22-14.魔力泉で魔力不足を癒すこと(前編)
<前回のあらすじ>
ケイティさんと約束していた野鳥観察も満喫することができて気力も随分復活してきました。まぁ、依代の君とヴィオさん達の逢引に比べると、家族旅行って雰囲気でしたけどね。それでもこういうゆったりした時間を過ごせると心が癒される感じがして楽しかったです。(アキ視点)
野鳥観察を終えた翌日は、東遷事業に参加する唯一の竜である伏竜さんがやってくる理由の一つ、序列が劣っているが故に、居候をさせて貰っている縄張りでも肩身の狭い思いをしており、それが原因で、狩りでの獲物も、巣から得る魔力も不足気味で、そのせいで同世代に比べると成長が遅れ気味な問題について、関係者である鬼族の研究者トウセイさんとのヒアリングを終えておくことになった。
トウセイさんは、世界で唯一、変化の術の使い手であり、見上げるような巨躯の大鬼へと変身することができる。ただ、圧倒的な武を期待された大鬼が戰場で殆ど姿を見かけることもなく、ひっそりと姿を消したのには理由があった。
その巨躯に見合った膨大な魔力が必要で、地に満ちる魔力が多いとされる鬼族連邦領ですら、必要な魔力を十全に供給することが叶わなかったからだ。そのせいで常に魔力不足のガス欠状態での短時間の運用をせざるをえず、その武は一撃で城壁すら破壊するとまで言われたのに、活躍することもなく運用もすぐ中止されてしまった。
幸い、そんな欠点も、僕とリア姉の魔力共鳴によって解消することになった。召喚術式すら維持できるだけの魔力量を供給できる僕達にとって、大鬼と化したトウセイさんへの魔力を魔力泉の術式経由で提供することくらい、大した話じゃない。
術式によって擬似的に生成された魔力の湧き出る場、魔力泉を稼働させれば、後は焚き火に手をかざすようにしてるだけで、噴出する魔力を取り込むこともできる。魔力泉の泉質というか、魔力の属性は僕達と同じ完全無色透明だから、誰の魔力属性とも相性は良くも悪くもない。
外部の魔力を取り込むのは、トウセイさんの力量任せだけど、自身の魔力回復もやってることは、自身の魔力消費量をできるだけ抑えて安定させて、外にある魔力を体の害にならないよう上手く取り込むって話だから、魔導師なら誰でもできるとのこと。
僕は外の魔力が全然感知できないし、魔力共鳴で使うより早く魔力が自然回復するせいで、能動的に回復に努めるようなことはしてないんだけどね。師匠に言われて最初の頃にちょっとやってみたけど、心身を落ち着かせるという意味での自律という趣旨での訓練であって、異質な魔力を自身に少しずつ取り込んで、自分の魔力と馴染ませ安定させる、みたいな話は全くできなかった。
魔力の急激な減少だって、妖精さんを五人召喚して空に光の花を描くような真似をして、やっと体験できたくらいだからね。だから、このあたりの話はほんと疎いんだ。
そんな訳で今日は、トウセイさんとお話をする場を設けるって話だったんだけど、連邦大使館に行くと、トウセイさんだけでなく、セイケンも出迎えてくれた。もう稲刈りの時期で少し肌寒い季節感がでてきてるのに、二人とも薄着の作務衣姿だ。鬼族は二メートル半もの巨体で筋肉量も半端ないから、冬でも薄着なくらいだからね。この程度だと全然寒くないんだろう。
「二人ともお久しぶりです。いい匂いがしますね」
そう。連邦大使館の庭先に設けられたテーブル席では、その横に台が置かれ、大きな寸胴鍋がどーんと鎮座して湯気を出して、何とも空腹に堪える美味しそうな匂いを出して存在感をアピールしていたんだ。
「あぁ、久しぶり。単に話をするだけでは味気ないから、今日は以前、話をした郷土料理を堪能して貰おうと思ってな」
ほぉ。
どうも、二人して料理をしてくれていたようだ。女衆もいるけど、敢えて男二人に任せたってとこか。迎えてくれた二人が手ずからの料理を振る舞ってくれるとは、なんて贅沢。
鬼族用テーブルはとても大きくて、人族用の椅子はまるで子供用のソレのよう。いつものようによじ登って座ると、視点の高さも半端ない。おかげで寸胴鍋に入ってる料理も見えたけどね。
「醤油ベースの香りはしてましたけど、野菜が沢山入ったスープという見た目からすると、例の芋煮ですか?」
「正解だ。それとアイリーン殿から教わった「たんぽ」も入れるぞ。人族向けに一口サイズに切るから「きりたんぽ」というヤツだ」
「あ、量は一本分にしてくださいね? 僕にはソレで適量ですから」
「わかった。足りぬようなら遠慮せぬように」
トウセイさんは、僕やケイティさん用の茶碗を手に取った。
「二人とも、本当にコレでいいのかい?」
鬼族が持つと子供用のおままごと用の茶碗みたいに見えるけど、ソレ、人サイズだと丼だから。
「はい、それで十分です。ケイティさんはどうです?」
「私もそちらでお願いします」
今日は、こちらで食べるからと、朝起きてからは軽く白湯を飲んだだけなんだよね。おかげでお腹もペコペコだけど、念の為、トウセイさんには、山盛りにはしないように、と釘をさしておいた。足りなければお代わりをお願いすること、盛り付けも見るので、器にあった適量にして、と伝えると、一応、遠慮ではなく本心からそうして欲しいと言ってることが伝わったようだ。
だいたい、丼には切って熱を通した「きりたんぽ」も入れるというのだから、野菜もお肉も一口分ずつくらいしか入らないだろうに。おたまのサイズが人族用の倍くらいある時点で、色々と危なかった。
いつもだとケイティさんは後ろに控えている感じなんだけど、今日は料理を食して忌憚なき感想を伝える任がある、とのことで同席する感じなんだ。相変わらず所作が洗練されていて素敵だ。
そうして、僕達が席についたところで、炊いた米を粗く潰して杉の串に刺して炭火で焼いておいた「たんぽ」を一口サイズに切って「きりたんぽ」にすると、鍋に投じて熱を通し始める。
こうして見てると、セイケンは細身の武人体型、トウセイさんは運動不足気味なおじさん体型と違いがあるけれど、その手捌きには迷いがなく、何度もやってることが見て取れた。
「慣れた手つきで見ていて安心できますね。二人はたまに料理をされるんですか?」
僕の問いに、セイケンが頷いた。
「我らは人数が少ないから誰もが兼務をしてるんだ。それにこちらに滞在してる者同士の交流を促す共同作業としての面もある。敢えて同じ組にならないように料理番の人選は適宜入れ替えたりもしてるぞ」
ん。
「それは女衆の皆さんも交えて?」
これにはトウセイさんが首を横に振った。
「変に緊張を強いても不味いから、遠慮して貰ってるんだ」
ふむ。
「ウタさん達なら気にしないと思いますけど、実はそうでもなかったり?」
「あちらは気にせずとも、男衆が緊張してしまうんだよ」
その気がなく眺めているだけでも、男衆からすれば、教官に採点されているような意識になってしまい、コミュニケーション活性化の趣旨が外れてしまうから、とのこと。
そういうモノなのかな。鬼族は長命だから、誰でも大概のことをそつなくこなすという点では、街エルフと似たようなモノだし、そうそう差が出るとも思えないんだけど。
◇
そんなことを話しているうちに「きりたんぽ」にも火が通り、丼に他の具材も含めて並べると少し少なめに汁を入れてくれた。きりたんぽ入り芋煮の完成だ。
セイケン達も自分達の分をよそって席についた。彼らの器は僕の感覚からするとボールと言ったほうがいいサイズだけど、二人の手に収まればちょうどいい大きさだ。
では、さっそく。
皆で、いただきます、と唱和してから、まずは汁を一口。ん、醤油ベースの優しい味付けだね。いろんな野菜を入れてるから、味付けにもなんというか奥行きが感じられて良い感じ。
どーんと中央に鎮座しているきりたんぽが中央を占めてはいるけど、周りにある大根、人参、蒟蒻、椎茸、占地、舞茸、えのき茸といった茸類が多めで、ネギときて、やはり存在感があるのは里芋だ。ソレに比べると鶏肉は顔出ししてますって程度と、あくまでも煮込んでたっぷり汁が沁みた野菜こそが主役だぞ、と主張してる汁物料理だね。
きりたんぽを加えたことで、一椀で完成って感じになってるけど、このアレンジも良し、良し。
粗く潰して練り物風にしてる「きりたんぽ」は、食べやすさとは裏腹に一本でご飯一杯分と結構食べ応えがある。
汁の味付けは同じでも、野菜それぞれの味と食感に違いがあるから、食べていて飽きない。肉っけが欲しくなれば鶏肉が補ってくれる。
そして、やはり芋煮の名の通り、野菜の中でも別格なのが里芋だ。しっかりとした噛み応えがあって、ねっとりとした舌触りと独特の甘さがまた良し。小さい頃は薄切り肉や白菜の方が食べやすくて好きだったんだけど、魂入れ替えをして、味覚が少し変わったのかも。
「ご馳走様でした。食べ応え十分でした。僕にはわからなかったですけど、ケイティさん、食材に含まれていた魔力の方はどうでした?」
「連邦産の食材だけでなく、ロングヒル産も使われているので、以前よりこちらの方々も食しやすいかと思います。勿論、毎日食べても飽きない味付けも良いと感じました」
なるほど。
「一度食べたら暫くはいいかな、っていう御馳走料理だと、趣旨から外れちゃいますからね。今回は醤油と鶏肉の組み合わせでしたけど、味噌と牛肉や豚肉なんてパターンもあるんでしたよね」
「そうだ。それと塩味に馬肉という組み合わせもあって、これがまた食してみるとなかなかに美味かった。提供する際には日替わりのようにして、同じ味付けが続かないよう工夫するつもりだ」
ほぉほぉ。
「ぜひ、リピータ確保に励んでください。そうそう、具材の大きさや固さもちょうどよく食べやすかったです」
これにはトウセイさんが種明かししてくれる。
「実は研究組の面々には色々と出して協力して貰ったんだ。特に噛み応えの部分は鬼族とは感覚がかなり違ってるから苦労したよ」
「皆さん、立派な顎をお持ちですからね。オリジナルをそのまま提供することに拘る方もいますけど、料理はやはり皆に食べられてこそですから、その地に合わせて改造されていくのが自然な流れかと思います。ちなみに、きりたんぽを入れる工夫ですけど、鬼族の文化には無かった感じですか?」
「炊いた飯を半殺しにする「おはぎ」はあるけれど、アレは甘味だからね。それに鍋に入れてる時間が長くなると形が崩れてきて手間がかかる割に歯応えも軽い。我々なら豆腐の方が好みに合うんだ」
ん?
「豆腐、ですか? また、随分柔らかいのを好むんですね」
僕の認識に、ケイティさんが訂正を入れてくれた。
「アキ様、鬼族が言う豆腐は、日本で言うところの高野豆腐なんです。紐で縛って持ち歩けるくらいずっしりしていて重いんですよ」
「ケイティ殿の言う通り、私達の住む地域は寒いからね。豆腐を作るのにこれからの季節は丁度いいんだ。それに私達の豆腐は鍋料理に入れても型崩れしないし、汁を吸って味わい深いモノにもなるんだ」
なるほど。
「確かに、言われてみれば、皆さんの住む地域や食感からしても高野豆腐が好まれるのも納得です。となると、今回の芋煮も今後はアレンジバージョンが増えて行きそうで楽しみです」
「里芋は私達の住む地域では保存が難しいから早めに食べてしまうけれど、南の方ならそれなりに保存も効くだろうから、どうやって皆が食べるか私達も楽しみにしてるよ」
トウセイさんの言う通り、里芋って実は温度が低過ぎても腐ってしまうせいで保存が難しいんだよね。魔力を多少含んでようとその辺りの特性は変わらないってことか。
少し落ち着くまで話を聞いた感じだと、羊肉を使ってるバージョンもあるようだから、芋煮というけど、その概念が示す料理の幅は想像以上に広そうだ。こうして、皆で同じ料理を食すというのも良い風習と思うし、ぜひ、ロングヒルにも定着していって欲しい。そんな話をしたら、皆から不思議そうな顔をされてしまった。秋の実りが得られたことに感謝を込めて、人々が集って祝いの祭りを行って共に食するのはこちらでは一般的な風習で、それはどの種族でも変わらない、と。
日本では一次生産者と消費者の距離が遠のいたせいで、お祭りも形式的な感じになってたし、僕が住んでた都内となると、その傾向が更に強かったからね。ちなみに、皆で旬の果物を食べるという意味では、妖精族もその時期を待ち侘びていたとばかりに皆で食べに行くお祭りをやってるから、その気持ちはわかるぞい、なんてお爺ちゃんも頷いてる。日本は凄く豊かなのに、大切な事を捨ててしまった気がして、皆が和気藹々と話す様子が眩しく思えた。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
伏竜を迎える為の下準備回なんですけど、切りのいいところ、ということで今回はここまで。
以前から話題には出ていた鬼族の料理を、他種族に振る舞う件について、やっと出せるレベルまでアレンジが進んでお披露目となりました。アキには感知できませんが、ケイティが話した通り、以前だと魔導師専用みたいな料理だったのが、一般人でも食べられるレベルの魔力含有量になってます。なので今回の芋煮を食して、魔力過多で体調を崩す人が出るのは避けられるでしょう。鼻血がでるくらいのことはあるかもしれませんけど。
そして、異国での料理の魔改造の常として、今回の芋煮を鬼族が食すると、きっと「こんなのは芋煮じゃない」みたいな意見も結構出てくるでしょう。彼らからすれば魔力も歯応えも乏しい芋煮なんて、カロリー制限されたなんちゃって料理ってとこでしょうから。
次回の投稿は、五月十五日(水)二十一時十分です。
<鬼族の芋煮>
地域によってかなりバリエーションがあり、野菜たっぷり具沢山なのと里芋が入っているという共通点はあるものの、汁のベースも醤油、味噌、塩と三種類、肉も豚、鶏、牛、羊、馬、魚貝と何気に豊富だったりする。以前にも触れた通り、どれが定番の芋煮か、という話題は鬼族同士でも禁句だ。どうせ決着はつかないし、誰もが自分の郷土の芋煮こそがスタンダードだと確信してるのだから。今回はきりたんぽを入れて代わりに高野豆腐は外したが、これに異論を唱える鬼族も多いに違いない。