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3-16.母の想い

前話のあらすじ:翁が短期間で、耐弾障壁を習得した件について色々と質問に答えました。やはり潤沢な魔力に満ちた世界の種族は、やれることの範囲が違うようです。それとアキが妖精の国の名誉国民になり、記念の彫像ハリボテが授与されました。物質界に置くための彫像はドワーフの職人達の好意で作って貰えることに。

「アキ、頑張ったわね。おめでとう。合格よ」


ロングヒルに行く前の最後の訓練で、母さん、あ、訓練中だからアヤ先生だけど、教わっていた戦闘外傷救護も一応、合格のお墨付きを貰うことができた。

今なら、怪我を診たら、その瞬間、次に何をすればいいのか、いちいち考えず反射的に行動に移せる感じ。

リアルな傷害人形達の姿は最初はかなり精神的にくるものがあったけど、五回目、十回目と繰り返すうちに慣れた。

日本で暮らしていたら、決して慣れることはなかったと思う。


「ありがとうございました」


生き物の解体も、だいぶ慣れた。流石に鹿の解体はアヤ先生がやるのを補助する程度だったけど。他の生き物を殺して食するということの意味を考えると、日本でもこういうことは授業とかで教えたほうがいいとも感じた。多分、教える先生のほうも、解体をしたことのない人が多いだろうから難しい気もするけど。


「あくまでも今回は略式であることを忘れないでね。正式な教育では必要な器具が不足している場合や、怪我の種類も魔術による炎、冷気、電撃、毒への対処方法も学ばないといけないわ」


「――全部学んだら衛生兵(メディック)になれそうですね」


「もちろん、なれるわよ? 街エルフは成人になった時点で、就けぬ職業なし。それは誇張ではなく事実よ」


「……画家とかも?」


「画家にはなれるでしょうけど、正確な絵が描けることと、人の心を動かす絵は別だから、成功するかはわからないわね」


「なるほど」


「今回は船旅だから、着衣泳法の時の経験は忘れないで。海に落ちたらまずは慌てないこと。浮いて助けを待つこと。いいわね」


「はい。今の時期だとまだ海水も温かいからいいですね」


着衣泳法の訓練も貴重な経験だった。日本では水着を着て泳ぐことしかしたことがなかったから、衣服を着た状態だとそもそも水泳の授業のように泳ぐのが現実的ではないということが良く分かった。幸い、救命胴衣を着ての訓練だったから、三十分浮いていることもできたけど、救命胴衣なしだったら、かなり大変だったと思う。


「そうね。そもそも冬だったら、船からボートで脱出するまでの訓練が現実的ね。衣服だけで海に落ちたらまず助からないから。……魔術を併用できれば、それでも助かる可能性は出てくる。アキもいずれ魔術を使えるようになったら、生存魔術から覚えるといいわ」


「生存魔術?」


「人は温度が高過ぎても低過ぎても生きていけない。だからそれを防ぐための障壁展開や、身体強化魔術の総称よ。他にも水を集めたり、虫を防いだり、応用範囲も広くて、学ぶと面白い分野ね」


「ふむふむ」


今は使えないけど、ずっと使えないとは限らない。というか魔術を使えるようになるためにロングヒルに行くのだから。


「それじゃ、少しお話しましょう」


アヤさん、母さんが庭の一角に用意されたテーブルセットに僕を連れて行った。

用意されていたお湯は丁度いい高温で保たれていたようで、透明なティーポットに熱湯を注いで、茶葉がジャンピングする様子も見てるだけで楽しい。母さんが淹れてくれた紅茶は初めてだけど、うん、美味しい。

見てるだけよ、と釘を刺されたから、きっとお茶の道具も魔導具なんだろう。


「あなたがこちらにきてから、家族の会話も増えて嬉しかったわ」


そう告げる母さんの表情には陰は見えないけど、言い方からして、以前は会話は少な目だったっぽい。


「仲のいい家族だと思いましたけど」


「――そうね。無理に仲の良さを演じたりしていた訳ではないのよ? ただ、リアも成人してからけっこう経ったし、ミアはほら、あなたにべったりだったでしょう? 仕事が忙しかったこともあって、家族揃ってということも少なかったの」


遠い目をして苦笑する母さんは、ちょっとだけ寂しそうだった。


「皆さん、会社の社長さんみたいなものだから無理もないですよね」


街エルフは皆、家令や家政婦長を抱えて沢山の魔導人形達を部下として手足のように使う一人会社(ワンマンカンパニー)だから大変だ。


「あなたが夫婦で一緒に料理して欲しい、と提案してくれたことも良かったわ。久しぶりだったけど、やっぱり私は料理をしているほうが気が休まるわね。それと作った料理を食べてくれる人がいることが嬉しいということも」


「それはいいですよね」


誰かに任せるだけで料理できない、なんてのはやっぱり良くないと思う。まぁ、キッチンがある程度広くないと皆で一緒に作業という訳にもいかないけど。それでも、日本あちらでもパンを捏ねたり、餃子を一緒に作ったりするのは楽しいものだった。


「あなたがロングヒルに行くのが必要だとは理解しているけど、残念とも思っているわ。まだ、母親らしいこともほとんどできていないから。こちらの常識もまだまだ知らないことだらけでしょう? 一緒に行くメンバーは厳選したつもりだけれど、でも不安が残るの」


過剰としか言いようのない豪華なメンバーに同行して貰えて、それでもまだ不安だ、と言われるのだから、ロングヒルは思ったより不安要素があるのか、それとも僕自身が不安要素なのか。……街エルフ基準だと殻がついたままの雛扱いだから、やっぱり後者だろう。心配して貰えることは嬉しい。本当に。


……でも。


「そう言って貰えて嬉しいです。ただ――ここにはミア姉がいませんから」


「会いたい?」


「もちろん。だって。……だって、もう一カ月以上も会ってないんですよ!」


物心ついた頃からずっと、ミア姉は僕と一緒だった。毎日、毎日、話を聞いてくれるお姉さんで、いて当たり前の人だった。

更新されることのないミア姉との思い出が、ふとした瞬間、心を過ると、なんとも言えない悲しい気持ちになってしまう。

できるだけ、いないという事実を深く考えないようにしてたのに、考えてしまうともう駄目だ。

寂しい気持ちがどんどん溢れてきて、あっという間に堤防を越えてしまう。


「――泣き虫さんね」


母さんが僕に寄り添って抱き締めてくれた。この身体になってから涙脆くなった気がする。

小さな子供のようにあやされるのは、気恥ずかしかったけど、落ち着くまで抱き締めて貰って助かった。


「アキは、何か感じたら心に閉じ込めないで、誰かに伝えてね。誰かと離れて寂しいって感覚はどうしても、私達、街エルフは鈍いの」


「……相手が大人だと特に?」


「そうね。大人となれば、十年程度なら離れてもあまり気にしないわね。もちろん、人族の知人、友人もいるから、その場合は時間感覚のズレは意識してるわ。万事がそうという訳ではないのよ。……意識していれば大丈夫なのよ。意識していれば」


 何度も念を押すということは、そのあたりのズレでいろいろやらかしたっぽい。


「長命種故の感性ですね」


「よくそう言われるわ。――アキはこれから、様々な種族と会うことになるでしょう。アキがそれを望むのだから」


「妖精さんとの出会いは幸運でした。今後もそうあって欲しいところです」


お爺ちゃんと出会ってまだ一カ月も経ってないのに、なぜか妖精さんの国の名誉国民に成れてしまったのは、運が良かったとしか言いようがないと思う。狙ってやろうとしても無理だよね。


「だから感覚の差には気を付けて。――もっともあなたの感性は、こちらの世界の誰とも違う、唯一と言えるものだから、そもそも気にしても仕方ないかもしれないわね」


母さんは何が可笑しいのか、とても嬉しそうだった。


「……そんなに独特ですか?」


「それはもう。あなたの育った国、ニホンは平和で穏やかだったのだと本当にそう思えるわ。あなたに足りない危機意識や生き汚さは、同行するメンバーが補うから、あなたはそのままでいい。誰に対しても先入観なく向かい合える感性は、あなたの持つ最大の武器よ」


「えっと、うーん、なんとコメントしていいか困りますね」


褒められているのか、貶されているのか、心配されているのか、期待されているのか、よくわからない。


「アキ。――まだ伝えたいことが沢山あるの。あなたの帰る家は、家族はここだと忘れないで」


ぎゅっと抱き締めたまま、母さんは、そう囁いた。


「……はい」


色々な思いが心の中でぐるぐるしちゃって、僕が言えたのはそれだけだった。

もし、同じ状況になったとしても僕は必ずこちらにくる選択をしたと思う。

だけど、僕が寂しいと感じたように、日本あちらの家族――父母や姉さんも心に空いた穴を空しいと感じていたら。

僕が捨てた心の重さを考えると、胸が苦しかった。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

そろそろ準備も整い、帆船に乗ってロングヒルへと向かう日も迫ってきました。出会いがあれば別れもあるもので。アキも、家族について色々と思うところがあったようです。

次回の投稿は、十月三日(水)二十一時五分です。


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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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