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20-35.全勢力参加の同盟時代へ(前編)

前回のあらすじ:東遷事業に伏竜さんを誘い込む計画は、雲取様にもっと気配りしないと駄目だぞ、と皆さんから諭されることになりました。手間ですけど、確かに横着してはいけませんね。(アキ視点)

翌日は予定通り、ユリウス様、レイゼン様とロングヒル常駐お妃様達、ニコラスさんから、男女の機微というか、誤解を招かない為の立ち振る舞い、気遣いについてあれこれ話を伺うことになった。


どの場合も、先ずは日本あちらでの少年、少女達の日常について説明させられることになり、皆さん、随分と熱心に話を聞いてくれたんだよね。で、日本あちらと違う観点について触れて行ってくれたから、話がわかりやすかった。


どの勢力にも言えることは、今日の次に明日が必ずくるとは限らないという諦観、というか達観がベースにあって、先送りにするとか諦めるくらいなら、前に出る、付き合ってみるといったように、かなり積極的な姿勢が見られた。特に短命な小鬼族は成人の儀で選別を掛けられる文化なこと、病や怪我で死んでしまう率が高いこと、成人までの年月が短いこともあって、他の種族よりも男女共に遠慮し合うような真似はせず、他人など気にせず自分の思いに素直に従うようだった。


成人の儀頃に仕込んだと思われる出産が増える、という話は茶化す意識は全然湧いてこなかった。それなりの人数は成人の儀から帰ってこないのだから。子育ては集団で行うのも、母親独りで育てるのが厳しいという面とは別に、夫を喪い気落ちした母を互いに支え合う面も強いと思えた。


鬼族は長命種なだけあって恋愛期間が長いかと思えば、そんなことはなく、基礎体力が大きく違い、出産が人族ほど母体に負担が高くないこともあって、早めに所帯を持つのが一般的とのことだった。それに男がとにかくいないので、妻が二人、三人といるのは当たり前で、だからこそ、男の取り合いみたいな話は、そう多くないそうだ。なお、大使館住まいをしてるウタさん達、お妃様達からは、妻が複数人いることの気遣い、配慮を色々と教わることになった。それぞれの良いところを認めて、誰かの扱いが突出し過ぎないようにと、女衆の側で調整することも多いそうで、贈り物は争いの種になりやすいので、ある程度は揃えて皆に渡す、それも一度に全員に渡す、なんて具合に気を配ってるそうだ。


自分のところにくる頻度が高過ぎると思えば、妻の側で追い出すこともあるんだとか。長命なだけあって、頻繁に衝突するような真似は避ける文化になっているようだ。


そして、人族、ニコラスさんはと言えば、まぁ事前に聞いていたように独身時代はあちこちの女性に手を出していて、その付き合いは奔放だったそうだ。おかげで結婚する際には、他の女性達との関係を清算するのが修羅場だったなどと、具体的な話に踏み込んでいきそうになったので、そこは丁重にお断りすることにした。男は誠実でないと、などと力説すると、女性にはそれぞれ良いところがあって目移りするだろ、などと真顔で聞かれることになった。僕の理想はミア姉なので、ミア姉の素敵さに比べると、同年代の女の子達は子供っぽくて、なんか妹の相手をしてるような意識だったと話すと、姉好きは筋金入りか、などと呆れられることにもなった。



お話を聞いてて思ったのは、身近に死が存在している、という感覚かな。生の対極に位置する死が身近にあるからこそ、生への意識、貪欲さ、今生きていることへの感謝の念、それに自分だけで生きているのではない、という現実を直視する冷静さ、なんてのもあった。いずれも日本あちらでは薄いか、殆ど意識しないことなので、異世界に来たのだ、と強く思わざるを得なかった。


そして三人とも、口を揃えて言ったのは、相手の感情を煽るような振舞い、危機意識や対抗意識を持たせるような真似は絶対するな、ってことだった。そもそも今回の東遷事業でも読み違いがあったように、竜族と地の種族では感性にも違いがある。些細な擦れ違いが困った事態を招きかねない。


そして、竜族がちょっと雑な行動をすると、それは天災となってしまう。


僕と関係のある竜達が、手乗りの仔猫達だというのならここまであれこれ言ったりはしないと念押しされ、庇護してくれている雲取様に感謝の気持ちを忘れず、他の雄竜と頻繁に会う時には僅かな時間でもいいので連絡を取り合うことなど、それはもう念入りに指導されることになった。皆さん、雲取様が黄竜さんと伏竜さんの接点が増える件で、不快感を示した部分を要注意事項と感じたそうだ。僕を庇護して見守ってくれる心遣いは、逆の視点から見れば、好む相手を囲って他者の接近を退ける意識にも繋がる。長所は視点を変えれば短所でもあるのだ、と注意されることになった。




そういえば、ミア姉も似た話をしてくれてたね。学業の類であれば苦手な分野を克服して長所を伸ばすこともできるけれど、物事に取り組む姿勢であるとか、他の人との付き合い方、距離感なども、過ぎたるは猶及ばざるが如し、ってとこはあるけど、これが良い、というモノはないって言ってた。人との付き合いを多くするか少なくして自分の時間を増やすか、広く浅く交流範囲を持つか、狭く深くするのかなど、何がベストとは言えないって。


 あ。


でも、女の子二人を前にして、どっちも大切、とか片方をキープしておくような発言をするような男は不実だ、なんて事は話してたね。





そこで、伏竜さんの件は結構、短期間に詰めていくことになるから、雲取様には毎日、寝る前に十五分程度、心話で情報交換をして、助言などを求めることになった。雄竜の心の機微なんて、僕が察するのも限度があるからね。心話でその時の気持ちや関連する記憶などに触れる事はできても、その思考や感情が竜族特有の文化や生態によるものだと、知らなければどうにもならないから。


それに、雲取様が縄張り持ちで雌竜七柱の皆さんに言い寄られているのに対して、伏竜さんが心身共に伸び悩んで燻ってるからこそ、両者の対立というか、伏竜さんからの妬みが生じてしまってるだけで、伏竜さんの方の底上げができて彼女の一人でもできれば、男友達として案外悪くない関係を築けそうな気もするんだ。


そんな訳で、雲取様に毎日、定時に短時間の心話をしようと提案してみた。それ自体は、雲取様が頼りなんです、という意識を前面に出したら、苦笑しながらもまんざらでもないって感じで快諾してくれた。


ただ、それとは別件の話が入り込んできて、緊急対応することになったんだ。


急遽、第二演習場に向かい、雲取様も急いで飛んでくるという慌てっぷり。


まぁ、急ぐ理由は予め聞いていたから、ロングヒル側で警戒態勢に入るようなことは避けられたんだけど。内容が内容なので、師匠、ヨーゲルさんにも立ち会って貰うことになった。


飛んでくる勢いこそ桜竜さんばりにパワー増し増しって感じで大気を突き破りながら飛んできたけど、降りてくる時にはいつも通り優雅で、埃一つ舞わせることなく静かに降り立ってくれた。


「いらっしゃいませ、雲取様。急な話でしたが福慈様の鶴の一声ですか?」


そう促すと、雲取様もその通りと頷いた。


<東遷事業への伏竜の参加について、一通りの話を聞いた福慈様は、それが個としての竜の参加ではなく、竜族としての参加を意味し、この秋にあちこちで行っている竜神子達との交流とも異なり、仕事として請け負う内容と判断されたのだ>


 ふむ。


「確かに、その通りですね。だからこそ、明日、東遷事業を推進する旨の合意形成に竜族も参加の意を示したい、具体的には合意書にサインをしたいんですね」


<うむ。そうなのだ。だが、我は黄竜のように人形操作マリオネットの技は使えぬし、黄竜とてペンで文字を描くのはまだ無理だ>


 ふむふむ。


っと、師匠が手を上げた。


「そして直接、紙面に自身の手でサインはできないが、代筆は最終手段として、押印で対応できないか、と」


<それだ。皆に押印文化があったのを思い出して、な。我の用いる竜族としての目印マークをアキに縮小、複写コピーして貰う形で印章を創って貰えれば良いと考えたのだ>


 ん。


「雲取様、それで使われている目印マークはどんな感じですか? あ、後で整地すること前提で許可は得てますので、ちょっと描いてみてください」


<うむ>


そう言って、雲取様は爪を使ってちょいちょいと、地面に目印マークを描いてくれた。見た感じ、楔形文字っぽい書き方だね。んー、ちょっと気になるところがある。


「雲取様、これって、深さとか大きさが意味を持ってたりします?」


<あるぞ。爪で記すから太さ、深さで書き手がどの程度の年齢なのか読み取れる。描く時の勢いも大事でな――>


などと、一通り語ってくれたところによると、雄竜は勢いよく、雌竜は丁寧にきっちり描くのが良しとされるとか、掘った線の間隔も並べる場合は等しくするのが良しであるとか、何気に拘りポイントが多い。


師匠がなるほど、と深く頷いた。


「これじゃ、確かに見た通りに縮小、複写できるアキの創造術式じゃないと駄目だね。雲取様、紙面に押印する以上、深さの表現はできませんが、それでも構いませんね?」


<我のサインの為だけに粘土板で合意書を作れ、などとはいかぬから、それで良い。それでアキ、創れそうか?>


 ふむ。


「イメージを正確にするためにも補助線を描きましょう。目印サインの周囲の余白のサイズも考慮したいし、合意書の用紙に対してどの程度の大きさとするかの調整もしないと――」


なんて話をしていたところで、お爺ちゃんが割り込んできた。


「済まんが、この話に我らが女王陛下も混ぜて貰って良いかのぉ?」


「シャーリス様? あー、東遷事業に妖精族も参加されるから、シャーリス様もサインをしようとか?」


「そうじゃ。しかし、ほれ、儂らの大きさでサインをしては小さ過ぎるじゃろう? かと言って、今から女王陛下に人が使うペンで大きく描く特訓をして貰うというのも無茶じゃ。それなら、儂らのサイズで書いたサインを、アキに拡大して貰った印章を創造して貰えばよいと思ったんじゃ」


 ふむふむ。


「雲取様、一緒に進めて行っても構いませんか?」


<時間もない。それが良いだろう>


ん。許可も貰えたので、さっそく、お爺ちゃんは同期率を落として話をしに戻ってたけど、すぐに同期し直して召喚術式を起動、シャーリスさんを喚びだした。


「話は聞いた。妾のサインを人族の大きさに拡大して貰えるのであれば頼みたい」


「雲取様の場合、爪で書く関係で深さも意味を持ちましたけど、妖精さん達の場合、そういった他の要素はありますか?」


「ある。というより妖精界においては、サインよりも、描いたサインに篭められた魔力にこそ意味があるのよ。召喚術式では魔力属性や魔力の強さは再現できぬから、そこは諦めるほかあるまい」


 おっと。


「サインと言いながら、呪紋みたいな扱いなんですね」


「契約書類に妾がサインを記すと、それだけで術式として機能してしまうから細心の注意をせねばならぬのよ。シャンタール、そこの筆箱で良いのかぇ?」


「ハイ、妖精サイズのペンとノートを用意させていただきまシタ。紙面の平準化もお求めしたレベルを達成していマス。どうぞお試しくだサイ」


妖精さんとの交流が増したこともあり、妖精さん用筆記具の需要も高まり、数は少ないものの、一応、妖精さん達が立ち寄るであろう場所にそれらを常備しているそうだ。ありがたい。


シャーリスさんが小指の先に乗る針のような大きさのペンを持ち、セロファンのように滑らかなノートに対して、さらさらと流麗なサインを描いてくれた。描いたと評したように、流れるような筆記体で装飾性の強い書き方をしてて、線の太さも滑らかに変化していて美しい。


スタッフさんが拡大表示する魔導具で、大きく幻影を映し出してくれたので、雲取様も一緒に見ることができた。


<文字の読み方はわかぬが、シャーリス殿に似合いのサインに思える>


「そう言って貰えるとは嬉しいのぉ。それでアキ、これの印章は創れそうか?」


「創ることはできると思いますけど、ヨーゲルさん、これ、インク台を使うことを考えると、文字の通りの凹凸だと不味かったりしません?」


そう話を振ると、腕組みをしながら少し唸りながらも補足してくれた。


「印章でこの流麗な線の強さ、細さを再現するとなると押し方も工夫せんと厳しいだろう。後は創造術式を活かして作成したら押印を繰り返して模索していくしかあるまい」


などと言いつつ、魔導具を操作して、幻影に赤線の目盛りを追加表示してくれた。外枠と目盛りが付いて、中心線も追加してくれたから、バランスもかなり見やすくなった。


「それでは、時間もないので、どんどん創って試していきましょう」


……こうして、雲取様の目印サインの人サイズの縮小バージョン印章と、シャーリスさんのサインの人サイズの拡大バージョン印章を創っては手直しして、といった作業を繰り返していくことになった。


リバーシの駒のように幾何学的にシンプルな形状と違って、サインは少しでもイメージが崩れると違和感となって表れてしまうので、始めのうちはあっちが太い、細い、角度が違う、長さが違う、線が歪んでる、流れが悪いなどとひたすら駄目出しを食らうことになって、大変なことになった。


それでも、シンプルな雲取様の方の印章を創造したら、ヨーゲルさんがそれを持ってひたすら紙に押しては、雲取様と竜族の三次元な目印サインを二次元平面に落とし込む調整をやって貰った。そうしてる間も、僕はシャーリスさんの描いたサインの正確な立体化に取り組むことになり、何十個とごみの山を築きながらもなんとか合格と評価して貰うことができたのだった。


ヨーゲルさんも、ぽんぽん創造できることを以前は凄い、職人の商売あがったりだ、などと話してたけど、微細加工に僕が悪戦苦闘する様を見て、職人技を置き換える技法ではない、と確信したようだった。……まぁ、普通の魔導師はそもそもこんなペースで創造術式の発動なんてしないからね。


かくして、随分と苦労したけれど、何とか寝る前に、雲取様、シャーリスさんそれぞれが納得できるレベルの人サイズの印章を用意することができたのだった。……疲れた。


今回はキリがいいのでここまで。

35パートで終わるつもりでしたが、前後編にわけて36パート目で20章は終了にします。


アキも男女の機微だけお話を伺うつもりが、突発的な急ぎの創作活動をさせられることになりました。ヨーゲルも理解したように、創造術式は術者のイメージに依るところが大きい為、あまり緻密な作業には向きません。それに複写コピーといいつつサイズ変更もかけているし、印章のための持ち手部分も創るなど、単なるコピーとは違った事をしていて、難度は何段階も跳ね上がってたりします。アキの場合、短時間での試行回数で乗り越えちゃうんですけどね。それでも一見、同じようでも細かく見ていくと違うといったように、本物と言えるほどの贋作は創造できませんでした。

まぁ、依頼者の雲取様、シャーリスさんのどちらもオリジナル風の人サイズ印章が欲しい、という変化球だったので、これくらいでいいか、と妥協してくれましたが、大変でしたね。


次回の投稿は、十一月一日(水)二十一時五分です。

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