SS⑨:お姉様方から見たアキ(後編)
今回は本編ではなく、押し掛けたお姉様方から見たアキ、という観点の第三者視点描写です。読まなくても本編理解には何ら問題はありませんが、読むとより一層楽しめることでしょう。本編だとアキ視点なせいで、他の面々の苦労具合が一部しか見えてませんからね。
弧国の未来、外向きの策について活発に議論を交わした時は、アキが後は細かい話と、技術的な挑戦、検討課題について指折り列挙したことで、途端に混沌の大渦が生じることになり、時空間や世界の外への理解を深める為にも竜族に宇宙を開放していくべき、というアキと、時期尚早過ぎるとするヤスケが火花を散らすシーンを経て、アキの寝る時刻が迫った事による時間切れ、という結末となった。
アキは、皆と話せてとても楽しかったとお礼を伝え、ヤスケと衝突した件も、今すぐ開放しろと無理を言うつもりはなく、何が満たせれば彼らに宇宙を開放するのか、街エルフが運用する低軌道衛星も周回タイミングを計れば距離を十分に取り視認されることを防げるので、一律禁止ではなく、運用で衛星運用の露呈回避を避けるといった前向きな方向で条件を検討してみてください、と注文を付けてから別邸の中へと去った。
竜族が水平飛行で翼の揚力込みで稼ぐ距離を、重力偏向のみで垂直に同じだけ移動するのはきっと大変だから、召喚体で魔力供給とかしなければ、実質、衛星軌道高度まで彼らが到達するのは難しいですよ、などと補足までして、だから情報を開示することをそこまで危険視する必要はない、なんて去り際直前までアピールする始末だった。
アキの寝る為の定番作業にはシャンタールが対応することに。
その代わり、庭先に残った面々と、技術関連の残検討作業について調整を行う為にケイティが残ることになった。
◇
そして、別邸の扉が閉まり、アキとシャンタールの姿が見えなくなり、ケイティが「この後、アキ様がもし庭先を眺める可能性がありそうならシャンタールが合図を送るのでご安心ください」と告げると、お姉様方が深い溜息をつきながら椅子に沈み込んだ。
アイリーンと部下の女中人形達が菓子と茶を補充して回り、その間にベリルが技術課題の列挙した一覧を簡単にグルーピングする記述を追加し、合わせてケイティが小さな器に入った銀色の鱗を各テーブルに置いていった。
ソレがアキが創造した品、雲取様の鱗を参考に銀竜のそれをイメージしたモノであり、弧状列島の竜達への直接の心話を防ぎつつ、高位階にあって魔力の通せない銀の鱗の現物を示すことで、未探査領域の勢力に対して、人知を超えた存在がいることのイメージを持って貰おう、という意図があることを説明した。
お姉様方も、ミアが、完全無色透明の属性を持つリアとの心話に長い間苦労していたことは知っているので、同様の属性で創造された銀竜の鱗を用いて、アキやリアに対して心話を行われる可能性は低いことはイメージできた。
……とは言うものの。
彼女達は、アキの創造術式の現物を見たのは初めてであり、皿の上に置かれている薄い銀色の鱗を触る様子もかなり慎重な様子だった。
「……これがアキの創造した品なのね。全然消える気配がないし、魔力も全く通らないわ」
ミエが摘まんだ鱗に魔力撃の要領で、自身の魔力を通してみようとしてみたが、まったく通らない。
ユカリ、ミエも観察したり、魔力を通そうとしてみたり、力を籠めたりして確認をしたが、やはり何の変化も無かった。
ヤスケが渋い顔をしながらあれこれ試し終えると、ケイティに問い掛けた。
「コレをもし実際に海外に持ち出すとしても当分先だ。ひとまず処分すべきだが我々の手で可能か?」
ここにいる全員が街エルフであって、だからこそ魔術への見識もあり、目の前の器に並べてある指でつまめる大きさの銀竜の鱗がどれだけ厄介な代物か理解できていた。
「薄いので、万力で固定するなどして破壊することが可能かヨーゲル殿に確認してみましたが、挟む部分に同程度の位階の魔術付与をしないと器具の方が破損するだけ、との見解でした。魔力撃が通らないので単純な術式破壊は不可能、完全無色透明で魔力感知ができない為、術式の構造把握による破壊も不可能です。ですので現実的な策としては、こちらにいらした竜族のどなたかに竜爪で壊していただくか、依代の君に消滅術式を使って消して貰うことになります」
たかが薄い鱗一枚、されどアキが限界の位階と魔力強度で創造した品というのは扱いに困る代物だった。アキがこの場にいれば、物理現象に対して魔力の影響の方が優位であり、攻城兵器による投石でも竜に対してダメージが通らないのはそのせいだ、と補足説明できたことだろう。濃密な魔力をその身に秘めた竜達に対しては、魔力を籠めた品でなければ効果が薄いのだ、と。ただ、自身の魔力としての位階を変えることで物理ダメージを無効にする竜族の技「位相変化」はヘマをして墜落した時用で恥ずかしい話題なので内緒にしよう、という方向で白岩様との間で決着が付いている。なので、物理現象と魔力位階の関係について深堀する流れに入ることは無い。
「ならば、今度やってくるという伏竜殿に破壊を頼むとしよう。竜眼でアキやリアを視るだけでなく、創造した品を手に取り、竜爪で破壊する経験をすれば竜神の巫女への理解も深まる」
「はい。ではそのように致します」
ケイティも確認できたので、さっさとテーブルから銀竜の鱗を回収し、枚数を確認した上で専用の保存ケースにしまい込んだ。
◇
「それでは三人に聞くとしよう。アキのことをどう感じた? マコト文書の専門家として、という意味ではなく、もっと本質的な部分について、それぞれの思いを聞かせてみよ」
ヤスケに促されて、最初に答えたのはミエだった。
「頭の回転の早さと、じっくり考えて話すよりも、相手との言葉のやり取りをしながら考えを進めていくタイプと感じました」
所謂、天才系とは違い、コツコツと積み重ねる秀才系だとも話すと、ヤスケはなるほど、と頷いてマリに発言するよう促した。
「私は手札の多さと、手札を組み合わせる事を得意とするように感じました。パズルの類が得意かも。未踏破地域の使節団リーダーに求めた総合職の特性を持っていて、専門家との間の架け橋となる事で真価を発揮するタイプでしょう」
それと相手に合わせて平易な言葉で説明できる能力は稀有と言ってもいい、とまで断言した。説明というのは実は案外難しい行為で、低過ぎれば退屈で冗長になるし、高過ぎれば理解して貰えない。相手が理解できるちょうど良い塩梅で説明する、それはかなりの場数を踏まなければ身につかないと。
ヤスケはやはりなるほど、と頷き、最後、ユカリにそれ以外に思ったことを話すよう促した。
「そうですね。二人にあらかた言われてしまいましたけど、私が感じたのは熱量の差でしょうか。あちこちの文化圏に存在する世界樹の詳細情報に示した激しい熱意、それに先ほど、ヤスケ様とも火花をちらした、次元門研究に繋がる分野での押しの強さ。どちらも火傷をしそうな熱さでしたね」
それに比べると、私達に向けるソレはほんのり温かい程度でしょうか、と苦笑してみせた。そう話すユカリも今は落ち着いているものの、竜族への宇宙空間利用の解禁、その条件制定という切り口で、ヤスケと正面からぶつかり合う様は冷や冷やしたものだった。今は禁止、それは理解した、なら解禁条件は? それはいつになるか、と矢継ぎ早に繰り出された問いと提案、最低限の落とし所を捩じ込みはすれど、一歩も引くつもりはない、という強い意志を感じた。
同時に、そんなアキの攻め方に、ミアの面影も感じて微笑ましくも感じていた。ミアが導いただけあって、アキは愛弟子として、しっかりミアの手口を習得していたのだ。
ヤスケはユカリの意見にも、なるほどと頷いて、それらに対する認識を話す。
「儂から付け加えることはない。三人ともよく観察していたと言えるだろう。アキの強みは世界全体を視野にいれた分野の知識や歴史といった手札を大量に所有しているところにある。それがあるからこそ、新しい問いに対しても手札を多少入れ換えるだけで、答えが導き出せているのだ。マリの言ったパズルのようなモノだろう。我らにとっては未知の問いも、アキにとっては既知の問いか、それに近い問いという事だ。ただ、アキは専門家ではなく実務家でもない。大まかな方針は示せても、実務に落とせるだけの能力は持ち合わせておらん」
とはいえ、語る内容に意見を出せるだけの専門家がこちらには存在せぬから、総合職にして、マコト文書専門家としての立場も兼ねるのだ、とヤスケは評価した。
ユカリが疑問を口にした。
「多くの勢力を束ねる要である竜神の巫女でもあり、世界全体を視野に入れた高度な助言、国家百年の計を示せるマコト文書専門家も兼ねるとあっては、アキは弧国の混乱を起こすために排除される可能性に触れましたけど、その能力を自国に活かしたい、と思う国も出てきそうですわね」
まぁ、そう言いつつも、それは意味がない、とも確信している顔だった。
「アキのことを表層しか眺めない輩ならば、そうした誤解をするやもしれんな。だが、先日も話したが、アキの話す粒度の戦略を理解するだけでも、宇宙からの視点を持たない国にとっては至難であろう。また、マコト文書の知の多くを社会に導入した我が国のようでなければ、アキの示した策の実施はできまい。対外的には、アキがいれば社会の問題も解決する、といったような夢想、誤解を持たれぬよう、注意は払わねばならんが」
上っ面だけ眺めていると、アキが動いたことで物事が動き、社会が大きく変貌していったように思える。各勢力の代表達がその意に従う、強力なリーダーシップを発揮しているようにも見えるだろう。
だが、それはあまりに浅い認識だった。アキは牽引していくタイプではなく、皆と共に歩むタイプなのだ。それも歩くのは他の面々であって、アキはのんびりついていく、そんなスタンスである。
次にヤスケは、リアに列挙された技術課題について意見を求めることにした。
「リア、技術課題について、竜達に宇宙空間の利用、認識を広げることなく、今回の課題に対してはどれだけの効果を発揮できそうか意見を聞きたい」
「それは、未探査地域に船団を送って、魔導人形達を使節団として送り込むことでいいですか?」
「それでいい。魔導人形達に供給する魔力が不足する問題や、次元門研究のための理解を深める部分は今回の課題との直接的な関連性は低いから分ける」
ヤスケが基準を明確にしたことで、リアはそれならと、しばし静かに思索を深めると、考えを延べた。
「アキは、使節団が現地で活動するにあたって、竜や魔獣といった存在に馴染みが薄い場合、世界には天空竜のような圧倒的な種族も存在しており、国造りの為には、そうした存在がいることを考慮しなくてはならない、と考えているのは間違いありません。そして百聞は一見にしかず、必要なタイミングで現地に天空竜を訪問させようという腹積もりです」
「それが宇宙空間を飛行して現地入りするという奴か」
「はい。空気が薄い浅宇宙層であれば、空気抵抗がないので音速の二十倍程度までなら加速可能です。それだけの速度が出せれば、惑星の裏側まで加減速込みでも半日もかけずに到着できるでしょう。ただし、アキも指摘してるように、空気のないところでの飛び方を習得してからでないと、望んだ地点に降り立つのは難しいですね」
惑星の丸みを眼下に納めて、大陸単位で地理を把握しようとすると、高度四千キロ程度は欲しいところだ。それに下手な速度で大気圏に突入すると断熱圧縮の熱や衝撃によってバラバラなってしまうから、引力に遠心力で抗おうとするなら、かなりの速度を維持しなくてはならない。
しかも、その域の高度になると現在の速度を認識するための目安となる地形もないので、速度把握が難しく、空気が殆どないので翼による姿勢制御が一切できなくなる。エンジンの推力制御だけで飛行機を飛ばせ、というくらいの難度である。
「アキは空間跳躍によってこの惑星の任意の場所に降り立つことも視野に入れているようだが、できそうなのか?」
「恐らく、片道だけなら空間跳躍ではなく召喚によって実現可能です。以前の樹木の精霊捜索チーム運用時に用いた限定召喚の呪符で、召喚術式を途中で止めた状態にしておいて、呪符を発動することをトリガーとして召喚術式を発動させて、呪符を起動した地点に妖精を降臨させる、という運用を行えました。ですから、竜を一割召喚の簡易版で現地に降ろす、そこまではできるでしょう。その場合の問題点は、現地で召喚させたいタイミングに、天空竜が安全を確保できる場所、例えば巣にいること。弧状列島を出港してから現地入りするまでずっと待機して貰う訳にもいきません。だから、その方法を取る場合、現地との何らかの通信手段の確立が必要です」
これにはミエが手をあげた。
「外洋帆船が沖合に停泊している状況なら、転移門経由で連絡はできるわね。それと現地に召喚体で降りられるのなら、そこで空間跳躍ができるくらいしっかり現地を把握して貰って、次からは自力で転移して貰えば良いのでは?」
「召喚体で認識した場所に対して空間跳躍できるか事前確認は必要だけど、それなら確かに可能と思う。それに次の転移はいつにするか決めておけば、探査船団がその地を去った後、使節団から直接連絡をいれる必要もないね」
召喚術式を発動直前で止めておくことは実績もあるから、探査船団から現地についた旨の連絡を受けたら、アキかリアのどちらかが現地入りする竜に連絡を入れて、長時間休んでいても問題のない巣に戻って貰い、直前で止めていた召喚術式を発動、召喚体は現地に降臨、という流れだ。
その後は、現地把握ができれば、フレキシブルな運用はできないものの、定期的に弧状列島から天空竜が実体で訪問することも可能になるだろう。空間跳躍のための魔力を外部から補う方法が確立できれば、更に現地での活動の自由度も上がる。
などと思考が連鎖したところで、ヤスケが止めに入った。
「話が横道にズレておるぞ。今聞いた限りでは、いくらかの検証は必要なものの、さほど支障をきたすこともなく、こちらから天空竜を現地に降臨させられる、そういうことだな」
「一割召喚の途中で今の話だと、マヤ、アステカ、インカの三箇所用に発動寸前で止めておく程度だから、魔力運用的にも支障はなし。数日といったレベルで実現できるでしょう」
リアもこれまでの研究の流れと実績からして、それは十分可能と太鼓判を押した。
◇
「ではジョウに問うとしよう。必要とあらば現地に天空竜を降臨させることはできることを前提として、未探査領域に対して、探査船団を派遣し、種を蒔いて森を育てる施策について、共和国はどう動きべきか意見を述べよ」
話を振られたジョウは、それでは、と自分の考えを延べた。
「現在の想定では、現地を訪問しても上陸するのは魔導人形達だけであり、召喚術式の運用も我々と竜族の間で取り決めをすれば実現は可能でしょう。二隻一組の探査船団を送ることも十分可能と思います。ただ、現地に留まって交流を行う使節団の人員確保、教育、準備にはかなりの時間を必要とすると考えます。現状の体制から優秀な魔導人形達を引き抜くことにもなり、様々な活動に影響が出ることは避けられません。近々で言えば、東遷事業に向けた体制作りにも影響は避けられません」
「では、東遷事業が片付いてからか?」
「その場合、最低でも五年は派遣が遅れることになります。未探査地域の国が発展していく時間、それが無為に失われるのは良い選択とは思えません」
「ふむ。確かにもし、技術導入、指導が必要な状況であれば、可能な限り早く向かわせるべきだろう。では、どうするべきと思う?」
現時点でも人材不足に喘いでいる状況であって、共和国でも政府と財閥の間で人材争奪戦が起きている。更に提案を受けたお姉様方とて、今後の発展に向けて人材確保争奪戦に参加するのは間違いない。
そして、未曾有の巨大土木工事である東遷事業も開始されようというのだ。しかも同事業は帝国の食料事情改善というリミットがある。連邦からの食料輸入によって多少の時期は伸ばせるだろうが、それとて限度がある。それに弧状列島内の統一の機運を高める施策でもあるのだ。鉄は熱い内に打て、とも言う。あまり時間をかけていては、統一への熱意が失われかねない。
そういった二律背反な状況に対して、為政者としてどう判断するか。そう問われたのだ。なかなかエグい質問である。
「アキの提案で、一番の難問は、現地で交流を担う使節団、そこに参加する魔導人形達の選別、確保です。他が全て揃ってもそこが遅れては計画が遂行できない。そして、後々までの波及効果を考えれば、森を育てる施策をしないこともあり得ない。ですので、私は今行うべきは、共和国が保有する魔導人形から、この任に耐えうる者の選別と確保に動くべきと考えます。この件は共和国の総力を上げて取り組むべきです。人材抽出の結果、国内事業に多少の影響が出ることまでは考慮すべきでしょう」
ジョウは大胆な提案を繰り出した。魔導人形の人材リストから必要な人材を抽出する。その結果、出る副作用が許容できる範囲なら甘受しろ、と言うのだ。官民問わず、いうことは誰もが理解していた。
「例えば、財閥からロゼッタを引き抜くような話でもか」
そうヤスケが問うと、ジョウは苦笑しつつも、その通りと頷いた。
「この責務を担えるような魔導人形は今でもその能力に相応しい地位についている事でしょう。引き抜くとなれば、反対されることは間違いなく、実際、引き抜くことによる悪影響は避けられません。ですが、特定の人物に頼った組織というのは歪であり、本来は是正すべきでもあります。理解を得るか代替案を出させるか。いずれにせよ、誰もが未来を担う当事者としての視点を持ち、選別に関わるしかありません」
「代替案は、他の人材を育てて任に耐えうる力量を身に着けさせる、ということか」
これにはリアが手をあげた。
「後は、中継機を高空まで飛ばして、大陸間の無線通信を実現して、共和国が支援を行うことを前提に、現地組に求める能力のハードルを下げるというのもできるかもしれない」
「電波は魔力濃度の違いによって偏向するから使えないと聞いていたが。……そうか、高空であれば周りにあるのは大気層だけで、濃度の差は殆ど生じない。電波が使えれば、地球のように大陸間の無線通信もできる、と」
「通信手段を確保するためだけに、使節団とセットで海上に外洋帆船を停泊させ続けるよりはマシだと思う。ただ、現状では原理的には行けるだろうけど、そのための機器はこれから作らないといけないから、時間はかかるよ。あと予算もね」
やろうとしているのは、「妖精の道」の位置を見つけるための発振器と受信機のペアと同じようなものだ。距離がせいぜい百キロ程度だったのが、今回の件では大陸間、つまり数千キロに伸びる違いがあるというだけで、原理に違いはない。
ここでおずおずとケイティが手をあげた。
「総論としては賛成ですが、各論としては反対せざるをえません。ロゼッタは依代の君の教育係を兼ねており、マコト文書への理解も深く、アキ様を支える共和国側の司令塔役です。また、私の配下であるアイリーン、ベリル、シャンタールも引き抜かれては、アキ様の活動に支障がでます。これはサポートメンバーとして容認できません」
これにはジョウも理解を示した。
「それを言うと、今の三人以外にも本館のマコト文書を収めた図書室の司書達など、アキの活動を支えるメンバーを引き抜くのは現実的ではないと理解しているよ。竜神の巫女とマコト文書専門家、その二つの仕事に支障をきたしては本末転倒だ」
先程の方針は、あくまでも許容できる副作用ならば、という前提だ、とケイティを安堵させた。
ヤスケもこれ以上は、議論が空回りするだろう、と止めることにした。
「アキに絡むメンバーの活動は、全勢力に影響が出てしまう。そこまで悪影響を出してまで未探査地域の文化圏の発展を推し進めねばならん訳でもない。極論を言えば、こちらで生産した大量の槍先や鏃、罠の製造に使う釘等を渡して戦術指導するだけでも、撃退程度は十分可能だ」
戦略、戦術的な知識は全員が修めてあるので、特に異論は出なかった。アキの言うように、種がバレた手品など、対処法はいくらでもあるのだ。圧倒的な個である竜族に対して種族絶滅戦争を仕掛けた戦中世代であるヤスケが言えば説得力あり過ぎというモノだった。
「それと、船団の派遣、魔導人形達による使節団の現地活動は我々だけでも可能だが、他の勢力の合意も得ていかねばなるまい。魔導人形達はあくまでも先遣隊であり、伝染病の感染爆発を防ぐ体制作りができれば、人族や小鬼族の人員を派遣することにもなっていく。鬼族は魔力の関係で厳しいかもしれんが、高魔力域なら彼らの出番だ」
話も出尽くしたところでアヤが手をあげた。
「他勢力にこの件の相談をして巻き込むのは早ければ次の春になるでしょう。統一国家を担う勢力に話を通さないわけにはいきませんから。ただ、そうなると人工衛星の情報を開示しないといけませんね」
この問い掛けには、皆も頭が痛くなる思いだった。共和国の優位を支えている独占技術なのだから無理もない。しかし、衛星からの情報抜きでは未探査領域にある大陸の話も、そこにある文明圏に介入して、対抗勢力として育てる件も話しようがない。
それと合わせて、地の勢力だけでなく、竜族に宇宙空間利用の話を開示する件も絡んでくる。秘匿していては研究組の活動に縛りが入る。アキも無制限に全部開示しろと言ってる訳では無いし、多分、話したところで、随分と手間の掛かることをしてると感心される程度だろう。
だが、長年の確執が踏み出すことを躊躇させるのだ。
「これ、あと半年で間に合うでしょうか?」
ユカリがポツリと呟いた。
そして、その返答は痛いほどの沈黙だった。誰もが最終的に向かう方向は理解していても、多くの柵を乗り越えて、本当に僅か半年でそこに辿り着けるか、辿り着かないといけないのか、他に道はないのか、そんな問いに答える事ができなかった。
◇
そうは言っても、悩んでもこの場で解決策が出るわけでもないので、技術検討の話は別途、日程調整することにして、魔導人形選抜の件はヤスケ預かりとすることで決まった。この件は民間主導という訳にはいかないからだ。
そして誰からともなく、この苦悩に満ちた状況や結末がどうなるか楽しみなどと語るアキの性格の悪さについても愚痴る事になった。あの性格の悪さはミア譲りだとか何とか。勿論、誰も本気で悪いと思っている訳ではない。未来を見通す力を持った賢者が、未来に訪れるであろう災厄の情報を持ってきたとして、賢者のことを悪人と謗るのはあまりに了見の狭い話だ。
ただ、それでも愚痴の一つや二つ、言いたくもなろうというものだ。確かにアキの言う通り、後世の歴史書にはここで重大な決断が行われた、歴史の転換点だったなどとご立派な文言で書かれるような話だ。だが、当事者からしてみれば、なんで先が見えない中、自分達がその決断をしなくてはならないのか、と運命を呪いたくもなってくるというモノだ。
あと、あくまでも当事者でなく傍観者視点、僕は未成年なので立派な未来になるのを期待してまーす、などと嘯くアキに対しては、デコピンくらい食らわせても罰は当たらないとも思うのだった。
そんなガス抜きをして解散した訳だが、まだ依代の君に会ったことがない三人は、降臨した現身を持つ神である彼のことを、アキにそっくりだとヤスケが評したことに、ドロドロとした不安を抱えることになった。
……そして、後日、共和国の館でロゼッタも同席する形で依代の君と話す機会を得たのだが、三人とも「あぁ、この二人、根は同じだ」と悟る事となった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
後編は三人が押し掛けた最終日のお話でした。用意してた「銀竜の鱗(アキ創造品)」の披露もオマケ扱いでねじ込みましたけど、ヤスケがとっとと壊せ、と渋るのも無理はありません。こんなの宝物庫に入れておくにしても、その管理だけでも頭が痛い話ですから。後から秒で作りなおせると知ってれば、とっとと壊せ、と言いたくなるというもんです。
途中、ヤスケがアキのことを総合職にして、マコト文書専門家と称してましたけど、マコト文書自体が地球の専門課程全般(入門レベル)、文化、歴史などを広く、そこそこの深さでカバーしているという代物なので、専門家と言ってもかなり特殊な職業と言えるでしょう。しかも、その中でアキが得意とする分野の多くは、世界全体を人類が認識するに至った現代に成立した学問(例:地政学、地理学)なので、語る内容に対応する専門家が、こちらの世界には存在しない、というのも大きなアドバンテージでしょう。
専門家はいない、だけどアキが語る内容を理解はできる(共和国限定)、という絶妙の匙加減です。全てはミアのシナリオ通りだった!?、と邪推するのも無理はありません。
あと、これまでに出した要素を組み合わせると、世界どこでも天空竜をお届けします、などというサービスも実現しかねないことが明らかになりました。本来なら天空竜は自分の巣からあまり離れられないという問題を抱えているんですけど、召喚体や召喚術式と組み合わせて、空間跳躍を使えるならば、本体が現地入りできる、という常識破りが可能になる訳です。
ヤスケはもう、内心、天を仰ぎたい気分だったでしょうけど、それを年の功で完全に隠して「それを前提とするなら~」などと話を進めてました。彼の落ち着いた態度があればこそ、話も荒れることなく進んだと言えるでしょう。二十二章ではヤスケが今回の提案をお姉様方も引き摺って、本国に持ち帰って長老達にぶちまけることになりますが、長老達の会議室が阿鼻叫喚の地獄絵図に変わる事だけは確定でしょう。
全勢力参加の軍事同盟締結、勢力間の食料供給協定を結び、連邦では休耕地を使った食糧増産開始、全勢力参加による巨大土木工事である東遷事業開始をするよ、と決まって一週間もしないうちに、今回の提案ですからね。
さぁ、次は世界だ、文化圏のレベルアップだ、全文化圏をもってエウローペ文化圏を封じ込めよう、と。
何の冗談だ、と暴れたくなる気分でしょうね。本編でも隠し切れない怨念がアキの元にも少しは届くと思います。
<今後の投稿予定>
二十一章の各勢力について 三月六日(水)二十一時五分
二十一章の施設、道具、魔術 三月十日(日)二十一時五分
二十一章の人物について 三月十三日(水)二十一時五分
二十二章スタート 三月十七日(日)二十一時五分
<おまけ>
ジョウが指摘した、魔導人形達による使節団形成は、今回の計画の肝の部分、そこができてなければ他が全て出来ていても意味がないクリティカルパスになります。全ては仕立て上げた使節団を目的地に送る為にあるので、その準備をどう行うか、それを先ず何とかしないと計画は始動できないのです。