21-4.囚われの一途なお姫様
前回のあらすじ:依代の君が連樹の巫女ヴィオさんとの楽しい秋のイベント目白押しとの自慢話を散々聞かされて、ちょっと羨ましい気持ちが漏れてたようで、ケイティさんと、少し先にはなるけど、休暇の時に野鳥観察に出掛けられることになりました。今から待ち遠しいですね。あとミア姉の友人の方々の資料にも目を通しました。(アキ視点)
ミア姉の友人の御三方は、マコト文書の出版元だったり、新聞社だったり、映画会社だったりと、今回の絵本関係に絡むお仕事の関係者というか、その代表取締役をやってるような方々だった。
実は僕とお爺ちゃんが出資しているという竜を紹介する映画製作にも絡んでいたそうだ。ケイティさんの配慮で、敢えて竜神の巫女や妖精という立場を表にせず、群衆資金調達の形式としてくれてたそうだ。
ジェット機のように空を自在に飛び回る天空竜の視点を楽しみつつ理解して貰う趣旨で、空軍思考を広めるための布石でもあるから、空撮に理解がある方に監督を任せないといけない。それに財閥も絡みたい。それと財閥から代表に話を持ち掛けると、自然とミア姉と話をしようという流れになってしまうので、それも避けたかった、とのこと。
新聞や出版絡みでは、竜神の巫女や竜族の特集、報道も増えてるけど、それは竜神子支援機構からの依頼、要望によるもので財閥は直接関与していないと言う立ち位置だった。まぁ、そっちは諸勢力が集って出資してて、財閥も数ある支援者の一つに過ぎなかったからね。
あと、僕の生活全般の支援には財閥が大きく関与しているけれど、それを外部に強く打ち出してあるわけでもないので、ミア姉だけでなく、他の家族の誰か、普通に考えると両親のハヤト、アヤ両名が資金面の用立てをしていると見られていたそうだ。実際、魔術を学ぶためとしてロングヒルに留学する辺りの流れまでなら、その見方で妥当だった。未成年を養うのは親の務めなのだから、誰も疑問は持たなかった事だろう。それまで誰も知らなかった謎の末妹登場という流れでは、事を荒立ててアレコレ聞いてくるような人も街エルフにはそう多くはなかっただろうからね。
ただ、消極的な欺瞞も一年もよく続いたもので、三人が埒が明かないなら無理にでも抉じ開けようと動き出したのも、仕方ないところではあったのだろうね。騒動にならずに済んで幸いだった。
◇
そんな話をケイティさんから聞き終えてところで、リビングに母さんとリア姉がやってきた。ちょっと緊張してる感じがする。……あ、母さんが持ってる手紙、ミア姉からの手紙のせいか。
「えっと、また何か条件を満たしたんでしょうか?」
読めるなら勿論、嬉しいけれど。
「そうね。この手紙の条件は、ミアが魂交換の秘術を用いた理由をアキが把握しておくべき状況となった時、予め理由を知っておくべき時とされているのよね」
母さんは、テーブルに三十九と番号の書かれただけのシンプルな封筒を置きながら溜息をついた。リア姉も、何だか気が重いといった表情だ。
「それは、ミア姉のご友人の方々と会うにあたって、僕がそれを知っておいた方が良いだろうって話でしょうか?」
僕の問いに、リア姉が答えてくれる。
「問題はソコなんだ。やってくる三人は親友たるミア姉が、何故、一言も相談せずに、今生の別れとなる可能性が極めて高い、そうでなくとも危険性も高い秘術に手を出したのか、きっと知りたがると思うんだよ。……ただ、アキが聞いてない、知らないと答えて、その代わりに、最後の心話の時の印象から、多分こうだ、と推測を語っても良い件だとも思えてね」
それはまた悩ましい話だね。
確かに何の相談もなく、大事な決断をしていった、後を託すでもなく、となると色々と心に溜まっていく思いなんかもありそうだ。
「それで、お二人がこうして集まることにした理由は何でしょう?」
この疑問にはケイティさんが答えれくれた。
「それはお二人もミア様の残した手紙の内容を知らず、事前に話は聞いて、多くを語り合って衝突も多かったものの、それらと手紙の内容が異なるかもしれないと判断されました。また、私もそうですが、可能であれば、全ての事の発端であるミア様の想いに触れておきたいのです」
ん。
確かにそうだよね。避けられない未来、未曽有の大災害においても、魔力共鳴によって街エルフ達の皆が、誰もが一騎当千の強さを得られるなら、それこそ竜族のように空間跳躍が使えるなら、危ないと思ったら遠くに逃げればいい、だからその道に繋がる研究、挑戦に手を貸して欲しい。
それが、ミア姉が掲げたご立派な表の理由だった。
だけどさ。人がそこまで利他的に動けるかというと、ね。それに僕が知るミア姉は、確かにリア姉の為にも全身全霊を賭けて、竜や神のような上位存在に対してすら接触をしてでも、リア姉の悩みを解決しようと奮闘した。ただ、それでも根底にあるのは成功した時に、リア姉の隣には自分もいて、解決した成果を二人で祝う、それがミア姉だと思うんだよね。
自己犠牲で自分はいないけれど、なんてケチな話はミア姉は選ばない人だ。その道しかないなら、そこに至る障害物を全部壊して新しい道を作ってでも、望んだ結末に至るルートを選ぶ、それがミア姉だ。
……そう考えると、疑問は前々からあったんだ。最後に「またね」と伝えてくれたことからしても、あの時のミア姉も、いつものミア姉と同じだったと思う。
僕は、目の前にある封筒をとんとんと叩きながら問うことにした。
「その想いがここに書かれているかもしれない。そして、僕はコレを読んでも、読まなくてもいいと?」
リア姉のさっきの口ぶりからすると、読まないという選択肢もありそうだったからね。
「そう。だから、読んでも読まなくてもいい。ただ、読んだなら、差支えの無い範囲で私達に話して欲しいの」
母さんは、これまで通り無理強いはしない、と約束してくれた。こうして集って……あっと。
「えっと、この場に残念ながら同席できてない父さんには、改めて別の機会に僕から伝えるということでいいですか? 通信越しというのも味気ないですし、ロングヒルには戻ってこられるんでしょう?」
「そうね。ちょっと手間取っているけれど、あと一月もあれば戻ってこれるでしょう。その時は話してあげてちょうだい」
母さんやリア姉経由で話が伝わる、というのも手抜き感があってどうかと思ったから、賛同して貰えて良かった。それに僕の提案に三人とも少し表情が和らいだから、やはり良い選択だったのだろう。
さて。
「では、ちょっと読んできますね」
封筒を取って、さぁ自室へと立ち上がりかけたところに、リア姉が聞いてきた。
「読まないって選択肢を選ばなかったのはどうしてだい?」
ふむ。
「今後、付き合いが長くなるだろうミア姉の友人に対しては、できるだけ誠実でありたいから。それに残念な内容がもし書かれてたりしたら、せいぜい、友人の皆さんに愚痴るネタとして使わせて貰うつもりだよ」
「そんな残念な話が書かれてるかな?」
おやおや。リア姉も答えがわかってるだろうに聞いてくるとは、ね。
「これ一つだけならまだしも、他にも沢山の手紙が用意されてる時点で、ネタ込みなのは覚悟してるよ。だってミア姉だよ?」
そう断言すると、母さん、リア姉の二人とも、それもそうだ、と苦笑するのだった。
◇
机の上にはトラ吉さんに陣取って貰い、手元にはふわふわタオルも持って準備万端。さて、それじゃ、手紙を読もう。
【三十九】
君はそもそもの事の発端、君をこちらに招き、自身をあちらへと飛ばした魂交換の秘術、それが何故行われたのか、それを断行するに至った想いが何なのか、思いを巡らせていた。自己犠牲ではないと強弁してみても、地球に渡った術者であるミアがこちらに戻ってこれる可能性はほぼゼロだ。完全無色透明の魔力を持つ妹リアや、誠に対する心話を行えたのは稀代の心話術師であるミアだけだったのだから。そんなミアが魔力のない地球にいては、もう同じ術式の試行すらできまい。
では、姉のミアはそんな自己犠牲をするような人物であったかといえば、それは否だ。
環境が許さないなら、環境を全て作り変えてでも我を通す、それが君の知る姉、ミアなのだから。
そんな君の手元には一通の手紙が残されていた。ミアが残したという手紙に目を通してみると、自身がいなくなった状況で君が読むであろうことを想定してか、愛しい(ア)である君との心話が大変楽しく有意義なモノではあったけれど、多大な負担を強いるモノともなっており、君が今後、ミア自身が納得できる程度には良い女性と巡り合って付き合いを深めていく事になれば、頻度を落として疎遠とせざるを得ないだろうこと、本来であれば、それを良しと認めるべきだと理解してる、とあった。
ただ、愛しい(ア)である君と育んだ年月に終わりがくることをどうしても良しとは思えなかった。自分では手が届かなかった次元門構築も、魔力共鳴で実力を増したリア、誠の二人がいて、マコト文書の知も合わせれば、その実現可能性もゼロから一に引き上げられるかもしれない。
何もしなければゼロ、終わりへの未来は確定してしまう。
なら、どうするか。手紙には最後にこう書かれていた。「愛しい(ア)である誠なら、きっとゼロだった可能性から、二人で笑い合える未来を掴み取ると信じてるよ。それまではちょっと囚われのお姫様をしてるから。またね」と。
※(ア)何か書かれていたが、消されていて何が書かれていたか読み取る事ができない。
……ここまで読んで、ちょっと灯りに透かして、角度を変えて、と眺めてみたけど、(ア)の部分は始めからしっかり書かれていて消されてる痕跡も薄くなってる感もゼロ。あぁ、そういう人だよね、ミア姉って。
気を取り直して、追伸に目を通す。
【追伸】あ、まって、手紙を雑に扱わないで。いや、ほら、しんみり書くと気が沈んじゃうかと思ってね。ちょっとした場を和ませる冗談だから、ほら、肩の力を抜いて。これでもこの手紙を書くのに何十枚と書き直すくらいには、どう書こうか悩んだんだよ。でも、あんまり気負わせても悪いし、軽く書きたい内容でもないから、上手い落し処を見つけるのに苦労したよ。それで、一応、囚われのお姫様とは書いたけれど、経路を通じて微量でも魔力が得られるかもしれない。そうしたなら完全に魔力ゼロな世界でも、多少なりとて魔術が使えるかもしれないから、できる範囲で足掻いては見るつもり。幸い、日本ならよほど運が悪くなければ、安全に過ごせて行けるだろうから、そこは心配してない。ただ、できれば無理のない範囲で急いで欲しいかな。誠と心を触れ合わせられなくて、私が寂しさの涙で溺れてしまわないように。
【追伸二】話には聞いていたけど、実際に日本で暮らせるとなれば見聞きしたいこと、試したいことも多いから、次元門構築の目処が立ったとしても二~三年は待ってくれていいよ。次元門構築前にその辺りは心話で調整していこう。
【追伸三】魔力が増えた状態だと心話の難度が上がるかもしれない。相手が高位な場合のノウハウは私も多いけれど、相手の方が魔力が乏しい場合については経験がないから。そこはリアに頼るなりして、腕を磨いていこう。
【追伸四】(ア)の部分になんて言葉を入れるのが正解かわかったかな? 答え合わせは再会した時のお楽しみとしておくよ。私に今、抱いたであろう想いもまた、再会したいという道を歩む原動力になるだろうから。さぁ、私を助けて。きっと私の誠ならできるから。頑張って。
……うん、なんかリテイクを繰り返して、部屋の中をうろうろしてるミア姉の姿がありありと思い浮かんで来た。しっかし、二、三年は待っててとは、観光気分マシマシだね、ミア姉。そりゃ悲嘆に暮れてとか、悲壮な思いでとか、されるよりは気が楽だけど。
◇
いつもと読み終わった後の雰囲気が違うからか、トラ吉さんも何も言わずにすっと机から降りて、リビングへと先導してくれた。ミャっと鳴いて、ほら行くんだろ、と誘う辺り良くわかってる。
大きく背伸びをして、鏡に映った自身の姿を観ると、銀髪赤眼の少女は強引に燃料投下をして、やる気を引き出したような虚勢混じりの空元気といった顔をしていた。
パチン。
軽く頬を叩いて気を入れ直す。自分で感じているより、結構精神的にきてたみたいだ。だけど、泣きたい気持ちとは違う。なんだろうね、この不完全燃焼って感じの行き場のない想いは。
そうして、リビングで待っていてくれた三人に、書かれていた内容をざっと伝え、ミア姉の遊び心溢れる悪戯の個所を示して、これどう思います、と行き場のない気持ちに共感して貰い、安全で衣食住に困らない日本だから二、三年は色々と見たいとか言ってる態度にどうかと思うと呆れた気持ちを出して、一番、引っ掛かった部分を示して、どう思います?と問うことになった。
囚われのお姫様
うん。そうかもしれない。可能性をゼロから一に引き上げるために全てを投げうつ想いは一途だとも思う。だけどさ、お姫様は想い人を殴って気絶させた挙句、地の果てに投げ捨てて、自分は三食昼寝付き、行動制限もない伝説の都で暮らしてて、あぁ、寂しさに心が擦り消える前に助けてくださいってアピールするような真似を普通はしない。
囚われのお姫様って、そういうのじゃないと思うんだ。確かに列挙すれば囚われのお姫様属性もあるだろうけど、該当項目も多いだろうけど、そうじゃない残念特性多過ぎでしょ、と強弁することになった。
お爺ちゃんも「一途さは、時に重く感じる時もあるからのぉ」などと言葉を濁すに留めて、それより家族の言葉を聞け、と逃げる始末だった。
ケイティさんも「比類なき行動力には敬服の思いすら抱きました」などと言いながらも、雇われの身でもありますので私はこれくらいで、と残りは家族の二人に譲って距離を取った。
で。
想像通り、アヤさんは母親らしく、リア姉もまた妹らしく、遠慮ない言葉の数々を持って、ミア姉の態度に対して多くを語り倒してくれた。どうも、魂交換の秘術を行う旨を告げられた当時の記憶も色々と湧き上がってきたようで、気を使ったトラ吉さんが自然と僕の足の上に乗ってきて、さぁ撫でるが良い、とサービスしてくれる程だった。愛されてるね、ミア姉。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
という訳で、久しぶりにミアからの手紙でした。
「止まれば一つ、進めば二つ」とは某ガンダム(水星の魔女 2022-23)のヒロインの名台詞ですけど、2017年執筆開始当時のプロットでそこまで未来を予測できませんでした。まぁ、そのままでは失敗確定、しかし進めば僅かだが勝利を掴めるチャンスはある(だいたいは極めて分の悪い賭け)ってのは定番ですからね。どこかの作品に被る部分が出てくるのは仕方ないことです。というか完全オリジナルなんて作品はこの世界に存在しませんから。
……ということで、21章になってやっとミアの想いが明かされることになりました。「世界で一番お姫様、ちゃんと見ててよね、どこかに行っちゃうよ」ってな具合で、異世界まで行っちゃいましたが、そう、ミアは一途なお姫様だったのです(笑)
なんか21章は恋愛成分強めですね。良いことです。本作は長距離恋愛と「周りの知性を下げずに戦略級行動で異世界無双」の二本立てなのだから、時折、こうして恋愛要素を推さないといけません。
次回の投稿は、十一月二十九日(水)二十一時五分です。
<活動報告>
以下の内容で投稿しました。
【雑記】Microsoft BingのImage Creator(サイコロに座るエルフ少女、妖精、見守るメイド)
はい、本作のアキ、ケイティ、妖精達の「6-23&24.ドワーフと妖精が贈った彫像」での1シーンをイメージしたカラー挿絵が出来上がりました。興味がある方は鑑賞してみてください。なお、少し時間が掛かりますが「彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?」の設定集といった体で、生成した挿絵群を今後、公開していこうと思います。