22-7.師匠参戦(後編)
<前回のあらすじ>
他文化圏に使節団を送る時に、天空竜の誰かに空間跳躍で飛んで貰えば、って軽く考えていたところに、その案の危うさについて師匠から指摘され、血の気が凍る思いでした。下手したら馴染みの竜の誰かをソレで失うことになっていたかもしれません……。(アキ視点)
ケイティさんに渡して貰ったふわふわタオルで、ぽろぽろ流れ落ちる涙を拭っていると、師匠は「私の弟子は涙腺がゆるゆるだねぇ」などと困った顔をしながらも、そのままでいいからお聞き、とさらなる観点を示した。
「魔力が足りないときて、経路を通じて召喚体を維持する膨大な魔力を供給してる現状を考えれば、実体の竜に対して経路を通じて魔力を送ればどうか、って事くらいは思いつくだろうね。実際、使役している獣や鳥に対して、経路を通じて魔力を渡すことで、施した術式の持続時間を伸ばすような話はあるから、やれなくはない。ただ、アキやリアはそれは研究組全員の許可が降りるまでは絶対やっちゃ駄目だ。何故かわかるかい?」
ほら考えな、と話を振られて、懸命に安定しない感情を宥めて、師匠の問いについて考えてみる。
僕の技量が足りないという話なら、リア姉まで駄目とはならない。けれど二人とも駄目。なら、二人共通の特徴、問題点は……
「僕もリア姉も魔術を使うと常に全力になって調整が効かない。経路を通じて魔力を渡す術式をもし用いたら、送り届ける魔力量の制限ができず、相手が必要とする以上の魔力を渡し続けちゃう。それは不味いんですね」
師匠はその通りを頷いた。
「研究組にいる他の種族のメンバーにも聞いたが、他から魔力を注ぐことで自身の限界を超える魔力を得て、普通なら手の届かない高度な術式を使うような挑戦は、人族以外ではやってなかった。小鬼族は乏しい魔力をどう効率よく意味のある使い方をするのかに腐心していたし、鬼族は集団術式でそれを達成する文化を培っていった。街エルフは魔法陣を用いることで個の限界を超える道を見出していたからね。そんな無茶をする必要は感じなかったそうだ」
「限界を超える、というと物語とかでは盛り上がる展開ですけど、現実だと代償が酷そう」
「そういう事さ。体内の魔力量は少な過ぎても問題だが、多過ぎても弊害が多い。血涙を流したり、吐血したりと、繊細な器官が傷つくのがよく見られる症状だ。ただね、それでもせいぜい、人族が試して実用レベルになった魔力量は二倍程度で、それ以上は術者の心身が保たず無意味だった」
限界を超えそうで、その先の悲劇が予想できたから取りやめた話なのか、やってしまって被害者が出たのかは、怖いから聞くのはよしておこう。どっちでも過ぎたるは及ばざるが如し、という結論は変わらない。
「……僕やリア姉から経路を通じて魔力を渡す術式を稼働したら二倍どころじゃ済まない。竜族でも厳しいでしょうか?」
彼らは膨大な魔力量があるからどうか、と思ったけど、鼻で笑われてしまった。
「全然無理だね。そもそも彼らと話していて、一度として竜達がそれなら自分達で召喚術式を試してみようと言い出したことがあったかい? 無かっただろ。それは、召喚術式の起動はできても、召喚体を維持するだけの魔力供給が続かないからだよ。歴史書を紐解いても過去の召喚は数分維持するのがせいぜいだった。竜族だって個じゃ、すぐ魔力切れだよ。そんな相手に制御できない膨大な魔力が鉄砲水のように激しく途切れることなく流れ込む。どうなるかわかるだろ?」
今の話を聞いて、嫌な想像が思い浮かんでしまった。
「師匠、ミア姉からの手紙で、術式を用いずとも、僕とミア姉の間の経路を通じて、魔力を得て、地球でも魔術を使えるかもしれない、って書いてありました。それって地球で今、ミア姉が酷いことになってたりするんでしょうか?」
僕の問いに、師匠は詳しく、漏れなく、ミア姉が手紙で書いて仄めかしていた事を聞き取ってくれた。
「虫の知らせと言われるような、術式を用いることもなく、近親者の危機や訃報を知ることがある、そいつが当人同士で育まれている経路によるものではないか、って奴かい。確かに普通なら微量過ぎて計測不能、検証できない仮説に過ぎなかったが、二人の激増してる魔力なら、検出できるくらいの差異は出るかもしれないかね」
その言い方だとかなりちょっぴりって感じっぽい。それなら少し安心だ。
「そもそも、この一年でアキやリアは多くの人との親交を深めてきた。それで、魔力が増えて困ってます、なんて話が出たかといえば、聞いたことはない。だから、意識して術式で経路を通じて魔力を流すような真似をするのでなければ、心配することはないだろうさ。まぁ、今度、そいつは調べてみようかね。ある程度の推測量が算定できれば、地球にいるミア殿が魔術を行使できるくらい届いてるかどうかも予想できる。こちらから働きかけるしかないのと、あちらから微力でも働きが期待できるのでは、作戦もかなり変わってくるからね」
この話には賢者さんも同意してくれた。
「かなり微細な魔力量の変化を検出する必要はあるが、幸い、我々には所縁の品を用いることで相手との経路を強める現代魔術の技がある。竜達では元の魔力量が大き過ぎて微増程度の魔力を検出するのは困難だろうが、心話魔法陣を用いて繋がる際のケイティの魔力量変化を計測すればいいだろう。我々の造形技術を用いれば必要な感度を持つ魔導具は十分作れる」
おぉ。
ミア姉は多芸な人だけど、やっぱり魔術が使えるのと使えないのでは、できる事にも雲泥の差があるだろうからね。日本で魔術が使えちゃうとしても、ミア姉なら騒ぎになるような雑な使いかたはしないと思うから安心だ。
◇
ほんとはトラ吉さんを抱えていたい気分だけど、トラ吉さんはと言えば、足元にはいてくれるけど、足に尻尾を巻き付けてくれるだけで、膝の上に乗る気はないようだ。手厳しいけど優しくて嬉しい。
師匠は、世界儀を指差しながら、まだ問題があるよ、と話を続ける。
「その世界儀の話も許可が得られるまでは、他勢力に属する面々には話しちゃ不味いんだったね。政には詳しくないから、研究面から語るだけにしておくけれど、空間跳躍で帰還できない恐れがある件でもわかったように、新たな研究となれば、可能な限り多面的な検討が必要だ。今回は私が気付いたけれど、他の件では見落とすかもしれない。鬼族のトウセイや、小鬼族のガイウス達を欠いた状態では万全とは言えないし、妙な蟠りが生まれても困るじゃないか。それに情報が不十分では竜達も誤った答えを持つかもしれない。実験で竜が多少傷ついても治療できて、次は気をつけようと笑えるくらいならいい。けれど、後遺症が残るような話や、参加していた竜が亡くなるような話にでもなったら、今の楽しい時間は失われて、私が生きてる間程度じゃ戻らないだろうね」
未知の分野に切り込むなら、程々じゃ駄目で、やるなら全力だよ、と師匠は、じろりと母さんに視線を向けた。
母さんも、その意見には同意しながらも、何でもすぐ許可とはいかない、と告げた。
「もし、取り返しのつかない事故が起きて、それが情報共有さえできていれば防げたと知れたら、結束できている今のチームにも修復できない溝が生まれてしまうわね。それにこの件では、生きる時間の違う人族や小鬼族もいるのだから、先送りにするような私達の悪癖は避けないといけない。ただ、この件は共和国内でも、昨日から検討を始めたばかりで、すぐには結論は出せないわ。ごめんなさい」
一議員に過ぎない身では、そう強くは働きかけられない、と頭を下げた。
師匠は、それには手を振って、責めてる訳ではない、と表情を和らげた。
「アヤ殿に無理強いするつもりはないので、気にする必要はありません」
先ほどの発言は、問題点があり、そこを注意することを忘れないこと、情報が渡されてない側が注意するのは無理なのだから、我々が配慮することが必要、と意識付ける意味で話した、と。
この発言を受けて、ちょっと場がしんみりしてしまった。無理もないと思う。妖精の国が太い支援をするから、もっと研究を深めていこう、という話は嬉しいけど、あちこち秘密にしつつ研究していくなんてのは、色々と問題が続出しちゃうだろうから。
そして、出てもいい問題なら良いけど、取り返しのつかない問題が起こりかねない、検討不足かもしれない、という意識が拭いきれなければ、研究の進みも鈍くなっちゃうだろう。
すると、師匠は不思議そうな顔をしながら、全員をじろりと覗き込んだ。
「なんだい、皆して湿気た顔をして。注意すべきところはわかった。情報共有を前倒しにするよう働きかける必要も出てきた。妖精族には、他文化圏育成計画とやらを推し進めたい意志があって、アキもそうするだけの理由があれば、推進派に回ってもいいってんだろう?」
「えっと、はい、そうです」
師匠は、僕の要領を得ない返事に、まだまだ甘いねぇ、と笑みを浮かべた。
「なら、理由を用意すりゃいい。あぁ、これは情報共有をして、皆で手を取り合っていかないといけない、と共和国の長老衆も同意せざるを得ないご立派な奴を。前にも言っただろ? 正面突破なんて愚策だと。相手から城門を開いていらっしゃいませ、と出迎えて貰えるようにするのが良策ってもんさ」
やるからにゃ、穫れるもんは全部、遠慮せず受け取ってください、と相手から差し出して貰えるように道を敷いてやるんだ、さぁ、どうぞお通りくださいってねぇ、と上機嫌だった。
なぜ、そんなに勝てる気満々なのかと恐る恐る聞いてみたら、共和国の政の内情に詳しい母さんがいて、街エルフの現代魔術の専門家チームを率いてるリア姉がいて、探査船団に妖精達を同行させることで、召喚の経路を通じての常時連絡体制の確立というこの上ない協力カードを示せて、プレゼン経験豊富な自分がいて、負ける訳ないからねぇ、なんて意地悪く嗤う。
そして、全勢力の要たる竜神の巫女様の影響力はできれば今回は使わず取っておきたいねぇ、などと皮算用を弾いたりする有り様で、皆もヤバい味方を得てしまった、と少し表情が強張ることになった。
評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲が大幅にチャージされました。
経路を通じた魔力供給も、コップに水を注ぐのに鉄砲水を流し込むような真似になる、と諫められることになり、意気消沈することになりました。強大で召喚を維持しながらでも回復ペースの方が早いというアキ&リアの魔力共鳴も思わぬところで、そのヤバさが見えてきました。強いけれどパワー制御ができず常にMAX出力って点は悩ましいですね。
とはいえ、アキの師匠たるソフィアが、この程度の事で凹む筈もなし。全部毟り取る姿勢を鮮明に示したことで、その場にいた全員がそのヤバさに今更ながら気付くことになりました。ロングヒルを相手にしていたソフィアは、ロングヒル王家の懐具合という上限があったり、動かせる人材が少ないとか、伝手が足りないとか、色々と枷がついてましたからね。今回はソレがないどころか、支援効果増し増しです。楽しそうで何よりです。
次回の投稿は、四月十日(水)二十一時十分です。