20-36.全勢力参加の同盟時代へ(後編)
前回のあらすじ:何故か代表の三人(+奥方様達)から、男女の機微についてあれこれご教授頂くことになりました。いやぁ、言うことも理解できますよ? でも、でも、人と竜でそういうことを考えろ、って難度高過ぎですよね?(アキ視点)
僕がこちらに来てから一年。
身一つ、ではなかったけど、僕がロングヒルにやってきた時には、魔術を学びに来たただの弟子の一人に過ぎず、弧状列島に存在する各勢力についても、名前を知ってる程度に過ぎなかった。
それがこの秋の首脳会談では、地の種族同士が手を取り合うだけでなく、天空竜達と妖精達まで参加する未曽有の巨大計画を実施することも決まった。
……という晴れやかな日なのだけど、待合室ではロングヒルのヘンリー王の姿もあり、代表の皆さん達からは、貴方だからこそ担える役目なのだ、などと励まされたり、揶揄われたりして、何とも居心地が悪そうだった。
第一演習場内に設置された舞台横では、ロングヒルの吹奏楽団と妖精さんの巨大楽器と演者達を前に、エリーが皆を鼓舞する応援演説をしてるのも見えた。
段取りのリストは頭に入れたし、シャンタールさんにセットして貰った衣装もばっちり。
となれば、ちょっとヘンリーさんに一声かけておこう。
「押印の件、急遽決まって慌ただしかったですね。ただ、こうして多くの種族が集える、ここ、ロングヒルの地を治めるヘンリー様の尽力を思えば、意味のある役処を担って貰えて喜ばしく思っています」
そう祝いの声をかけると、ヘンリーさんも王らしい落ち着きの中にも、戸惑い、間に合わせるために努力した舞台裏を教えてくれた。
「竜族と妖精族のサインとなる押印、それを担うよう話が振られたのは昨日の晩だったのだから、私がどれだけ慌てたか察して欲しいモノだ」
渡された印章でひたすら押印する練習をする羽目になった、などと目を細める。
「代表の方々が代行する訳にもいきませんし、僕やリア姉が触ると合意書に僕達の魔力が乗り過ぎて、シャーリス様が施す状態維持の「妖精の祝福」を弾いちゃいますからね。竜と妖精が押印を任せる相手となれば、やはり相応しい立場の方でないと格が合いません。幸い、ヘンリー様であれば、いつもお世話になっている地を治める方でもあり、雲取様もシャーリス様も相応しい相手と納得してくれました」
確かに雲取様もシャーリスさんも物体移動の術式を使えば、印章を操作して押印もできなくはない。ただ、強過ぎず、弱過ぎず、傾けず、均等に力を加えてというのは、何気に難しいのだ。二人とも一応、試してはみたものの、紙を破ったり、弱過ぎたり、ズレたりと失敗だらけになった事もあって、ヘンリーさんに押印を頼むこととしたのだった。
控室の隅っこには、停戦協定の時に記した合意書三つと、新たに竜族、妖精族、共和国用の三つの合意書が並んでいた。既に停戦協定時の三つは、その時の状態を維持してきた「妖精の祝福」をシャーリスさんが解除してくれている。術式が機能していると、書き足そうとしても変更を受け付けてくれないからだ。それと、僕とリア姉はその周囲に近付くことは厳禁とされていた。軽く触れた程度でも術式の動作に悪影響がでるかもしれないから、などと酷い扱いである。まぁ、実際、自己イメージ強化を進めてたせいか、モノに魔力を通す効果が以前より更に強く出てしまってる、などと言われては自重せざるを得なかった。
「そういえば、合意書、いつのまにロングヒルに持って来たんですか?」
本国に持ち帰った御三方に来てみると、代表でニコラスさんが答えを教えてくれた。
「新たに全勢力が参加しての軍事同盟締結の話が出た時点で、それぞれ、本国に連絡して急ぎで取寄せたんだ。当初は想定してなかった話だったから、どの勢力も大慌てで手続きをする羽目になって大変だった」
おやおや。
「わざわざ今回の合意分のページを追加しての製本し直しとは職人さん達も大忙しでしたね」
これにはヤスケさんが種明かしをしてくれる。
「万一の事態に備えて、連絡一つで再製本できる手筈は整えたいたからな。でなければ、こうも早くできはせん」
その言に、レイゼン様が更なる内情をバラしてくれた。
「ヤスケ殿は万一と言われたが、なにがしかの共同宣言は出すだろうと全員が腹は括ってた。だからこそ、連絡を受けた際のロングヒルまでの持ち込みに必要な段取りは全て詰めてあった」
おや。
ジョージさんを見ると、そうだ、と頷いてくれた。
「交流祭りを開催してる中、各地からの緊急搬送に備えてセキュリティ部門の調整は予め終えていた。実のところ、いっそのこと、代表の方々が持参してくれば良いのではないか、なんて意見も出たくらいだった」
「それをしなかったのは何故です?」
「盗難されないよう安全に保管し続けるのも手間がかかるからだ。実際、改訂作業中は意図しない改変や損傷、盗難が起きないよう厳重な管理体制を敷くことにもなったんだ」
治安維持とは別種の面倒臭さがあって、などと愚痴を言いつつも、ジョージさんはヘンリーさんに、その節ではご協力に感謝します、と深々と頭を下げる。
「我が国の宝物庫も大役を担えて満足なことだろう」
などと笑って、ヘンリーさんも場を和ませてくれた。ふぅ。
◇
今回は、一年前の停戦協定のように三大勢力が冬の間、争わないことを誓うといった内輪な話でもなく、半年前の連樹の神様相手に約束をするために出向いたのとも違い、共和国を含めた弧状列島の全勢力が手を取り合うことを内外に宣言する場であり、そこに竜族と妖精族を加えて、皆で合同の巨大土木工事を行うことを公にする場でもある。
だから、わざわざ大勢集まっても収納人数に余裕のある第一演習場を使って式典を行うことになったのだ。
本来なら、この役を担うのは第三演習場なのだが、今は交流祭りの会場として賑わっていて、そこを使う訳にはいかない。そこで、ロングヒル軍の好意もあり、第一演習場を使えることになったのだ。
それだけでなく、皆が集うロングヒルの民として、この式典を祝いたいと、軍属の吹奏楽団が演奏を買って出てくれた。妖精さん達の巨大楽器とのコラボ演奏をしてくれるというから、気合の入り方が凄い。
なので、まぁ式典には元々、ヘンリー王も参加予定ではあったんだけど、そこに雲取様とシャーリスさんがサインしたい、押印お願い、と捻じ込んできたこともあって、格で皆が納得する相応しい方としてヘンリー王に白羽の矢が立ったんだ。せめてもう少し前に話をしてくれればいいのにね。
実際、ヘンリー王からも、引き受けること自体は光栄の至りだが、先々の段取りを考えて話をもっと早めに回して欲しい、とチクリとお小言を頂くことにもなった。
……僕が急に捻じ込んできた訳じゃないけど、そういう地の種族なら当たり前に思いつく段取りも、竜族にとっては未知の領域だから、話せば理解してくれるんだけど、竜達で気を回して、というのはまだ無理っぽいんだよね。雲取様が言ってた「竜の作業は一日で終わることが殆ど」というのの弊害がコレだろうね。なまじ実力が有り余ってて思いついたことは即興でだいたいできちゃうから、準備を重ねて到達するような事業が竜社会には存在しないんだ。
やんわりと、地の種族のそうした群れの文化を浸透させていくのも、竜神の巫女や竜神子の役目と期待している、などとも笑顔で言われる始末だった。
ヘンリーさんに、もしかして怒ってます? と小声で聞いてみたけど、竜神に対してそのような思いは抱かぬよ、と軽く流された。まぁ、その口で、春の会合では余裕のある運営となるよう頼む、私のような年になると無理は心身に堪えるのだ、などと困った顔までされる始末。
もぅ。
急に腰を曲げて、あぁ、疲れた、なんて言い出せば、それが演技だと誰でもわかる。お爺ちゃんも、老人には優しくせんといかんのぉ、などと後追いしてくれるし、未来への仕事ばかり積もってく気分だ。
◇
共和国が誇る緩和障壁も豪勢に何枚も用意されているとはいえ、そう時間もかけられない。
会場には代表達と共にロングヒル入りしてきている各勢力の使節団の皆さん、それに共和国からはクロウさん、ジロウさんを筆頭にロングヒルで活躍する街エルフの皆さんも既に正装して、ずらりと並んでくれている。それに全部で十人程度だけど妖精さん達も華やかな衣装を着て両脇に並んでいる。今回は演出要員とのこと。
吹奏楽団の皆さんも、ロングヒルの軍属というだけあって、式典中程度なら雲取様の圧の中でも演奏できる、というのだから凄いモノだ。
一般的な式典なら、関係者の入場といった演出もするだろうけど、天空竜の圧に晒される時間はできるだけ短くしたいから、そういうところは端折る。
予定時刻になったので、会場に設けられた演壇に歩いていくと、遥か遠方の空から雲取様が飛んでくるのが見えた。昨日のように慌てたりせず、圧を可能な限り抑えた穏やかな飛び方だ。演壇は代表の皆さんも既に勢揃いしている。シャーリスさんは同盟と食料提供の件は絡まないので、それらの間はお爺ちゃんと一緒で僕の隣に浮いてる。足元のトラ吉さんもチラリと僕を見てくれたりして心遣いが嬉しい。
塵一つ動かすことなく、静かに雲取様が降り立ち、場が一気に引き締まる。式典モードということで、身体を起こしてるのと、軽く羽を広げたりしているから迫力が半端ない。
『雲取様、関係者全員が揃いましたので、この秋に集った勢力間で交わした取り決めについて、この場で公にさせていただきます』
この場にいる全ての者達に言葉が届くように、厳正な気持ちマシマシで声に意思を乗せる。
<うむ。同じ弧状列島に住まう隣人として、我が竜族を代表して聞き届けよう>
雲取様の思念波が響く。以前の誓いの儀との違いは、同席してくれている竜の皆さんに対して誓いの言葉を述べるのではなく、雲取様は一柱ではあるけれど、竜族代表としてこの場にいる点が違う。
単なる一柱の天空竜に誓うのではなく、合計三万柱とも言われる竜達に向けた言葉となるのだ。
『この場に集った四勢力、人類連合、鬼族連邦、小鬼帝国、共和国は、今、この場をもって参戦義務を持つ軍事同盟を締結します。いずれかの勢力が侵攻を行った場合、残りの勢力は団結してこれに対抗することとし、侵攻の発生を抑止します。また、同盟締結によって得られる平和の恩恵として、食料不足に陥った勢力に対して他勢力は食料提供を行うこととします』
僕の言葉に続いて、代表の皆さんがそれぞれ同意の言葉を告げる。
「人類連合はこの提案に賛同します」
「鬼族連邦もこの提案に同意します」
「小鬼帝国もこの提案に賛同します」
「共和国もこの提案に賛同します」
この言葉を聞き、雲取様が形式的にではあるが確認の言葉を告げる。
<同盟締結と食料の相互供給の約定、確かに聞き届けた。して、この取り決めはいつまで続くものとするか?>
『停戦の儀の時と同様、年一回、秋に集いし時に延長の意を確認し、全勢力の合意が得られた場合には、持ち寄った合意書に対して、状態を維持している「妖精の祝福」の更新をシャーリス様に施していただきます』
<此度の皆の思いが末永く続くことを願おう>
『それでは皆様、合意書への署名をお願いします』
僕が促すと、四つの合意書に対して代表の皆さんがそれぞれ署名を終えた。
大型幻影に署名がなされた合意書が映し出され、会場を埋めていた関係者達から万雷の拍手が鳴り響く。
さて。
『今、弧状列島において初となる全勢力間での同盟締結と、平和の恩恵として食料相互供給の取り決めが成立しました。争いの世からの決別となる歴史的な一歩となりましたが、この場にてこれら四勢力に合わせて竜族、妖精族も加わった大工事、帝国の皇帝領を流れる大河の流れを南から東に移すことで、南部地域の治水と広範な穀倉地帯の形成、そして東西を繋ぐ水運の道を創る、東遷事業への着手をここに宣言します』
大型幻影に、帝国直轄領の地図と、大河の現在の流れと変更後の流路、それと治水が安定することによって生まれる大穀倉地帯の範囲が表示され、会場にどよめきが走った。
無理もない。東遷事業の検討自体、各勢力で検討されたと言っても引き連れてきた人の一部しか関わっていないだろうし、警備担当の方々や管弦楽団の皆さんなんて寝耳に水も良いところだろう。
『表示されている地図に映るロングヒルの大きさを見てもお分かりの通り、本事業の工事範囲は大変広く、帝国領ではありますが、帝国独力での遂行となればかなり長期となることは避けられません。しかし、この場に集ってくれた代表の皆様は、僕の荒唐無稽な提案に対して、頭ごなしに否定することなく、現実にそれを実現させるための算段を考え、全ての勢力が協力することで、この巨大事業を五年程度で遂行する目処が立ちました』
大型幻影には、六つの勢力の概念図が示された。
『連邦からは大規模治水事業の技術提供と指導をしていただけることになりました。連合も大勢の作業員を派遣し一定区間の作業を分担します。共和国からは工事に必要となる各種魔導具の提供と各種支援要員の派遣を担って貰います。妖精族の方々には監督の助手として参加していただき活動を支えて貰えることになりました。そして竜族ですが、竜の力をもって地質の調査と、難工事が予想される強固な岩盤層の切開作業を担います。そして帝国の皆さんは、新たに切り開く東への道筋の選定や、水量の大きく減る南部地域の開墾、それと多くの区間の工事を担うことになります。こうしてそれぞれが得意とする分野の力を持ち寄ることで、工期を大きく縮めて、新たな大穀倉地帯の実りを手に入れて行きましょう』
それぞれが力を、技術を、裏方としての各種支援を担うことで、こちらの常識の一割未満という短期間に工事を進めていこう、と示したことで、更にどよめきが広がっていく。
ここで、雲取様に合図を送ると、そうした皆に対して穏やかな思念波で語り掛けてくれた。
<竜神の巫女はこう言ってるが、我らにとっては地の種族との共同作業も、集団で行う長期活動も、地を見透かす地盤調査も、岩場を切り崩して川を通すような真似もしたことがない。多くを学びながら、手探り状態で進めていくことともなろう。皆もあまり口車に乗って安請け合いせぬように。得られる実りは莫大だが、各勢力が共同で事業を行うことも初なのだ。皆で悩めば良い考えも浮かんで来よう。東遷事業では我ら竜族も作業の一部を担う勢力の一つに過ぎぬ。そのつもりで宜しく頼む>
などと、語り掛けてくれたおかげで、皆さん動揺よりも、不思議な話を聞いたとばかりにきょとんとした顔をして、場に奇妙な静寂が広がった。
ん。
ここでシャーリスさんに合図を送ると、任せよ、とばかりにふわりと前に出てくれた。
『雲取殿も話された通り、妾達、妖精族もこの工事に参加するが、このように巨大な土木事業は妾達の国でも前例がない。助力よりも教えられることの方が多いかもしれぬ。だが、それでも妖精族が参加して良かった、そう皆から評されるよう尽力していこう』
声に意思を乗せる本家だけあって、声量自体は小さいのに、シャーリスさんの声は会場の隅々まで響き渡り、人々の心にその言葉は深く届くことになった。
『それでは皆様、東遷事業への参加の合意をサインを持って示してください。なお、雲取様、シャーリス様は合意書にそのまま書き込まれるのが難しいので、人サイズに揃えたサインを刻んだ印章による押印を、ロングヒルのヘンリー王に代行していただきます』
そうして、今度は六つに増えた合意書に対して、それぞれ皆がサインを行い、ヘンリー王が雲取様、シャーリスさんの印章で綺麗に押印していってくれた。
『人族、鬼族、小鬼族、街エルフ、竜族、妖精族の参加がこれにて決まりました。ではシャーリス様、この状態を維持する術式の付与をお願いします』
『任せよ』
シャーリスさんが杖を一振りすると、積層型立体魔法陣が展開されていき、全ての合意書が光に包まれて、現状を保ち続ける技「妖精の祝福」が機能し始めた。
『それでは、現時点を持って東遷事業の開始を宣言します。六種族の力は今集い、争いの世から平和の世に移る区切りとするに相応しい、大きな大きな実りを齎すでしょう。集いし種族の和が喜びに満ちますように』
僕が宣言を終えると、同時にスタンバイしていた管弦楽団の皆さんと妖精の奏者の皆さんが一斉に華やかで重層的な音楽を奏で始めた。妖精さん達の吹奏楽だけでは得られない、弦楽器の音色や、打楽器の響き渡る重低音が加わることで、更なる華やかさが会場を包み込む。
周囲に待機していた妖精さん達も光を粒を巻きながら、会場の周囲を彩るように光の帯を描いていき、特別感を演出していった。
そして、関係者達からぽつぽつと、最後には割れんばかりの拍手の音が響き渡っていき、人々の表情からも、驚きと共に、これまでになかった時代の到来を確信する笑顔が広がっていくのがわかった。
こうして、秋の集いは過去に例のない賑やかさを持って終幕を迎えることができた。
はい、これにて二十章は終了です。ちょっと急いで書いたので見直すかもしれません。
十九章、二十章と、代表達の秋の集いを描いてきましたがやっと終幕です。こまごまとしたエピローグ的な話はありますが、そちらは二十一章冒頭でさらっと触れようと思います。蛇足みたいなものですからね。
キリがタイミングなので、いいね、ブックマーク、評価、掲示板へのコメントなどして貰えると助かります。皆さんからの反応があると、執筆意欲のチャージになりますので。
これからの投降は定番の纏め×3をしてから、二十一章、二回目の冬の時期スタートです。
とはいえ、ミアの友人達の突貫があるとか、伏竜を篭絡するとか、研究組の研究とか色々あるので、賑やかな冬になるのは確定です。
<今後の投稿予定>
二十章の各勢力について 十一月五日(日)二十一時五分
二十章の施設、道具、魔術 十一月八日(水)二十一時五分
二十章の人物について 十一月十二日(日)二十一時五分
二十一章スタート 十一月十五日(水)二十一時五分
<活動報告>
以下の内容で活動報告を投稿しました。
【雑記】Microsoft BingのImage Creator(AI画像生成)が更に凄い