22-3.秋晴れの空(後編)
<前回のあらすじ>
静止衛星軌道と、極周回軌道、うん、この違いについて失念してました。極周回軌道に打ち上げる場合、地球自転の余計なベクトルが入らない極に近い発射地点が選ばれるくらいなのに。それと静止衛星たんぽぽから、極軌道に地上探査衛星を投入する理由も明らかになりました。費用対効果が段違いなのと、そもそも地上から直接、衛星を投入する方法がない、っ話です。地上探査衛星って大きいですからね。それにしてもこちらだと人工衛星に推進剤不要、姿勢制御機構不要って、ほんとチートだと思います。(アキ視点)
静止衛星たんぽぽには魔導人形達が常駐しているけど、低高度の極軌道で運用する地上観測衛星には魔導人形さん達はいない。なぜなら高度維持を頻繁に行わざるをえない地上観測衛星はなるべく軽く作る必要があり、転移門も情報交換用にビーズ大の宝珠を交換できる程度の小型のモノしか載せないくらいだったから。
「低高度で運用する衛星に魔導人形さん達を載せないのは、魔導人形さん達を帰還させる目処が立っていなかったからなんですね」
そう問うと、ケイティさんも当然です、と頷いた。
「はい。私達の文化では、天空竜相手の戦でもない限り、魔導人形に決死隊を組ませるような真似はしません。経験を積んだ魔導人形は貴重であり、大切な仲間ですから」
うん、うん。
良い文化だね。単純なデータコピーで複製が作れる、とはいかないから、よくあるロボットモノみたいに、人ではないから使い捨て任務にもうってつけ、みたいな話にはならないんだ。
「人形愛好家らしい良い話じゃ。ところで先ほど、宇宙にあるとモノが傷むと言っておったが、魔導人形達はどうしておるんじゃろうか。身を隠せる部屋を用意しておるといったところか?」
「はい。宇宙線を防ぐ防御障壁を展開し、安定した温度を提供する居住空間を用意しています。また、そちらは動作温度を安定させる意味合いから、低圧ですが与圧されているそうです。ただ、魔導人形は呼吸を必要としないので、気体組成の割合はかなり異なっているそうです。確か酸素濃度はゼロだったかと」
低圧で酸素濃度ゼロって、人間なら耐えられない極限環境だね。
「魔導人形さんでも、地上に近い室温の方が活動しやすいんですね」
「その通りです。それと地上と異なる環境での運用ノウハウが乏しいという問題もあります。地上では減圧環境を用意する事も大変ですから」
だよね。
あぁ、そうだ。宇宙からの帰還と言えば、他文明圏後押し計画に良さげな人材がごろごろいるかも。
「ケイティさん、人工衛星たんぽぽに勤務している魔導人形さん達は、それなりの頻度でメンバーの入替えをしてますよね? いくら防御障壁内にいても、どんな影響が出るかわからないから、戻して人形遣いさんに看て貰うのでしょう?」
「はい、そうですね。半年程度のローテーションで交代させているようです。それが何か?」
「例の他文明圏後押し計画ですけど、衛星勤務帰りの魔導人形さん達ならかなり向いてると思うんですけどどうでしょう?」
「向いている、とは?」
「重力の楔から解放され、限られた物資と多くの機構によって辛うじて活動が許される宇宙。地球の話ですけど、宇宙飛行士の皆さんって、鮮烈な体験をすることで色々と考え方が変わるんですよね」
お爺ちゃんがふわりと前に出た。
「ほぉ。どんなふうに変わるんじゃ?」
お爺ちゃんもかなり興味津々だ。
「そっと手を伸ばせば、その中に入ってしまうほどちっぽけな惑星。生き物に満ちた環境はそこにしかなくて、それ以外の宇宙空間はあまりに苛酷で死に満ちている。だからこそ、水や空気、大地のこと貴重さ、大切さを強く意識するし、そんな小さな場所でいがみ合って争いを繰り返す人々の行いが酷く愚かに思えてくる。宇宙に比べるとあまりに人が小さい事に気付いて信心深くなる人もいるし、国境のない宇宙では、国の垣根を超えて協力するのが当たり前だから、国境線で区別してるのが酷く狭量に思えてくるって感じ」
そう話すと、お爺ちゃんも思い当たるところがあったようだ。
「儂らにも似た話はある。例の浮島じゃが、その域の高度にまで達した者達は、眼下に広がる大地の小ささを感じて、木々の隙間を縫うように飛んでいた自分の視野の狭さを強く感じるようじゃ。話をしておっても意識の枠が広がるというか、取っ払われたような印象を受ける者が多い」
ほぉ。
ん、ケイティさんも思い当たるところがあるようだ。
「私達の場合、海外で活動をしていると、海の上では助け合うのが当たり前という、船乗り気質が自然と身に付きます。例え争った相手であっても、戦が終わったならば、浮いている者は救助する。それを誰もが当然と思うようになるのです」
訓練で、浮き板に掴まらせて、周囲に島すら見えないような遠洋に放置する、というのがあり、その体験を終えると、どんなお調子者でも、海の上で助け合うことの大切さを意識するようになるとも教えてくれた。
「それはかなり怖い体験ですね。えっと船は近くにいてくれるんですよね?」
僕の問いに、ケイティさんも苦笑しつつ頷いてくれた。
「多少離れますが、見える範囲に留まりますのでご安心ください。ちゃんとその者の技量に合わせて、頑張っても船に戻れないギリギリ外を見極めて、ギブアップするまで傍観してます」
ただ泳げる程度の者では海から舷側を登って甲板まで辿り着くなんて助けなしでは不可能、軽身術の使い手や、術者だと移動能力が高いので、それでも辿り着けない程度に距離を空けて、と上手く調整するのがミソなんですよ、と笑うケイティさんはちょっと目が怖かった。
「それはケイティさんも?」
「しっかりやられました。私も若かったですからね。なまじ魔力が多いからと、水平線に隠れるほど距離を置かれた際には、殺意が湧きました」
うん。
それは、どれだけ実力があっても心細くなるだろうし、一応警戒してくれているはずだけど、シャチや鮫みたいなのが襲ってこないとも限らないから、神経もかなり磨り減ることになるだろう。
壁際にいたジョージさんがちょっと補足してくれた。
「その訓練は、船内の秩序維持を強める側面もある。船内の和を乱す輩は最終的には追放刑を行う権限すら船長には与えられているからな。そんな事を決断させててくれるなよ、と意識を引き締めるんだ」
腕に自信のある探索者であろうと、同じ船に乗る以上、一蓮托生、個人より全体が優先される。そして、大海原に投げ出されれば、どんな奴だろうと魚の餌、と心に刻むんだ、と淡々と語る。
「魔導師でも空間跳躍はできないのでしたっけ?」
「アキ様、それは天空竜と世界樹以外が為した記録はありません」
なるほど。
こちらでは、個の強さは種族ごとにそれなりのところで頭打ちになる、と。魔導甲冑を身に付けた兵士達でも鬼族相手では心許ないって感じだもんね。
◇
「話を戻すと、そうした鮮烈な体験をした魔導人形さんであれば、僕が推し進めたい活動の趣旨を、世界規模の視点から捉える土壌が育ってると思うんですよ。そして、広い世界の中での自分の立ち位置、他文化圏との関係まで視野にいれた意識の人と触れ合うと、未探査地域の方々の意識改革もハイペースに進むかなって」
自分の支配が届く範囲だけを意識した内向き志向の為政者では、文化圏レベルの世界観は持てないこと。そしてベースが異なる文化圏では、同じ文化圏同士の約束事が通じないこと。そこまで意識を切り替えさせられる為には、使節団を率いるリーダーには、突き抜けた視野の広さが必須だ、と主張してみた。
「宇宙活動を経験した魔導人形の異文化コミュニケーション能力が高いとは限りませんが、アキ様の主張も一理あるかと思いますので、本国の方にその旨を打診しておきましょう」
「宜しくお願いします。地球では有人宇宙飛行が行われるようになって六十年程度ですけど、宇宙飛行士って、弾道飛行で宇宙空間を経験した方を含めても合計六百人程度しかいないんです。そう考えると、共和国の層の厚さはほんと羨ましいですよ」
魔導人形さん達なら数十年で現役を引退せざるを得ない人間よりも、現役時代もずっと長い事だろう。あちらでの延べ六百人でも現役はどれだけ残ってるか、と言えば一割程度じゃないだろうか。
ただ、ケイティさんはそんな僕の熱意を宥めながら、少し残念な現実も教えてくれた。
「アキ様は、地球の宇宙飛行士と同じ事をこちらの魔導人形達がしていると思われたようですが、必要のない時には最小限の機能以外を停止させた待機モードで休んでいるので、常に何某かの実験、作業をしている訳ではありません。それに魔導人形には食事も運動も必須ではありませんから」
あー。
確かに船外活動をしたり、機材のメンテや修理をしたりといった仕事はしても、やってる事はロボットアームの発展形って感じに近いのか。
「無重力環境を活かした各種実験とか、大気がない環境を活かした宇宙観測とかはしてないんです?」
「まったくしてない訳ではありませんが、全体としては極僅かです」
うーん、残念。そうなると、宇宙飛行士的な人材と捉えるのはちょい贔屓目が過ぎるか。まぁ、でも無重力&真空空間での活動を行えるだけの特殊訓練を積んでいるのだから、高技能者なのは確定だ。
「まぁ、持ち込んだ機材で何とかしなくてはならない宇宙活動と、一旦上陸したら半年、一年と補給は期待できない使節団の活動には似た部分があるので、現地に何を持ち込むのか、事前に訓練しておくべきは何か、といった部分ではかなり尽力して貰えるでしょう。空間鞄にも限度がありますから。あ、ちなみに、魔導人形の人形遣い、指揮する方じゃなく、検査や修理をする工房系の方っています?」
「工房で助手をしている人形はそれなりにいるので、そちらが該当するでしょう。それと簡単な修繕は自分でも行えます」
なるほど。僕達で言うところの応急手当は魔導人形も自身で行える、と。
「医師の方は? 魔導人形さん達は先発隊なので、後に続くチームの為には医療面での交流も必要ですけど」
「医師の助手をしている人形もいますので、それなりには。ただ、アキ様が望まれる人材は、人体への理解から、薬学、病理学、心理学など多岐に渡るのですよね?」
「ある程度広く知識を持ち、後は医学書を持参するだけでも良いとは思いますよ。あぁ、でも顕微鏡とか、百聞は一見に如かずってことで、異文化圏の方々に実際に見せる為の機材も持ち込む必要がありますね」
あれもこれも、と何でも持ち込みたくなってくるだけに、限られた荷物の中に何を入れて行くのか、その選択はかなり大変そうだ。
「そして、持ち込んだ機材、魔導具を修理する為の簡易工房程度は必要、と」
うん。
「調子が悪いです、我慢します、だと思ったような成果が出ない、なんて事にもなりかねませんからね。複数持ち込むのも重要ですけど、修理できる技術を持つ方と作業を行えるだけの工具や機材もあった方がいいでしょう」
お医者さんだって、医療用具や薬がなければできることは限られるからね。本当なら病院を丸ごと持ち込みたいくらいだけど、流石にソレは無理。なら持参できる範囲で可能な限りを揃えないと。
ジョージさんが手をあげた。
「普通の長期探索と異なるのは、一方的に情報を持ち帰るのではなく、互いに情報を与え合わなくてはならない点にある、といったところか。例えば我々の料理を伝えるなら、調理器具や調味料は欠かせない。量も自分達の分だけでなく相手に振る舞える分が必要だ」
ん。
「ですね。こちらだと、世界樹経由で文化圏同士の作物の行き来はかなり進んでいそうなので、案外、現地で手に入るかもしれませんけど、加工工程をいくつも経るものとか、発酵食品の類だと持ち込んだ方が無難でしょう」
そう考えると、数十人規模の使節団と言いつつ、必要な物資は数十人が一年過ごせる程度では全然足りないって話になるんだよね。うん、かなり大変だ。
そんな感じで、地球の歴史を想定した最低ライン、木や骨、石を使った文明圏に対して、相手に科学的な意識、視点はある事を前提として、どんな人が必要で、何を持ち込むべきか、なんて話で結構盛り上がった。ケイティさんもジョージさんも探索者であり、何でもできる街エルフでもあるから、限られた条件下において、目的を達成する為にどれだけ少ない手間で為すか、という意識が普通にあるのがありがたい。
おかげで、途中からは魔導人形の皆さん、ベリルさんだけでなく、アイリーンさん、シャンタールさんにも参加して貰い、魔導人形だけで使節団を組む場合の利点、欠点などをかなりフリーに話し合うことになった。
出た意見は取り纏めて本国に送って貰えることになったから、まぁ多少は役立つと思う。面白かったのは街エルフと魔導人形の教育方針の違いかな。
街エルフは何でもできることを前提に百六十年という長い時間をかけて広範な分野について実務も含めて学んでいく。その中で人形遣いとしての技量は必ず鍛えて、人形達を率いるリーダーとしての意識、視点を必ず持つことになる。全員が社長視点を持ち、技能的にも全分野叩き上げの経験あり、と。
それに比べると、魔導人形さん達は、求められた技能を習得したら実務に投入といった具合で、その教育期間はかなり短い。それに人形遣いの部下として働くのが基本だから、リーダー視点を持たない、或いはその経験がない者も多いそうだ。
まぁ、食事をする機能すらオプションというくらいだから、限定用途用の魔導人形となると、教育内容はかなり絞ってるんだと思う。
そして、専門職となると、だいたいその道の専門家たる街エルフの誰かの助手、といった位置付けになる。能力的には独り立ちできる方も多そうだけど、やれそうなのと、やってます、では雲泥の差だからね。
そんな訳で、僕が身近に接している魔導人形というと、あらゆる点で逸脱してるロゼッタさんは別格過ぎるとしても、同席してくれた三人や、ウォルコットさんの助手にして神官でもあるダニエルさんも含めて、ソレが魔導人形だ、と考えては駄目そうというのは理解できた。そういった面々はかなり多様な能力と経験を備えた逸材達ってこと。
人が備える当たり前の能力や経験を持ってない、というのはきっと異文化交流ではかなりマイナスに働いてしまうから、その補填も必要そう。軽く考えてたより、異文化圏後押し計画はハードルがかなり高くなりそうだ。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
さて、今回、魔導人形と普通の人の違いがまた一つ明らかになりました。あると便利な待機モード。ただ、それもあって、せっかく宇宙に常駐しているというのに、魔導人形達はその大半を何もせず過ごしてるって話なのでした。
もし魔導人形達だけの社会なんてのが存在したとしても、多分、待機モードがあるという特徴があるせいで、かなり変化が乏しくなるでしょう。人は何もすることが無くても、寝て、食べて、暇潰しをして、といったように生きていれば、活動することになります。だからこそ遊び要素が生まれたり、無駄なことでもやってみようとか、変化を求めて新天地に向かうとか、行動に移す訳です。世代交代も強制で起こるし、生老病死は避けられません。誰もが必ず死ぬからこそ、何かを残そうとするし、限られた時間の中で激しく生きようとしたりする訳です。
では、魔導人形はどうか。
必要な時まで待機モードで時間を飛ばせるので、社会全体の活性率がかなり低くなってしまいます。災害や事故の監視要員とか必要最小限のメンバーだけが活動するだけで、後は誰一人動いてないとかでしょう。外からの刺激がなければ応答を返さない呪いみたいなもんです。何か明確な目的、目標があれば、それに必要な活動は為されるでしょうけど。
次回の投稿は、三月二十七日(水)二十一時十分です。