3-13.翁、耐弾障壁を習得する
前話のあらすじ:ロゼッタが、スキンシップ作戦の一環として、アキにマッサージをしました。翁は全方位質問に凹んでましたが、得るモノもあったようです。
護衛人形の高魔力対応の改造が終わるまでの間、手が空いたジョージさんは、黙々と子供向けの話を考えていたらしい。読み物に関する資料を色々書いたというので、見せて貰うことにした。
以前、検討した通り、場所は人里離れた館、子供達だけで留守番という状況下での大きな地震。館も壊れ、外に通じる道路も寸断されてしまい、孤立してしまった。
子供達はなんとか力を合わせてこの困難に立ち向かうのだ……というお話。
登場する子供達の設定集に目を通してみる。全員が並んで立っている絵が描いてあり、身長差や体格、髪型や表情から、子供達の性格まで想像できる。
次のページからは、一人ずつ、家族構成から、これまでの人生の歩み、将来の夢、今、悩んでいることとか、多岐に渡って書かれていた。
「これなら、子供達のことをイメージしやすいし、状況を決めるだけで、何が起こるか簡単に想像できますね」
「そう言って貰えて良かった。館の間取りや敷地の様子も考えてみたんだ。それと館の周囲の地形や街との距離といった情報も」
渡された次の資料を見ると、館の間取りや部屋ごとのイメージイラスト、庭の風景や街までの道がわかる俯瞰図のラフが描かれていた。まるで映画の設定資料集を観てるかのようで眼福だ。いいなぁ、こういうの。
「それにしても、ジョージさん、絵が上手ですね。画家を志していたとかですか?」
「いや、探索者は常に写真が撮れるとは限らないから、正確なスケッチを行えるよう訓練するんだ」
なんとも探索者さんは大変だ。
「それじゃ、ケイティさんも?」
「あぁ、まぁ人には向き不向きがあるからな」
ジョージさんが目を逸らした。
「……意外でした」
「俺がバラした事は黙っていてくれ。本人も気にしてるんだ」
「わかりました。そう言えば、子供達の人種が多様ですけど、街エルフの子供はいないんですね」
ケイティさんの話は泥沼になりそうなので切り上げて、ジョージさんの生い立ちからしたら、街エルフが参加しても良さそうなものと思ったので聞いてみた。
「その理由は簡単だ。街エルフの子供がいると、子守妖精と沢山の魔導人形を出さざるを得ない。だが、それだと物語が成り立たないからな」
確かに。ハイスペックな保護者集団がいたら、危機感がなくなっちゃう。
「これがイベントを時系列で表現したフロー図だ。館で起きるイベントとは別に、館の外で起きるイベントは別表で纏めてみた」
渡された資料を見ると、留守番を始めた頃の穏やか時間が、地震で一変し、安全の確認、使える設備の調査、水と食料の確保というように出来事が続いていく。
「子供達も、普段当たり前と思った事が、実は手間がかかることだとわかるし、隔絶されて情報も入ってこないことで不安な気持ちも表現できて、とてもいい感じになりそうと思います。全部書くと話が長くなりそうだから、イベントの整理は必要そうですけど、子供達の人数も多いし、どの子にも見せ場は必要ですからね。ところで、実際の文章は書いてみたんですか?」
「あぁ、これなんだが……」
急に歯切れが悪くなった。
読んでみたけど、これは読み物じゃなく報告書になってる。言葉も硬くて、想定する読者層のティーン向けには合わない気がする。
「……ちょっと、ティーン向けだと硬い文章ですね。共同執筆者を考慮するのはどうでしょうか?」
「共同執筆者とは?」
「話の流れや全体の構成、登場人物の設定とかはジョージさんが考えて、もう一人はそれを元に話を書く、というように共同で作品を作るんです」
「……そうか。一人で全部やろうというのは確かに無謀だったか。俺が書いても読んで面白くなるとも思えない。だが、そんな都合のいい執筆者がいるだろうか」
「うーん、とりあえず、ベリルさんに相談してみましょう。ロングヒルに同行するメンバーの中で、一番本を読んでいそうですから」
「わかった。まずは相談してみよう。別に俺は一人で書くことに拘りがある訳でもない」
それは良かった。自分で書きたいと言われたら、頑張ってと言うしかないからね。
「完成したら最初に読みたいんですが、いいですか?」
「もちろんだ」
ジョージさんも快諾してくれた。
◇
「珍しい組み合わせデスネ。どのような御用でショウカ?」
ベリルさんに時間を空けて貰い、ジョージさんと一緒に相談する場を設けた。
ちらっとみた感じ、ジョージさんは少し緊張しているみたい。無理もないかな。僕は良い話だと思ったけど、ベリルさんがそう感じるとは限らないんだから。
「子供向けの物語を考えてみた。原案はできたんだが、俺にはどうにも文才がない。そこで、一緒に執筆してくれる人を探しているんだ。どうだろうか?」
「……それは、仕事ではなく、あくまでもジョージ様の個人的な依頼、いえ、お誘いと言うことでよろしいデスカ?」
「それでいい。もし興味を持って貰えるなら、一緒に書いてくれると助かる」
「まず、原案を読ませてくだサイ」
「この資料になる」
ジョージさんが書く資料について何が書いてあるかから説明し、この物語の狙いや、ターゲットとする読者層についても伝えた。
ベリルさんは、時折、質問をしながら全ての資料に目を通して行く。ジョージさんも聞かれた内容や自分が答えたことをメモして、静かに読み終えるのを待っていた。
静かな緊張感が場に満ちていて、呼吸するのにも気を使う。二人の間にある空気はまさに真剣勝負だった。
「確認させてくだサイ。このお話は、アキ様の意見もかなり含まれていると感じまシタ。このように多くの人物が登場する物語は、こちらでは、ほとんど例がありまセン。アキ様には監修の立場で参加して欲しいのですが、いいでスカ?」
「え? 僕?」
「ハイ。こういった物語に慣れ親しんでいる人の視点が必要デス」
「相談に乗ったり、話を読んで感想を伝えるくらいならできると思うけど、それでいい?」
「ハイ、充分デス。ジョージ様、この物語を私が書くことが妥当か判断が必要デス。どこかのシーンを指定してくだサイ。書いてみマス」
「……ありがとう。引き受けてくれて助かった」
ジョージさんは、ベリルさんの手を取って、小躍りしそうな雰囲気で、ブンブンと振って感謝の気持ちを伝えると、ならばと、物語の中のあるシーンを書くよう伝えた。
「そう言えば、ベリルさんは色々読んでいるよね? 自分で書いてみようと思わなかったの?」
「……少し考えてみたことはありマス。ただ、禁断の魔導書、秘密結社、超自然現象、そして運命に導かれて集う能力者。前世の因縁が絡み合い、すれ違う想い……辺りまで考えたのでスガ、話が纏まらず諦めまシタ」
なんで、そっちに話が偏ってるのか。やっぱりムー民の書の影響か。影響だろうなぁ。
「えっと、ベリルさん。ジョージさんの話を書く時に、そう言う趣味は混ぜないよね?」
「これはジョージ様のお話ですから、混ぜるつもりはありまセン。混ぜたほうがいいのでしょウカ?」
「もちろん混ぜない方向で。困難なイベントと、登場人物の力量のバランスが崩れると、簡単になり過ぎるか、破綻するか、どちらにしても碌な事にならないからね」
館に取り残された子供が実は、アイテムボックス持ちだとか、瞬間移動の魔術の使い手だとか言い出したら、苦労話にならない。
「わかりまシタ」
さてさて、どんな話にできあがるのか。ベリルさんとジョージさんで互いに補ってくれそうで良かった。
◇
ロングヒルへの出発もあと三日と押し迫った朝、お爺ちゃんが、ペチペチと顔を叩いて起こしてきた。
薄目を開けると、目の前で、嬉しくて仕方がないといった感じのお爺ちゃんのドアップな顔が見える。
「――どうしたの、お爺ちゃん」
お爺ちゃんを指でつまんで、距離を離した。流石に近過ぎてよく見えない。
「遂に、遂にできたんじゃよ! 護符と同じ耐弾障壁を儂が展開できるようになったんじゃ」
「え? それは凄い! それで実験はやってみた?」
昨日まで、まだ開発中じゃ、としか言ってなかったのにもう、そんな!?
「それはこれからじゃ。ジョージにも頼んで、試射を食事の後に行う予定なんじゃが、アキは実験に立ち会うかの?」
言葉ではどっちでもいいような口振りだけど、明らかに参加して、と表情が、身体の姿勢が語ってる。
今日は用事があったのか、ロゼッタさんではなく、久しぶりにケイティさんだ。
いつ見ても、メイド服をきっちり着こなしていて、立ち姿もまた美しい。
「もちろん、立ち会うよ。ケイティさん、万一の場合も、お爺ちゃんが怪我をしない対策は大丈夫ですか?」
「試験では、標的の近くに耐弾壁のシェルターを用意して、翁にはその中から、障壁を展開して貰います。ですので例え、障壁が出ない事態があっても翁の安全は確保されます」
「壁の後ろということは、お爺ちゃんからは護衛対象も、射撃手も見えないけど、大丈夫?」
「無論じゃ。そもそも、妖精に求められる耐弾障壁は、全方位からの不意打ちに対処することが前提となるからの。それをクリア出来ずして、試験を頼んだりはせんとも」
そう言って踏ん反り返る姿は、そりゃーもう、褒めて、褒めてってオーラ全開だった。
「妖精さんの技術、楽しみだね」
「限られた時間故、色々と問題はまだ残るが、使い手が儂であれば実用レベルをクリアしておるから、まぁ見ておれ」
そんな訳で、朝食を終えて、防竜林に行ってみると、予想以上に大勢の見物客で溢れていた。
作業服を着ていたり、白衣を着ていたりする人達は研究者の方々だろう。こんなにいるとは思わなかった。
一角を占領しているのはドワーフの技術者達だ。色々な道具を向けて計測準備万端といった感じ。
跳弾を考えて、防竜林の区画ギリギリに標的人形が吊るされている。近くにある玩具のカマクラみたいなのが、お爺ちゃんが待機するシェルターだろう。
「「「翁、頑張れよ」」」
「任せておけ」
見物客からの声援にも杖を振って応えると、お爺ちゃんはシェルターの中に入った。
それから間を置かず、すぐに目標人形の全身を虹色の薄い膜が覆い尽くす。
皆が固唾を飲んで見守る中、ジョージさんがライフル銃を構えた。……けれど撃たない。
「不意打ちが前提なので、少し時間をおいて、翁にもわからないタイミングで撃ちます」
ケイティさんが説明してくれた。
……なるほど。
目標人形を覆う虹色の膜は揺らぐことなく展開されている。ここまでは護符と同等。
後は、射撃に即応できるか。
……できて欲しい。
それから、五分ほど過ぎて、皆の集中力が切れた瞬間に、ジョージさんが発砲した。
気が付いた時には、もう障壁の表面に波紋が広がっていた。標的人形は揺れてない。
「防いだな」
静まり返った場にジョージさんの声が響いた。
ドワーフさん達も手元の計測用っぽい魔導具を見て頷いた。
「「「うぉー、やりやがったな、翁!」」」
大歓声が沸き起こって、張り詰めていた空気を吹き飛ばした。
「妖精、すげーな」
「というか、護符と全く同じ挙動に見えるが……」
「もっと、力技で解決するかと思ってたぜ」
などと、皆が好き勝手騒ぎ始めた。まぁ、そうなるのも当然だと思う。このまま、意見交換会にでもなるのかと思ったけど、ジョージさんがまた銃を構えて、銃弾を叩き込んだ。
突然の銃声に、皆の声がピタリと止まる。
やはり、虹色の膜に波紋が広がっただけで、標的人形は揺れなかった。
その様子を見て、ケイティさんが杖を振るった。
「翁、確認試験終了です。お疲れ様でした」
カマクラから出てきたお爺ちゃんが杖を振ったのを見て、皆が木々が揺れるほどの大歓声で応える。僕はこの場に立ち会えた事が、お爺ちゃんに、ありがとうと言える立場にいる事が、とても嬉しかった。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
ジョージが書いているお話も少しずつ形になってきました。ベリルという書き手も得られたので、これからスピードアップしていくことでしょう。そして、お爺ちゃんが遂に耐弾障壁を習得しました。これでなんとか子守妖精としての条件クリアです。
次回の投稿は、九月二十三日(日)二十一時五分です。