなコンセプトではなく、増水時にも安全、下草が刈られているので、テントの設営がラクと言った程度とのこと。
革靴も踵を合わせてから、紐をきっちり縛って、簡単に緩くならず、でも締め過ぎないよう注意した。靴は野外活動の基本であり、最も大切な道具だと教わっているから念入りに。
髪を編み込んで後ろで纏めて留めて、帽子を被ると、首元がスッキリして涼しげな感じだ。自分でもできるように、何度も練習して、なんとか及第点を貰えており、鏡で確認したけど問題なしだ。
服はいつも訓練用だ。出国時に着る外出着は、性能の最終確認中らしい。服の性能とか普通にでてくるあたり、やはり異世界だと思う。
手袋をはめて、最後に訓練用杖剣を持って準備完了。
「よし、準備はいいかな」
父さんも訓練用の服装で準備万端。手には本物の杖剣を持っているけど、荷物はそれだけだ。
「はい。キャンプ道具とかはどうするんですか?」
「同行メンバーが空間鞄で持参していることを前提とした訓練なので、移動中の荷物は杖だけだ。では目的地までの工程を確認しよう。地図はこれだ。頭に叩き込んでおくように」
出発前のブリーフィングということで、地図を広げて、現在地点と目的地の位置を確認する。細かいグリッドで仕切られていて、枠外には識別文字が書かれていて、縦横の文字を伝えればどの位置かすぐわかる軍用地図だ。
磁北の方位補正をみて、ポケットから取り出した方位磁石を使い、大まかな方向を確認する。
山を右手に捉えながら、海岸線沿いに北上していけば、目的地に到達できそうだ。
河川沿いということだから、河川の流れ、川幅の変化、橋の位置についても確認する。徒歩での渡河可能位置についても目星を付けておく。流れが緩く、川幅が狭い場所、高低差が少ないよう急峻な場所は避けて。
僕は大まかに考えた事を伝えた。
「では、出発しようか。私は同行するが、あくまでもリーダーは君だ。いいね」
「はい」
僕と父さんは、こうしてキャンプ地区まで歩き始めた。
◇
館の周囲にあった防竜林を抜けると、眼下に広がるのは海岸線まで続く田園風景だ。所々に森が残っていて、四、五分走れば、逃げ込めるようにしてあるのは聞いていた通り。
「訓練の仕上げではあるが、別に時間制限を設けている訳ではないから、多少風景を眺めたりしてもいいよ」
「そうですね。初めての外出ですし、ちょっと眺めながら移動することにします」
整備されている農道は、二人が並んで歩ける程度で、砂利が敷き詰められている程度。車両のような重量物が移動することは初めから考慮されていないようだ。
網の目のように張り巡らされた水路を覗いてみると、小魚の群れが泳いでいて、蜻蛉っぽい昆虫が飛んでいたりする。
少し遠くに目を向けると、農作業をしている人達が見える。
「彼らは農民人形達だな。アキが食べている食材も、彼らの手によるものだ」
そう言いながら、父さんは先に進むよう促す。いちいち目に付いた人に話しかけに横道に逸れたら時間がいくらあっても足りないから、ちょっと会釈してから先を進むことにした。
分岐路まできた時点で、腰につけていた万歩計の歩数をみて、大まかな距離を確認。道の進んでいく方向から、向かうべき道を選ぶ。
何か目印になりそうなものはないか探してみると、森の入り口あたりに二本の大きな杉っぽい木が並んでいるのが見えたので、そちらに向かうことにする。
水田に植えられている稲は等間隔になっていて、日当たりや草刈りをちゃんと考慮しているようだ。
ちょっと離れた草の茂みから、白黒の猫がこちらの様子を伺っているのを見つけた。額にはツノは無いから普通の猫のようだけど。
「あれ、飼い猫ですか?」
「いや、野良猫だろう」
父さんは杖剣を軽く構えたまま、何か呟いた。
その瞬間、猫が飛び退いて、後ろの草陰に消えていく。
「何かしました?」
僕には何をしたのかわからなかったけど。
「何かをするフリをしてみただけさ。アレは誰かの使い魔だな。それも訓練された賢い猫だ」
父さんは杖剣を下ろして、おどけてみせた。
うーん、使い魔か。見た感じ、全然普通の猫と区別がつかなかった。
先程の目印の木の下まで歩いていくと、看板が立っていた。「これより先は軍管轄地域につき立入禁止」と書いてある。
「ここまでがミアの所領で、ここから先が国有地になる。魔導人形達が迷い込まない様に立ててあるんだ。触らないように。アレでも魔導具なんだ」
父さんの話を聞いて、眺めてみるけど、魔導具っぽい感じはしない。ただの綺麗な立看板だ。……綺麗な? こんな雨ざらしのところで?
「気付いたようだね。低位ではあるが、劣化防止の術式が付与されているんだ」
いちいち取り替えるのは面倒だから、などと父さんは付け足した。
「えっと、ハヤト先生、この看板で、悪霊を叩いたら、ダメージは通るんですか?」
そもそも倒すための魔術と、劣化防止の魔術の違いもわかってないけど。魔術付与されているならいけるかなー、と。
「――こんなのでも魔術付与された魔導具ではあるから、実体を持たない霊の類になら、効果はあるだろう。ところでその発想はどこからでてきたんだ?」
なんとも面白いものを見つけたという感じで、父さんは楽しそうだ。
「ほら、マサトさんが、例の魔導甲冑を披露してくれた時、一時的に術式を付与する剣があったでしょう? 実体を持たない霊は、実体はないけど見えるって話なので、謂わば影のような存在であり、魔術を付与するというのは、霊の実体がいる領域に、武器を作り出すようなものなのかな、と。それなら、魔術付与された看板も、霊のいる領域に存在していて、だから、ぶつかるんじゃないかな、と考えました」
「なるほど。その思考は正しい。結界で悪霊を封じるのも、同じような考えだ。魔力で構成された膜で覆えば、移動を制限できるだろうと」
「それだと、街エルフの国は霊には過ごしにくいかもしれませんね。彼らがぶつかるものだらけだから」
「それはそうだな」
なんて雑談をしながら、森の中に立ち入る。目的のキャンプ地区は、方角的にはこちらだし、入ってダメならハヤト先生が注意するだろうから、入っても問題はないと判断する。
道が緩やかに曲がっているので、ある程度進んだら、角度のズレと歩数をメモして、大まかな方向との差を確認する。
面倒だけど、こうしないと現在位置を見失うから、横着はできない。
それに時折、振り返って逆方向から見た風景も確認しておかないと、道を間違えるから要注意だ。
そんな風に慎重に歩いていたら、前の方から水の流れる音が聞こえてきた。
開けた場所まで進んでみると、地図で確認した川だった。
大きな岩がゴツゴツしていて、川幅も狭く、流れも急で河川と言ってもかなり上流っぽい感じだ。実際は海が近いから、勾配が急なまま、海に流れ込む感じなんだろう。
河川の曲がり具合、高低差、周囲の状況を見て、事前に見た地図のどのあたりか確認してみた。
「水がとても綺麗ですね」
水鳥がいたり、澄んだ水底には大きな魚が泳いでいたりして、生態系は豊かなようだ。
「この辺りにいる魚は塩焼きにすると美味いんだ。キャンプ地区についたら、昼食は渓流魚を捕まえよう」
「いいですね。釣るんですか?」
「いや、射出式の銛で突くんだ。慣れれば簡単だから食べる分だけしか取らないよう注意が必要だね」
「渓流魚の塩焼きですか。楽しみです」
「そう言ってもらえて良かった。そろそろ先に進もう」
「はい」
道なりに進んでいくと、通行止の看板が道を塞いでいた。
「増水で橋が破損、迂回する必要ありですか」
「初夏の頃にきた台風の影響で、橋が流されてしまったんだ」
「危なくないところまで進んでもいいでしょうか? 増水で流された状態を見てみたいんです」
「なぜか、理由を教えてくれるかい?」
「僕は日本でも、災害の風景は報道を通じて見ただけでした。なので、こちら側の災害について、知る必要があると考えました」
写真で見るのと、実際の光景を見るのでは、やはり受ける印象はだいぶ違うと思う。やはりこの目で見ておきたい。
「そうか。では、危険がない範囲で進むことにしよう」
「はい」
進んでみると、橋の残骸が見えてきた。両岸の基盤を残して、橋がまるごと流されて無くなってきた。ここにあったと知らなければわからないくらい、痕跡を残さないほどの破壊だった。立入禁止の立て札のある手前まで近付いてじっくり見たけど、自然の暴威の前には人は無非力だと感じた。
「橋が根こそぎ流されてしまってね。流された橋や橋脚の残骸は撤去したんだが、橋の掛け直しは来年にずれ込むだろう」
「……やっぱりこちらでも、天災はそうそう簡単には復旧できないんですね」
「それはそうだ。人の力は小さい。束ねれば大きくなるが、一度に出せる力は小さいんだよ」
「……ですよね」
示された迂回路を通って、なんとかキャンプ地区に到着。予定より随分時間がかかったけど概ね安全に移動できたと思う。
「到着できたね、アキ。評価はとりあえず及第点と言えるだろう。ただ、少し慎重過ぎるかもしれない。状況によっては、確実性よりも、速さを優先するに注意すること。速さは何よりも貴重だ」
「はい。今回は時間制限はないということで、慎重さ優先で動きましたが、状況によっては速さを優先しますね」
「うん、それでいい。ちなみに慎重さを優先した理由は何かあるのかな?」
「この身体はミア姉からの借り物ですから。そうでなくとも、急ぐ理由がなかったので。急ぐ理由がないなら、安全第一ですよ」
ただでさえ、知らない土地なのに、考えなしの行動なんてリスキー過ぎる。
「――なるほど。良い傾向だ。若者は無意味に危険な行動を選択しがちだが、アキにその傾向がないのは良かった」
父さんから貰えた評価はまずまずかな。
「次はテントの設営でしょうか」
「そうだね」
父さんがキャンプ地区の管理人さんから、テントを受け取り、ちょっと手間取ったけど、なんとか設営完了。
その後は、ゴム仕掛けの射出式の銛をつかって、川で一尾ずつ渓流魚を獲り、薪を燃やして、遠い強火で魚を焼いて、美味しくいただいた。飯盒で炊いたご飯も、山菜を入れた味噌汁も美味しかった。
予定より時間は掛かったけど、汗をかいた衣服も着替えて、休む準備はOK。流石にお風呂は無理なので、体を拭いただけだけど、だいぶマシになった。
今回は予想以上に話が長くなったため、前後編に分けました。母、姉、そして父。それぞれアキを想う気持ちは同じでも、向ける視線、各人それぞれなのです。
次回の投稿は、十月十日(水)二十一時五分です。