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22-11.妖精達の国家百年の計(中編)

<前回のあらすじ>

濃厚な魔力に満ちた妖精界って、シャーリスさんが発する言葉はそれだけで魔術的な効果を発揮するとか言うくらいで、凄く便利そうに思えたけど、世界全体がソレだと他から影響されることなく生きていくだけでも大変そうで、思ったより大変そうで夢溢れる楽しい世界って感じじゃなさそうですね。(アキ視点)

妖精界の魔力事情について話したところで、シャーリスさんに話者が変わる。


「今、妾達が話した、こちらとの交流によって広がった意識、視野は、我が国だけで閉じていれば得られぬモノだった。それだけでも「こちら」との交流を行う価値は計り知れない。周辺諸国には妖精達の姿はなく、同じ人族ではない妖精の姿はあまりに目につく。妾達は人族の中に交易などを通じて活動域を広げていく選択が取れない以上、独力でそうした視点を得ることは不可能だったと言えよう」


 ふむ。


「その点だけでも、こちらとの交流を活発に進めた価値はあったと言えますね。良いことです」


僕の言葉に、シャーリスさんもその通りと深く頷いた。


「しかし、それだけでは、妖精界とこちらの繋がりの意味しか語っておらぬ。ではアキ、地球(あちら)と繋がることで得られる価値とは何であろう?」


 ん。


「魔力という余計な雑音がない世界なので、世界を構成する物質や法則への理解を深めやすいといったところでしょうか。こちらに来てからも、付与した魔力の強さや属性による影響が多岐に渡ることから、マコト文書の知から得るモノはとても大きかったとの評価を聞いてます」


「それよ。魔力の希薄なこちらの世界ですらそうだった。では、妾達の住む妖精界のように魔力の濃い世界であれば、その価値はどうなると思う?」


 ほぉ。


んー、賢者さんの説明からすると、誰も触らなければ状況は変わらない、という物理法則の基本すら、場合によっては成立しないってことがありそうだ。手品ではなく、その場の魔力の状況によっては、寝ていた人形がふわりと起きてタップダンスを踊り出しても不思議じゃない。


「科学的な知識の研究は進まない気がしますね。それよりは魔力と魔術を持って結果を得る方が手っ取り早いから」


「然り。確かに手に入る素材や原料への理解はそれなりに進んではいる。ただ、それは魔術を用いる際の利用のしやすさ、加工のしやすさ、或いは魔術への耐性といったように、どこまで行っても魔術や魔力に対してどうか、という視点に留まるのだ。……では、アキ。妾達にとって科学知識は不要であろうか? 望み通りに結果が得られるなら、物質や世界の(ことわり)への理解は無くとも良い。そういう意見もあろう」


シャーリスさんの問いに、師匠はほぉ、と声を漏らした。二人とも何とも楽しそうな教師目線を向けてきてる。


つまり、そういうことだ。魔術の使い手として、十分過ぎる力量があり世界を思うがままに改変できるのなら、それで十分ではないか、と。


 まぁ。


でも、それは地球(あちら)の常識を知る僕や、マコト文書の知を十分に知る母さんやリア姉、それにケイティさんからすれば、簡単に答えられる問いだ。


「その問いに対しては、科学知識は妖精族ほどの力を持つ種族であったとしても十分な価値があると答えましょう。例えば科学知識の中には、触媒という考えがあります。普通ならより高い温度、圧力といった環境が必要な作業も適切な触媒を用いると、より低い温度や圧力で同じ結果を得られるという奴です。妖精族が強くても個の力には限りがあり、群れとなっても群れの力には限りがある。つまり得られる結果にも限りはあります。でも適切な触媒を用意できて、必要な力が一割で済むなら? それは十倍の力を得るに等しくなります。合金にしてもどの元素をどのような比率で混ぜるとどういった性質が得られるのか変わってきます。魔力を付与せず同じ強さ、特徴を持つ金属が手に入るなら、更に付与することで、より高い性能にも手が届くでしょう。故に科学知識は必要であり、そして、ソレは地球(あちら)と繋がりがなければその多くが得られないのですね。こちらの世界も魔力を完全に除去した純粋ピュアな環境を用意するのは大変困難と伺ってますから。妖精界とこちらの繋がりだけでは、世界の(ことわり)への理解を深めることは難しいと言えるでしょう」


僕の答えに、シャーリスさんは満面の笑みを浮かべた。


「満点じゃ。アキが今、話した通り、世界の(ことわり)を深く知ることは、そのまま妾達の持つあらゆる活動の質を変え、底上げをしていくことに直結する。しかも魔導具などと違い、知という財は身一つであっても持ち運べて失われることもない。妾達にとって、妖精界やこちらの世界だけでは決して得られぬ地球(あちら)が探求した世界の(ことわり)、その知は正に巨万の富に匹敵すると言えよう。持ち運びに困る金銀財宝などに比べれば、遥かに価値ある宝よ」


ここで、シャーリスさんは賢者さんに試技をしてみるよう指示した。


「試技、ですか?」


「我らが世界の(ことわり)への理解を深めた事で届いた成果だが、見た方がわかりやすいだろう。アキが言う、百聞は一見に如かず、という奴だ」


そう言って、賢者さんが杖を一振りすると、テーブルの上にふわりと、銀色の鱗が一枚ひらひらと落ちた。


触れてみるよう促されたケイティさんが触れて確認をすると、なるほど、と納得した表情になり、そのまま師匠や母さん、ジョージさんにも渡して何やら確認していった。その様子を妖精組はなんか自慢げに眺めてる。


僕やリア姉は触れては駄目、と言われたから創造魔術ってことなんだろうけど。


「賢者さん、それって創造魔術ですよね? よく使ってる妖精さんサイズの投槍ジャベリンだとすぐ消えるけど、まだ消えないってことは、(ことわり)を深く知ったことで、創造魔術の効率が良くなったって事でしょうか?」


そう問うと、賢者さんは、何やら予想外といった表情を浮かべ、シャーリスさんも苦笑しつつ、理由を教えてくれた。


「アキは魔力の知覚が不得手な上に、召喚体を通じた魔術は、二人と同じ完全無色透明の属性になる故、見ても理解できぬのも道理よのぉ。ソフィア、ちと説明してくれぬか? そなたらは十分に銀竜の鱗(ソレ)の価値は理解したであろう?」


話を振られた師匠もまた溜息をつきながらも、賢者さんが作った銀色の鱗を手に持ちながら説明してくれた。


「感覚的に理解しにくいのはこういう時は困りもんだねぇ。いいかい、アキ。私達、魔導師にとっては一流と言われるようなケイティのような域にあっても創造魔術なんてのは隠し芸みたいな扱いだ。なにせわざわざ創造しても数秒と持たずに構成が維持できず崩壊してしまい使い勝手があまりに悪過ぎるからだ。しかも必要な魔力も膨大で、そうそう試すこともできないから、その研究だって大して進んじゃいない。そこにきて、賢者が作った銀竜の鱗(コレ)は、こうして皆が見て回っていてもいまだに崩壊してない。これだけで十分、驚嘆すべき偉業なんだよ。しかも賢者は複雑な魔法陣を用いずコレを創造した。つまり、コレは古典魔術で創り出したって事でもある」


 うーん。


それって凄い事なんだろうか。なんか聞いてると凄そう?ではあるけれど。


僕の反応を見て、リア姉もフォローに回る。手を差し出して、師匠から銀竜の鱗(ソレ)を渡して貰うと、それはリア姉の手の中で、体温に溶ける雪のように儚く消えて行く。


 おぉ。


なんか、凄い。


僕の驚いた表情に、リア姉だけでなく他の皆さんも、なんか子供に向けるような微笑ましい視線を向けてきた。いや、だって、今の綺麗だったし、感心してもいいと思うんだけど。


「ほらほら、そんな顔をしないの。アキも今見たように、賢者の作り上げた銀竜の鱗は、私の魔力に触れて構成を維持できず術式が崩壊して消えた。まぁ綺麗だったのは確かだけど、魔導師の卵たるアキが注目すべきは、自身の創造した品との違いだ。アキが創造した銀竜の鱗は、私達が触れても術式が崩壊したりしないし、他の誰も魔力を通すことすらできない。それに対して、賢者の品の方は、さっきの感じだとかなり少ない魔力で創造した品で、多分、触った人達の魔力もそれなりに通ったんじゃないかな?」


問われた皆が実際、魔力はそれなりに通すことができた、と同意してくれた。


 ふむふむ。


「つまり、アキがさっき話した科学、その触媒の話と同じさ。創造魔術に必要となる魔力を大きく低減し、更に普通は長持ちしない持続性もかなり伸ばすことに成功した。妖精族であり召喚体故に注ぎ込める膨大な魔力による力押しではなく、洗練された力量を持ってずっと少ない力と手間でソレを為したってこと。そして、この実演説明(デモンストレーション)の意味するところはずっと深い。つまり、妖精族の用いる魔術全般が劇的に洗練された、ということなのでしょう?」


リア姉が問うと、シャーリスさんも理解者が得られた、と大変満足そうに同意してくれた。


「リアが全て話してくれたが、妾達は世界の(ことわり)への理解を深めた事で、その力を大きく高めることができた。同じ結果をより小さな力で、或いは同じ力でより大きな結果を。地球(あちら)の巨大過ぎる成果を多く知るアキにとってはあまり疑問に思わなかった事やもしれんが、妾達が建造し完成させようとしている飛行船も、世界の(ことわり)、つまりマコト文書の知を得なければ、手が届かぬモノだった」


 え?


僕が驚きの声をあげると、やっと驚かせることができたか、と妖精さん達も皆さん満足そうな表情を浮かべた。


「アキ、考えてもみよ。妾達の身はこうして小さく、用いる魔導具も身に付けて飛べるような小さなモノばかり。家屋も植物の蔦を編んで加工したような軽いモノばかりで、地の種族のような重さ、頑丈さ、巨大さとはまるで無縁だった。自分達の生活を良くするために自然に大きく手を入れて改変していく鬼族のような生き方とは無縁だったのじゃ」


 ……あ。


それは盲点だった。


「妖精族は人族のような国家体制を確立していて、群れで暮らす種族で、多くの力を束ねて天候すら変えるような方々だから、飛行船の建造も力を合わせれば大変だけどできるんだろう、くらいに思ってましたけど、そもそもそれが大きな勘違いだったんですね」


「その通り。妖精族にとって魔導具は自身の力を多少強めることはあっても、集団魔術には遠く及ばず、集団魔術もまた、数十人の力を束ねた程度の結果までしか手は届かなかった。確かに妾達は自分達の住む場において、不自由することなく生きてはいるが、こちらの鬼族や、地球(あちら)の人族のような膨大な力を束ねて行使するような文化はそれまで無かったのじゃ」


 なんと。


そこから考えると、せいぜい自動車サイズと言っても、妖精族の文化からすれば、飛行船はあまりに異質過ぎる。場違いな出土品(オーパーツ)で、完成品をどこからから得た、というくらいに妖精族の文化との連続性が途切れてる。


「今度、彫刻家さんに会ったら、何百年という地球(あちら)の歴史を駆け足で走り抜けた偉業を成し遂げた事を賞賛して、その苦労話を少し聞かせて貰いますね。ちゃんと苦労や失敗も含めて情報は残されてます?」


これには宰相さんが答えてくれた。


「残しておるとも。そもそも飛行船もこちらで言うところの模型サイズ、我ら数人程度の大きさの試作から始まり、作っては不具合が出て壊れて、と毎日のように問題が噴出し、実用サイズの飛行船建造に何が足りぬのか、どこに注意すべきなのか、日々、新たな問題に取り組む日々だった。問題の多くはこちらの技師達にも協力を得て解決していくことにもなった。こちらで同様の模型や試験機材を作って試す真似もしたのだ。それに体の大きな地の種族の技は、我々のような小さな種族にはそのままでは導入できぬモノも多かった。この一年で増えた記録、蔵書は過去数百年分をも超える規模、内容となった。正当な評価は彫刻家にとっても何よりも嬉しい賞賛となるだろう。ぜひ、そうして欲しい」


宰相さんの様子からすると、どうも飛行船建造は物凄い偉業であって、彫刻家さん達の奮闘や賢者さん達、魔導師達の活躍は、とても誇らしいものなのに、それに相応しい評価が得られていなかったのは、色々と御不満があったようだ。僕も、あっという間に実用化にまで漕ぎ着けた力量は十分凄いと思ってたけど、確かに今の説明を聞いてみると、その評価もかなり控えめなものだったと言えるだろう。


地球(あちら)で言えば、小舟の運用すらしていなかった小国が、いきなり巨大戦艦を建造してみました、みたいな話だもんね。よくよく考えてみれば、色々とおかしなことだらけだった。空に浮かぶ巨大な陸地である浮島への挑戦ですら、個人装備の魔導具を携えていく程度だったのだから、文化の根底が全然違ってたんだ。


「マコト文書の知を得ても、それを活用できるだけの基礎があり、応用できるだけの力量、余力があり、それを為すだけの下地は十分に育っていたのは確かでしょう。でも、妖精族の国だけで、飛行船の建造という結果に辿り着くとしたら、個人装備止まりだったところから、魔力抜きで風を捉えて飛べるグライダーを作って個人の限界を超えた長距離飛行に先ずは手を伸ばして、そこから多人数が乗れる大型化をして、という流れを経ていくとなると、きっとずっと長い年月を必要としたでしょうね」


僕の言葉に、シャーリスさんも同意してくれた。


「それが、地球(あちら)との繋がりの価値よ。こちらだけであれば、空は竜族の支配する場であり、飛行船のような文化はマコト文書の知抜きでは、辿り着けたとしても何百年、何千年と先の話だったであろう。地球(あちら)には空を舞うのは鳥程度で、空の(ことわり)さえ理解すれば自由に飛び回れたと聞く。しかし妖精界やこちらはそうではない。しかし、例えば飛行船のような完成した結果を知れば、そこから逆算して、今の自分達が何をすればそこに辿り着けるのか、それを考え為していくことは、知らぬ中、そこに辿り着く労力を思えばあまりに容易い。後追い故の利点よな。アキがよく褒める小鬼族達とこちらや妖精界の在り方は近いとさえ言える。魔力や竜族、魔獣といった邪魔が無いからこそ辿り着けた遥か先、しかしその歩みは種も仕掛けもある手品であり、だからこそ、科学という世界の(ことわり)の精粋を得ることで、妾達は暗雲に覆われていようと、雲を抜けた先には青空があると確信して高みへと突き進めるのじゃ」


地球(あちら)が何万、何億という失敗を積み重ねて辿り着いた現代文明、その礎となる科学知識、世界への理解。


そして、それら純粋ピュアな世界の基礎を知れば、そこに魔力を足した変化への理解も、基礎を知らぬ中での手探り、経験則から導くのに比べればあまりに容易いということだ。


後追いは遥かに労少なく辿り着ける。それは他文化育成計画の根幹となる思想だけど、妖精さん達はそれを自分達にも当て嵌めてみた、ということか。それも文化圏としての根底から考えた。……凄いや。


そう、驚いた表情をした僕に対して、シャーリスさんは嬉しそうにふわりと飛びながら、歌うようにさらっと更なる句を告げた。


「そうした科学技術、世界の(ことわり)への理解、それが地球(あちら)と繋げる利の()()。ではもう一方の翼は何であろうか?」


今まで話した事の恩恵は、片方だけに過ぎない、と爆弾を放り込んで、ぴしっと表情が固まったこちらの面々の表情を見ると、妖精さん達は考え抜いた自身らの国家百年の計の深謀遠慮に十分な意味があったと確信して満足そうな表情を浮かべるのだった。

ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。


これまでにも散りばめて来た情報群ではありましたが、妖精族視点で総括して語ってみると、妖精族がマコト文書の知、こちらの世界に触れたこの一年間の快進撃がどれだけ、常識を投げ捨てるようなレベルの変化を生んできたのか見えてきましたね。アキの言うように基礎力があればこその応用ではある訳ですけど、妖精界において妖精族と対峙してる周辺諸国の人族からすれば、悪夢としか言いようがありません。


ただでさえ強い妖精族の力がドラゴンボールの界王拳みたいに僅か一年で何倍にも跳ね上がった訳ですからね。


それも単純に能力が跳ね上がったのではなく、個としてだけでなく、群れとしても、国家としても跳ね上がったところがミソです。それも魔術が関わる全ての分野で。


そして、その原動力とは知識であり世界の(ことわり)への理解。身一つで持ち歩けて失うことのない最高の財産である教育を重視するイスラエル文化に通じる恩恵と言えるでしょう。


そして、ソレは片翼であり、もう一方の翼もあるのだ、とドヤ顔で勿体付けて話したシャーリスの気持ちもまぁわかりますよね。それくらい劇的な変化であり一年前の妖精族と、今の妖精族はまるで別物と成ったのだから。


次回の投稿は、四月二十四日(水)二十一時十分です。

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