21-9.機を見るに敏(中編)
前回のあらすじ:三人がロングヒルにやってきたのは、代表の皆さんが集って政治的に大きな動きがあるだろうから、その場、その時に立ち会うことで、変化に素早く対応していこう、という意図からだってことがわかりました。それはそれとして、依代の君と会談することへの食いつきは良かったものの、試練があるかも、覚悟してね、と教えられたら酷く狼狽してました。一般の方々の反応ってこんなモノなんでしょうか。彼もちゃんと加減はすると思うんですけどね。(アキ視点)
依代の君という、現身を得た神との会談を行えるという話は、嬉しさよりも、高位存在に対する本能的な恐れみたいなのが前面に出ている感じだった。彼も降臨直後に比べれば随分と丸くなったんだけどね。
ケイティさんが魔獣を相手にする時のように心を強く持てば対処できますから、と宥めても、上位五指に入ると言われる探索者であるケイティさんの言葉はあまり安心を齎してはくれなかったようだ。なら、ジョージさんはどうかと言えば、やはり五指に入る探索者なので一般目線の意見にはなりそうにない。
まぁ、でも、母さんやリア姉も、ミア姉の家族という補正はあるにせよ、何度も彼とは歓談してて、その性格を理解しているので、ミア姉救出に問題を起こすようなヘマはしない、三人はミアの親友なのだから、彼は十分、配慮してくるとフォローしてくれた。
神様がそういう打算的な行動をするのか、って疑問は持ったようだけど、信仰によって存在する本体と違って、現身を得た彼は、僅か一ヶ月とはいえ歩んできた過去があり、ミア姉救出という未来に向けて今の立ち位置と振舞いを考えて布石を打ってくるようにもなった。その在り方は定命の我々にかなり近づいたと言える。
さて。
流石にケイティさんへの質問乱舞も落ち着いてきたので、実りある話題に切り替えていこう。
「彼には、ミア姉とのエピソードの一つ、二つでも披露してあげれば満足するので、支払える対価を皆さんはいくつも持ってる思えば、安心できるかと思います。それでは話を戻しまして。皆さんは大きな変化が起きるだろう場所、時にその場にいることで、いち早く対応しようと考えられたとのことでしたので、こうしてお会いできたことを言祝ぐ意味も込めて、僕からもちょっとした将来への種になりそうな話題をお話しようかと思います」
そう話すと、三人が慌てていた様子を改めて、キリッとした表情を向けてくれた。
「あら、嬉しい申し出ね。払える対価があると良いのだけれど」
ミアとのエピソードを披露するとかでいいのかしら、とミエさんは口にした。
「それで十分です。同じエピソードでも語る人の視点によって印象も変わるでしょうから、少しずつ教えてください。それで先の話の前に、皆さんのこれまでの振舞い、過去一年分について、情報を整理してからの方が、より具体的な提案を話せるので、お一人ずつ確認させてください」
僕の提案に三人も頷いてくれた。
ふぅ。
このお姉さん達も、マスコミ、芸事、出版と、次元門構築に直接的には絡まないけど、多様な種族がこれまでにない深い交流を進めていく未来においては、絶大な影響力を発揮できる大札なんだよね。未来が豊かに安定路線を進んでくれれば、研究組への支援継続への不安要素も減る訳だから責任重大だ。さて、気合を入れて行こう。
◇
さて、誰からにするかな。ある意味、縛りが一番強いマスコミ業界、ミエさんからにしよう。
「では、報道分野に携わっているミエさんからとしましょうか。この一年、弧状列島全体の情勢としては、三大勢力の休戦があり、天空竜と僕が共和国や帝国、連邦を訪れたりもしました。「死の大地」の扱いという将来への大きな宿題についても、帝国から呪われた地の協力が示されたりと、勢力間でも手を取り合う気運が大きく高まってきたと思います」
「そうね。あまりにも変化が急過ぎて、ニコラス大統領のお膝元であるテイルペースト、それとここロングヒルに新たに支局を開設して、活動基盤の拡充を急いでいるけれど、記者も編集者もそうそう簡単に増やせないのが悩ましいわ」
ふむふむ。
「財閥が配送・郵便網を整備していると言っても、そもそも提供する情報を集めて、記事として編集するだけでもかなりの手間ですからね。ちなみにニコラス大統領の活動を推してくれているのは嬉しい話ですけど、それはどんな意図からですか?」
「連合内におけるニコラス氏の立場は以前はかなり脆弱だった。そこにロングヒル常駐の文官達の任命権を財閥が与えることで、彼の政治力は大きく高まることになったのよね」
「ですね。その節ではニコラスさんには連合内の取り纏めをして貰えて助かりました」
当初は覇気が薄いなぁとかお疲れな感じとか色々あったけど、今は随分元気になってくれて頼れるおじ様って感じになってくれましたから、と補足すると、呆れられてしまった。
「貴女が財閥当主代行ですらない、というのがほんと、信じられない話よね。財力はあっても人材不足に喘いでいた財閥と、連合所属国への名目上の命令権こそあれど、二大国の圧もあってその調整役に甘んじていたニコラス氏、その両者を繋いで双方に大きな益を齎したアキの手腕は高く評価されてるわよ?」
「まぁ、窓口が一本化して貰えると、連邦、帝国とのバランス的にも良かったですからね。結果として弧状列島の安定に繋がってくれて幸いでした。それで話を戻すと、ミエさんの新聞社としては、ニコラス大統領からの情報発信を推していく、というのは結構大きな決断だったように思えますがどうでしょう? ほら、新聞社って一応、中立性を謳うモノでしょう?」
そう話を振ると、ミエさんはあらあら、と目を細めた。
「そこはアキの言うバランスよね。帝国のユリウス帝、連邦の鬼王レイゼン、我が国の長老達は人数がいるのと、一歩引いた位置にいるから別とすると、連合として格を揃えるなら大統領のニコラス氏を紙面としては取り上げるのが王道だもの。でも、アキの聞きたいのはそんな話じゃないのよね?」
「ですね。どうせならもっと踏み込んだ生の意見が聞きたいとこです」
「アキ、貴女、席だけで良いから、ウチの社外取締役に名を連ねて貰えるかしら? 社の方針に関与する話となると、部外者だと据わりが悪いのよ」
んー。
「基本、ロングヒルから僕は動けないので、こうして別邸に来て貰った時にお話するか、レーザー通信でお話することしかできませんけどそれで良ければ」
「十分よ。手続きの方はマサト、ロゼッタの両名としてしておくわね」
これには、ユカリさん、マリさんも乗ってきた。
「あら、それなら私達の方もソレでお願いするわ。マコト文書専門家、それに竜神の巫女として、他勢力への造詣が深いアキからの提案なら、話も進めやすくなるから」
「アキや翁も出版業界には興味を示してくれてるようだから、二人の席を用意するわ。あくまでも参考意見を述べる立場に留めるから安心して」
マリさんが枠を広げてきたことで、お爺ちゃんが好々爺の笑みを浮かべた。
「それは嬉しい話じゃ。儂もこちらの話を纏めた本を書いておるからのぉ。プロの目線で手を貸して欲しい時もあるじゃろう。息の長い付き合いとしていきたいモノじゃ」
っと。
「それじゃ、お爺ちゃんとマリさんはその件は別途、調整ってことにしましょう。皆さんとの手続き的な話はケイティさん、あちらの二人にお願いしておいてください」
ほって置いたら、ずぶずぶと深いところまで話し込んでいきそうだから、ここで食い止めた。まぁ、僕が寝てる間ならお爺ちゃんも時間は自由だから、話をする時間を設けるのは簡単ってことで大人しく引き下がってくれる。
ケイティさんも財閥との調整はお任せください、と引き受けてくれた。
ふぅ。
「では、ミエさんの話に戻しまして。ニコラスさん推しについて、会社として何か目論見があるようなら教えてください」
ミエさんも、大した話じゃないけれど、と内情を明かしてくれる。
「実のところ、それほど勿体付けた話じゃないわ。三大勢力を並べると、連邦は地域的な面や人口の少なさもあって合議制の体裁は取っているけれど、その決断は迅速と言える。帝国はユリウス帝と先帝、先皇后の三人による体制が盤石な中央集権化が進んでいて、領土の広さ、人口の多さの割に、その意思決定の速さは連邦に並ぶか勝るほど。その点、連合は寄り合い所帯の体が強く、意思決定が遅く、常に出遅れてる感が否めないわ」
ふむ。
「だからニコラス大統領の情報発信を後押しして、連合の意思決定の迅速化に努めたい。方向性は理解できます。それで、三勢力を並べて揃える、その考えですけど、それは共和国、長老の方々の見解に沿うモノですか? それともミエさん達の会社独自?」
そう踏み込むと、ミエさんはにっこり笑みを浮かべた。いやぁ怖い、怖い。
「共和国は連合に属するロングヒルと同盟を結んではいるけれど、連合自体に属してはいない微妙な立ち位置だわ。互いに独立している勢力である以上、長老衆が働きかけると外交としての側面は外せない。だけど、連合の在り方にモノ申したい。そんな時に我が社の社説や専門家の意見として紙面に手を加えることはあるわ」
だがちょっと待って欲しいとか、議論はまだ深まっていないとか、疑問を抱くのは私達だけだろうか、みたいな奴だね。
まぁ、そこまで露骨にやってたりはしないだろうけど。
「母さん、ミエさん達の報道姿勢ってどんな感じ? 政府方針を推すほう? それとも抑えるほう?」
そう話を振ると、困った顔をしつつ、それでも、話してくれた。
「あくまでも私見であって、ここだけの話だけど、国の方針には従う姿勢を見せつつ、議論の活性化を推すといったところかしら。ここ一年だけで見るなら、年配層と若年層の対立が激化しないように、それでいて未来に向けた議論を深めていくように、あまり加熱し過ぎず、さりとて沈静化もしないよう、匙加減に苦慮しているってところね」
うわぁ。
ミエさんも笑顔が固まってるし、他の二人も触れると危険って意識なのか、詳しい話は知らないです、って顔をしてる。
皆の視線が集まったことで、ミエさんも咳払いをしながらも、リブートする。
「耳の痛い話だけど、そういうこと。長老衆は年配ということもあって、竜族への激しい思いが根強くて、ここ一年の融和ムードにも苛立ちを隠さない過激な方々も少なくない。勿論、それに呼応するような人はそう多くはないけれど、それなら、アキに倣って竜族と親密な交流を進めていこうという人々がいるかと言えば、これも少しずつ増えてはいるけれどまだまだ少数派。残りはとにかく情報が足りない、理解に足る情報が欲しい、と中立を示しつつ、融和に向けて理解を示す層といったところ。幸い、共和国は海を挟んで距離を置けているから慌てず時代の変化を読んで行こう、拙速な動きは控えるべきだ、ってね」
かなり気を使った言い回しをしてくれて嬉しい。
「ヤスケさんも竜族への激しい思いを理性で抑えてる感が強いですからね。でも、これまでの街エルフの視点、認識は外から見たモノであって、この一年で大きく進んだ竜族の文化、社会、竜達それぞれの思いや認識といった内から見た視点を得たことで、理解が深まったことには同意してくれてるんですよね。年配層の方々も、これまでになかった面からの膨大な情報を得て、信条が揺らいだりしてません?」
ヤスケ御爺様もロングヒルにやってくる竜達との交流を通じて、竜族への思いとは別にして、それぞれ竜に対してはその理性的な振舞いや姿勢に対して信頼するに足る、と認めてくれているんですよ、と話すと、三人の目が点になった。
「ヤスケ……御爺様? アレを御爺様呼ばわり?」
アレ扱いとは。
「色々と気を配って下さったり、優しいところがあったりして、御爺様呼びしたいと言ったら認めてくれたりと、結構、フレンドリーなとこが多いんですよ。竜族への思いが真逆だったりはしますけど、竜種への興味の深さはなかなかのモノがあってお話してても楽しい方ですから。目がかなり怖いとことか、心のどろっとした底のない暗さとか凍り付いてるとこはありますけど、そこを別にすれば、素敵な方ですよね」
何気にデレてくれる時もあったりして、あれはあれで良き、なんて語ると、三人から信じられないモノを見た、って酷い視線を向けられてしまった。
あれ?
「時々、深い思考をズバズバ試してくる時もあったりして、頭を全力で使うことを強いられたりもするけど、ちゃんと加減もしてくれてて、先生って感じがまた良くて。……ってどうしました?」
僕の問い掛けに、ミエさんが三人を代表して、何とか絞り出すように返事を出してくれた。
「……脳が共感するのを拒んでるけれど、アキがミアの思想を受け継いだ愛弟子であることだけは理解できたわ。相手の全てを受け入れるなんてそもそも無理なのだから、残念なところはそれはそれで認めて、好ましいところに目を向ければいい、だっけ?」
「ミア姉がよく言ってた事ですね。誰だって一つや二つ、どうかと思うところはあるのだから、トータルで付き合うのに足る相手なら関係を続ければいい。一部が気に入らないからと関係を断つなんて勿体ないって」
そうそれ、と同意すると、ミエさんは頷きながらも苦言も口にした。
「そこはミアの良いところでしょうね。ただ、必要がないと判断した時にばっさり切るとこもあるから良し悪しとは思うわ」
引き籠って、マコトくんとの心話を第一にするようになってからは、表のことはマサト、ロゼッタの二人に任せて、人付き合いも最低限に絞ってたくらいだから、と。
すると、思わぬ方向からミエさんへの援護射撃が舞い込んできた。リア姉だ。
「アキも必要ないと思うとばっさり切るとこがあるよね。最初にニコラス大統領と会った時なんて、人事権の提案も手を取っても取らなくてもどっちでもいい、って態度で、アレは私だって酷いと思ったくらいだよ」
えー。
「いや、あの頃ってニコラスさんも燻ってた時期でお疲れだったから、ほら、イマイチ感が強かったでしょ?」
「だからって、何百万という人々の代表としてやってきてる大統領がわざわざ最前線でもあるロングヒルまで足を伸ばしてやってきたってのに」
「でもさ、差し伸べた手を掴むくらいの気概は見せてくれないと――」
リア姉にチクチクと当時の塩対応を指摘されて、アレはちょっと配慮に欠けてた、と認めつつも、仕方ないとこだった、という論で対抗してみたんだけど、そのやり取りを見てたお姉さま方からは、あぁ、ほんと、ミアそっくり、などと溜息をつかれることになった。
評価、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲が大幅にチャージされました。
キリがいいので、今回はここまで。前後編のつもりが前中後編に伸びました。
ミエの新聞社について、アヤもここだけの話、と本音で語ってますけど、今の日本と違って、こちらは戦時体制ですから、政府の意に沿わない、許容できる範囲を超えたと判断されれば、軽く首をギュっと絞められることもなるだけに、何気に怖い話でもありました。
長命種なだけあって、そこの匙加減を間違えるような輩はとっくに干されて、吊るされて、外されてるでしょうから、ミエもそこを間違えることはないですけどね。
アキはミアらしいと言われても喜ぶだけでしょうけど、何気に見切りが早いとこがあるのは強みであり弱みでもあるってとこはあります。ニコラスの例は本編で語られている通りですが、他にもマサトが推してる魔導甲冑の瞬間装着に関する案件も、面白いと思い出資もしてるけれど、渡された会報もぱらっと見た程度で実は詳しく読んだりはしてません。起きていられる時間にかなりの制約があって読む暇がないからというのが一番大きな理由ですけど、後は概要は必要に応じて同じ出資者でもある翁に聞けばいい、と割り切ってるからというのもあります。進展があったら、また実際に見せて貰えばいいや、と。そう考えた時点で意識に区切りを付けて、その話はここまで、とする。こちらだとケイティ達、サポートメンバー達がいるので、そうして意識から外れた案件も、ちゃんとフォローが入りますけど、日本で暮らしていた頃なら、零れ落した話も随分多かったでしょうね。
次回の投稿は、十二月十七日(日)二十一時五分です。