21-7.咲き誇る大輪の薔薇達に囲まれて(後編)
前回のあらすじ:ミアの友人の皆さんは、魔力属性が変わったという点を決定的な証拠とは看做さず、他の可能性を潰すことで、ミア姉の狂言、悪戯の可能性を消したかったとのこと。それにしても視線一つでバレるとは奥が深い。あと母さんって人形遣いとしてかなりの使い手であることも判明しました。確かに言われてみれば、数十体同士の模擬戦闘なんて演舞のように打ち合わせだってやり様がないのに、千変万化する状況を全て捻じ伏せて完封する、という時点で圧倒的な力量と見切るべきでした。まぁ僕のように荒事に疎い人からすると、とにかく凄いんだろうなあ、としかわからない域なんですけどね。(アキ視点)
ネタ晴らしも終わり、三人も海を渡ってやってきた本題を切り出してくれた。絵本の件ということでマリさんが口を開いた。
「それで長老達から、ウチに対して各国の文化についての理解を深める為、絵本を集めるよう話が来たのだけれど。発端はアキで、弧状列島に住まう各勢力、それに妖精族との間での相互理解を勧めたいというのが趣旨で合っているかしら?」
「はい。いきなり専門的な知識ばかりを伝え合うより、もっと根本的な部分での文化、思考的な部分を理解する取り組みが必要だと思うんですよね。今はそれぞれの専門家達が狭い分野について交流を行い、ついでに私的な部分での個人的な交流を行うといった事がロングヒルでは行われてますけど、そうして得られた知見の共有が得られていないのは勿体ないかな、と」
何が面白いと感じるのか、何を重視するのか、そういった感性の違いも個人差なのか、その種族特有の文化なのか、それとも種族の違いより郷土の違いによるものなのか、職業の違いなのか、といったところをもっと体系立てて理解していくべきだろう、って語ってみたんだけど、三人のお姉さま方の反応はいまいち芳しく無かった。
「アキはそういう本があれば読んでみたい人なのね。翁もそうかしら?」
「儂も勿論、読んでみたいのぉ。こうしてこちらで多くの時間を過ごしておっても所詮、儂一人が知りうる範囲など狭いモノじゃ。せっかくこれほど、こちらの世界は広く大勢が暮らしておるのに、そのほとんどを知らぬことが残念でならん」
お爺ちゃんの熱弁に、似たモノ同士なのね、などと苦笑されてしまった。
「二人がそれほど他所の文化に興味津々だと、他人もそうと誤解するかもしれないわね。ねぇ、アキ。我が国は海外との交易を通じて、海を越えた先にある多くの国々の情報を持ち帰り、それらの情報を編纂して出版もしてる。なら、その本はどれくらい売れると思うかしら?」
僕は、聞いている街エルフの人口や魔導人形達の稼働人数から推測して、これくらいかなぁ、という数を伝えてみた。
「外れ。残念だけど、その一割も売れてなくて、前金を受け取って行う受注生産で限られた人の手に渡るだけなの。その中には仕事として必要だからと購入している関係者達も含まれるから、純粋に趣味で購入している人となると更に減っちゃうわね」
えぇ……。
「マコト文書が伝えるあちらと違って、こちらでの森林資源保護の方針が強いのと海外から木材輸入をしてないのもあって、そもそも出版される本の冊数が人口比で行くとあちらよりかなり少ない、というのはあるわね。受発注システムがあって、指定冊数だけ少数生産できる魔導具もあるから、日本のように毎月、膨大な数の新刊が出るなんて事もないの」
あー。
考えてみれば、日本列島と大差がない弧状列島においてその半分、山間部を竜族が縄張りとしていて、残りを他種族が分かち合ってる状況下じゃ、森林資源の貴重さは日本の比じゃないや。そうして得られる木材は建材にも使うのだから、紙に回せる総量がそもそも少ない、と。
「物資の制約があって発行部数が限られる、そうなると本の単価も上がるからそうそう気楽に買えない、というのはわかりますけど、それでも、随分少なくありませんか? 街エルフの人口からすると、一部の好事家が買ってるだけと感じました。宣伝が足りないとか、出版社の方であまり力を入れてないって事はありません?」
「そもそも受注して必要な冊数、すぐ生産できるのよ? 話題になって自分も欲しいという人が出てくれば、すぐ製本して提供できるの。それでも、数が出ない。友人の誰かが購入したとして、それをちょっと借りて一度読んでみればそれで満足しちゃうのね」
うーん。
「皆さん、淡泊なんですね。街エルフの皆さんは出不精で筆まめと聞いていたから、さぞかし読書家が多いだろうと思ってたんですけど」
「あら、竜神子や竜族に関する特集本はよく売れてるわよ? 特に天空竜と実際に対面した方々からの注文が殺到して増刷を何回もしてる程だもの」
ふむふむ。
「実利に絡んでくる話だから、というのは大きそうですね。それに衝撃的な体験でしょうから、他の人達がどう感じたのか、何を思ったのか、そもそも見上げるだけの恐ろしい存在であった天空竜達とはどういった種族なのか、今後、身近になっていくとなれば、興味を持つ方も多くなるでしょう」
「そこなのよね。縁も所縁も無い、遥か彼方、海の向こうにあるような国の話となると、最初こそ物珍しさがあるからそこそこ本も売れるけれど、探査船団も半年、一年といって頻度でしか戻ってこないから、そうそう新鮮な情報も増えないし、追加情報もそう多くない。となると前回との違いのページを読む程度でいいから、と誰も新刊は買わないの」
むぅ。
「それなら、今回、同盟を締結した四勢力だけでなく、竜族、妖精族への興味も高まりそうって話ですか? 今後、交流頻度も増えて、身近に感じる事も増えるから、より多く知りたい、詳しく把握しておきたい、というニーズは増えるでしょう?」
「そこがそもそものボタンの掛け違いなのよね。私も概要しか聞かされていないけれど、弧状列島の統一国家だっけ? それって当面の間は各種族の身の丈の大きな違いもあるから分かれて暮らすことが続くって話でしょう? ここ、ロングヒルだけが恐らく例外としてあり続けるだろうって」
「そうなるだろうと予想してます。同じ家に住むのにも難儀しますからね」
小鬼族は小学生くらいの背しかないし、鬼族はといえばプロレスラーが子供に見えるほどの巨躯だ。日用品のありとあらゆるモノについて、小鬼用、人用、鬼用と分けざるを得ない。
「互いの持ち物すら分けざるをえず、確か道路を作る場合ですら、小鬼族は圧がとても低いから地盤改良を殆ど必要としないとか差があるのよね?」
「はい。逆に鬼族の方々となるととても体が大きいので、しっかり深いところまで押し固めておかないと道路が歪んでしまうそうです」
「そうなると、どうなるかしら? 確かに国境は接しているけれど、交易とて飲食物や多少の鉱物資源のやり取り程度はあるとしても、双方の交流はあまり進んでいかない。そもそも同じ連合内ですら、国を超えた交流は乏しく、他国の事を多く知るのは商人や政の関係者達くらいだわ」
「……もしかして、せっかく絵本を集めても、読みたい人が増えないと?」
お爺ちゃんの様子をチラ見すると、信じられないって顔をしてる。
「翁は不満そうね?」
「それまで知らなかった土地について、見聞きできるとなれば、乗り込んでいきたくなるじゃろう? 多少、歓迎されておらんでも、こう、姿を消して、こっそり覗き観に行こうと思うもんじゃ」
あー。
「ソレは妖精さんの奥ゆかしい文化も影響してるかも。地の種族だと相手に悟られずにそっと眺めて回るような真似は無理だから」
「まぁ、それはあるかもしれんのぉ。儂らなら飛んで行けばすぐなんじゃが」
そんな僕達のやり取りを微笑ましく眺めていたマリさんは、はいはい、と手を打った。
「探索者向きのメンバーばかり揃ってるから思考が偏るのかしら。それだと探索者稼業の長いケイティやジョージも、他文化への興味振り切れ勢ってところのようね」
まぁ、興味がなければわざわざ危険覚悟で海外に出掛けて行ったりしないもんね。二人もまぁそうだ、と頷いた。そして、マリさんはだけど、それは世間一般の反応からは大きくかけ離れている思考だ、と駄目出ししてきた。
「でも、残念だけど、探索者稼業に踏み出していく人が少ないように、探査船団の人員確保に苦労しているように、縁も所縁も無い地にわざわざ足を運ぼうという人は多くないし、普段の生活をしながら、ちょっとした娯楽や趣味として、他種族の文化に手を出す層も多くないの」
手間の割には売れないのよ、とマリさんがぶっちゃけてくれた。あぁ、なんて残念。
◇
「だから、絵本だけじゃなく民話、伝承といった広い範囲で情報を集めるべきと返事をしたわ。ほら、貴女達、妖精の道についても話を探していたでしょう? 案外、話が伝わっていくうちに変遷してく場合もあるから、広く集めると見えてくる事もあったりするのよ」
ほぉ。
「それは素敵ですね。樹木の精霊の皆さんにも聞いて貰ってるんですけど、集まってきてる報告書を見た感じだと、年月に対する感覚が僕達とかなり違ってて、春夏秋冬の繰り返しが主軸になってて、実をつけるようになった頃とか、枝が大きく折れた昔とか、聞いてもいつと特定できない話が多いと嘆いてました」
「樹木の精霊との話を多く集める、という時点で前代未聞だけれど、それはそれで種族差があって興味深い話とは思うわ。ただ、一般受けはしないわねぇ、残念だけど」
これにはお爺ちゃんも頷くしかなかった。
「巻き付いてきて悪さをする蔦が嫌いだとか、取り除くために虫を呼び寄せただの、確かに儂も固有名詞が特定できておらん一次報告書は読む気になれんかった」
「植物を分類して、区別して、その特徴を伝え、共有するのって地の種族だからこそですもんね。樹木の精霊同士の情報共有、文化が希薄だから、そこを特定していくのが大変だ、あれ、とかこれとか、樹木の精霊の勢力圏で実物を示して貰って、そこから何について語ってるのか特定しないといけないとか、確かに嘆きたくなるのもわかるよ」
それも樹木の精霊と言っても樹木の種類が違えば、物事への捉え方も変わってくるから、好みも思考も千差万別らしい。
「一般層が興味を持つとしたら、それらを分析して一般向けに読みやすく編纂してからでしょうね。だから、各勢力の情報を集める必要はあるけれど、気の長い事業になることは覚悟なさい」
げ。
「それって何十年とかかると?」
「そんな短期間で終わるとは思えないけれど、最低でもその程度は掛かるんじゃないかしら。アキが言うところの争いの減った時代が当たり前になれば、兵として技を研ぎ澄ますのに費やしている時間が空くことになる。そうしたら、その空き時間を他の事に回すようにもなるでしょう。例えば、他種族について知りたくなる、とか」
うわぁ。
「帝国領での東遷事業で、各勢力の国力を敢えて削って戦争の気運を減らすとしても、当面は互いに戦力を保持しての睨み合いが続くことを考えると、やっぱりそうなっちゃいますか」
「剣も弓矢も一日さぼるだけでも力量が落ちてしまうから、その鍛錬に費やす時間は膨大よね。あぁ、やだやだ」
マリさんはそうした訓練はお嫌いなようだ。これにはミエさん、ユカリさんも深く頷いた。
「どうせ戦闘の九分九厘は魔導人形達が担うんだから、私達まで個人技を磨く必要は低いと主張しても、魔導人形が常に傍らにいるとは限らない、万の訓練があるからこそ一の命が救えるのだ、って言うのよね」
「そんな訓練をするくらいなら、稽古に打ち込んだ方がよほど社会に貢献すると言っても、上の世代はほんと頭が固くて――」
なんて、きゃいきゃいと言ってから、はたとそこで母さんの存在を思い出して、ちらりと様子を伺ったりしてる。
母さんもそんな三人の若い主張に目を細めながらも、一応理解を示してくれた。
「確かに非常時に備えた訓練も多くなり過ぎれば、平時の生活を圧迫してしまうから、そのバランスは大事とは思うわ。ただ、どこが妥当な落し処なのか、誰かが探らないといけないのも事実なのよね。アキが見聞きしてきた情報からしても、鬼族の達人は過去ほど多くはないし、その人口回復ペースもとても鈍いのだから、達人を前提とした資格更新は過剰じゃないか、って意見もあるの」
この言葉に、三人の表情が一瞬輝いた。……まぁ一瞬だけど。
「貴女達はその為の試金石。鬼族の達人級に備えるのが割に合わないのか、許容できる備えなのか見極める確かな目が必要なの。頑張りなさい、一般代表。貴女達で何とか対処できるなら、それを前提に一般層にも求めていくから」
母さんの声は、三人には死刑宣告のように聞こえたらしい。もうこれ以上ないってくらい落ち込んでそのまま床にのめり込みそう。
「誰が見ても精一杯尽力し、そして為した結果と示すとなると大変そうじゃのぉ」
そこにお爺ちゃんが追い打ちの言葉を呟いて、三人が逃げ場のない死地に追い詰められた、と嘆くことになった。……なお、そんな三人を見て、あぁ可哀想に、などと他人事のように眺めていたリア姉も、貴女も参加するのよ、と現実を思いださせらて凹むことになっていた。魔力共鳴の影響で人形遣い用の魔導具が使えないから私の参加は適切じゃない、とか愚痴ってみたものの、道具の故障時を想定した検証もやるのだからぴったりでしょ、と退路を塞がれて、リア姉も天を仰ぐことになった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
アキが思いつきで提案した絵本集めですが、出版業界人からすると、なかなか売り上げに結びつかず、息の長い取り組みにしていくしかなさそう、という残念な見通しをなる事が示されました。まぁ、仕方ないとこなんですよね。普段の仕事をしつつ、戦時体制ということもあって、定期的にそうした訓練にも駆り出されることになるのだから、そもそも自由時間が日本に比べると少ないんです。それに本文中にアキも話してたように、木材の供給量が少ないですからね。全部国内で賄うしかない上に国土の半分は、竜族の勢力圏では、日本みたいにばんばん新刊なんて出せる筈もなしなのでした。
きっと本もすり減るように読まれてから、再生紙にされていくんでしょうね。価格も高くて自宅に専用の書庫を持つことがステータスになる、そんな世界観です。街エルフは裕福なので、それでも蔵書数は多い方なんですけどね。それでも日本に比べれば、慎ましやかなレベルでしょう。
あと、技を高めて維持するコストの高さについては、アヤも議員なので、費やす時間の割に伸びが悪くなる域になってまで高みを目指すことを万民に求めるのはどうか、なんて事では頻繁に議論を戦わせている立場です。ただでさえ学ぶことは増えていくのに実技にばかり時間を費やしてられない、って事ですね。なので、長老達、上の層はガチな戦時派なので鈍った刃に価値は無いと言うし、下の層はどんどん増える学習量を考えると実技は減らせというし、間に挟まれたアヤ達の世代は悩ましい立ち位置でもあるのでした。
次回の投稿は、十二月十日(日)二十一時五分です。