SS⑩:野鳥観察に出掛けてみよう(中編)
今回は本編ではなく、野鳥観察に行こうというアキ達の第三者視点描写です。これまでのSSと違って裏話的な話ではなく、皆の振舞いを第三者視点で描きたいから、という意味でのSSなので、本編の視点変更版くらいに思ってください。
別邸の庭先を抜けて、大使館領内の道をゆっくりと進む馬車。周りの木々も秋とは言ってもまだ全体が色づくほどではなく、様々な色合いの葉を幾重にも広げて穏やかな木漏れ日が心地よい。
ただ、ケイティは今日のルート上にある見所について思いを巡らせながら、さて、それらについて話そうかとしたところで、思わぬ割り込みが入ることになった。
カタタタタタタタタ……
小気味いい小さな打撃音が少し遠くから聞こえてきたのに気付いて、アキがちょっと停まるようお願いしてきたからだ。ウォルコットもバランスの悪い二階建て馬車を揺らすことなく魔導馬の歩みを止める。
「お爺ちゃん、あそこ、あそこ」
街エルフらしい耳と視力の良さは、重なる木々の枝の奥で、幹に向けて嘴をリズミカルに叩きつける小さな鳥を見つけていた。翁もそれを見つけると杖を一振り、アキの前にお盆くらいの大きさの虹色の輪が現れた。遠方の様子を望遠鏡のように大きく映す拡大術式だ。
鋭い爪と強い握力のある足と尾の三点保持で、幹の上でも体を難なく安定させている手乗りサイズの小さな鳥が大写しになる。白地に黒の縞模様、背は少し茶色がかっているだろうか。
ケイティもアキに身を寄せて拡大術式に移る鳥を眺め、足元にいたトラ吉さんもひょいとアキの膝の上に乗って、皆でその様子を眺めることに。
「弧状列島で見かける一番小さなキツツキ、あちらで言うコゲラですね」
何十メートルも離れていることもあって、馬車が停まっていても特に脅威は感じなかったようで、コゲラは少し動いては頭をちょこちょこと動かし、先ほどのように連なって聞こえる打撃音で嘴を叩きつけて、何かを捕まえて飲み込む様子が見えた。
「拡大術式、凄いね。目の前にいるみたいに凄く綺麗だよ」
「じゃろう?」
翁も褒められてご満悦な顔をしている。それにトラ吉さんも少し前のめりになってアキに抱きかかえられたりしながらも、かなり熱心に様子を眺めている。双眼鏡では各自が見るしかなく、同じ対象を皆で眺めるようなこうした観察スタイルは選べないので、ケイティの立案は正解だったと言えるだろう。
ただ。
ここで誤算が起きた。
暫くして、コゲラが飛び立っていき、さぁ、それでは出発しましょうか、と声を掛ける前に、またアキが目ざとく鳥を見つけたのだ。しかもかなり興奮気味で、幹の色に同化していてなかなか発見しづらい相手を翁に示して、さっそくその姿を拡大させた。
それは翁よりも更に一回りほど大きなふっくらとした外見、平たい顔をして目を閉じている梟だった。
「トラフズクですね。別邸周辺では烏を追い払ってる事もあって、見かけることがあります」
「烏って天敵でしたっけ?」
「はい。トラフズクが飛ぶのは夜間で羽音もせず、ネズミ類を捕えてくれるので重宝してます」
ケイティの説明を聞いて、なるほど、なるほどなどと頷きながらも、ふわふわの外見を眺めてカワイイねー、などと話してるアキはなかなか楽しそうだ。翁もアキの感想に頷きながらも、種族の違いを感じさせるコメントをする。
「奴らは音もせず飛んでくるから厄介でのぉ。ただ、十分に賢く、我らを襲えば痛い目に遭うと教え込ませれば、夜間であっても儂らを避けてネズミ達を狩ってくれるから、分別が付いた後であれば良き隣人じゃな」
などと説明し、雛が成長して新たな縄張りを構えたら、その範囲を確認して、襲ってきたら刃のついてない投槍を当てて仕置きをして、しかし、襲ってこなければ、姿を観ても特に攻撃はしない、というポーズを何度も繰り返し示すことで教え込むんじゃ、などと話を続けると、アキは感心した声をあげた。
体の小さな妖精族にとって、鼠は高い梢までも平気で登ってきて襲ってくるわ、鼠算と言われるようなペースでやたら増えるわ、と碌な相手ではなく、それを狩る猛禽類は良き隣人扱いなのだ。ちなみに地の種族と違って地面付近を歩くようなことはないので、同じように鼠を狩る獣達とは互いに干渉せず、という間柄とのこと。
「もしかして、お爺ちゃん達って、猛禽類の縄張りは一通り把握してるの?」
「しとるぞ? 誰がどこにおるかわからんと無用な衝突を招くじゃろう? 儂らは個体識別をしとるが、奴らに教える時には、個の妖精ではなく、群れとしての妖精族として、儂らがどういう存在か教えるところがミソじゃ」
なんて感じに翁は妖精族の生態を披露して、アキはそれにキラキラとした尊敬の眼差しを向けた。
「にゃぁ」
そんなアキの態度に、抱えられていたトラ吉さんが少し不満そうな声をあげた。そんなの普通だろ、と言ったところだろうか。少しやきもちを焼いたっぽいところが可愛らしい。
「トラ吉さんも、どこに誰がいるか把握して、自分との関係を教えてる感じ?」
「ニャ」
当然よ、と言わんばかりの返事を聞いて、これにはケイティが呆れた声をあげた。
「アキ様、あまりトラ吉を図に乗らせないでください。トラ吉はこの大使館領全体を縄張りにしていて、街エルフや魔導人形達にも顔を売って、我が物顔でのし歩いてるんですから」
大使館領に角猫はトラ吉だけなので、家猫のようにあちこちで別の名前で呼ばれたりしてはいませんけれど、などとアキの知らない時間帯のトラ吉の過ごし方を暴露した。
実のところ、トラ吉は魔獣と言っても野に暮らすソレと違って、縄張りを歩き回るのは狩りをする為ではなく、自分以外の魔獣を追い出して、縄張りを占有し、同居人の街エルフや魔導人形達を把握して回るのが目的だったりする。たまに新顔の連中が怯えたり、逆に虚勢を張ったりする様子を見て、遊んであげたりするが、それも愛嬌というモノである。少なくともトラ吉はそう考えているようだ。
◇
そんな感じに、次から次へと、気になるところを見つけるせいで馬車は殆ど動くこともなく、ケイティはバスケットを取り出し、アキの食欲を刺激することで気を逸らし、そのタイミングで馬車を進める事に成功した。
「このハムチーズサンド美味しいですね」
レタスたっぷりなハムチーズサンドを頬張り、蛸さんウィンナーの出来栄えから、翁が見たことが無い蛸の話に食いついて、アキが住んでいる場所や姿の話をしたり、具体的な姿が想像がつかないという翁の為に、ケイティが幻術で空中にその姿を出して、翁が蛸さんウィンナーのデフォルメされた様子の妙に感心したりと何とも盛り上がることになった。
そうこうしているうちに、落水して田や稲を乾かす登熟を終えて、稲刈りをしている様子が見えてきた。
予定通り、そうした稲刈りをしている水田の見える道で馬車を停めたのだが、アキの興味はケイティの予定に反して稲刈りをしている人々の方に向いた。
「お爺ちゃん、あの稲刈りしてる人達を拡大して。稲を刈り取ってるとこをアップで!」
「うむ」
翁が拡大術式を発動すると、そこには、手押し式掃除機のような魔導具を稲に押し当てると根元を紐で結わえてから切断、そのまま空間鞄に放り込んで消える、という手順を繰り返す様子が映し出された。
「腰をかがめず刈り取って収納できるから、作業もかなり楽そう。手際が良くて早いし」
「日本ではどうなんじゃ?」
「日本だと、コンバインという乗り物で二から十列くらい一度に刈り取って、稲穂から籾をこぎ落して脱穀して、そこから稲の葉や藁屑などを取り除いて、残った籾だけタンクに貯蔵、脱穀した後の藁はそのまま落としたり、結束して落としたり、切り刻んで巻いたりする感じだね」
「何やら偉く複雑じゃのぉ」
これにはケイティがフォローを入れた。
「日本では機械化が進んでいるのと、籾の乾燥を機械に任せているからこその話ですね。こちらでは、乾燥はあのように干すことで行ってますから」
ケイティが指示したところを拡大すると、丸木を三角に組んだ稲架木に丸木を物干しのように渡し、そこに稲を干す稲架掛けをしている様子が映し出された。天日と風によって二、三週間かけて乾燥するもので、その様子は日本でも一部の地域で行われいるが、それと違いはなかった。
日本と異なるのは、結束した稲の束を空間鞄から取り出して稲架掛けをしているところだろう。そのため、刈り取った稲を積み上げ、運搬する様子だけがぽっかり抜け落ちていた。
「儂らは食べる量が少ないから、籾だけ集めて魔術で乾燥しておるが、こちらでは魔力が少ないから大変じゃな」
「地球のように化石燃料を使って乾燥させる訳にもいきませんからね。それにああして干せば乾燥できるのに、燃料を使うなんてこちらではありえません。あと熱を加えると米が割れたり欠けたりするのでそれを避ける意味合いもあります」
ケイティの説明にアキは少し疑問が湧いたようだ。
「それは魔力節約の意味からですか?」
「それもありますが、燃料を使うとどうしても空気が汚れてしまうので、その処理が手間なんです。黒い煙などあげて、下手に竜族の気を引きたくもありません」
アキもその説明には納得した。こちらの世界では、大型タンカーで産油国から膨大な量の石油が運ばれてくるようなこともない。弧状列島でも石油は多少は得られるがその量はあまり多くなく、その用途も燃料としてではなく石油化学系の原材料としてのモノが主なのだ。
アキが、稲架掛けの場で日本にはないモノに気付いた。
「ケイティさん、どうして稲架掛けをした後も、案山子が残してあるんです?」
アキが示した案山子を拡大表示すると、のどかな手作り感ある麦わら帽子や手ぬぐい姿、ぼろくなった服を纏ってる様子とは裏腹に、その骨格部分は金属フレームと宝珠や護符を組み合わせた魔導具になっている。
「干している籾を狙う鳥を追い払うのが案山子の役目ですから」
こちらの案山子とは、鳥を認識して稲架に近付くと低威力の熱線術式を撃ち込んで追い払うという何とも物騒な代物だっだ。そして、結構高価な魔導具であり、アキが触れて壊したりすると大変だったりするので、馬車の二階席から観察させることで、接触の可能性を無くす事にしたのだ。
なお、こんな高価な鳥害対策を行えるのは、ロングヒルが同盟国優遇価格での提供を受けているからだったりする。これは好意もあるが、不必要に出歩く農民の数を抑える事がセキュリティ確保に寄与するという判断の方が大きい。残念ながら目玉やキラキラするテープなど視覚に訴える対策グッズは初期こそ効果はあるものの、鳥もすぐに慣れてしまい効果が長続きしないのだ。なので他地域だとネットを掛けるのが一般的である。
まぁ、こうして近くで誰かが農作業をしている時は案山子も休んでいるので、熱線術式が飛び交うような物騒なことにはなっていない。
それと、田を見ると、敢えて稲架の設置されているところと、されていないところが用意されているようだった。稲架の無いところを選んで赤い顔と長い嘴、基本が白で一部が薄黒色に染まった大きな鳥の群れが降りてなにやら熱心についばんでいる。大きさは八十センチほど。
「結構大きな鳥がいますね。稲架の無いところに降りてるのは学習してるから?」
「はい。彼らはそれなりに賢く、稲架が無いところなら降りて好きに食べていい、と教えると、ちゃんと避けるんですよね。あと、あの鳥、地味な色合いをしてますけど、朱鷺ですよ」
ケイティの言葉に、アキが驚きの声をあげた。
「朱鷺? 朱鷺って全身が淡い桃紅色に染まった、あの綺麗な朱鷺?」
「ですね。ただ、もうしばらくして冬にならないと桃紅色には変わりません」
「あぁ、なるほど」
ケイティの説明の通り、トキがその羽色を桃紅色に染めるのは冬季限定なのだ。今はまだ秋の稲刈りシーズンであり、季節外れなので、薄黒い保護色だったりする。なお、子育てシーズンも外しているので、番にもなってない。
人慣れしているのか、ひたすらついばんでいるだけで、色合いも相まって地味だった。
アキがあまりに驚いた声をだしたので、それを疑問に思った翁からの質問もあり、日本では一度絶滅してしまって、大陸から繁殖の為に譲り受けることになったとか、見た目は綺麗だけど、実は鳴き声が烏みたいで残念なんて説明をしている間に、実際にグァーグァーと烏のような濁った声を聞けたことで、確かにと皆で笑ったりなんて事になった。
それでも冬はとても綺麗な桃紅色に染まるんだよ、とアキが熱心に語ったこともあり、それなら冬の時期、羽の色が変わったら、また野鳥観察を洒落こもう、なんて予定をケイティにお願いもした。
そうこうしているうちに、今度は、アキの意識が畦道に結構な数の自転車が停まってることに気付いて、荷台がついていたりと完全に作業用な仕様を興味津々眺めていたりと目移りもしてみたり。
それでも、稲刈りを終えた田には真っ白く大きな体に細長い脚の鷺や、対象的に黒一色の烏がやってきて餌を探したり、争ったりする様子も見ることができ、水田での野鳥観察は楽しく行うことができたのだった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
はい、野鳥観察SSの中編でした。ケイティが全然予定通り進まない馬車を何とか動かそうと苦戦してますね。アキにとっては別邸以外の地域は、目的があって通り過ぎるだけだったので、見るモノ、聞くモノどれもが目新しい状況だったので、これはケイティのミスでした。
あぁ、プランが全然進まない、どこを端折ろうか、みたいなことを脳内思考しつつ、そんなことはおくびにも出さず、和やかな観察会をしているのだから、ケイティも頑張ってますね。
案山子型害虫&害鳥駆除システムですけど、レーザーによる害虫駆除のこちらバージョンってとこです。レーザーは光速でも発射までの時間差を考慮して未来位置に向けて撃たないと命中しないので、何気に高度な技術を要するんですよね。農薬を使わず害虫駆除ができるのが優れものですけど、報道される割に大々的に導入されたような話が出てこないのは、視線の通る場合でないと駆除できないからかもしれません。
後編は水辺での野鳥観察になります。連樹の森の山頂湖が目的地なんですけど、時間を食い過ぎたのでボートに乗るのはキャンセルです。
次回の投稿は、五月八日(水)二十一時十分です。