SS⑨:お姉様方から見たアキ(中編)
今回は本編ではなく、押し掛けたお姉様方から見たアキ、という観点の第三者視点描写です。読まなくても本編理解には何ら問題はありませんが、読むとより一層楽しめることでしょう。本編だとアキ視点なせいで、他の面々の苦労具合が一部しか見えてませんからね。
アキから三者三様の提案を貰い、宿題が出されて、場所を大使館に移したお姉様方だったが、雨の中、別館から歩く足取りは重く、道中の会話も途切れがちだった。確保している客間で濡れた外套を女中人形達に渡して、温かい麦茶を飲んで座り込むことしばし。
落ち着いたところで、ミエが口を開いた。
「いやぁ、まいったね。宿題なんていつぶりだったか」
思いは同じだったようでマリも頷きながらそれに続く。
「しかも、得られた内外状況と今後の各社の取り組みを基に、今後、統一を果たした弧国が進むべき道筋を論じよ、ね。言うのは簡単だけど、要求内容は専門教育レベルだわ。それも複数学科に跨るような卒論レベル」
マリの認識にユカリも同意しつつ、更に上乗せをしてきた。
「そして、アキは私達がそれに明確に何らかの答えを示せるだろうことを微塵も疑ってなくて、自分にない視点の意見が色々聞けることを楽しみにしてる。期待され過ぎて溺れちゃいそう」
あぁ苦しい、などとおどけて見せたけれど、目はマジだ。
ユカリの言う通り、これは宿題であり超えるべきハードルなのだ。アキは三人がミアの友人であり、話した内容と提案に対してもきっちり理解を示したことから、それを土台として未来に思いを馳せることは十分可能で、最低限これくらいは、というラインと、それをどれだけ超えてくるか、期待の眼差しを熱く注いでる……そんな状況なのだ。
最低ラインを超えなければ、期待は失望に変わってしまうだろうし、あまり超えなくても評価は伸びず、そして高く超えてもアキの想定範囲内なら、その範囲内で凄い、という限定評価になる。アキの想像を超え、尚且つラインを大きく超えてこそ、大札を持つメンバーと認められるということだ。
今、三人はそれぞれ異なる分野の大会社を率いている代表だ。ただ、それは共和国という枠の中だから大会社というだけで、弧国という視点では、財閥に比べれば小粒と言わざるを得ない。
ミエはそこで目を細めた。
「けれど、一年間、頼る相手と看做されなかった低評価を返上するなら、アキの予想を超えて見せるしかない」
マリも苦笑しながらも続く。
「それも、大人の余裕を見せつつ」
ユカリも目を細めながら、最後のトッピングを加える。
「そして、そうした未来に思いを馳せることを楽しみ、未知へと踏み出す姿勢も示すこと」
単に予想を超えるだけでは驚かせても、そこまでだ。アキの進む道に絡んでいこうとするなら、大札としての実力を示すだけでなく、誘われれば未知に共に進む意欲と、言わなくても誘ってくるような積極性が欠かせない。
そして、三人とも、友人であるミアの末妹にして、ミアが己が命を賭けてまで欲した愛しい男の子でもあるアキに対して、今回限りで後は頑張れ、と道を違えるつもりなど更々無かった。
……まぁ、三人ともミアの友人をやってるだけのことはあって、同世代でも頭一つ、二つ抜き出るくらい負けず嫌いな上に、道理が邪魔ならそれらを壊しても進むような性分というのもあるだろう。
こうして、三人はアキが宿題と称した課題に、いつになく熱心に取り組むことになった。ホワイトボードに板書する為に、ケイティに頼み込んでベリルを派遣して貰い、必要に応じて本館とレーザー通信を繋いで、マコト文書の司書達から情報を入手する気合の入れ様だった。
◇
そして、深夜といっていい時間帯になって、ようやく意見も出尽くして、出た意見の検討も終わったところで、予め、連絡を入れておいたヤスケに、検討作業が終わったので合流して欲しい、と告げることになった。
大使館内の一室で生活をしているだけあって、ヤスケが合流するのは早かった。
挨拶もそこそこ、ベリルが隣に控えているホワイトボードの多くに目を通し、時折、三人やベリルに質問はするものの、その多くの時間、何も語らず、興味深げに眺める姿は、三人も自然と居住まいを正すほどで、室内を胃が痛くなるような緊張感が包むことになった。
そうして、記された内容を追うだけでもたっぷり三十分ほど費やしてから、ヤスケは底なし沼のような眼差しを三人に向けて口を開いた。
「始め話を聞いた時にはどうなるかと思ったが、三人にしては随分真面目に考えたな。明日の歓談には、政の関係者として、大使のジョウを参加させよう。儂らは聞き役に回るからそのつもりで備えておけ」
アキの母にして議員でもあるアヤ、アキの姉にして研究所所長でもあるリア。この二人はマコト文書を非公開部分も含めて一通り全部目を通しているので、今回の趣旨では同席はしても、あまり前面に出るのは議論が偏る可能性が高く望ましくない、ということ。そして長老のヤスケが話に加わると、どうしても政の比重が高くなり過ぎてしまう。
儂ら、とはそうした三人は同席すれども発言は控える、という意味だった。
「ジョウ大使ですか」
「議員よりは上、長老よりは下、全権を担う立ち位置で、不測の事態に備える力量もある。今回の話題に政を担う者として出るにはちょうど良かろう。お前達も民間を担うという意味では、三人合わせても財閥には届かぬが、そこらの企業群よりは活きがいい。自分達が担うであろう未来を語るのに相応しい顔ぶれだろう」
などと言って、ヤスケがいつになく楽しげに笑みを浮かべた。
こんな笑みを浮かべる長老の姿など見たことなどあっただろうか。長老と言えば、いつも立ち塞がって邪魔をしてくる頭の堅い大ボスといった印象ばかりだった。彼らの治世を支える理を打ち砕き、押し広げる彼女達が見る長老というのは、しかめっ面をしていて、苦々しげな視線を投げつけてくる手強い存在だった。
それが笑み、だ。応援するような気配すら感じられる。あまりに異質で身構えてしまった。
そんな彼女達の反応を見て、ヤスケは心外だ、といいつつも上機嫌に語った。
「自分達の領域だけを見て突き崩してくるお前達には手を焼かされてきたものだったが、それが広い視野を持って皆の未来に思いを馳せるようになるとはな。老骨に鞭打ち国に奉仕してきた時もそろそろ終わりが近づいてきたかと思うと感慨深いモノがある」
何とも情感溢れる独白に、三人はハッと気付かされることになった。
つまり、明日の歓談、弧国の外向きの施策を語り合う、というのはそれだけの難題なのだ、と。長老が応援する、というのはそういうことだ。
「ヤスケ様、明日の歓談はそれほどなのですか?」
その問いに、何を当たり前のことを、とヤスケは意地悪げな表情を浮かべた。
「アキは世界視点が当たり前の時代に育った専門家、お主等は共和国という小さい針穴から外を覗いていた雛達。四人合わせて、儂らが支援についてちょうどよい塩梅だろうよ。アレはそういう存在だ。幸か不幸か、儂らはアレの語る意味を理解し、実現しうる国力、技術、知識を持っておる。足りて無ければ、現実性がない夢物語として深く語ることなく終わっていただろう。地球に追いついていたなら、アキと話をしても得るモノは少ない。そういう意味では今の儂らはちょうどよい立ち位置だ。ミアがどこまで狙ったのかはわからんが」
今は不在のミアに対する思いを語るヤスケは、手を焼かされる孫の苦労を楽しげに語る祖父といった様子で、三人は思わぬ面を見て大いに驚いていた。同時に、そんなヤスケがマコト文書を読んでいるというアヤやリア、それに長老である自分を含めて、総勢七人掛かりで挑んで、アキとちょうどよいと告げた事に戦慄を覚えていた。
魂入替えの術を実施した、つまりそのタイミングを選んだのはミアだった。そして、ミアは実施するタイミングを図るだけの長い時間もあった。
アキの持つ地球の現代知識、感性といった技能が最大限発揮しうるタイミング、共和国がそこまで達するのを待ってから、魂入替えを実施したのではないか。全てはミアのシナリオ通りだった!?
……勿論、多くのことを知るヤスケからすれば、それは冗談の域だったのだが、三人からすれば、それでもミアならやりかねない、と思わざるをえなかった。
ミアをして行き詰まり、実現不可能と判断することになった次元門構築。その行き詰まった状況を打破するには、アキの言葉を、働きかけを皆が聞けるだけの土壌がなくてはならない。財閥が活動を支えようとも、ケイティを始めとした最高レベルと言えるサポートメンバー達が脇を固めようとも、アキ自身が、常識という堅い岩盤を打ち砕く力を持てなくては意味がないからだ。
「ジョウ大使と認識を合わせておきます」
「程々にな。どう備えようと、その場で移り変わる話題に即応していくしかない。アキの朝は遅いのだから、心身を整えるのを第一とせよ」
そう告げると、ヤスケは足取りも軽やかに去っていった。
一瞬、どうするか、と三人の視線が行き来したものの、悩んでもどうなるものでもなし。さっそく杖を操ってジョウ大使に連絡を告げて、明日の歓談への参加と、その前準備に今からやってくるように、という依頼という名の命令を出した。
待つことしばし。
「このような夜分遅く、お姉様方からのお誘いとは言え驚きました。ヤスケ様からの指示とのことでしたが仔細をお伺いしても?」
大使として洗練された振る舞いでやってきたジョウに対して、三人は大歓迎と言ってもいい歓待ぶりで受け入れると、特等席という名の監獄にジョウを座らせて、懇切丁寧に経緯と、これまでに三人が検討した内容をホワイトボードを使ってベリルの補足も含めて説明し、明日は政の担当枠として、三人の民間枠に対となる形で出席してね、と誘うのだった。
ジョウはと言えば、共和国が誇る大輪の華に囲まれた時点で、己が運命を悟って諦めの境地に達していた。しかも、長老のヤスケが、自分は後で聞き役に徹する、政の話は任せた、などと投げてる時点で、明日の歓談の難度は、地獄モード確定だ。
それでも、持ち前の鍛えられた外面を活かして、あぁ、実り多い時間になりそうですね、などと相槌を打って、必死に自分の立ち位置と、三人とのバランスを取るべきポイントを探ることになった。
明日の歓談は、統一を果たした弧国が外に向けて行うべき施策とは何か、という視点で話し合うのだ。それは政一辺倒でもいけないし、民需に任せるだけでもいけない。両者が手を取り合って、明確な意図を持って練り上げた大戦略を遂行していこう、というお題目だった。
だからジョウは、アキが歓談に参加できる時間から逆算して、今晩どこまでを話して、明日の朝、起きてから何を話し合っておくか、落とし所を思案することになった。必要な調べ物があれば、朝までに用意させる。そしてそれらがない中でどこまで認識を揃えておくか。
いつも通り、これはチーム戦だ、と思い返した彼は、手強い三人の相手をしつつ、これまでにアキと散々話してきた経験を活かして、無駄な事前検討を打ち切り、必要な資料をすぐ取り寄せられる手筈だけ整える方向へと巧みな話術で誘導していくことになった。
そして、その手慣れた手腕を見て、三人もまた、明日の歓談は、専門教育を担う教授達とのガチな闘論をするつもりで備えるのだった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
中編は三人が押し掛けた二日目のお話でした。相変わらずヤスケはアキのことを「アレ」扱いしてますけど、まぁ、そういったように別枠扱いしないとやってられん、という心情の現れなのです。
アキの言葉は平易でわかりやすいんですけどね。だからこそ、何故他の選択肢ではなくソレなのか、過不足はないのか、と考えられる人なら、触れてない部分のあまりの多さに寒気がすることでしょう。
あと、ジョウもいきなり深夜に翌日の対応をぶち込まれてご愁傷様でした。本人も語ってるように、アキが語る内容をカバーしてる専門家がこちらには存在しない以上、事前準備と言っても限度があるので、ある程度で切り上げてその場に臨む、というのは潔い姿勢と言えるでしょう。彼も慣れたもんです。一年も振り回されていれば、まぁ、学習もするってもんでしょう。
<今後の投稿予定>
SS⑨「お姉様方から見たアキ(後編)」 三月三日(日)二十一時五分
二十一章の各勢力について 三月六日(水)二十一時五分
二十一章の施設、道具、魔術 三月十日(日)二十一時五分
二十一章の人物について 三月十三日(水)二十一時五分
二十二章スタート 三月十七日(日)二十一時五分
<参考情報>
google mapのストリートビューを世界地図レベルで眺めてみるとかなり面白いですね。国の形がはっきり見えるほど網羅されている国々もあれば、インドネシアのように高密度な島と疎な島と極端に分かれているところもあり、中東地域のように都市部分だけ点のように埋められていたり、中国のように大都市ですら道路レベルの閲覧ができず都市内のピンポイントでしか閲覧できなかったりと、色々と見えてくるものがあります。地形図と併用して見ると、人が住める地域がどこかの判断にも使えるでしょう。ロシアですら結構網羅されているのに比べると、中国の情報取り締まり具合が突出してますね。