1-6.想定外の結果
誤字を修正しました。(2018/04/16)
「まず、結論から言えば、共鳴効果による魔力強化、それ自体は成功した。そのことを証明して見せよう」
第一目標達成、良いことと思う。ケイティさんが、教材の入った箱から、鍋敷き大のボードを取り出してテーブルの上に置いた。置かれたボードの中央には赤く輝く小さな石が嵌っていて、それを取り囲むように多重に描かれた円と、間を埋めるように文字が書かれていて、描かれた円も文字も淡く光ってる。きっとこれが魔法陣というものなんだろう。なかなか綺麗だ。
「これは、中央の石に込められた魔力が尽きるまで、魔術の発動を継続し、光を発するだけのシンプルな魔法陣です。この通り、誰かが触っても普通は問題ありません。初等学校で魔法陣を紹介する時に使う教材なので、手荒に扱われても壊れないよう耐久性重視で作られています」
ケイティさんがこんこんと叩いて見せるが、発光状態に変化はない。
「マコトが触れても同じ結果になるが、今回は私がやってみよう。目を離さないように」
今度はリアさんが手を近づける。僕が指先に注意を向けたのを確認してから、魔法陣に触れた。同時にパッと静電気のような赤い火花が散って、魔法陣の輝きが消える。
「!? 怪我、怪我はしてません?」
「あぁ、大丈夫。この通り怪我はしてない。心配してくれてありがとう」
リアさんは困った顔をして、指先を丁寧にゆっくり回して、どこも怪我がないことを見せてくれた。
「いえ、でも、いきなりで驚きました」
「ちょっと、マコト様には刺激的だったようですね。通常の魔導具では稼働中の魔法陣が傷ついたりして想定外の動作をしないよう、保護膜で覆ったり、外部から見えない位置に描くといった工夫がされているので、事故にならないよう配慮されています。こちらの一般的な生活が危険、という訳ではありません」
先ほどのは絶縁膜をつけず、剥き出しにした電線で繋いだ電気回路と考えれば良さそうだ。そして、『普通は』触っても動作は変わらず、魔法陣を見て触って学べる教材なんだろう。
「先ほどの現象は、魔法陣の強度限界を超えた魔力を注がれて起こる過負荷障害だ。誰もが魔力を持っているが、私とマコトは、何もせずとも魔道具を過負荷で壊すほどの魔力を持っていることを意味する」
「僕も同じ、ですか」
つい、自分の指先をまじまじと眺めてしまう。コート剤を塗ってあるのか、薄い保護膜に覆われた爪は、きちんと整えられていて清潔感マシマシって感じだ。さすがミア姉さん。
「マコト様」
ケイティさんが、こんこんとボードを叩いた。
「すみません。あ、お話、続けてください」
なんともばつが悪い。
「一般の魔導師も、魔力を指先に集束すれば、同じように魔法陣を止めることはできます。問題は常時、魔力強化が行われているということなのです。現状は云わば、剥き身の刃のようなもの。日常生活にも支障が出てしまいます」
ちょっと、ケイティさんの腰に下げられている指揮杖を見た。確かあれも魔導具だったはず。
「これは特別な保護障壁を施してある特注品ですので、そうそう壊れたりはしませんが、触れるのは自重してください。もし壊れると仕事に影響が出てしまいますので」
他にも触れてはいけない魔導具とかあるのか、と気になってくる。そういえば、ケイティさんには泣いた時に抱き締めて貰ったりと何回も接触している。
「あの、ケイティさんは僕に触れても大丈夫なんですか?」
剥き身の刀というくらいだから、物でなく人にも悪影響があると思うんだけど。
「予めわかっていれば抵抗力を上げておくことで対応可能です。ご安心ください」
「良かったです」
とはいえ、素の状態では不味いのか。注意しよう。
「ケイティが腕のいい魔導師だからこそ抵抗可能なのだということを覚えておいてくれ。当面、接点はないと思うが子供や老人は特に駄目だ。高魔力に触れると体内魔力が掻き乱されて回復に手間取ることになる」
リアさんも少し真剣な表情で、釘を刺してきた。
「もしかして病気になったり、死んじゃったり……?」
「短時間ならそこまで酷いことにはならないと思う」
まるで放射能汚染あたりのような話っぷりだ。
「さて、少し話が逸れましたので魔導具への影響を考慮した処置について話を戻します。こちらの見取り図をご覧ください。緑色の枠で囲ってあるエリアは、科学導師達の手により、魔術を用いないか、対策を施した特別仕様の作りとなっています」
置かれた図は、この建物の見取り図らしい。元々あった館の部屋や廊下は赤い枠で覆われていて、緑枠のエリアは後から増築した感じだ。今、僕達がいる部屋は客間で、客間を中心に寝室、衣裳部屋、お風呂、トイレが配置されている。
「廊下を挟んだ向かいが、私の部屋だ。生活する時間帯が私とマコトでは違うから、廊下に出なくてもいいよう配慮してある。あと、食事はこちらの食堂でとるから、後で案内しよう」
食堂と隣接している厨房は赤い枠で隔てられていて、入ってはいけないようだ。調理用の魔導具とかがあるだろうから、仕方ない。それにしてもこの部屋と比べた感じだと厨房も五、六人は同時に作業ができるくらいの広さがある。パーティを開くのも困らない気がする。まさにお屋敷だ。
「残念ながら、解決策を何とか用意できるまでは、窮屈な暮らしになるが、不自由はさせないよう配慮するから、困ったことがあればケイティに言ってくれ」
「遠慮なさらずおっしゃってください。いつでも簡単に物が手に入るあちらのような生活までは提供できませんが、精一杯対応させていただきます。あと、赤い枠で囲われたエリアは、使用人フロアになりますので、立ち入りはご遠慮ください」
使用人フロア! なんか、凄く場違いなところにきてしまってる気がしてきた。あ、でも、ここをホテルと考えれば、一般客が使うエリアと、バックヤードを分けるのは当然かもしれない。
「よろしくお願いします。それで、問題は魔力が予想以上に強化されたことだけですか?」
さっきの話では、想定外が多過ぎる、と言ってたくらいだから、聞いておかないと。
「もちろん、他にもある。魔力強化が行われると通常より上乗せされた分だけ負担が増える、そんな話をしたと思うが」
「はい。でも、特に負担らしい負担はない気がします」
「それが想定外の二つ目だ。本来、こんなレベルで魔力を強化されたら、無理やり詰め込まれたような不快感や、心身が重くなったような感覚がでないとおかしい」
「そちらが想定内?」
あ、ちょっとだけ声が固くなってしまった。
「これほど強化されることはなく、副作用は多少の高揚感や、活力があり過ぎて動き回りたくなる程度で済む見込みだったんだ。すまない」
多少の問題が出ることは想定済、か。
「では、良い想定外だった訳ですね」
「そう、これだけ強化されているのに、心身に負担がない、というか負担がなさ過ぎる。これは通常の魔力強化では起こりえない事態だ」
「先ほどの棒と粘土を思い出して頂けると解りやすいと思いますが、棒を突き刺した粘土にかかる負荷、それが負担に相当します。魔力の総量が増えるということは、棒が伸びて粘土への負荷が大きくなるということ。棒の長さが限度を超えれば、粘土は支え切れません」
なるほど。分を超えた強化は碌なことにはなりそうにない。
「そして、想定外の三つ目は、魔力範囲の異常だ。円錐模型で示したように高い魔力は広い底面を持つ。それはつまり離れたところからでも、高い魔力を他人は知ることができることを意味する。例えば、ケイティは高い実力を持つ魔導師だが、その魔力は、屋敷内なら誰でも知覚できるだろう」
「知覚、ですか。でも僕は特に感じられませんけど。魔力に慣れていないからでしょうか?」
なにせ地球には魔力なんてなかったから、これが魔力を知覚した時の感覚だ、といった経験がない。
「そちらは、想定外の四つ目で、なぜか私もそうなんだが、周囲の魔力が感じ取れなくなった。周囲に満ちている魔力も、他人の、例えばケイティの魔力も、一切だ」
知覚できないのは僕が経験不足という訳ではないのかも。なるほど、想定外だ。
「それで、魔力範囲異常というのは?」
「私の場合、魔力属性が無色透明ということもあって、元々、知覚することがほぼ不可能なんだが、それにしてもこれだけ魔力が強化されていれば、濃密な魔力に触れた時点で、誰でも違和感を感じる――はずなんだ」
「誰でも身体には、自分の魔力が満ちているので、別の魔力に触れると反発が生じるのです。ですが、今も私は、お二人の魔力に触れている感覚が一切ありません。肌に直接触れれば確かに判るのですが」
触れないとわからないということは、魔力範囲がとても狭い、ってことだろうか。
「円錐の角度が変わったと?」
「そう推測している。それで想定外の五つ目だが」
「それは確かに多過ぎますね」
「まったく。で、五つ目だが、魔力の集束も、圧縮もどちらもできなくなってる。これはかなり不味い」
「集束と圧縮?」
どういう技術なんだろう? なんか高等技術っぽいけど。
「魔術を使う際の基本となる技術です。魔術はまず術者の魔力を発動体、例えば杖の先端に集束して、それを一点に圧縮し、最後に術式を起動する、という手順を踏みます。例えば、寝室でお見せした照明の魔術ですが、このように杖の先端に発動に必要な分だけ魔力を集めて、魔力を一点になるまで圧縮してから、『灯れ』と。このように魔術を使います」
ケイティさんが指揮杖を構えたら、また、ぽっと灯りが浮かんだ。けれど魔力っぽいものは何も見えないし、感じられない。
「本当なら、ケイティの青っぽい魔力が杖の先端に集まって、一点に圧縮されると濃厚で光を内に秘めたような力ある蒼さに変わって、発動と同時に空間に満ちた魔力に伝播して、望んだ状態、つまり発光体が浮かぶという流れが知覚できるんだ」
知覚できれば、とても綺麗そうだ。見えなくて残念。
「アニメーションとかで、イメージだけでも見てみたいですね」
「それはなんとかしよう。そんな訳で残念だが、せっかく魔力が強化されたのに、魔力が知覚できず、収束も、圧縮もできないから、魔術が使えない。魔術を簡単に使うための補助機能がついた魔導具もあるんだが、触れると壊れるから使えないんだ」
リアさんが指折り数えて問題点を列挙した。なんだか、すごくがっかりな状態に陥ってる気がする。
「魔力が強くなってる利点って、何かないんですか?」
せっかく強くなっているのだから、一つくらいはあって欲しい。
「体内魔力が強い訳だから、魔術への耐性は上がってるかもしれない。そうだな、ちょっと検証項目に追加しておこう」
ポケットからメモを取り出して、さっそく書いてる。
「ん、これはアレだ、『良いアイデアは揮発性だから書き留めておこう』だ」
あぁ、やっぱり。僕がミア姉さんに話した内容は随分と定着しているらしい。
「それで、僕は何をすればいいんでしょう?」
想定外がいろいろ出ているのだから、猫の手も借りたいくらい忙しいと思う。
「検討と検証はこっちでやるから、マコトは特に何かする必要はないぞ。強いて言うなら、怪我とか病気にならないように規則正しく生活して貰う程度か」
「えっと、何もしなくていい?」
猫の手までは必要なかったらしい。なんだか召喚されたら魔王は既に死んでいた、みたいな急展開だ。仲良くなるはずだったお姫様は行方不明、という残念な話付きで。
次は、4月11日に投稿します。