20-34.東遷計画への竜族参加と雲取様への気遣い
前回のあらすじ:東遷計画に名乗りを上げてくれる竜はゼロだろうと言われ、基準を下げて出して貰った候補、伏竜さんでしたけど、色々と話を伺ってみると、今持ってるカード8枚で十分、候補に押し上げられる道筋が見えてきて良かったです。(アキ視点)
東遷計画に伏竜さんを誘う件は、昼までには段取りも終えて、雲取様は善は急げとばかりに飛んで行ってくれた。
それに、伏竜さんに関する勧誘と育成の計画も、ベリルさんに資料作りと関係者への配布もお願いしたから問題なし。
……ってことで、午後は少しのんびりできる予定だったんだけど、何故か急遽、代表の皆さん達に竜族参加の件について説明させられることになった。何でも、雲取様からの最初の返事が「四つの難問がある現状では参加する竜はいないだろう」という渋い内容だったこと、それを条件を下げて、僕が出せる手札を駆使して、採用にまで引き上げたことに思うところがあったらしい。
リア姉は雲取様と調整した時刻に心話を行って、伏竜さん勧誘の結果を得る事になり、僕はといえば、ベリルさんと共に連邦大使館に足を運んで説明をさせられる羽目になった。
何とも慌ただしい話だよねぇ、ほんと。
空間鞄の特性を活かして、あれこれ書いたホワイトボードも鞄に放り込んで持参して、それをボンボンとその場に出してといった流れになったけれど、それらを見て、ある程度、多面的に議論が行われたことを察して、代表の方々も安堵の表情を浮かべたのだった。
◇
「つまり、東遷計画における伏竜さんの参加は、伏竜さん自身の育成計画と、伏竜さんを広告塔とする他竜達の勧誘計画という大きく分けて二つに分けられます。前者は体格の改善と魔力不足解消に分けられる訳ですが――」
伏竜さんは縄張りを持たず、序列も低いので食事の量と質が劣りがちで、割り当てられた巣の魔力量も不十分。幸い、竜族は雑食性でアイリーンさん特性のパンやケーキも食べられるので、竜の胃を満たすだけの十分な食事を穀物主体で行い、魔力については、トウセイさんの大鬼に魔力供給を行ったように魔法陣経由で位階を調整した魔力を与えてあげれば、砂地に水を撒くように伏竜さんの身体を魔力が満たしていくだろう、と説明した。
ある意味、竜の常識にはない育成方法になるのでそこは黒姫様に監修をお願いする。竜族の心身なら専門家に任せた方がいい。
白岩様には竜眼や竜爪、それに魔力操作の極みを指導して貰うつもりだ。伏竜さんは後からくる竜達に手本を見せて、参考にできるだけの実力を示さないといけない。せめて十メートルくらい地下までは竜眼で見通せること、竜爪の切断幅をできれば拳幅から指幅くらいに、できれば紙厚くらいにまで高めて、切断した石材の無駄を減らすことは東遷計画に直結する技術面の研鑽だ。魔力操作の極みの方は、より効率よく、少ない力で自身の力を操れること、それに魔力の少なさは竜特有の圧を抑えた時の効率の良さにも直結するから、他のどの竜よりも地の種族への圧を減らせる可能性もあるので、そこも伸ばしてみてはどうか、といった程度。
白岩様も、自身と桜竜さんだけだとサンプルが少ないだろうから、もう何柱か一緒に研鑽を積む竜が増えてもいいと思うんだ。
それから何万という人々が集う巨大事業に関わるということは、その運用ノウハウにも触れるということになる。基本、個で動くことで完結してる竜族に対して、集団活動を普及させていく上で、身近な例を知り、それを理解した上で竜族に取り入れていくには、それを行えるだけの知識と経験を備えた竜がいなくてはならない。その役割を伏竜さんに担って貰おうというのが他竜勧誘計画だ。
何をすればよいのか、どの水準が求められるのかは伏竜さん自身が実演し、指導することもできる。それに竜眼で地質調査をする際には少なくとも竜はペアを組ませるけど、誰と誰を組ませるのか、それを考えるのも観察眼に優れた伏竜さんなら、効率が高く問題を起こしにくいパターンを考えてくれるんじゃないか、と期待してる。
何より、伏竜さん自身の能力が水準を満たしながらそこそこレベル、というのが最高だ、と論じてみた。他者の力量を図るだけの実力は備えていながら、より高い実力を持つ竜達からすれば、伏竜さんができるなら自分も、と考えて動きやすい利点もある。彼の頑張りは雲取様も認めるところだから、実力が多少劣る竜達にしても、頑張れば求められる水準で働くことくらいできそう、と考えもするだろう、と。
そして、彼の役割は軍師であり、自分より優れた将達がいれば、それらは適宜、必要なところに配して行けばいい。いくら竜として優れていても、地の種族の文化や流儀に精通し、竜族のそれも理解している竜など伏竜さん以外にいないのだから。替えの効く役処など、他の竜にどんどん任せればいい。それに、そうして差配する立場となれば、当然、その言は重きを持って受け止められ、そうした立ち位置となれば、一目置かれるようにもなりますよね、とアピールするのも忘れない。
あとは、竜族の表の窓口としての雲取様、浄化作戦を担う若雄竜三柱に対して、地の種族の大規模工事にも理解を示し、竜達を差配できる伏竜さんが揃えば、竜族の新体制も互いに不足する部分を補えるようになり安心できる、なんてことを話してみた。
「治水、土木事業となれば、地の種族の利権や争い事にも触れることになり、そうした面について共感はできずとも理解も進むことでしょう。ある意味、純朴さと表の顔である雲取様はそれらに関わることは稀でしょうし、若雄竜達は浄化作戦遂行という面が強く、地の種族の文化や欲に触れることも稀でしょう。ですが、それでは困るのです。地の種族にも残念ながら」
っと。
ここで、ちょっと言葉を重ねて説明するより、思いを乗せて一度に伝えた方が良いと判断して、群れから排除せざるを得ない輩、他者を害する事に何も感じない輩、憎いからと死体を弄ぶような輩、暴力を振るうことを自制できない輩などへの僕の思いをぎゅーっと、詰め込むことにした。
『共に生きる事を断念せざるを得ない輩』
口にするのも憚られるような非道の行いをする連中、そういう、ギュっと処分するしかない連中へのドロドロした思いも押し込んだ。
皆さんの目の色が変わったから、まぁ言いたいことは伝わったと思う。
「我々、群れで暮らす地の種族は数の多さ故に、どうしてもそうした残念な者達は出てきてしまいます。ですが、多くの者達は法を守る善良さを持ち、賞賛できるような気高い心を持つ者とて大勢います。そうした雑多な集団への理解を深めた存在、伏竜さんにはそうした存在になって欲しいと考えています。きっと竜神子とは別の意味で、地の種族との諍いを減らし、不幸な衝突へと進む流れを止めてくれるでしょう」
グレーゾーンを理解し、その上で振る舞ってくれる竜がいて欲しいけれど、雲取様や若雄竜達にその役まで求めるのは酷だ、と。
そんな話をしてたところに、リア姉が入ってきて、伏竜さんへの説得が成功した旨を報告してくれた。
「雲取様による伏竜様の説得は無事成功しました。ただし、アキに所縁の品を届けて、実際に心話を行うのは十日後とするように、とのことです」
ほぉ。
「それって、理由は何か話してました? 伏竜さんもさほど用事があるとは思えませんが」
「福慈様に話を通す必要があること、それから、話をするにしても十分に理解を深めて心を整えてからとしたいそうだよ」
ふむ。
「心を整える、というと心話対策ってことかな?」
僕の問いにリア姉はそりゃそうだ、と呆れた表情を浮かべた。
「アキが雲取様だけでなく七柱の雌竜の方々相手にほぼ無双をした件は、竜族の間でも広まっているからね。無害な小娘と侮るような竜なんてもういないよ」
あらら。
まぁ、でも伏竜さんは見立て通り、良い素性の方のようだ。つい嬉しくて笑みをこぼすと、リア姉が突っ込んできた。
「アキ、なんでそんなに嬉しそうなのさ?」
「ん、伏竜さんには軍師ポジションで、少しグレーな部分も含めて担って貰いたいなぁ、って期待してたから。ここで下準備なしに、雲取様に往復便で所縁の品を運ばせてきて、すぐ心話を行うようだと、残念って判断になっただろうけど、ちゃんと部族内での筋を通し、心話の為に準備も整えて、といった配慮ができるというのはポイントが高いよ」
これなら、東遷計画だけじゃなく、そこから派生して統一国家樹立に向けた体制造りにも関わって貰えそうだし、良い巡り合わせですよね、と手放しで喜んでいたら、代表の皆さんが思わせぶりな目配せをして、それらを踏まえてレイゼン様が口を開いた。
「アキ、その伏竜様だが、心話から始めるとして、どうやって仲間に引き入れるつもりだ?」
ん?
「そうですね、話が結構複雑なのと、活動が長期間に渡るので、心話で大雑把な認識合わせをしたら、何回かロングヒルに来ていただいて、図表などを使いながら、伏竜さん自身の育成と、そうして必要な技量を備えた伏竜さん自身による他竜勧誘計画を説明していこうかと思っています」
「話を引き受けてくれた事を慶び、アイリーンに何か食事も用意させて歓待する感じか」
「はい。他の竜達が見向きもしない中、参加の意を表明してくださるのだから、はっきりと厚遇する姿勢を示し、それが地の種族達にとって大いに歓迎する行いなのだ、とアピールしていくつもりです」
暫くは東遷計画には伏竜さん一柱だけでの参加となるので、その意味でも専任の助手の方をつけるとか、地の種族の文化への理解も促していく必要がありますよね、などと考えをつらつらと話していくと、レイゼン様は、まぁアキはそういう奴だよなぁ、などと露骨に溜息をついた。
「どうされました?」
「どうされたも何もない。脇が甘くてどこから指摘していいか俺ですら悩むくらいだ。ケイティ、そうした教育はしてこなかったのか?」
話を振られたケイティさんは、必要が無かったと弁明を口にした。
「アキ様はご存じの通り、活動される時間に大きな制約もあり、そうした振舞いを考慮する出会いが起きてから説明をすれば良い、と判断し後回しとしておりました」
はて。
何を問題視されているんだろう?
レイゼン様がどうなんだ、とばかりにヤスケさんに視線を向けると、何が問題か、と軽くスルーする始末。
「そうした振舞いを最初から教えても碌なことにはならん。何事も穏便に、などとやって抑えつけた方が後々、厄介なことにもなる。それよりはその都度、小さな衝突をさせた方が纏まるモノだ」
などと、言ってるけど、うーん、何を話してるんだか?
そのやり取りを聞いていたニコラスさん、ユリウス様も何か納得した顔をして、話に入ってきた。
「この秋の集いで、せっかく会ったのだから何か希望があるかと聞いた時、アキは私達の土産話でも聞きたい、と話していたけれど、これは、少し話して諭すべきと思うがどうだろう? 幸い、三人とも婚姻していて子供もいる。レイゼン殿のところなら細君も大勢いるから役立つ助言もあると思うが」
などと、何とも楽しそうに話を振った。
「こっちには、三人いるから揃って話をするか。残念だがこの件だけは街エルフの流儀では駄目だからな」
などと駄目出ししてきた。これにはユリウス様も乗ってきた。
「事が地の種族だけならともかく、竜族も絡むとあっては、争いの目は摘んでおいた方がいいだろう。余も協力するとしよう。……まさか我が子達より前に、アキにこのような話をすることになるなどとは思ってもみなかったが、これもまた一興というものよ」
なんて感じで、僕に対して残念な子を見るような視線を向けてきた。
むぅ。
「もう、皆さん、さっきから、何の話をしてるんです?」
街エルフの流儀では駄目、と言われたヤスケさんやケイティさんも、いつもと違ってそんなことはない、と反論するでもなし。
ジリジリとストレスが溜まる中、ふわりとシャーリスさんが飛んできて、頭を撫でてきた。
「そうカリカリするでない。皆が話して居るのは簡単なこと。男女の機微というモノよ。アキは伏竜殿に対してあまりに脇の甘い行動をして、争いの種を蒔こうとしているのに、気付いておらぬ。それでは不味いと止めることにしたのよ」
はぁ?
「男女? 男女って僕と誰です?」
「アキと雲取殿、それに伏竜殿以外にあるまい」
「なんで? 人と竜ですよ?」
「人と竜であろうと、雲取殿はアキを庇護すると宣言し、他の竜にもその意を示しておる。そんな中、アキが誰にもはっきりと分かる形で伏竜殿を歓迎し、扱う話が複雑ということもあるが、何日も、もしかしたら十日、二十日と頻繁に会い、親しく語らう日々を過ごしたなら、雲取殿はどう思うかのぉ?」
ちょっと想像してみる。
うーん、そもそも雲取様って伏竜さんにあまり良い感情はお持ちじゃないみたいだから、話が拗れたりするかも。
おや。ベリルさんが手を上げた。
「アキ様。雲取様は人形操作を学ばれている黄竜様と伏竜様の接点が増える可能性を仄めかされただけで、不満な思いを抱かれていまシタ。そしてアキ様の場合、可能性ではなく実際に大きく増えるのデス」
あー。
……なるほど。
「しかも、いつでも心話で直接、連絡ができるのに、忙しい方だからと連絡を怠っていたりしたら」
「不快に思われるかもしれまセンネ」
ベリルさんはやんわりと話してくれたけど、うん、そこまで言われれば、かなり不味そうな気がしてきた。
そして、やっと理解できたか、とレイゼン様は呆れた顔をするのだった。
◇
秋の日程も結構な日が経過してしまったこともあり、残りの日をどう過ごすのか、その場で決まっていった。明日は各勢力間の最終調整と、僕との個人的な話タイム。そしてその翌日は首脳会談の最終日であり、雲取様に同席して頂いて、同盟締結、食料相互供給協定締結、それと東遷事業実施を宣言する場を設ける段取りだ。
個人的なお話タイムは、レイゼン様、ニコラスさん、ユリウス様からそれぞれ、男女の機微と気遣いについてじっくり話を聞かせて貰うことになった。せめて生々し過ぎる話は止めて、と食い下がったところ、三人だけでなく長老の皆さんすら腹を抱えて大笑いする有様で、何とも居心地の悪い思いをさせられたのだった。
だって、仕方ない。僕だってこう、恋愛事には色々と夢をみたい年頃だもの。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
伏竜を東遷計画に巻き込む策は、これまでと違って竜族側で、この竜ならばと選ばれた者ではなく、基準に届かないとされた者をアキが押し上げて採用枠とする点で、代表達も、その内容を把握しておかないと危ういかも、と内容を確認しておくことにしました。
まぁ、大筋は決めても相手がいる話でもあるので、不味い方向に転がりそうなポイントがないか探して、どこで修正できるか確認する程度なので、特にどうしろ、という指摘はありませんでした。
それよりも、もっと根本的な問題、シャーリスは男女の機微と表現しましたが、まぁ、誤解を招かない立ち振る舞い、配慮といったところについて、三大勢力の代表ユリウス、レイゼン、ニコラスの三人から駄目出しが入りました。
必要になりそうならその時に教えればいいか、と先送りしてきたケイティはまぁ情状酌量の余地があるとしても、多少拗れてもぶつかった方が長期的に見ればいいんだ、というヤスケは、その拗れる相手が竜神と称される竜族達となれば、駄目出しを食らうのも仕方ないところでしょう。
アキも日本では毎日、ミアとの濃密な心話をしていたこともあって、リアルの交流、人間関係はその分、薄味になってましたからね。嫉妬されて大喧嘩なんてことになるほど濃密な関係を持つ相手もなく(アキ視点)、経験不足は否めないものがありました。
代表三人によるアキへの教育は、脇道案件なのでさらっと一言コメント程度で流して、次パートで20章も終わりです。
次回の投稿は、十月二十九日(日)二十一時五分です。