22-13.妖精達の本気具合を見せつける策
<前回のあらすじ>
地球と繋げることの利、そのもう一方は「世界全体が繋がって初めて手が届いた知」でした。世界の理という知もそうですけど、魔力の無い純粋な世界だからこそ、手が届いた知、経験は、確かに百年、千年未来にも通じる宝でしょう。こちらや妖精界だと電波通信が魔力濃度の違うところで偏向してしまうせいで、使いものになりませんからね。世界中を繋ぐ労力は地球の比ではないでしょう。(アキ視点)
妖精さん達の国家百年の計も聞かせて貰い、妖精界、こちら、地球の三界を繋ぐことこそが肝心であり、その重要性は国土を十倍に増やすことよりも、東遷事業で多様な種族の共同作業に参画することよりも、他文化圏育成計画に参加して異文化圏との交流実績を積むことよりも、長期的な視点に立つと遥かに重要とのことだった。特に地球の今後の発展速度の加速を考えると、地球との次元門構築と、それによる交流ラインの常設はあまりに遅れてしまうと、後追いですらその知を活かせない事になりかねず、だからこそ、重要性と緊急性の両面から、最優先とすべし、との見解を示してくれた。
何より日本との次元門を構築して、独りあちらにいるミア姉を助けたい僕からすれば、最高の意思表明と言える。
また、これまでに皆と相談してみた結果、妖精さん達が他文化圏への使節団に参加することは同計画の推進に大きく寄与するものであり、懸念事項とされた竜族への宇宙利用に関する情報開示も、大した問題とならないだろう事も見えてきた。
話もちょうどキリが良くなったので、小休憩を入れながら、そんなことを考えていたんだけど。
茶菓子を食べながら、師匠は満足そうな顔をしながらも、愚痴を零した。
「他文化圏育成計画をアキやリアが推進する側に立場を変え、次元門構築の為の研究に対して、他の事よりもそれを優先して推進すべし、と妖精の国が立ち位置を明らかにしたのも、私らからすれば良い話だね」
「ですよね。でも、何か不満そうですけど?」
「どうせなら姿勢を明らかにした妖精の国の本気具合をばーんと打ち出せる驚きに満ちた策って奴、こいつが難問だからだよ。これまでの話もそこそこ衝撃はあるけれど、驚いて場が騒然とするほどじゃない」
ふむ。
「賢者さんのお弟子さん達が多少とはいえ、研究組の活動への参加を増やしてくれれば、次元門構築に関わる研究の進みも早くなると思いますよ?」
僕の言葉に、リア姉が駄目出ししてきた。
「アキ、それだと驚きは生まないんだよ。研究組の活動自体がそもそも、事故発生を防ぎつつ堅実に進めて行こうと、方向性を打ち出したばかりじゃないか。そんな中、その進展が多少変わったとしても、差は感じられないだろうね。皆が歩いているところに、研究組は騎馬で走り抜けてるようなモノだからさ。その駆け足は徒歩からすればずっと速くて、その駆け足がそれまでより頭一つ抜けていても、鼻一つ抜けてても、誤差にしか感じられないってこと。どっちもずっと速いって点では変わらない」
あぁ、なるほど。
研究組の多様な種族の尖った研究者達が集って発揮される研究成果がそもそも既存のソレに比べると、あまりに突出し過ぎてて、そこが多少変化したとしても、その差が理解できるのは極一部に過ぎないってことか。
「東遷事業も、他文化圏育成計画もどちらもまだ始動前ですけど、活動が始まれば、それぞれに割り当てた人員はそちらの活動に専念することになってしまいますからね。しかも必要とされるのはどちらもリーダー級の能力を持つ人材となると、研究組の活動や、飛行船建設&運用もそうですけど、高技能人材の奪い合いの様相を呈してきてます」
僕の言葉に、宰相さんも苦笑しながらも頷いた。
「その通りだ。これまでにあったような単なる護衛であるとか、市民同士の交流などであれば、人員の投入をする余力もあるのだが、今、必要とされるのは、多様な種族、未交流な種族に対する高度なコミュニケーション能力と、チームで動く協調性、それに全体を俯瞰できるリーダー的能力が欠かせない。そして、そうした人材はそうそういるものではないのだ」
だよね。
「今いる即戦力は限られるとして、特に他文化圏育成計画の方は何年か先の話にもなる訳ですから、じっくりその間に育てていくことを前提としたら、人員枠が増えたりしません?」
これにはシャーリスさんが駄目出ししてきた。
「アキ、それは既に考慮済みなのだ。そもそもこれまでと同様、自国と干渉地域の安全を確保するための軍を維持しつつ、飛行船の建造と運用となれば、それに従事する者達は長く国を離れて行動することになるから、その穴埋めもせねばならぬ。そして東遷事業、他文化圏育成計画に従事する者達は毎日、長時間の召喚で仕事に従事しつつ、仕事を終えれば心身を維持するための食事や運動をせねばならんから兼務はできぬ」
ぐぬぬ。
召喚してこちらで仕事をするとなると、例えば八時間勤務なら六時間は召喚で働くとして、残り二時間は召喚の同期を落として、本体の方が二時間みっちり運動をして、召喚してる間寝転がってる身体が衰えるのを防ぐ宇宙飛行士のような求道的な生活を強いられる。これはかなり大変だから確かに兼務なんて無茶だろう。
飛行船に乗って遠出の任務に出てしまえば、船員達は独自判断&行動を余儀なくされるから、その行動はかなりの自律性が求められる。指揮官の指示のもと、短期的な戦術的任務をこなすパトロールや迎撃任務とは求められる資質がかなり違う。
しかも、妖精界とこちらは召喚でしか繋がってないから、行き来できるのは情報しかない。これが例えば実際に国土がこちらにある三大勢力だったりすれば、大勢の人夫を導入して土木工事に従事させるとか、作物や鉱物を大量に提供するみたいな対応もできるんだけど。
「妖精の国が保有している情報をこれまでより沢山提供する、とか言っても、異世界の情報という時点で十分な価値がある現状からすると、量を増やしても衝撃は生まれないでしょうね」
「そういうことよ」
シャーリスさんは、だからこそ、皆から良いアイデアが出ることに期待してると結んだ。
◇
状況を整理しよう。
「現状ですけど、一割召喚枠を使って毎日、結構な人数の妖精さん達がこちらに来ていて、対応している文官の方々との交流は行っている訳ですよね?」
これには母さんが答えてくれる。
「そう。それとそれぞれに対応する文官達を配しているけれど、既に東遷事業や他文化圏育成計画に向けて人員を抽出しようという圧が働いているから、その規模を増やすどころか維持するだけでも、結構な綱引きが必要よ」
ふむ。
「つまり、一般枠の妖精さん達がこちらにやってくる人数を増やす作戦は、受け手の限界という意味で増やしにくい、と」
「そういうこと」
ん。
「これからは冬の時期ですし、交流祭りも終わったばかりだから、一般層同士の交流ニーズも春先まではあまりないでしょう。となると妖精の国とこちらの情報量は増やせない。なら、質を向上させるって話になるけれど」
これにはリア姉が遠慮なく突っ込んできた。
「質と言っても、研究組の活動なら先ほど話した通りだし、研究組の活動を下支えする検証作業を妖精界の方で担ってくれたとしても、これまでより少し多めに妖精界から研究成果が届いたとして、それが驚きに繋がるか、というと微妙だろうね」
まぁ、そんなとこか。
「研究組に参加してる賢者さんに、お弟子さんが一人増えたとしても、外から見ると差は僅か」
……なんか、凄く手詰まり感があるなぁ。せっかく即発動の魔術を使える魔導師にして、空を飛べて発見困難な最高の密偵でもある妖精さん達が何万といるというのに、その総力が全然活かせない。
なんて、勿体ないことか。
「つまり、理想を言えば、魔導師級の実力を持つ大多数の妖精さん達が、妖精の国の活動だけで閉じた形で何らかの研究、検証といった活動を行い、その成果をどーんと提供できれば、衝撃はかなりのモノがあるってとこですか。例えば国民全員が参加して為した成果だぞ、とか」
地球の繋がった文化圏に通じる論法だ。個として高い力量を持つ妖精さん達だが、そんな魔導師級の人々が密に情報交流を行い、手を取り合ってやっと手が届くような研究分野があれば最高だ。
これに賢者さんが続く。
「国民達は本業があるから、その活動はあまり多くの時間を必要としない事が望ましいだろう」
「本業を圧迫するようでは厳しいですからね」
ベリルさんがホワイトボードに要件を列挙していってくれる。①妖精の国だけで閉じた活動である、②活動は大勢の市民層が担える内容である、③本業を圧迫しない程度の負担で済む、④そうして集めた活動成果はこちらで同様の成果を得るのが困難である、と。
ふむ。
「確かに、頭数だけなら、妖精の国より、小鬼帝国の方が大勢の人員を投入できるでしょう。だから、単に人員を多く投入できるだけでなく、妖精の国だからこそ、の何かでないといけない。密偵としての働きは、世界を超えたこちらへの成果提供には絡んでこないので除外すると、やはり全員が一流の魔導師級の実力者揃いってとこを活かしたいですよね」
考え込んでもすぐアイデアが思いつかない時は、こうしてとにかく情報を外出しするのが重要だ。こうして情報の「見える化」をすることで、それで何かを誰かが思いつくかもしれない。考え込んでいるだけでは、こうして集まっていても相互作用が生まれず、集まってる意味が薄くなってしまう。
師匠がホワイトボードを眺めながら呟いた。
「魔導師級が何万といるという意味では共和国もソレに該当するから、そことの差も出したいねぇ」
うん。
「共和国の島に殆どの街エルフの皆さんが集まって暮らしてますからね。出不精だけど」
同じ小さな島、といっても東京都二十三区くらいの広さはあるけど、そこにいても、せっかく半年、一年と海外で活動してきた探査船団が帰港しても、それを出迎えるのは港町にいる人達や一部の関係者くらいだというのだから、かなりの出不精なんだよねぇ。
ん?
同じ人数だけど街エルフは出不精。妖精さん達は地形を無視して空を飛んで国内なら誰でも簡単に出会うことができる。それは大きな違いだ。
「街エルフは出不精ってことで思い出したんですけど、心話とか魔力共鳴の研究って何か進みが鈍かったですよね?」
僕の問いにリア姉が答えた。
「出不精というけど、それぞれが多くの魔導人形達を従えている社長業をやってるようなモノなんだ。そうそう暇な時間は取れないし、小さいと言っても共和国の島はそれなりの広さもある。どうしたって協力を頼んでも、なかなか時間は取れないし、移動の手間もかかるから、研究は進みにくいんだ」
なるほど。
これに賢者さんが目を輝かせた。
「心話にも、魔力共鳴にも相性の問題があり、どちらもそれに長けた人材は多くなく、誰とでも心話が可能なアキやリアのような稀有な人材もいなかったこともあり、その研究はこれまで進んでこなかった、という話だったか」
うん、それ。
「その問題は三大勢力の皆さんとも共有してますけど、そもそもそれらの勢力となると魔導師級の人材がぐっと少なくなってしまうのと、領土の広さは共和国の比ではないから、なおさら、魔導師同士を集めた研究が捗らないって話でした」
そう話しながらも、僕もこの件の解決策が見えてきた。
シャーリスさんが皆が思い浮かんだアイデアを纏めてくれる。
「つまり、心話や魔力共鳴についての研究を我が国が総力を上げて取り組んだならば、それはこちらにいるどの勢力も成し得ない大成果となり得るという事じゃな。我が国の民であれば皆、魔導師級の力量を持ち、心話も魔力共鳴どちらも可能であり、それに飛んで移動すれば国内で誰かと会うのに難儀することもない!」
それだ!
「そして、その活動は妖精の国だけに閉じた活動なので、こちらの受け手への負荷も生じない。共和国の長老さん達も、頭数だけなら自分達でも実現性がゼロではないものの、実際にそれを行うのは不可能だったという経緯がある中で、それを成し遂げる訳ですから、かなりの衝撃を生じるのは確定。それになんといっても、世界間を超える心話への理解が深まり、個では届かないところに手を届かせる魔力共鳴への理解も深まれば、次元門構築への寄与も大きくなるでしょう。いいですね、とっても」
リア姉が続く。
「国民同士の総当たり式だと、組み合わせが多くなり過ぎて結果を得るまでに時間が掛かり過ぎるけど、そこは統計学的手法を用いることで、心話や魔力共鳴と相性の問題について、傾向分析を行って不要なパターンを刈りこむことで、かなりの時間短縮はできると思う。統計分析の方はウチの研究所の方で全力支援するよ。それに成果を適宜、共有できれば、それをこちらで検証して、妖精族特有なのか、他種族にも通用する普遍性があるか見極めることもできる」
おー。
だいぶ、取り組むべきところが見えてきて、皆の表情も明るくなってきた。
そして、師匠が話を纏めてくれた。
「つまり、これもまた世界を繋ぐ利って奴だね。魔力がない地球は無理としても、魔導師級の人材を妖精達ほど大量かつ、簡単に交流できるような限られた地域に集めることなんてのは、こちらではまず実現できない。魔導師は戦術、戦略級の実力を持つ戦力扱いだからねぇ。その移動となると国家間の調整が必要になってくるような案件だ。ここ一年、ロングヒルには常識外の人数が集ってきたが、それもこれも天空竜という全てをひっくり返す生ける天災がいたからこそ許容された話に過ぎない。こいつは強烈なアピールになるだろうね。それこそ、地球の知と同様、こちらからすれば千年かけても手が届かないかもしれない叡智って奴だ。アヤ殿、長老衆もこれなら席からずり落ちるくらい驚きますかね?」
いっひっひ、となんか悪い魔女みたいな笑い声を出しながら問い掛けてきた師匠に対して、母さんはそれはもういっそ晴れやかとさえ言える澄んだ表情で答えてくれた。
「参加延べ人数の多さと、研究成果を纏めるまでの期間を示すだけでも、身を乗り出すくらい驚くことを保証するわ」
母さんも太鼓判を押してくれた。これで大手を振って、妖精さん達の意図した通り、僕も明確に中立の立場から、他文化圏育成計画推進派に鞍替えできる。妖精さん達の示してくれた対価は、それこそ白紙小切手に好き勝手な額を書いたくらいの内容だ。「国民全員参加して、こちらでは千年かけても実現しないだろう研究に取り組んで」って無茶振りなのだから。その成果はきっと次元門構築に役立つだろう。精鋭と言える人物を集った研究組でも辿り着けない叡智そのものだ。
僕は相応しい対価を得たことへの謝意を伝え、他文化圏育成計画の推進派となることを約束した。
ただ。
それなら、そろそろやってくる伏竜さんへの対応にもちょいと手を加えて、竜族内にも三界を繋げる派閥を増やしていくのも良いかも、と話したら、全員から全力で止められることになった。そもそも東遷事業だけでもこれまでにない初の取り組みなのに、世界を超えた繋がりなどという活動は、竜族の常識を何段階もすっ飛ばし過ぎていて、彼らを混乱させるだけだと。物事には順序があり、一度に無理に大きく飛躍しようとしても碌なことにならない、と……懇切丁寧に釘を刺されることになった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
はい、そんな訳で、長老も驚くであろう妖精の国が打ち出す策は、国民総出での心話、魔力共鳴研究の推進でした。これまでにもちらほら出ていた話題ではあったんですけどね。妖精の国がちょっと手を貸すのではなく、全力で取り組むと明言した事で、その意味合いは大きく変わることになりました。
相性問題もあり全員が魔導師という街エルフですら研究が進んでいなかった分野を、遥かに大人数かつ高い実力と短期間で、一気に進めようというのだから、その衝撃は絶大です。ソフィアも説明していたように、こちらでは魔導師とは圧倒的な武であり、街エルフ達はそれに加えて人形遣いとして、魔導人形達を従える個人軍隊なのでそうそう集えません。こちらで同じことなんて不可能と言ってもいいレベルです。
そして、マコト文書の知を導入しているリアの研究所が、統計的分析手法の助力もしてくれるというのだから、規模が大きくとも、その活動の道筋がブレることはありません。
アヤも太鼓判を押したように、これは共和国でも三大勢力でも、それどころかこちらの全勢力、竜族を含めたとしても辿り着けない答え、それに妖精族が力を結集することで辿り着けることは、長老達に計り知れない衝撃を与える事でしょう。突出した個である妖精達の力量や高魔力域での技の凄さは理解していても、群れとしての妖精族の強み、それも戦術級ではなく、戦略級の凄みを知ることになった訳ですから。
しかも、アキとがっちり手を組んで次元門研究Love勢になる、と姿勢を明らかにしました。東遷事業とか、「死の大地」浄化だとか、弧状列島統一だとか、他文化圏育成計画なんて「そんな小さなことなどどうでもいい」とか長老衆が叫び声をあげても不思議じゃありませんね。南無、南無。為政者は政をするのが仕事なので、仕事を上司に頼んでフォローして貰う事もできません。頑張れ、頑張れ。
次回の投稿は、五月一日(水)二十一時十分です。