22-15.魔力泉で魔力不足を癒すこと(後編)
<前回のあらすじ>
鬼族の芋煮も、こちらの人族向けアレンジができて美味しかったです。それにしても鬼族にとって豆腐とは高野豆腐を指しているとは予想してませんでした。あれはあれで美味しいんですけどね。異文化交流の楽しいところですね。(アキ視点)
食後の玄米茶を飲んで落ち着いたし、今回の主題にはいるとしよう。
「それでは、今日お聞きしたかった主題である魔力泉を用いた魔力回復のお話をしていきましょう」
完全無色透明の魔力属性を持つ魔力が滾々と湧き出る魔力の泉。術式の構築も運用もお任せ、大鬼の魔力不足も解消できたよ、とは聞いていたけど、寒い日にヒーターに手を翳して温まってるくらいのイメージしかなかったし、次元門構築に直接繋がる話でもないから、さして深堀してなかったんだよね。
「では魔力泉の術式から説明しようか。賢者、ソフィア殿の二人が召喚術式をアレンジして編み出したもので、プロトタイプができてからは、私が実際に使用してみて、その都度、改良を加えて行ったんだ」
ほぉ。
「召喚術式ベースとは知りませんでした。以前は無かったんですか?」
僕の問いには、場にいる皆が笑い出した。えー。
「アキ様、我々の使う魔術は、術者の魔力を火種に周囲に満ちた魔力を媒体として発動するものです。術者が失われた自身の魔力を回復させる為に周囲に満ちた魔力を体内に取り込むといった技法や、それを補助する術式はあっても、魔力そのものを経路を利用して魔法陣に導き、それをただ放出させるなどという無駄は必要とされてこなかったのです。何より実用性がありません」
ケイティさんがまぁまぁと宥めながら理由を教えてくれた。術者同士で魔力を融通し合うという話はまぁあるそうだ。術者一人では賄いきれない、或いは発動した後、維持するだけの気力も尽きるほど魔力が乏しくなるような状況を回避する為に、失われた体内魔力を外から補填してあげるといった話だ。
ただ、大鬼のような大飯ぐらいに普通の魔導師が繋いで魔力を補填するような真似をするのは意味がないとのこと。必要とされる魔力量に対して、渡せる魔力量が少な過ぎるから。それなら人数を増やせば、というアイデアには、術者同士の相性もあり、そうそう経路を増やして、という訳にもいかないとのこと。
お爺ちゃんも補足してくれる。
「そもそもこちらの世界は魔力が乏しいからのぉ。竜の身に魔力を満たすという巣は天然の魔力泉といったところじゃろうが、それとて、老竜は巣から殆ど出てくることがないと聞くところからして、大した量は得られんのじゃろうて」
ふむ。
「それって魔力泉の術式の方が供給量が多いようにも聞こえるけど?」
「それは当然じゃろう? そもそも竜達ですら召喚術式を発動はできても大した時間維持はできん。明言された訳ではないが、彼らが自分達で召喚を試して遊んでおらんことが証左じゃな。そんな彼らが魔力を補える巣に腰を据えて、回復しつつ魔術を発動させる工夫を思いつかぬ、ということもないじゃろ。巣に腰を下ろしてれば魔力使い放題とはならんのじゃ」
なるほど。
「そもそも巣では休んでいる、というように、睡眠状態のように活動レベルを落として回復に専念する感じだもんね。だから、こちらの世界では魔力泉の術式は無かった。なら妖精さん達の方には?」
「儂らの文化では必要としてこなかったから無いのぉ。多くの魔力を必要とするなら集団術式で事足りておった」
まぁ、必要がないなら発明もされないだろうね。
トウセイさんが話を纏めてくれる。
「膨大な魔力の供給源としては宝珠があるけれど、宝珠から魔力を得たいなら、宝珠に触れて魔力を取り込めばいいだけだからね。そんな状況もあって、魔力共鳴によって何人もの妖精達を召喚し続けられるような膨大な魔力を持つアキ、リアの二人が現れたからこそ、召喚術式が成立して経路を使って召喚を維持し続ける魔力を供給する仕組みを利用して、魔法陣と経路で繋いで魔力を陣に満たしていく、その術式を編み出したんだ。高魔力域への深い知見を持つ賢者と、現代魔法陣に長けたソフィア殿の二人が揃わなければ成し得なかった偉業と言えるだろう」
お、おぅ。
トウセイさんの二人に対する尊敬の念と、力量への深い信頼がめっちゃ熱い。それでもそんな同僚を得てることへの幸せを噛み締める思いはあっても、師事するような上下関係とは考えてない辺りは、やはり自分自身への揺るぎない自負もあるんだろう。どちらかというと、互いに別分野の第一人者といった感じだから、同門対決のような意識は生じにくいってのもありそうだ。
◇
「それで魔力泉ですけど、発動すると魔法陣から一定の魔力を放出し続ける、とかですか?」
僕が聞いていたヒーターのような運用ならそんな感じだけど。
「それは暖を取るような術式のイメージだね。魔力泉は魔力の湧き出る泉といったイメージから名付けたものだけど、その実体は疑似宝珠といったところなんだ。魔法陣を中心に半球状の魔力に満ちた場を形成し、その中に魔力を満たす、そんな工夫が為されている」
「なぜそんな工夫を?」
「溢れた魔力が勿体ないじゃないか。実際の召喚術式でも供給される魔力は一定ではなく、召喚体の魔力が足りなくなったら補われるといった仕組みになっている。少しでも召喚時間を伸ばそうと先人達が苦労されたんだろう」
あー。
そもそも召喚術式自体が一生懸命宝珠に膨大な魔力を貯めて、それを使って発動しても数分しか持続時間が持たないという稼働効率の悪いモノだった。それなら少しでも無駄を省こうという工夫はされていて当然だったね。
「えっと、それなら例えば大鬼になったトウセイさんが魔力を取り込むと、減った分が陣に補われるってとこですか?」
「そうなんだ。だから、取り込むのに疲れたら休んでても、魔力泉から魔力が漏れ続けて勿体ない、ということはないね」
おかげで自分のペースで取り込めて良い仕組みだ、とべた褒めだ。
んー。
ちょっと気になったことがある。
「不足した魔力を補填するなら、魔法陣の中に立って一気に満たせれば、短時間で全快ってなりそうですけど、少しずつ取り込んでいく、という手間をかけるのは何故なんでしょう? 魔導師同士で経路を繋いで魔力を融通し合えるくらいなら、もっと手軽にぽーんとできそうな気がします。でもやらない、或いはやれない」
僕の疑問にはケイティさんが答えてくれた。
「アキ様、これはこちらの世界における体に満ちた魔力に関する基礎的な話になるのですが、魔力にはそれぞれ属性がありますよね? アキ様、リア様の魔力は完全無色透明という非常に稀有なものですが、他の者達は必ず色や透明度といった形で計測できる個性があります」
「あ、はい、それは聞いたことがあります」
「体内の魔力を絵具に例えるとわかりやすいでしょう。色の違う絵具同士を混ぜ合わせると色が変わります。そして、自身の持つ固有の魔力属性と、異なる属性に満ちた地にいると、それだけで心身の不調をきたすほどなのです」
うわ。
「それって、魔力に満ちた土地なら、魔術を使ってもすぐ回復、なんて気楽な話じゃないってことですよね」
「そうです。考えてみてください。例の「死の大地」、あのように濃密な呪いに満ちた地では世界の理が歪むほどですから魔力が満ちていると言えますが、彼の地に魔導師がいたとしても、自身の魔力をきっちり律して、周囲の魔力に脅かされないよう対抗していかなければ、体内魔力が呪いに浸食されて悲惨な末路を迎えることになるでしょう」
げ。
これにはお爺ちゃんも補足してくれる。
「それは妖精界ではわかりやすいのぉ。こちらとは比べ物にならんほど魔力に満ちておるが、その分、自身が周囲に惑わされぬ程度には魔力を残しておかなければならん。こちらのように底が見えるほど魔力を使い切るなどという真似は、儂らからすれば正気を疑う行為じゃよ」
なるほど。
「つまり、例えば魔力不足な大鬼のトウセイさんが魔法陣に入って一気に不足分を取り込むと、自身の属性が完全無色透明な魔力と混ざって薄くなってしまう。それは心身に酷い悪影響を及ぼすだけで理がないってことですか」
僕の纏めにトウセイさんが深く頷いた。
「アキの言う通りだ。それと魔導師同士が経路を使って魔力を融通し合う術は、双方の魔力属性が近くそのまま取り込んでも即座に問題が起きない、といった相性をクリアしているからこそ行使できるモノなんだ。アキの場合、完全無色透明な魔力は誰とも相性の悪さは起きないけれど、相性の良さも起きない。そのまま取り込める人はいないと考えた方がいい」
ふむ。
完全無色透明は得手、不得手がない、という点は確かに重要だね。竜族の皆さんもとても特徴的で感知した後であれば、覚えた、区別ができると言ってたけど、そんな彼らも心話で直接接するとか、身体を触れ合わせるとかしないと、僕やリア姉の魔力は感知できないからね。
ケイティさんが手をあげた。
「アキ様、それと魔力には位階の問題もあります。あまりに位階の違い過ぎる魔力は取り込むと属性の違いと同様、心身にとっては毒になります。竜族は低位の魔術を何もせずとも無効化しますが、これは彼らの体内に満ちた魔力の位階が高いからこそ起こる現象とも言われています。魔力を取り込む際には自身の属性や位階に合わせる必要があり、それができるペースは各人で違いはありますが限界があります」
例えば、ということで竜の魔力が強いからと、魔力不足の魔導師が彼らの魔力が感じられる距離まで近づいたとすれば、魔力を取り込むどころか、乏しい魔力の自己の土台が揺らぐだけとなり、百害あって一利なしですよ、と話してくれた。
なるほど。
「高い位階というと、例えば依代の君の神力みたいな?」
「そうですね。あそこまで違うと理不尽としか言いようがありませんが、そういうことです。我々の展開する障壁など、薄紙のように軽く突き破ってきたように、位階の差というのはそれほどまでに厄介なのです」
あれかぁ。
しょっぱなの拒絶攻撃も、僕は問題なかったけど、周囲にあった大気や地面が消滅しちゃってたもんなぁ。風が吹き荒れるし、運動場がごっそり抉れてたし、アレは確かに酷かった。
◇
皆の話を聞いていたセイケンが口を開いた。
「魔力泉から魔力を取り込む方法は、経験者のトウセイが指導していけば、指導者無しの場合よりは上手くいくだろう。ただ、本質的な問題として、竜族は外部から魔力を取り入れる技法を習得していない可能性がある。そこは注意が必要だろう」
ん?
「巣で休んで回復してるのだから、他より魔力に満ちた巣から魔力を取り入れる技法くらい修得してるでしょう?」
僕の疑問に、セイケンは悩まし気な表情を浮かべた。
「楽観論なら確かにその通りなんだが、竜族は低位階の魔力を意識せずとも無効化するだろう? それと同じで、巣で休んで回復する行為も、魔力を取り込んでいくという意識をしていない可能性があると感じたんだ。彼らは宝珠のような自身より多くの魔力を満たしたモノを作り出すことも運用することもなかった。だから、念の為、魔力泉にいきなり巣のように乗り込まないよう注意はしておいた方がいい」
ふむふむ。
「ただでさえ、完全無色透明の属性だから、外からだと注視しないと、その魔力が自身にどれほどの影響を与えそうか判断は難しそうですね。なるほど」
あぁ、これは確認に使えるなぁ、と考えたら、ふわりとお爺ちゃんが前に出てきた。
「アキ、何やら思いついたようじゃが、ちょっと話してくれんか?」
「大したことじゃないんだけどね。そこで考え無しに魔法陣に乗ってしまううっかりさんなのか、しっかり魔法陣の術式を確認して、溢れる魔力も確認できる慎重さがあるか、伏竜さんの性格見極めにも使えるかな、って」
「以前のアキの見立てでは、事前に竜族内で根回しをするくらいだから見所があるという事じゃったが」
「まぁ、ね。ただ、それは竜族の社会内、常識内の話だから、外となるとまた変わってくるかもしれない。僕も鋼竜さんみたいな雑な感じの方ではないとは思ってるけどね。判断材料は多い方がいい。東遷事業の竜側の要となる方だから」
「随分慎重じゃな。何か気になる事でもあるのか?」
「竜族は個で完結した文化だからね。実際に伏竜さんが「やってみせ言って聞かせてみて褒めてやらねば人は動かじ」ってところの他者を導くような発想、行動ができるかどうか。そうして伏竜さんが見せて語って褒めたとして、動く竜がどれくらい出てくるか、ってとこはある種の賭けだから。まぁ、話に乗ってくれるのが1%だとしても三百柱近くは集まるから、それくらいで十分とは思ってるよ」
山本五十六の名言で、人を動かすにはそれくらいやらないと駄目だよ、って奴だ。リーダーになる人はほんと大変だ。
「真似ると言えば、共同研究をしておる白竜殿と桜竜殿がおるな」
「うん、それ。桜竜さんの行動も竜族社会では驚きを与えたそうだから。あー、一応、雲取様にも聞いておいたほうがいいかな?」
「何をじゃ?」
「不足している魔力を魔力泉から取り込むこと、不足してる食料をアイリーンさん監修で料理として食して貰って補うこと、それらが伏竜さんに良い結果を齎すか見極めは医術に詳しい黒姫様に一任してるじゃない?」
「うむ。専門家に任せんと心配じゃからのぉ」
「だよね。竜眼や竜爪の改良は研究熱心な白岩様と桜竜様のペアに支援して貰うってのもあるけど、これ、僕達にとっては先人に導いて貰う、倣う、共に研鑽を積むってのは当たり前だけど、竜族にとってはそうでもないでしょ」
「うむ。そのようじゃ。完全に独力でという訳ではなさそうじゃがのぉ」
「まぁね。成人と看做されるには一定の技量、実力を備えねばならないとして、その見極めもしているから、まったくないってことはなさそう。ただ、僕達ほど熱心でもなさそうだからさ。いきなり自分以外の三柱と地の種族からの助力を受ける伏竜さんの心境は結構複雑じゃないかなぁ、って思ったんだ」
「ふむ。それで雲取様に何を伺うつもりじゃ?」
「竜族の男心というか、矜持みたいなのを事前に教わっておけば、それ無しで心話を行うよりも、より誤解なく伏竜さんの心の動きを理解できるかな、ってくらいだよ。心話で心を触れ合わせれば確かにそれなりの部分まではわかるけど、伏竜さんのこれまでに歩んできた生涯を思うと、色々と燻ってる思いとかありそうだから」
僕の言葉に、セイケンは意外そうな顔をした。
「確かに雲取様なら真摯に答えてくださるとは思うが。竜族の若手で一番の成長頭であることを考えると、その意見はある程度割り引いて考えた方がいいぞ」
あぁ。
「思い通りに行かなくて燻るような話に他の竜の助力を得ることの是非みたいな観点だから、そこは問題ないですよ。雲取様もいつも苦労してますからね」
そこまで言うと、トウセイさんもなるほど、と頷いた。
「七柱から言い寄られて困っておられるから、手に負えず他の雌竜に助けを求めたこともありそうだ」
そう、それ。
「その話だと雄竜に助けを求める訳にもいきませんからね。きっと目上の雌竜に手を貸して貰ったり、相談したりと、苦労してるでしょう。だから、竜族社会の序列という観点ではなく、独力では解決できない困難に遭った時、他の竜の力を借りることについてどう考えるのかってとこから聞けば、良い話が聞けるでしょう。単純な助力なら貸し借りということで贈り物をして感謝の気持ちを伝えると言ってましたから、きっと雲取様も今のようにそれなりにあしらえるようになるまでには、結構な苦労をしてます」
などと話したら、皆さんに苦笑されてしまった。どうしたんだろ?
「アキ様の話しぶりを聞いていると、竜神の話をしてる筈なのに、近所の青年の話をしてるような気がしてきたからです」
ケイティさんが理由を話してくれた。なるほど。
「崇め、崇められる関係では、隣人とは言えませんからね。そして隣人なら、そうした近しい話も出てくるモノでしょう」
魔力泉から魔力を取り込む件はトウセイさんがノウハウを明かして指導していけば、なんとかなりそうだ。魔力を一度に多く取り込み過ぎないよう注意することくらいかな。竜族もそこまで一度に多く魔力を取り込んだ経験なんてないだろうから、加減を間違える可能性は十分ある。
そんな感じに、テクニカルな部分の意見交換をある程度やって、トウセイさん達との会合は無事終えることができた。食事の方は実際に食べて貰わないとわからないから、そこは出たとこ勝負。
それと、別邸に戻ってからは、さっそく雲取様とも心話をして、気になってるところをあれこれ聞いてみて、これも色々と得るモノがあった。予想通り、雲取様は多分、同期の竜達に比べてもかなり多く、年上の竜達の手を借りていて、お礼の仕方も単純に贈り物をするだけでなく、他の悩み事を解決するとか、竜同士の仲裁をするとか、連鎖シナリオのクリアみたいな事もやってた事がわかって親近感が湧くことにもなった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
後編ということで、ちゃんと魔力泉についてのお話をしっかり行いました。簡単そうに見えて、実際にはその道の超一流同士のコラボがあったからこそ成し得た超術式なんだよ、って話でしたね。あと、完全無色透明で位階も異なる膨大な魔力を上手く自身に合うように取り込んでるトウセイも何気に凄かったりするんですけど、その辺りの力量についても、いずれ伏竜が取り組んでみれば明らかになるでしょう。
次パートからは伏竜もやっとロングヒル入りです。長かったですね。章の分割的にかなりキリが悪いので、やってきて一通りの話を軽くやって、僕達の交流はこれからだ、ってとこで22章は終わる感じになるでしょう。
次回の投稿は、五月十九日(日)二十一時十分です。