SS⑨:お姉様方から見たアキ(前編)
前回のあらすじ:弧状列島を統一した国家の弧国(仮名)が外向きに行うべき策について、ちょっとプレゼンの流れをミスって、僕が他の国々を身代わりにするような主張をした、と誤解されそうになって慌てて釈明しました。ちょっと最後、バタつきましたけど、全体としてはいい感じに提案できて良かったです(アキ視点)
今回は本編ではなく、押し掛けたお姉様方から見たアキ、という観点の第三者視点描写です。読まなくても本編理解には何ら問題はありませんが、読むとより一層楽しめることでしょう。本編だとアキ視点なせいで、他の面々の苦労具合が一部しか見えてませんからね。
ミアの友人であり、アキがお姉様方と呼ぶ三人、ミエ、ユカリ、マリの三人が、目覚めたアキが驚きながら後ずさる様子を見て受けた印象は「あぁ、この子はミアじゃないな」だった。
寝ている時こそミアの面影があると思えたものの、その髪はミアの金髪ではなくリアと同じ銀髪で、ミア似というよりはリア似といった姿だったからだ。
その瞳の色もミアは蒼だったが、アキはリアと同じルビーのような赤。
魔力属性がリアと同じ完全無色透明で感知できず、それもまたリア似の印象を強くしていた。
何より、目覚めてこちらに向けた眼差しが、見知らぬ者に向けるソレだった。振る舞いも聞いている年齢通り、躍動感溢れるもので、ミアが徹底して完成させた「ミアが求めるミア」の落ち着いた様とは別物だった。
アキと名乗る少女は、僅かにミアの面影はあるものの、ソレ以外の多くがリア似であり、更に振る舞いも違っていては、アヤとハヤトの三女だと言われれば、しっくりくる有り様だった。
初日の歓談を終えて、三人がリアの部屋に退散したのは、混乱した気持ちを整理するためでもあった。事前に仕入れていたアキ、竜神の巫女にしてマコト文書の専門家、全勢力の要にして、次元門研究チームの纏め役だとは聞いていたが、そんな外っ面の情報など、アキの本質を理解するのには大して役に立たなかった事も大きかった。
三人に捕まえられたリアは不満を口にした。
「私の部屋を避難場所に使うの止めて欲しいんですけど」
そう言いながらも、三人が座れる椅子を女中人形達に用意させる辺り、三人との力関係が解るというものである。
「あら、だってリアも愛でたかったのだもの。光栄に思いなさい」
流石に頭を撫でるような真似こそしないものの、ミエは久しぶりの再開を素直に喜んだ。同じ島に住んでいると言っても、出不精な街エルフ達は必要がなければ何年も会わないこともザラだ。だからこそ、久しぶりに会った時には、再会したことに喜びの態度を示すのが定番なのである。
「そうそう。ちょっとリアも確認させてね。……不思議だわ」
ユカリはリアの返事を待たずに首元に触れて、その肌触りを確認して首を傾げた。
「何の話?」
ユカリの行動を不思議に思ったマリが問うと、ユカリは確認した結果を話しだした。
「アキがリアよりずっと若く見えて不思議だったから、アキ、ケイティ、リアの三人の肌に触れて確認してみたのよ。ケイティとリアは年齢相応ってところだったけれど、アキは明らかに肌の瑞々しさが違っていたわ。あれ、ミアじゃないのは確信したけど、本当に隠してた末妹とかじゃないんでしょうね?」
ユカリは、本来なら自分たちと同世代のミアの体なのだから、魂が入れ替わって魔力属性や振る舞いが変化したとしても、身体年齢、今回で言うと肌年齢といったところは変わらない、と予想したのだ。ところが、触れてみれば明らかに若々しい。
「もし、私と同じ完全無色透明な魔力属性の末妹がいたら、ミア姉は積極的に関わっていっただろうし、そうなれば皆さんがそれを知らないって事もないよ」
「知ってる。私に可愛い妹ができたの、って散々自慢されたんだから、末妹なんていたら、さぞかし愛でてたわね」
小さい頃から、ミアに可愛がられていて、当然、友人達にも紹介して自慢しまくってたのだ。恥ずかしい気持ちもあったが、そうして愛情を注がれること自体はリアも嬉しく、そんな姉がいたことを喜んでもいたのだった。
「アヤさんに隠し子がいた説は危険だわ」
マリが神妙な顔で告げると、ミエ、ユカリも違いないと頷き、この部屋の防音性能を確認する始末だった。
「そんなに警戒してるなら、大使館に戻ればよかったのに」
「それじゃ、リアに話を聞けないでしょ。色々と確認したいことがあんのよ」
リアの問いも、ミエは愚問、とばっさり切り捨てた。
◇
「それで聞きたいことって?」
これにはユカリが冗談交じりの表情で口火を切った。
「リアとアキが魔力共鳴に似た何かで、その魔力を前例がないレベルで大きく強化した件は聞いてるわ。それとアキの身体年齢が明らかに若くなってる原因究明が進んでいるなら理由を教えなさい。リアが年相応で変わってないことからして、魔力共鳴自体が原因ではないのでしょ?」
芸事が専門なだけあって、化粧だけでなくアンチエイジングの研究にも余念がないのだ。長命種なのにそっちの追求もする人もいない訳でもない。無頓着な層も多いが、日々の積み重ねが姿となって現れる、と言う派閥も結構な割合でいるのである。
「アキしか事例がないから推測の域を出ないけれど、魂に男女の別はないけれど老若の差はあるのではないか、というのが一つ。恋する男女の見た目が綺麗になるのと同じ、というのが一つ。後は合せ技だけど魂の若さと魔力の強さが相乗効果で身体に影響を与えた、といのが一つだね」
魂、というよりは心といった方が適切だろうが、成長期の心と大人になってある程度完成した心ではその在り方はかなり違いがある。成長期の心は未熟故に変化していこうという姿勢に満ちている。それに対して育ちきった心はそこからは基本は変わらず円熟味を増していく方向にシフトするものだ。
恋する気持ちというのは、アキのミア好き、お姉さん好きな強い思いを指している。長命種だけあって街エルフは、個人差はあるものの、人族のように燃えるような恋愛といった傾向は弱く、炭火のように少しずつじっくり熱を上げていくような恋愛が主なのだ。そうした基準から言えば、アキはすっかり恋愛脳になってます、といった状態に見える。それが身体に影響を与えているのでは?という訳だ。
最後の合せ技は、こちらの世界では強い意志は理すら捻じ曲げる事から推測された話である。つまり常識外の魔力を備えた体に、若々しい心が宿れば、心に合わせて体が変化してもおかしくない、という訳だ。実際、強い魔力を備える魔導師達は活力に満ちた若々しい見た目の者も多い。
「ならリア、貴女も恋をしなさい、ばーんと燃えるような恋を! それでリアが瑞々しい肌になれば、魔力共鳴の効能が一つ解き明かされることになるわ」
解明されたなら、当然、その恩恵を自分達も手に入れるのだ、とユカリはがっつり主張した。
「いやさ、ユカリさん、それは順序が逆だよ」
「あら、リアも案外夢見る少女なのね。心配しないでも順番なんて大した問題じゃない」
良い人を見つけて両思いになって綺麗になるのも、そうなりたいと思って良さげな人を見つけて両思いになって目的通り綺麗になるのも似たような話よ、などと笑い飛ばした。
リアは、魔力属性の関係で鳴かず飛ばずの期間が長く、同世代との関係が微妙で、色々遭って、全員叩きのめしたりしてる事もあってか、いまいち、こう、彼らに対して恋愛感情が湧かないのだ。だからといって、より上の世代や、下の世代ならどうかといえば、そっちも微妙。
居心地悪そうなリアに対して、マリが助け舟を出してあげた。
「そちらは今後の研究に期待しましょう。それより、リア。アキの振る舞いは、明らかに年不相応だわ。まだ十八歳なんでしょう? それで私達を前にしてのあの落ち着き、こちらに合わせた話の進めかた、質疑への対応慣れ、どれをとっても、あんな事ができる子なんて普通いないわ」
マリが感じたアキの印象は、円熟味と若さの共存、といったところだった。言葉の端々に若々しい理想主義的な視点や、未知に対しても不安より希望を見出す若さが感じられた。しかし、その話の進め方、皆に魅せる態度、表情、落ち着きは場馴れした円熟味さえ感じられた。普通は両者は共存できないモノだ。
「アキの場合、私もそうだけど、天空竜クラスの魔力でないと感知できなくなっているから、こうして対面してても、相手から魔力の圧を感じないってのは大きいかもしれない。それと円熟味はあって当然って気はするよ。アキはミア姉相手に資料なしでのプレゼンを少なくとも三千回はこなしてる計算だから。心話で心を触れ合わせつつだから、動揺とか迷いなんてのも露骨にバレる。アキはミア姉にかなり鍛えられてきた。だからそんじょそこらの成人を迎えた程度の若者じゃ歯が立たないと思うよ」
それと、アキが話しているのは自分が良く知っている分野だから、落ち着いて話せるし、何を聞かれても余裕を持って答えられる、とも補足した。
マリもそう言われれば、確かにある程度納得がいく内容だった。
街エルフなら誰でも一定の義務教育を終えて、成人してれば、どんなことでもだいたいできるようになる。だがそれなら大企業の社長である彼女達を前にして、誰でもアキのように持論を展開して、自分のペースで終始リードをしながら話ができるか、と言えばそれは無理だ。
アキが語る分野、マコト文書の範疇はアキは詳しいが、聞き手は詳しくないという非対称性があるというのも大きいだろう。誰しも良く知らない分野であれば、突っ込みの鋭さも鈍るというモノだ。
アキが今回語った地政学、植民地政策、現地の分割統治手法、弧状列島に分割統治で割り込まれる危険性は、弧状列島内、それも人類連合の後に共和国が控えているという状況では、必要とされず、社会から生じることのない学問であり政治問題だった。アキはそれらが必要とされた時代を知っていて、その変遷と行き着いた果ても知っているから、それを参考にこちらの状況や先行きをある程度予想できる。しかし、こちらの人々にそれを望むのは酷というものだ。ある意味、未来を覗き見たからこそ語れる内容なのだから。
それに、アキも街エルフが得意とするような分野、話題になったなら、もう少し相手に主導権を渡していることだろう。アキはケイティが歪過ぎると称したほど、実務の経験が足りないと評されているくらいだ。野外演習などさせれば、あまりに何もできないことに、呆れられることだろう。
ミエが疑問を口にした。
「リアもマコト文書は読んでいて、魔力属性も同じ、魔力の強さも同じと聞いてる。なら、リアもアキと同じように話ができるかい?」
成人してて、より人生経験豊富で実務経験も多く研究所の経営もしていて、マコトの文書も読んでいるのなら、能力的には互角以上じゃないか、とまぁ、そういう問いだ。
「それは無理。アキは世界全てが繋がった地球の世界観で育ってきて、そこに至る歴史も学んでいるけど、私にとって国とは共和国であって、海外交易している範囲も地球に比べれば大して広くないこちらがベースだから。アキが語るのは現実世界の歴史や仕組み、私が語ると良くできた小説の設定くらいの差になるよ」
いくらマコト文書を読んでいて、その記載同士の整合性が取れていたとしても、それは実際には触れることもできないお話の中の事で、どうしても現実味は薄かった。マコト文書ではこう書かれていた、といったように語ることはできても、それは砂上の楼閣といったところだったのだ。
アキは地球で二十一世紀の時代に生きていて、その世界の中で暮らし、その世界の情報の多くに触れてきた。当たり前のように静止衛星軌道上から眺めた日本列島の天気予報図を毎朝見て育ってきた、そんな世代だ。違いはあって当然だった。
◇
そういえば、とリアが問い掛けた。
「ミア姉は皆さんに何も告げずに、地球に行ってしまったけれど、ソレについての不平不満をもっと語るかと思ってました」
自分達の船でロングヒルに乗り込んでいくぞ、というくらいだから、もっと荒れた感じかと予想してた、とリアが話すと、三人とも思うところはあるけれど、それをアキに話してどうなるものでもなし、とサバサバしたモノだった。
「それより、リアの方が心配だった。実際、魂交換の場に立ち会ってたんだろう?」
そう問われると、リアは少し表情が暗くなった。
「ミア姉が心話をしている間も、魂入れ替えが行われた場合に備えて立ち会ってたからね。ミア姉の魔力が消え失せて、その瞬間、ミア姉の髪の色が金から銀に変わっていき、同時に私の魔力も跳ね上がって、近くにあった魔導具は全部お釈迦。大変だったよ」
あらかじめ、決めていた手順通り、生体反応確認をして、魔力属性変化を確認、ある程度、強化されることを前提にした寝室に運び込んで、とアキが目覚めるまでの間は色々と大変だった、と語った。
「その割には落ち着いてる感じね」
ユカリに指摘されると、リアはアキが目覚めたときの様子をざっと語った。マコトがミアと魂を入れ替えてこちらに来たこと、だからミアはこちらにいないことを知ると、大泣きして大変だった、と。けれど、そうして自分より混乱して悲しむマコトがいたからこそ、逆に落ち着くことにもなったとも。
「今でも貴女の妹は泣き虫なのかしら?」
「あんまり悲しいと、トラ吉さんを抱えて慰めて貰うくらいには。まだ時折あるんだ」
リアが、トラ吉さんを抱えた仕草をすると、ミエが懐かしそうな視線を向けた。
「姉妹揃ってトラ吉さん頼りか。今度来る時には昔の写真でも持ってこようか。まだリアが小さかった頃、トラ吉さんに抱きついて遊んでた奴とかさ」
角猫なのに、幼子相手の加減が上手でうまくあやしてた、などと言われるとリアもかなり恥ずかしそうだった。まぁ、それでもいきなり拒んだりしないところは成長した証だろうか。
「構わないけど、見せる前にチェックするからね」
「姉の尊厳を守るのも大変ねぇ」
などとユカリに揶揄われたけど、リアも自分で撮影したアルバムを見せたりしよう、と思うのだった。忙しくて、アキの時間に限りがあったから、アキにはそうした家族が歩んだ歴史についても語る時間を設けてこなかった。
代表達も帰国したし、後は伏竜絡みの一連の説得が終われば冬も本番、雪に覆われれば静かな時間を過ごすことになるのだから。そう思うリアだった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
前編は三人が押し掛けた初日のお話でした。あれこれ考えていたんだぞ、ってとこですね。
髪と瞳の色が変わったのは魔力属性が変わった影響です。なのでこちらの世界の人達は何気にカラフルな色をしてます。あと魔力属性は感知できるので、髪の色を染めたり、カラーコンタクトをしても、魔力属性との差異が出てしまうせいで違和感だらけ。何気に変装が難しいのでした。
あと、ミアの妹自慢は、長命種あるあるネタですね。年下というのはなかなか生まれませんから。なので、アキからリアが「リア姉」と呼ばれて喜んだのも無理はないことなのでした。
<今後の投稿予定>
SS⑨「お姉様方から見たアキ(中編)」 二月二十八日(水)二十一時五分
SS⑨「お姉様方から見たアキ(後編)」 三月三日(日)二十一時五分
二十一章の各勢力について 三月六日(水)二十一時五分
二十一章の施設、道具、魔術 三月十日(日)二十一時五分
二十一章の人物について 三月十三日(水)二十一時五分
二十二章スタート 三月十七日(日)二十一時五分