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21-8.機を見るに敏(前編)

前回のあらすじ:絵本について出版業界のマリさんから、気長に行くしかないよ、という残念な見通しを教えて貰うことになりました。皆さん、淡泊ですね。あと、人形遣いの資格更新、お姉さん達は試金石扱いとのことで、普通の資格更新とは随分毛色の違うことをやらされそうです。ご愁傷様。(アキ視点)

さて、僕が希望した絵本を集める件だけど、それだけなら出版業界のマリさんはともかく、マスコミのミエさん、芸事系のユカリさんは殆ど絡まない案件とも言える。それでも、三人が揃ってやってきた理由は何だろう? 勿論、相談もなしに魂交換の秘術を断行したミア姉への感情的な対応は大きいだろうけれど、それだけが理由じゃないというヒントは母さんからも聞いている。


それなら、何を目的に来たのか。


んー、三人の大雑把な立場は資料で読んだけれど、強いて言うなら、三大勢力の代表達が集っている期間に、ロングヒル訪問を狙っていたところがポイントかな。


母さん指導の人形遣いとしての資格更新という懲罰的挑戦確定という現実に打ちのめされていた四人も、少しは持ち直してきたみたいだから、気も紛れるだろうし、お姉さま方がやってきた本題に入って行こう。


「絵本集めの方は気長に進めるしかなさそうとのことですので、急ぐ話でもありませんし、そちらはゆったり構えて進めていこうと思います。情報は集まってくるでしょうし、その編纂をちょこちょこ教えて貰えるだけでも、僕やお爺ちゃんからすれば、楽しみですから。あー、その編纂過程を纏めたドキュメンタリー本とかも読みたいですね」


「そうじゃのぉ。国内の資料を集めるだけでも苦労するじゃろうが、文化の違う勢力からとなれば、誤解なく読めるように注釈を入れるだけでも一苦労じゃろうて」


なんて言いつつ、お爺ちゃんもその苦労話が読みたい、と満面の笑みだ。


これにはマリさんが苦笑しながらも、現実的な落し処を教えてくれた。


「二人は勿論、サポートメンバー達も異文化への興味はかなり高いのね。聞いた感じだと調整組の中でも森エルフのイズレンディア殿か、技術としての切り口が合わなければ淡泊なドワーフのヨーゲル殿辺りの意見にも耳を傾けるべきと思うわ。私も時折、こっちにくるから、その時にもう少し一般層との意識のズレを理解しましょう」


「そんなにズレてます?」


「皆がそれほどまでに前向きに突っ走る性格なら、群衆資金調達クライドファンディングの多くが予定金額確保に達せず、計画延期や中止に陥ることもないわね」


 おや。


お爺ちゃんと思わず顔を見合わせてしまった。


「魔導甲冑を瞬間装着する話とか、天空竜が空を飛ぶ様を紹介する映画とか、僕やお爺ちゃんが絡んでる話って、どれも予定金額を大幅過達したって話しか聞いてないので、もっと盛況なのかと思ってました」


「うむ。儂もマサト殿に紹介して貰った一覧から選んでおるが、どれも過達をしていて、先の見えない計画にこれほど挑戦する意欲があるのかと驚いておったんじゃが」


僕達の疑問にマリさんは答えを教えてくれる。


「それは、二人がマサト、財閥の家令である彼の眼鏡に適う、厳選された計画リストから選んでいるからでしょ。魔導甲冑の瞬間装着はちょっと毛色が違うけれど。アレは一部の熱狂的な出資者達の太い支援が続いたことで、興味を持った一般層を巻き込んでいった例外よ。アレなんて結構長い間、碌な成果も出せず、会報の冊子なんて同じ大きさの金塊より高額、とか揶揄されてたくらい」


「夢があって格好いいと思うけど、結構苦労してたんですね」


「届いた会報には何十という試作品を作ってきた過去の歩みなんぞも書かれておった。未知に挑むというのは大変なんじゃよ」


そもそも実用性が高く手が届くようなら国や一般企業が実用化しとるじゃろ、とお爺ちゃんは理解を示した。


「まぁそうだよね。ちなみに勝率はどれくらい?」


「五分と言ったところかのぉ。一割には届かん」


やっぱ、勝率は悪いね。でも、マリさんは少し感心した眼差しを向けてくれた。


「二人とも勝率の悪さは理解してるようで良かったわ。せいぜいお小遣いの範囲に留めておくのが吉よ。返ってこないくらいの気持ちでいないとやってられないから」


何とも、経験の重みがありそうな言葉だね。


「マリさんも何か出資されたことがあるとか?」


「私の本業の出版業なんて、ある意味、常に勝負してるの。私達目線では売れると思った本が売れず、在庫の山の前で途方に暮れたり、予想外に売れ過ぎて増刷が間に合わず商機を逃したり。シリーズモノは手堅いけれど、あまり巻数が増えると新規読者が購入を躊躇ったりもして大変なのよ」


 あー。


「受注生産だけに限っちゃうと、興味の薄い層が手に取らず商機を逃すとかもありそうですね」


「そうなのよ。そもそも前払いしてまで買おうなんて人は多くなくて――」


流石、本業の話なのか、当たるも八卦当たらぬも八卦なところがある出版業界の闇が深いのか、マリさんがよくぞ聞いてくれましたと饒舌になってきたんだけど、そこをミエさんが割り込んで止めてきた。


「はいはい、そこまで。マリの話は長いんだから今回は遠慮なさい。聞きたければうんざりするほど聞けるんだから、二人も今は我慢して。時間も限られているから本筋に入らせて貰うわ」


ミエさんが仕切るとマリさんも引いてくれた。まぁ、その際に、ウチの業界の苦労話の本とか興味ある? とか聞かれて、勿論、と答えたら、何冊かプレゼントして貰えることにもなった。……太い支援者候補と看做されたのかもしれない。まぁ、誰かが買わないと執筆してる人達も食べていけないからね。お小遣いの範囲で応援したいとこだ。





仕切り直しということでミエさんが話を切り出した。


「私達が今回、ロングヒルにやってきたのは、ミアへの色々な思いや確認したい気持ちも大きかったけれどそれだけじゃないわ。理由はわかる?」


 ふむ。


「皆さんが当初は、三大勢力の代表の皆さんが滞在している期間に訪問することを希望されていたと聞きました。そうなると、事前情報としてあったのは、帝国が成人の儀と称した限定定期戦争を行うか否か、って話が焦点になっていたので、どう話が転ぶにしても、何某かの商機、活路があると感じて、変化の起きるその場、その時に居合わせたいと思われたからといったところでどうでしょう?」


間接的に、何人もの人を経由して何日か遅れで話を聞くよりも、その場、その時にいれば、代表達が帰国した後では確認しようがないような疑問も、その時点で解消できるかもしれない。次に代表達がやってくるのは春先、半年後になるから、より正確に情報を得ておくことはそれだけで大きなアドバンテージになる、ってとこだと思う。


僕の返事は及第点を貰えたようだ。ミエさんは手が届けば頭を撫でてあげる、ってくらいの笑みを浮かべた。


「正解。これまでも財閥が常に先手、先手と動くことができたのは、アキのサポートとして、それから各勢力との交流を担う大勢の文官達の活動を支える見返りに情報を先んじて得られる点が大きかったと思うの。それにこれまでと違って、今回、帝国からの戦争回避となれば、勢力間の民間交流を取り巻く環境も大きく変わる、そう考えたのよね。まさかここまで激変するとは思ってなかったけれど」


せいぜい限定戦争は延期、上手くいって中止。それなら竜神子支援機構の活動や、交流祭りで盛り上がった市民層の他勢力への関心を持続させていくための施策を打ち出す事もありうる、くらいまでは考えていたのよね、と遠い目で教えてくれた。これにはユカリさんも続いた。


「今はまだロングヒルでも他勢力の常駐人数を大きく絞ってて、芸事に長けた人達を招くこともできていなかったけれど、交流祭りの大成功を受けて、常駐人数制限の緩和や、連邦、帝国の人達を対象とした寄席の開設くらいまでは考えていたわ。だけど、全勢力参加の軍事同盟締結となれば、戦争への備えも大きく減ることになり、その分、民需は増える。それに東遷事業だったかしら。アレだけの巨大事業となれば、現場での娯楽への欲求ニーズは天井知らずに跳ね上がるわ」


こんなに大きく状況が動くなんて。やっぱり無理を言ってロングヒルに来てよかった、などと手を叩いてユカリさんは喜びを示した。


マリさんも、予想を超える激変、という思いは同じだった。


「マコト文書抜粋版の他言語バージョンも売れ行きが好調なのよね。それに付随して注釈本も要望が多く舞い込んでいて、久々の太い案件にウチもここは打って出るべき、と判断したわ」


 ん。


「マリさん、注釈本って何です? 神官さん達の講釈、説法を纏めた本ってことですか?」


「それも注釈本の一つね。マコト文書の神官もどうしても人数も限られてしまい、ロングヒルや大国での活動が中心になってしまってるの。それに説法を聞くにしても、会場にそう多くの人は入れない。だから、マコト文書を読んだ人達の疑問は多く、その解消を求める声はとても大きくなってきたわ。ほら、日本あちらの国は、こちらとはあまりにも取り巻く環境が違い過ぎるでしょう? そうなると書いてある内容は平易でも、何を意味しているのかよくわからない、なんて事が起こる。注釈本は、絶対的に不足してる神官達を補う為に必要なの」


 うわぁ。


「そこまで盛り上がってるとは知りませんでした。そうなるとマコトくんに集まってる信仰力も増えてそうですね。あー、でも、急激に増やしても地に足の着いた活動にならないから、地道な活動が必要なんて神託も降りてたし、フォローを入れないと不味そうってのはありそうですね。依代の君と話をしてみると良いかもしれません。神官のダニエルさんも同席した場とすれば、実りある会談となるでしょう。ケイティさん、スケジュール調整とかできそうです?」


「はい。最優先だった逢引デートも終えてスケジュールには余裕があります。依代の君は共和国の館でも活動してますが、マコト文書の信仰に絡むお話であれば、神官ダニエルがいる別邸の方が良いでしょう」


ケイティさんの物言いに、マリさんは少し圧倒されながらも予定を捻じ込む。


「信仰の話なのに、信仰対象の神様と直接話ができるなんて、驚きの体験ね。それなら明日以降で調整をお願いするわ」


「畏まりました」


マリさんが正直に驚きを表現するのもわかる。宗教の教祖と話をする、というだけでもなかなかない機会だろうに、信仰対象の神様が降臨し続けている、という時点で前代未聞の事態だからね。過去の神の降臨は、長くても数分、それに数える程度しか事例も無かったんだから。


そして、この話にはミエさん、ユカリさんも食いついた。


「その会談には私達も参加するわ」


「ケイティ、後で対面する際の注意事項も教えて。教義上の禁忌(デッドライン)は抑えておきたい」


「そこは緩いので心配される程のことはないと思いますが、ダニエルから後程、説明させましょう。ただ、依代の君に興味を持たれて、軽い試練を受けさせられるかもしれません。そちらは覚悟をお願いします」


ケイティさんの物言いに、ちょっと疑問が浮かんだ。


「ケイティさん、試練って何です?」


「依代の君は、相手を試す悪癖がありますよね。特に思想、信条のようなその者の根幹に関わるような部分について、そこが揺らぐような問い掛け、見直す切っ掛けとなる例を示すといったことをして、心を揺さぶってくることがありました」


 あー。


「確かにそんなこともありましたね。集まった神官の皆さん達もかなり狼狽してて、何人かは依代の君からの神託も届かなくなったとか」


「それです。現身を得た神である彼の言葉は、高位の精神系術式に相当する威があります。精神防壁の護符も必要があれば用意しますが如何しましょう?」


この問いには、お姉さん達も一も二もなく護符を求めた。


 ん。


「皆さんのような立場であれば、護符くらいお持ちかと思いましたけど違うんですか?」


僕の問いにはケイティさんが答えてくれた。


「アキ様、街エルフの一般的な外出時の装備として選ばれるのは耐弾障壁の護符なのです。それに護符同士は干渉してしまうので、複数を身に付けることもありません。今回のように脅威が明らかな場合でなければ精神防壁の護符は身に付けないでしょう。それと提供する護符は長老達でも貸与で済ませる貴重な品ですよ」


 なんと。


「母さん、日本あちらの家電製品並みに魔導具は普及してると聞いてたけど、精神防壁の護符ってそれほど需要ニーズがないの?」


この件は、ちょい議員さんをしてる母さん視点の意見も聞いておこう。


「街エルフの成人であれば、心を強く保つ技法は身に付いているから、それほど需要ニーズは無いわね。そもそも共和国から外に出ることも稀だから、精神防壁を必要とするような相手、例えば魔獣の類との接点も普通は無いわ。あぁ、ただ、三人とも希望をへし折るようだけれど、依代の君相手に護符なんて、それこそお守りくらいの意味しかないから過剰な期待はしないでおきなさい」


母さんのズバっとした物言いに三人ともそれはも見事なほど凹んだ顔をした。さらにケイティさんが追撃をかける。


「そもそも強い信仰を持ち、神官の地位にある者達ですら、依代の君の言葉に信仰が揺らいで、神託が聞こえなくなった程ですからね。彼はそういう存在ですが、心を揺さぶって、抗う姿勢を愛でているだけですから、覚悟さえ決めておけば何とかなります」


流石、ケイティさん、依代の君の本質をよく理解してる。試練を与えて乗り越えることでより成長させようとか、そんなご立派な気持ちなんて彼は持ってない。あー、全然は言い過ぎだけど、積み上げたジェンガの塔に対して、ここの棒を抜いたら面白そう、とかその程度の軽い気持ちが殆どだ。あぁ揺らぎそうだなぁ、ちょっとどうなるか見てみたい、と。


ただ、三人は探索者ではない一般層に該当するせいか、そもそもそんなにヤバい相手のか、高位の精神系術式ってどれくらいなのか、自身の神官の信仰をへし折るってどういう事なのか、神官達なんてレアケースじゃなく、もっと一般に近い相手で、試練を受けた相手はいなかったのかとか、後から後から疑問が噴出して、その勢いが収まるまで暫くケイティさんに捌いて貰うことになった。


これまでに会ってきた方々って、まつりごとの代表とかの立場だったせいか、何かあれば覚悟を決める事を自然にしてたから、こっちの人達ってそういうモノだと思ってたけど、どうもそうではなかったようだ。


お爺ちゃんはどうかと目線を向けてみたけど、やっぱりお爺ちゃんも三人の反応を少し驚きを持って捉えているようだった。

いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

誤字・脱字の指摘ありがとうございます。自分ではほんと気付きにくいので助かります。


三人がロングヒル入りを決めたのは、決定的な瞬間にその場に立ち会うこと、その為に貪欲に前に出ることを決断した、といった姿勢が垣間見えるお話でした。後編ではその辺りをもうちょいフォローしていきます。


彼女達も何気に大企業のトップだったりするんですが、やはり大企業群である財閥とは規模も在り方も違い過ぎるので、その動きは財閥に比べると大きく遅れた感があります。でも、民間企業として考えると、そもそもこれまでだと動きようがなかったんだよ、といったところで、決して新規事業への意欲に乏しい、みたいな話じゃないんだぞ、と。


まぁ、状況にいち早く対応する、で留まっているのが彼女達の限界とも言えるんですけどね。現状が気に入らない、なら、邪魔なところを全部壊して整地し直しちゃえ、って動くミアやアキの姿勢が特殊過ぎるのも確かです。


それと、依代の君の発する言葉、心を揺さぶる問い掛けへの一般枠の反応もやっと表現する機会がありました。これまでは対峙するにも決死の覚悟が必要な天空竜達、それと向き合うことがお仕事の為政者達だったり、そういう存在相手でも必要があれば話を聞くよ、というぶっ飛んた研究者達、それにアキのサポートメンバーのように仕事としてもう覚悟を決めてる者達くらいしか登場していなかったので、なかなか一般層視点の描写をするシーンって無かったんですよね。


彼女達が一般層かというと、街エルフという全スキルがプロ最低ライン到達、というアレな種族で、その上澄み相当なので、あまり一般層と連呼すると、そんな訳あるかー、と人族、小鬼族の一般層が憤慨しそうではありますが。鬼族は長命種なので街エルフ寄りですね。


ちなみに雲取様のいる場で、妖精達と一緒に吹奏楽を奏でたロングヒルの軍楽隊の皆さんですが、アレらは一般枠から逸脱した存在です。そもそもがロングヒルの軍人達という時点で連合の人達から見れば「アレら」扱いされるくらいの連中で、それが一年近く、頻繁に来訪する天空竜達の圧に晒され、慣れてきた結果なので。


多分、精神判定+2(中級魔導具装備相当)の効果は付いてるでしょう。


次回の投稿は、十二月十三日(水)二十一時五分です。

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