21-3.祭りも終わって(後編)
前回のあらすじ:依代の君に、伏竜さんと会う時の立ち合いを頼んだら、なんか妙な義務感まで匂わせながらも一応引き受けてくれました。にしても、いくら直接触れる危険を冒せないからって、神力を飛ばしてデコピンしてくるのは酷いですよね。(アキ視点)
伏竜さん関連はがっつり話を聞いたものの、ついでに、ということでミア姉の友人達について話を振ったところ、こちらについては、依代の君の反応は鈍かった。
「ミア姉に関するエピソードは聞きたいけど、アキが提案してる絵本だったか。そっちは特にボクが絡まなくても話は進むだろうから、話が進んだら結果だけ教えてくれればいい」
まぁ、そりゃ僕の方で段取りを詰めておけばいいだけの話だけどさ。
「竜族が、地の種族の様々な文化、風習に触れて、その社会が変化していくことに興味はない?」
「あるけど、ボクも忙しい身なんだ」
ほぉ。
見た目、小学校低学年な子に自信満々に言い切られると、凄く違和感があって気になる。
「忙しいというと?」
「ヴィオ姉と紅葉狩り、芋掘り、焼き芋、バーベキュー、山頂湖での釣り、とイベントは盛り沢山なんだ」
わざわざ指折り数えて、アレもある、コレもある、と列挙してくれる辺り、自慢したい気持ちがかなりあふれ出してる。
「それはそれは忙しそうだね」
「だろ」
ぐぅ。
あぁ、本当に、本当に羨ましい。依代の君も僕の気持ちを読んでか、優越感に浸った眼差しを向けてきやがる。別に今更、そうしたイベント自体を楽しみにするか、というとそういう訳じゃないけど、奇麗なお姉さんと一緒に、というところがポイント爆上げな訳で。
まぁ、そんな感じで、彼は後は任せた、と手をひらひらさせて、別邸の奥へと去って行った。依代の保管部屋に行って、稼働する依代を切り替えて、これからロゼッタさんとのお勉強という名の悪巧みタイムらしい。ウキウキしながら立ち去る姿が何とも小憎らしかった。
◇
なんて羨ましい、という気持ちがどうにも溢れ過ぎてたようで、ケイティさんが苦笑しながらも、検討中とのことだったイベントを開示してくれた。
「アキ様、以前お話していた休暇のお話ですが、双眼鏡を片手に野鳥観察に行くのは如何でしょうか?」
ほほぉ。
「野鳥ですか。それはいいですね。あ、でも頻繁に天空竜が降りてくるロングヒルでも野鳥はやってくるモノなんですか?」
僕の問いに、ケイティさんは興味を惹けたと嬉しそうに説明してくれる。
「鳥くらいのサイズだと、天空竜に襲われることは殆どないので、逆に天空竜の縄張りの方が野鳥は多いくらいなんですよ。魔獣や獣が近寄ってきない分、他より安全なようです」
「それなら期待できそうですね」
お爺ちゃんも僕の意見に賛成してくれた。
「それは儂も楽しみじゃ」
「お爺ちゃんは、僕が寝てる間は結構、自由に動いてると聞いてるけど、鳥を見たりはしないの?」
「見かけはするが、それらが妖精界では見かけぬ種類の鳥だ、としかわからんからのぉ。ケイティならば、どんな鳥か、観察する時に教えてくれるんじゃろう?」
「それはお任せください。ロングヒルに飛来する鳥は一通り調べてありますし、場合によっては専門家に問い合わせてその場で確認することも可能です」
おぉ。
「それは凄く贅沢なお話ですね。是非、お願いします。それでいつにします?」
僕の問いにケイティさんが返事をしようとしたところで、トラ吉さんが割り込んできた。
「ニャ―」
俺も行くぞー、ってとこかな。
「獲物に飛び掛かる時のように、魔力を抑え続けられるなら同行を許可しましょう。角猫が一緒では鳥も獣も皆逃げてしまいます」
「ニャ」
任せろ、と。ひょいっとテーブルの上に上がってきて、トラ吉さんも結構、興味津々って顔を見せてくれた。皆の視線を集めて、ケイティさんはまぁまぁと手で皆を抑えつつ、残念な現実を思い出させてくれた。
「楽しみにしていただけるのは嬉しいのですが、アキ様にはミア様のご友人の方々との歓談や、伏竜様への趣旨説明や関係者を集めて今後の運用方針の合意を得る大役があります。研究組の方々もそろそろ実験をしたいと話されているので、スケジュールは少し先になります」
ぐぅ。
僕が露骨に残念そうな顔をしたのが意外だったようで、ケイティさんは慰めるようにフォローしてくれた。
「それでも先送りし過ぎると秋の紅葉が終わって冬景色になってしまうので、その前に出掛けられるよう調整しますのでご安心ください」
「それは良かった。秋の味覚満載のお弁当もお願いします」
「アイリーンも腕によりをかけて用意してくれることでしょう。ご期待ください」
「普段の食事も良いが、行楽向けの弁当はまた格別じゃからのぉ」
「ニャ」
などと、皆も合意しくれたし、これは楽しみだ。ケイティさんが呆れた顔をしてるけど、依代の君ばっかりお姉さんと楽しい一時を過ごしてて、僕は小難しい話を部屋に籠ってやってるだけ、というのは不公平だと思うんだよね。もっとこう、青春の一ページを飾るような、微笑ましいエピソードとか満載でもいいと思うんだ。
◇
窓の外を見ると、派手に傘上の雲を発生させながらぶっ飛んでいく竜の姿が見えた。
「桜竜さん、かな? でもかなり小さいような?」
僕の問いにケイティさんは懐中時計を取り出して時刻を確認すると正解を教えてくれた。
「今日のこの時間であれば金竜様ですね。小型召喚体を用いた超音速巡航試験をしているのでしょう。普段はできない飛び方を延々と行えるので、竜族の方々にも人気の実験なんです」
おやおや。
「その感じだとかなりノウハウも貯まってきました?」
「竜族の皆様も超音速巡航状態を保ったまま旋回、上昇、下降といったことを行うことは殆ど経験がないそうで、妖精サイズの座席付き、無しそれぞれの場合の飛ぶ際の注意点もだいぶ見えてきました。竜は平気でも、座席のフレームが耐えられない急制動、急加速、急旋回など、急と付く飛び方は駄目ですね」
「例えばどんな無茶なことをやれるんです?」
「超音速巡航状態から、速度ゼロにまで一気に落しつつ姿勢を真後ろに向き直す、とか」
うわぁ。
「よくそんな機動をして体を傷めませんね」
「魔力を高めて極限まで身体強化をしてたらしいですが、その遊びのせいで、座席一式が廃棄場送りになりました」
「それはまた、随分とやんちゃをしちゃいましたね。で、そんな真似をしたのは誰です?」
「鋼竜様です。これにはヨーゼフ殿もかなりお怒りで、あまりの剣幕に鋼竜様も平謝りでした」
「光景が目に浮かぶようですよ、ほんと」
以前、見栄えがいいからと勢いよく着地するような真似をしてきた方だからね。加減を知らないというか、思ったら後先考えず実行しちゃうとこは、無鉄砲な挑戦を好む少年っぽさありありだ。
「そうした尊い犠牲を積み重ねたおかげで、超音速巡航を安全に行う為の運用基準も調整を終えられそうです」
ふむ。
「ちなみに、限界に挑戦ってことで、最高飛行速度到達実験とかやりました?」
「はい。そちらは桜竜様の協力を得て実施済みです」
「桜竜さん? それはまた何故です? 限界に挑むなら一番高効率で飛べる雲取様かと思いましたけど」
「雲取様は余裕のある範囲で最高効率で飛ばれる方向で経験を積まれた方なので、最優ではありますが、この場合、最適ではないと判断されました」
んー。飛行姿勢や高速飛行に慣れている点を考慮しても、桜竜さんの方が適任だとすると。
「つまり、パワーにモノを言わせて無理やり加速し続けるような真似なら、桜竜さんの方が慣れてるからってとこでしょうか?」
「はい。実は当初は雲取様に依頼してみたのですが、竜族の中でもそうしたずっと限界域で加速するような無茶に慣れているのは桜竜様だけだと言われまして。小型召喚体で試していただきました」
「ちなみにどれくらいの速度がでました?」
「マッハ2.6を記録したと伺ってます」
うわぁ、F15戦闘機の最高速度記録より更に速いのか。
「そりゃまた凄い速度を出しましたね。竜族の誰よりも速く飛んだ桜竜さんは何とコメントしてました?」
「少しでも加速への力を落とすと空気抵抗に負けて速度が落ちてしまうからかなり気を使った、その速度域だと直線飛行以外不可能で、それも空気が薄い高高度でないと速度が出せない、魔力がいつまでも尽きないのも悪くはないけど、面白い飛び方じゃなかった、だそうです」
おやおや。
「そんな速度域だと、下手に姿勢を崩すと大事故ですもんね。そのくせ、桜竜さんのように過剰な魔力を消費して、すっきりするって効能もないし、面白くないってのも判る気がします。高高度到達実験はしました?」
「そちらは、空間跳躍で好きなだけ高空に飛べるのと、あまり高く上がると日差しが強くなって好きではないそうで、実施は見合されることになりました」
つまり、最高高度五十キロの成層圏辺りまでは少なくとも移動した事があると。
「日差しって。まぁ、竜族らしいですね。衛星運用高度に興味を持たれないのは幸いだったと言えるでしょうか」
「はい。我々が運用する観測衛星を知られるのは、いずれその時がくるとしても、できるだけ先送りしたいですから、竜族の方々が高高度到達試験に興味を示されることがなくホッとしました」
「竜が空間跳躍して、地上との相対速度ゼロを都合よく実現してくれるとしたら、この惑星の周回を続けられる第一宇宙速度までの加速の手間が省けて宇宙利用が各段に楽になるんですけどね。あ、でも手荷物を持っての空間跳躍が可能か試してないか」
僕の疑問に、ケイティさんは露骨に顔を顰めた。
「アキ様、確かに浄化作戦遂行時、妖精用の座席や浄化杭の為の空間鞄といった装備をした状態での空間跳躍による緊急脱出は、事前検証が必要なのは確かですが、宇宙空間と結びつけるような真似は避けねばなりません。計画実施直前の確認でも問題ない案件ですから、こちらからの提案や、仄めかすような話題を振ることも避けてください」
「はい。……ちなみに試したらどうなりそうとか、検討は進んでたりします?」
「伺ってる範囲では、空間跳躍とは、この世界の外に移動して、再び少しズレたこちら側に戻ってくるといったモノとのことでした。ですから急な加減速といった事は起きずに済みそうです。ただ、世界の外に移動して、こちらのモノや召喚体の妖精が耐えられるのか、そもそも一緒に世界の外に移動するのか、竜は身一つで移動するのではないか、といった疑問が出ています。実際に試す時には妖精をいきなり伴うような真似はせず、計測用魔導具を積んだ状態で座席や空間鞄を持ったまま、移動できるか試すことになるでしょう」
ふむふむ。
「考えてみれば、こちらの世界の余剰空間を利用する空間鞄と、世界の外って相性が悪いかもしれませんね。内容は理解できました。興味深い内容で、世界とは何か、空間とは何か、魔力とは何かといった検証の為にもいずれは手を出す必要がある話ですけど、空間跳躍ですぐ別地点に降りるんじゃなく、世界の外に暫くいたらどうなるかとか、複数の竜が同時に空間跳躍をした場合の世界の外における位置関係とか、色々試して理解を深めていきましょう。となると、心の繋がりが強くて魔力抜きに相手を知覚できるくらい仲のいい竜同士のほうが――」
そうして、色々と思考が連鎖し出したところで、ケイティさんがそこまで、と止めてきた。
「アキ様、今、伺った分だけでも十分な高難度な内容であって、いずれは研究組を交えて検討を重ねるべきとは思います。ただ、今は目の前の事に集中していきましょう。限られた時間は無駄にはできません」
そう言って、薄手の資料を差し出してきた。
「ミア姉の友人の方々の資料ですね」
「はい。アヤ様が準備はされてますが、アキ様も話があまり始めから逸れないように、主目的の達成を第一としてください。他にも注意事項がいくつかありますので目を通してみてください。まずは――」
そう言って、ケイティさんは僕の隣にぴたっと座ると、資料を一緒に見始めた。
ち、近いですよ、ケイティさんっ!
僕の驚いた顔を見て、悪戯が成功したとばかりに笑みを浮かべると、僕の腰に手を回して、思わず離れた位置を近くに引き寄せられた。
「休暇が先になる分、前払いです」
などと、お仕事ですって顔をしながらも、明らかに僕の反応を楽しんでるのが目元の笑みだけでバレバレだった。
とはいえ、僕もちょっと望んでいた状況なので、ケイティさんがサービスしてくれると言うのなら堪能しなけりゃ嘘ってものだ。だから、僕もはい、お仕事ですって感じに表情を改めて資料に視線を向けたのだった。
ブックマーク、いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
今回も短いですけど、キリがいいのでここまで。
依代の君ばっかりズルい、などとアキが少し拗ねましたが、すかさずケイティがフォローを入れてくれました。微笑ましいやり取りですけど、財閥に準じるような企業代表(CEO)のミアの友人達との歓談とか、伏竜への一連の対応とかと、ケイティ達との休暇のお出掛けが普通に横並びになってる時点で、ちょっとどうかと思うところもあったでしょうね。そんなことはおくびにも出さず、シレッとアキを揶揄って愛でる辺り、ケイティも随分慣れてきたモノです。
竜達に大人気の娯楽と化している小型召喚体を用いた超音速巡航実験も、運用できるだけの様々な制約も多くの犠牲を払いつつも、やっと確立することができそうです。桜竜の最高速度到達実験は、F15イーグルがマークしたマッハ2.5をちょっとだけ超える2.6達成となりました。前方に風圧を防ぐ障壁を展開して、大気の壁を突き破り続けるのだから、まぁ、いくら魔力が減らないと言っても速度限界はあるということが証明されました。面白くない飛び方だというのもまぁ当然ですね。真っ直ぐしか飛びようがなく、ちょっとでも気を抜けば大事故に繋がりかねない極限、竜族ですら誰も体験したことのない領域でしたから。
派生して空間跳躍絡みで色々と思いつきが浮かんできましたが、それらは研究組と話をするまでお預けとなりました。まぁ、言ってる内容が、試しにやってみろと言われる竜達からすれば、正気とは思えないような提案もちらほら含んでますからね。ケイティもヤバさを感じてブレーキを掛けました。この辺りの話を順当に振るなら研究組の白竜ということになるんですが、案外、伏竜にシレッと話して反応を見ることになるかもしれませんね。
他人事のように書いてますけど、ほら、小説を書いてるとキャラが勝手に動く時ってあるでしょう?
アキってそういうとこが多いんですよ。あー、このタイミング、アキなら言うなぁ、言いたくなったら我慢しないなぁ、って。伏竜相手に本来ならそんな話まで振る必要はないんですが……。
次回の投稿は、十一月二十六日(日)二十一時五分です。