22-2.秋晴れの空(中編)
<前回のあらすじ>
弧状列島内の他勢力、帝国や連邦の領内について詳細な地図を地上観測衛星からの探査で作れてましたけど、大変な労力を投じて作成した逸品だったとわかりました。こちらにはコンピュータがないのが痛いですね。まぁ、地球でも仮想地球を誰でもぐりぐり眺められるgoogle earthのサービスが始まったのは、2001年とそう昔の話でもないんですよね。それ以前は解像度固定の衛星写真とか、航空写真とか、或いは地図を眺めるしかありませんでした。
で、低高度の極軌道で運用される地上探査衛星の軌道投入部分の認識に誤りがありました。ケイティさんの先生モードを久しぶりに拝むことに。これはこれで素敵ですけど。(アキ視点)
うーん、ミスった。自信満々に間違ったことを話しちゃったのは痛かった。取り敢えず、宇宙に疎いお爺ちゃん向けに事実を紹介しつつ、街エルフ達がなぜ低高度の極軌道に地上観測衛星を投入するのに、地上からの打ち上げではなく、静止衛星たんぽぽから投入を選んだのか推測していこう。
さて。
目の前にある世界儀の直径はだいたい一メートルくらい。弧状列島の北、地球だと日本海に当たる海域に浮かぶ小さな島、共和国がちゃんと目に見えるサイズ、一ミリ四方とはいえ見えるから説明にはちょうどいい。
「さて、お爺ちゃん。僕がミスった部分の説明の前に、前提となる宇宙の情報を紹介していくね。宇宙規模になると距離感とかが日常のソレとはかけ離れてくるから、頭の切替が必要なんだ」
「うむ。儂には先ほどの説明でも何が問題なのかわからなかったからのぉ。順を追って話してくれると助かるわい」
ん。
「では、先ず、距離感から説明するね。僕達がいるこの惑星だけど、静止衛星たんぽぽがいる地点は、この惑星の三個分くらい離れた地点になるんだ」
地球とまぁ同サイズとするとその直径は一万三千キロで、静止衛星軌道は三万六千キロだから、まぁ多少ズレるけどね。
「随分遠いんじゃのぉ。妖精の国の周辺地域まで含めた広さと比べても百倍とはいやはや凄い距離じゃ」
「そうだね。それで、今回、話題にしている地上観測衛星を投入する高度って、惑星の上空で言うと指三本くらいの位置なんだ」
さっきは高度数百キロと話したけど、今、思い出したけど高度数百キロってかなり空気抵抗があって軌道や姿勢が影響を受けやすいから、本当にガチガチな軍用の監視衛星とかじゃないと使わない高度帯なんだよね。民間用に安定して使うのは確か高度千キロだった。
で、高度千キロを直径約一メートルの世界儀で表すと、まぁ指三本分程度。いやぁ、驚くほどスレスレを飛んでる感じだ。
僕の示した地点に、お爺ちゃんも随分驚いてくれた。
「なんと。偉く地表すれすれを飛んでおるのぉ」
「これでも弧状列島のロングヒルから、西端の地の南端にあるディアーランドまでの距離くらい離れてるんだけどね」
「……なんと。確かに日常とは距離感がまるで違うわ」
お爺ちゃんも世界儀に示されている弧状列島の大きさを杖で測りながら、僕が示した指三本分の高度との差を比較して、ふむふむ、と頭の切替をしていく。
ん、ケイティさんがフォローしてくれる。
「翁、宇宙空間には空気もなく、重力もとても弱いので、一度動き始めるとそのままずっと速度を方向を維持したまま動いていきます。ですから、貴方が長距離を飛行する場合のように魔力を消耗することはなく、一度加速すると、そのまま時間経過すれば、到着すると考えてください。ただし、加速した分、減速しないと通り過ぎてしまいますよ」
地上だと疑似的にしか経験できない等速直線運動の話だね。
「お爺ちゃんの全力飛行だと、ディアーランドまでなら二十五時間ってところだから、イメージの問題だけど、地上から今回話題の地上観測衛星の高度までなら、それくらい、静止衛星軌道からだとその三十六倍ってとこ」
お爺ちゃんも指折り数えて、驚きの声をあげた。
「儂らが全力で飛び続けて地上からでほぼ一日、静止衛星軌道からでは一月半近いんじゃな。うむ、イメージできたぞい」
任せろ、と力強く宣言してくれたけど、ベリルさんがホワイトボードに略図を描いて、この惑星、地上観測衛星、静止衛星たんぽぽの位置関係と距離感を示してくれた。これなら話もしやすい。
「さて、お爺ちゃん。今、ケイティさんが説明してくれた通り、宇宙では動き始めたら動き続けるから、静止衛星たんぽぽから、この惑星に移動を始めれば、逆加速は必要だけど、時間をかければその高度には到着できる。とっても省エネで行けそうだよね」
「そうじゃのぉ。アキが最初に説明した話が正にそれじゃ」
「ただね、それだと地上観測衛星としては意味がないんだ。ほら、静止衛星って惑星の自転速度と同じ速さで移動してるから、地上から見上げると同じ地点にあるように見えるって話したじゃない」
「そうじゃな。おかげで、弧状列島の周辺地域も含めて常に眺めることで、天気予報に役立つと聞いておる」
うん、うん。
「そうなんだよね。では、地上観測衛星の高度、世界儀の指三本分の高度に衛星があるとして。これだと常に惑星全体のとても狭い地域しか見えないってことになるよね」
静止衛星軌道でもないのに、地上から見て定点になるよう高度千キロの低軌道で位置制御しようとすると、かなりの難度と短時間運用ってことになるけど、ここでは枝葉末節なので端折る。
「うむ。せっかく高い位置に衛星がいるのに、見える範囲が手で覆える程度では微妙じゃのぉ。近い分、良く見える利点はあるんじゃろうが」
「だよね。低軌道だと宇宙放射線の害が少ないとか、地表までの距離が近いから高精度観測ができるとか利点もあるんだけど、それが定点だと、この惑星全体の観測という意味ではかなり使い勝手が悪い。だから、こうした低軌道の地上観測衛星の場合、極軌道を取るんだ」
ここで、ざっくり極軌道について説明をする。簡単に言えば、地球の回転軸に対して直交で交わる軌道面を持つ運用のことだ。極地方同士を周回するような、世界儀で言えば縦方向の回転軸を持つことになる。
地球は自転していて、低軌道衛星は一周九十分とかの猛スピードで周回しているから、地上の観測は帯状に隙間を開けた形で行われていくことになる。同じ地点を通過するのは数日後とかだ。上手く太陽同期軌道に設定すれば、同じ地点を毎日、同じ時刻に観測する、なんてこともできるから、まぁ高度と軌道にもよるんだけどね。
何にせよ、地球は自転していて、極軌道で運用する地上観測衛星は短時間に周回するから、高精度だけど狭い視野角といいつつ、それで地球全域を塗り潰すように探査していくことで、全地域の探査ができるのが凄いところだ、と紹介した。
お爺ちゃんも、ベリルさんと一緒に、世界儀を回しつつ、地上観測衛星が探査する範囲を示すシールをぺたぺた貼っていき、それがぐるっと一周したことで、それを繰り返すことで全球探査ができることを実感してくれた。
「これを考えた奴は賢いのぉ。そしてこうした極軌道で運用する地上観測衛星があるからこそ、こうして世界儀を作ることができたんじゃな」
目の前にある世界儀が、どれだけの超技術によって作り上げられた代物なのか、改めて理解して感嘆の声をあげてくれた。ケイティさんやベリルさんも、その反応を見て嬉しそうだ。
◇
「ではお爺ちゃん。僕がミスったところの説明をするね。簡略化した話をするけど、静止衛星は常に自転と同じ速度で移動してる。つまり、世界儀で言うと、赤道面と水平にする形での運動ベクトルしか持ってない。それに対して、今、話題にしていた地上観測衛星が欲しい運動ベクトルは極方向への垂直方向のベクトルなんだよね。これが地上なら地表付近を猛烈な速度で移動してるとして、翼を上手く使えば上向きのベクトルに変えることで上昇していくことができるけど、宇宙には空気はないからそうした真似は無理なんだ」
静止衛星が持つ運動ベクトルは水平、欲しい運動ベクトルは垂直。だけど宇宙には空気がないから翼のような仕組みで運動ベクトルを曲げる手段は取れない。つまり、静止衛星の持つ運動エネルギーは、極軌道への衛星投入という意味では役に立たないんだ。
現実世界で言えば、水平方向に撃ちだした銃弾を、真上に向けて飛翔する銃弾に変えろ、というようなもの。まぁ無理だ。
こちらだと、重力偏向という能力によって天空竜達は任意の方向に落ちていく、なんて真似ができるけど、アレこそ例外だ。
「つまり、低高度までの移動はこの惑星に引っ張られて落ちるに任せればよいから楽ではあるが、極軌道を回るような速度は全部、ゼロから与えねばならん、ということじゃな」
うん、そういうこと。
「だから、どうせ極軌道を周回するような運動エネルギーを与えるなら、わざわざ転移門を使って静止衛星たんぽぽにまで飛行杖を運ぶのと、地上からの打ち上げで飛行杖を使うのでは、合計で言えば大差がないって話にあるんだ。地上に落ちないよう加減速する分、効率が悪くなるかもしれないね」
ベリルさんが図示してくれたけど、うん、静止衛星軌道からはとにかく極周回軌道はあまりに遠過ぎて、時間はかかるわ、極周回に必要なエネルギー量は変わらないわ、静止衛星を外れて移動して減速する手間が必要だわ、と面倒な事が多いのがよくわかる。
お爺ちゃんもうむ、うむと図を見ながら理解に努めていたけれど、ふと疑問に思ったようだ。
「じゃが、街エルフ達は考え抜いた末、静止衛星たんぽぽから投入を選んだんじゃな。つまり、極軌道への投入エネルギー量とは別の理由があった、という事じゃ」
おぉ。
「それなんだよね。そこでヒントになるのは、さっき僕が言った、合計エネルギー量ってところ。地上からの打ち上げだとこの惑星の重力に打ち勝つ速度まで短時間に到達できないと墜落しちゃうから、短時間に加速しきる必要があるのに対して、静止衛星からの投入の場合、惑星の重力に打ち勝つだけの速度はもうあるから落下を気にせずゆっくり加速できる。この差はかなり大きいと思うんだ」
H3ロケットの場合、第一段エンジンの燃焼時間は僅か五分、第二段エンジンの燃焼時間も十五分ととても短いのに、その時点でマッハ二十、高度七百キロ地点くらいにまで達するからね。固体燃料ブースター抜きでも合計二百四十トンもある液体燃料を僅か二十分で燃焼しきるという、圧倒的なエンジン出力だ。自動車のエンジンが高速道路を走っても一時間にせいぜい十リットルしか使わないのと比較すれば、どれだけ暴力的なパワーを捻じ伏せて使ってるか想像できるね。
ロケット発射地点から半径三キロ以内を打ち上げ時には、立ち入り禁止区域に指定するのも当然だ。扱うエネルギー量があまりに桁外れ過ぎる。それだけ離れていてもロケット打ち上げ時の轟音は、身を震わせるほどなのだから。
ここで、お爺ちゃんにも全力飛行しているとして、そこから更に速度を倍、三倍と増やす為に無理やり魔力を使うとしたら、あちこちに無理がでるだろうことを想像して貰った。そして衛星軌道を周回するのに必要なのは音の速さの二十倍速だ。色々と常識を捨てないと駄目なことは容易に想像できるだろう。
あちらの例として、H3ロケットの直径が約五メートル、全長が六十メートルちょいで、そのほとんどを液体燃料が占めていて、速度が得られたら不要な部品をどんどん切り離して捨てていくことで加速していく様を説明してみた。そもそも普段の生活をしていても、アルコールランプに火を付けたとしても、目に見える速度でアルコールが消費されていく様など観察はできないだろう。それが長さ六十メートル近い燃料タンクが二十分で空っぽになる燃焼だ。
「……地球の連中の頭の中がどうなってるのか覗いてみたい気分じゃよ。魔力がないのは大変じゃな」
うん。
燃料を打ち上げるために燃料を使う、みたいな物凄く効率の悪いことしてるからね。ロケットの九割以上が燃料を占めるという時点で、どれだけ限界なことをしてるかわかるってものだ。こちらだと空間鞄というチートアイテムがあるおかげで、打ち上げに必要な宝珠の質量はゼロと換算していい、みたいな話になってるんだから、ほんとズルい。
「まぁ、そんな訳で、地上から打ち上げる場合、惑星の重力によって下に常に落ち続ける力が働くから、時間を掛けるほど上昇に必要なエネルギーを無駄に費やすことになって悪手。だから、可能な限り短時間に高度を稼いで、速度を稼いで、という必要があるんだ。えっとケイティさん、飛行杖の場合でも短時間で大推力なのと、長時間、小推力なのでは、後者の方がずっと小さくて安価な品で済む感じですよね?」
僕の問いに、ケイティさんも頷いた。
「その通りです。飛行杖の場合、短時間で大推力、それと小型という条件まで付きます。この条件を満たす飛行杖は大変高価です。それに比べれば、同じように小型でも、長時間、小推力の飛行杖であれば、何桁も安く製造できます」
だよね。
あ、そうだ。宝珠の件も聞いておこう。
「宝珠の方も同じですか? それだけの膨大な魔力を秘めた宝珠を使い切るたびにどんどん入れ替えて、ということをする訳ですから、打ち上げ費用は半端ないですよね。……あ、そうか。静止衛星たんぽぽでも使われているように魔力変換布を使って魔力は補充できるから、静止衛星から極軌道に投入する場合、宝珠も一つでいい。つまり費用対効果が段違いだと」
僕の説明に、ケイティさんはにっこり微笑んでくれた。
「正解です。地上から打ち上げる場合、短時間に膨大な魔力を投じて惑星の周回速度まで加速する必要があり、それには大変高価な高品質で粒の大きな宝珠を大量に入れ替えて運用しなくてはいけません。大推力を生み出す小型の飛行杖と大量の高品質宝珠を使い切りで運用するというのは経済性があまりに悪く成立しません。それに対して、静止衛星からの投入であれば、衛星に取り付ける飛行杖は小型、宝珠も小型で良く、加速して宝珠が空になったら魔力変換布で魔力を補充、貯まったら加速を繰り返すだけで軌道投入できます。時間はかかりますが、必要な費用は何桁も安くなります。費用対効果が圧倒的に良いのです」
うん、うん。
「小さな加速でも長時間続ければ、極軌道周回に必要な速度、ベクトルに到達できる、と。それにしても加速術式ってほんと反則技ですよね。反動推進に頼るしかない地球のように推進剤を積まなくていい分、衛星が小型化できるんだから。……あ、もしかして、姿勢制御機構も必要としてないとか?」
「一応、試作はしたものの、機械的信頼性を維持するのが難しく、同等の効果を加速術式で容易に補えることから搭載は見送られたと聞いています」
ぐぅ。
なんだろ。地球の宇宙関係者が聞いたら、滂沱の涙を流して悔しがりそうな話だね。初代の探査衛星はやぶさでは、機体重量の四分の一を推進剤が占めていたくらいだし、四重に搭載した姿勢制御機構もラスト1基を残して壊れてしまって科学反応式スラスタ―と太陽光圧による姿勢制御を併用して何とか地球への帰還を果たしたくらいなのに。
◇
ケイティさんが、種明かしとして、もう一つの事実を明かしてくれる。
「それと、これは思い至るのが難しい点なので、理由をお話すると、我々の技術力では地上探査衛星を地上から打ち上げる飛行杖に納めることができなかった、という話があります。空間鞄はその口より大きなモノは入りません。ですから、現行の飛行杖に載せられる空間鞄には、地上観測衛星を収めることができない、ということと同義になります」
あぁ、なるほど。こちらの飛行杖って直径六十センチ程度とかなり細身で、祭りに使う纏いみたいな形状だもんね。地球で言えば、6U、つまり六十センチ立方のキューブサット衛星サイズって話だ。そりゃ小さい。
「ケイティ、それはつまり、静止衛星には部品状態で送り、そこで組み立てて地上観測衛星にしとるということか?」
鋭い。
「その通りです。転移門で運び込めるサイズで製造された多くの部品を、静止衛星たんぽぽに常駐している魔導人形達がその場で組み立てて、地上観測衛星に仕立て上げて、最後に少しでも軌道投入までの時間を短縮する為に、静止衛星に備え付けた加速術式で打ち出します」
まるで、空母から飛行機を発進させる時のような真似をしてるんだね。いやぁ、格好いい。
「そういう意味でも、魔導人形さんは大活躍してますね。単純な操作腕では到底無理な作業をしてくれて」
「そうですね。臨機応変に複数人で協調した活動ができる魔導人形達がいなければ、電波を用いる無線技術が使えないこちらでの宇宙開発は更に難航したことでしょう」
無線技術が使えないから、遠隔操縦に難あり。そういう意味でも大変だ。静止衛星たんぽぽに常駐してる魔導人形さん達は凄い逸材ばかりなのは確定だね。やってる仕事の難度と複雑性だけで並みの人にはこなせないレベルだもの。
そうだ。
「ケイティさん、高難度な宇宙ミッションをこなせる魔導人形さん達がいる、ということで、これは好奇心からの質問ですけど、地上観測衛星に対する修理ミッションとかって計画されてます? それとももう運用してたり?」
僕の問いに、ケイティさんは苦笑しつつも現状を教えてくれた。
「確かに機能の大部分が正常に動作している地上観測衛星に対して、不調な部品の交換や、より性能の高い観測用魔導具への交換をすべきとの論調は強く、毎年のように議論されている状況です。極小の情報交換専用と言っても転移門は大変高額ですし、多くの加速術式を組み合わせた姿勢制御、軌道維持機器も高額、動作を支える宝珠も高額ですから。ただ、技術的難度が大変高く危険性もある為、そのまま地球に倣って海洋投棄するか、修理するか結論が出ていない状況です。ですが、恐らく修理する方向になると思われます」
ほぉ。
「それは、運用しつつ蓄積されたノウハウや新規開発された技術によって難度が下がったということですか?」
「はい。ただ、当然、全てのミッションを魔導人形達が自律的に完遂せねばならない事から、二十年以内くらいに実現しようといった時間感覚ですね」
なんと。
「そんなに長く運用して大丈夫なんですか?」
「外に出ている観測用魔導具は劣化してしまいますが、姿勢制御や高度維持に用いる加速術式はシンプルなのでそこまで気にせずとも運用できます。問題となるのは魔力変換布の劣化でしょうか。毎年少しずつですが性能が低下していくので、そうそう気長には待てません」
いや、それ十分、長期運用だから!
「それは、魔力変換布の生成する魔力量はどんどん減るけれど、単に姿勢と高度を維持するだけならそれくらいは持つということでしょうか?」
「はい。流石に地上観測やその情報のやり取りを行う転移門の運用を高頻度に行えるモノではありません。ですが、投棄するにはあまりに惜しいので、修理派が優勢となってきていると聞いています」
なるほど。
「となると、相対速度を合わせて地上観測衛星に到着、壊れた部品を取り外して回収、新しい部品を取り付けて機能を回復させ、そこから距離を離して、静止衛星たんぽぽまで帰還ですから、物凄く大変ですね。レーダーも使う感じですか?」
相対速度を計測するにも、互いの位置関係を把握するにもレーダーの有無で難度はかなり変わると思う。
「そうですね。昨年、アキ様が、魔力濃度差の薄い地域であればレーダー探査は実用化できるのではないか、と話されてましたが、その話を受けて、リア様の研究所で、高高度域や宇宙におけるレーダー利用の研究を始めたと伺っています。恐らく、実際に修理ミッションが行われる際には、レーダーも活用されるでしょう」
ん、お爺ちゃんがふわりと前に出た。
「二人とも、そのレーダーとやらの重要性を理解しておるようじゃが、儂にはいまいちピンとこないんじゃが、それほど重要なのか?」
ふむ。
「お爺ちゃん、ほら、衛星の速度って音の二十倍とかだって言ったでしょ」
「うむ」
「ジョージさんが使って見せてくれた銃が撃ち出す弾って、音くらいの飛翔速度なんだよね。ってことは、相対速度が違うと、それだけ物凄い運動エネルギー差で大事故になっちゃうってこと」
互いに音の二十倍速でぶっ飛んでいるのに、最終的には相対速度ゼロにして同一軌道に入るのは、とても繊細な制御を必要とする。相対速度が違えばビス一本ですら、宇宙船に大穴を開ける運動エネルギー弾に化けるのだから大変だ。
お爺ちゃんも銃撃は何度も見てるので、アレですら相対速度が音速程度という事実に身震いした。
「想像するだけで身震いする話じゃ。宇宙では互いの速度、運動方向の把握が重要なんじゃな」
「そういうこと。あとね、宇宙って他に何もないから、遠くの人工衛星を見たとしても止まってるようにしか見えないんだよね。ほら、雲一つない青空を鳥が飛んでいると、雲がある時に比べると飛んでる速さはわかりにくいでしょ?」
「うむ、それはわかりにくい。それに互いの距離も大雑把にしかわからん」
「だよね。宇宙だと互いの速度が速いから、望遠鏡で覗いても点にしか見えないような距離から慎重に、慎重に接近して、相対速度を合わせて、軌道を同じにして、と近づいていくことになるんだ。でも光学観測だけだと、点は点であって、その変化なんてわからないからね。その点、レーダー波なら、反射して返ってきた時間から計算すれば距離は正確に算出できる」
ここで、軽くレーダーの説明をしてみた。地上でいえばヤマビコに例えると解りやすい。大声を出すと遠くの山々に跳ね返って声が戻ってくるアレだ。レーダーは発振器から飛ばしたレーダー波が対象物に当たって跳ね返ってきたモノを受信することで、対象を検知する。レーダー波の飛ぶ速度は一定だから、往復時間の半分が片道時間ってことになる。原理としてはシンプルだ。
お爺ちゃんも目で対象を見て、対象の大きさは経験から把握できていても、そこから逆算して対象との距離は何センチみたいな高精度での把握は無理、という点は納得してくれた。
「しかし、レーダーとやらは凄いのぉ。よくそれほどの短い時間を検出できるもんじゃ。しかもその差を正確に把握できる。それを思いついた奴らはきっと天才だらけじゃったんだろう」
「だね。きっと天才が一人だけじゃどうしようもなくて、原理を思いついた人から、それを使えるレベルの道具に仕立て上げて運用できるところまで持って行った集団力、多分、担ってる人全員が天才かってくらいの凄い話だったと思う」
「繋がった世界の強みじゃな」
お爺ちゃんが感慨深く頷くと、この部屋にいた誰もが同じ事を感じて、胸が一杯になる思いだった。ほんと、地球の御先祖様達は凄かったね。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
という訳で、アキによる地上探査衛星投入に関する勘違いした部分の説明、訂正でした。ケイティがアキの誤りを指摘できたのは、共和国で衛星運用が行われていて、アキに説明できるよう一通りの教育を受けているからなのです。日本でもがんがん人工衛星探査は行われているので、アキは必ずそれらに関する話に触れてくるだろうと予想されてましたからね。
そして、この件も何気に波紋を生んでいくことになります。知ってれば秒で指摘できるミスでも、よく知らなければ指摘できない。言葉にすれば簡単ですけど、アキが語る多くの内容について、こちらでソレを指摘できる専門家達がいるかというと……いないんですよね。必要とされる段階にないのと、それを語れるだけの情報を誰も持っていないから。
なんて話について、喧々諤々の議論が裏では行われる切っ掛けになるんですけど、そのことをアキが知るのは暫く先になりますね。SS⑩で補足していこうと思います。
次回の投稿は、三月二十四日(日)二十一時十分です。