20-33.東遷事業への雲取様の渋い返事(後編)
前回のあらすじ:帝国領の南に注ぐ大河を東に付け替えようという東遷計画、短期間のお仕事で千年後まで感謝されるんだから竜族達も喜んで参加してくれるだろう……と思ったら、雲取様から、まさかの駄目出し、竜族参加ゼロだろう、って。一応、基準を下げたらどう、と食い下がったら何とか一柱が辛うじて候補になってくれそうだとわかりました。さーて、どんな方だろう? フォローして候補扱いできるなら、何とかその一柱を掴んで逃がさないようにしないと!(アキ視点)
さーて。これまでに交流してきた竜達だと多分、名乗りを上げてくれそうなのは一柱も出てこない、という話だったけど、ロングヒルにやってきてる皆さんより少し基準を下げれば、一応、候補と言えなくもない一柱がいるとのことだから、そこを突破口にしてみよう。
となると、この暫定候補の竜がどんな性格、能力、年齢なのかで雲取様が挙げた四つの難題への対処も変わってくる。
「それでは雲取様、その暫定候補の方について、正確に判断したいので、雲取様から見たその方がどうなのか、どこが候補足りえるのか、何が基準に満たず振るい落とされたのか教えてください。勿論、雲取様から伺った内容について、秘密は守ります」
忌憚ない意見をぐさぐさ言って、それが相手に伝わると多分かなり気まずいだろうからね。そこは配慮だ。
雲取様もちょっと竜眼で僕を眺めていたけど、腹を括って評価を教えてくれた。というか竜眼で念の為に確認する辺り慎重だね。まぁ狭い部族内だし、そうした気配りは欠かせないんだろう。
<性格は、自信がなさげで、衝突があると退いてしまうところがある。序列の問題もあって、体格が同年代に比べると劣り、魔力も常に不足気味で、姿勢も悪く、常に相手の態度を伺うようなところがあるといったところか。その為、雌竜達からも相手にされておらず、我も恨みがましい視線を向けられることも一度や二度ではない>
ふむふむ。
その言い方からして、少なくとも縄張り持ちの竜ではないから、弱い成竜か、若竜さんだ。
「雲取様は七柱の雌竜達が寄り添ってきている状況ですから。雄竜達から多少、妬まれるのは仕方ないところですね。包み隠さず教えていただきありがとうございました。今聞いた限りでは、地の種族への害意に繋がる思想、性格ではないようですね?」
<幼い頃は、動物と遊んでいて、そうした触れ合いを好んでいた。我らには珍しく、そうして誰かと近しい関係にあることを嬉しく思う性格なのだろう。多少、不満があろうと、他者がくることを拒んで威嚇するような真似はせぬから、他種族との交流に向く性格かもしれない、と考えたのだ。だが、アキに所縁の品を送っておらぬことからわかるように、アキへの興味より退く意識の方が強いのだろうな>
ほぉ。
「ロングヒルにやってこないのは本人の意思と、推薦する者、例えば福慈様からのご指名などもないから、というだけでしょうか? 先ほどのお話では、体格と魔力が劣るとのことでしたが、それは竜眼、竜爪、空間跳躍といった竜族の技の習得も遅れていることを意味しますか?」
<いや。技量だけでいえば高い方と言ってもいいだろう。魔術も白竜ほどではないがそれなりの使い手だ。だが、基本的な体力、魔力の劣勢を補えるほどではない>
いいね。
「雲取様に恨みがましい視線を向けてきた、というのは、雄竜としての自身の成長を諦めていないことの現れと思いますがどうでしょう? あと、そうした視線を向けても雲取様が力を振るったりしない、と性格を見越した態度とも取れますが、相手の態度を伺う姿勢が常態化してるくらいなら、観察力はあるとみて良いでしょうか? あと集中力、粘り強さ、諦めない心があるかどうか」
<随分多くを聞いてきたが、成長を諦めていない、雌竜への興味も失っていないとは思う。相手によって、不満をぶつけられない程度には自分の意も示してはいる。その辺りの加減ができるのだから観察力はある方だろう。それと集中力、粘り強さ、諦めない心はあるとみていい。天賦の才はないが、それでも一通りの技を身に付けているのだ。それらが無くては身にはつかん>
ほぉ。
天賦の才がない、とはバサッと切ってる感があるけど、ロングヒルに来ている方々は確かに才気溢れる面々だし、そうした層と見比べると劣る、という意だろうね。一を聞いて十を知るくらい聡い竜族だから、それが多少落ちて七とか八だとしても、こちらからすればそれは欠点にはならない。
『では最後に、雲取様はその方に、僕との心話をするよう、所縁の品を送るよう説得はできるでしょうか? 東遷事業に参加していただければ、体格と魔力に関する悩みを解消して、竜族の中でも一目置かれる立場となり、雌竜達からの注目度もぐーんとアップ、他種族との交流においても意見を求められるようになる、そんな未来への道筋が開けます、と囁いてあげてください』
イメージした相手の竜に語り掛けるように、さぁ素敵な未来へ共に行きましょう、って思いを言葉に大盛りに乗せて、さぁ、と手を出してみた。
あー、すっごく胡散臭い眼差しのまま竜眼でじろじろ眺めてきた。まぁ、なんら後ろ暗いところはないし、聞いたような方なら、きっと先陣を切って、腰の重い他の竜達を引き摺り込む広告塔になってくれるだろう。んふふ。
<……一点の曇りもなく、好意塗れな態度が余計に怪しく感じるぞ。我が挙げた四つの問題点を何とかできる算段を聞かせて貰えねば、我に説得は無理だ>
そう言いつつも、あぁ、針の穴を通してきたなぁ、なんて諦観めいた思いを抱いたことを隠さず伝えてくれる辺り、雲取様もいい性格してると思う。
そうしてちょっと二人して真顔で見つめ合った後、どちらからともなく笑い出すことになった。
◇
僕が出せる手札は合計八枚、雲取様、登山に行った若雄竜三柱、黒姫様、白岩様、それに福慈様の五枚、七柱、財閥、サポートメンバーの助力の二枚、あとは僕自身で一枚だ。
暫定候補の竜さんは、後々のことを考えて伏竜さんと呼ぶことにした。
由来は勿論、伏竜鳳雛の由来となった伏竜、諸葛孔明だ。だまらっしゃい、とか言って他の竜達を論破してくれるくらいに成長してくれるといいなぁ。
で、序列とそれに付随する体格と魔力の問題は、こちらの助力と黒姫様、白岩様に手を貸して貰ってクリアすること、②の竜眼への期待の件は目指す粒度と順番を変えれば十分であること、③作業意欲の件は、伏竜さんが旗手となって他の竜を巻き込んで数を揃えること、④の地質に関する知識は今後の立ち位置を我々との仲立ちをすると考えれば使い処だらけ、そして①の報酬の魅力は、若雄竜達や雲取様と一緒に自分達で価値を吊り上げればいいだけ、といった形で、大雑把な案を話してみた。
それらはベリルさんがきっちり板書してくれて、ケイティさんも想定される物資の持ち出しは許容範囲内であると教えてくれた。
一通りの話を聞いて、その場にいる面々、リア姉も含めて、さぁどうだ、と意見を出して貰ったけど、大きな抜けはなさそうだった。関係する竜の方々に求めた役割で協力をお願いできそうか、雲取様にも確認したけど、その程度なら問題なし、と言ってくれたから大丈夫だろう。
後は、携わる仕事から言って、文字や図を用いる必要性も出てくるから、黄竜さんが練習している人形操作の技法を学んで修得する、なんてことにもなるかも、と話したら、雲取様がちょっと不満そうな表情を浮かべた。
まぁ、自分に言い寄ってきてる黄竜さんに、伏竜さんの接点が大きく増える案件だからね。まぁちょっとイラっとくる気もわかる。
でもね。
いつまでも七柱の雌竜全部を抱える気もないのに、他に気が向くのを嫌がるのは我儘ですよ。
<よく思いついたモノだ。そのような申し出なら、例え東遷事業にさして興味がなくとも食いつかざるをえまい>
ちょっと、なんで感心した表情じゃなく、呆れた顔をされてるんです?
「雲取様、未来の同僚に手を差し伸べる役なのだから、ちゃんと誘ってくださいね?」
キリっと遊びに誘うように笑顔で行きましょう、と促すと、雲取様は気を取り直して、表情を引き締める。
<それはそれはお役目重大だ。誠心誠意を尽くして誘うとしよう>
などと真面目そうな声で最大の難関に立ち向かうことを約束してくれた。ふぅ。
これで何とかなりそうだ。気長な活動にはなるけど、他勢力の手を借りることもなく目標はクリアできる算段もついたから、これで今回の僕の仕事はきっちりこなせたと見ていいだろう。
ベリルさんに伏竜さん勧誘、育成計画の説明資料の作成と配布もお願いしたし、これでミッションクリアだ。
◇
区切りも良くなったので、親愛の情を伝えるハグの時間ですよー、と言い寄ったら、気持ちの切り替えが良過ぎだと苦笑されたけれど、雲取様も少し趣向を変えてみようなどと言いながら、僕を胸元に抱えて、ゆっくりと立ち上がってくれたり、とサービスしてくれた。三階くらいの位置まで一気に視点が変わる様はやっぱりかなりの驚きがあって、抱えてくれている手にがっつりしがみ付きながら、変わる眺めを大いに楽しませて貰った。大満足です、雲取様。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
東遷計画も、短期遂行の要となる竜族参加ゼロか!?って話になり、アキもかなり焦って、雲取様が基準を下げれば、まぁいなくもないとした一柱について、今ある手札で何とか通常候補と看做せるか、これまでにないくらい気合を入れて考える羽目に陥りました。
幸いにして、今ある手札を駆使すれば、通常候補と看做せるだろうという算段を立てることができました。しかも、改めて考えてみれば、伏竜と命名された東遷計画参加予定の竜が持つ特性は、かなりアキに都合がいいオマケも付きました。
実際にアキが手練手管を駆使して引き摺り込んでいくのは21章になりますが、雲取様が伏竜に声を掛けた結果の第一報を踏まえて、がっつり描写してきた秋の首脳会談もそろそろ締めとなります。
いやぁ、最低限、描写しておかないといけないなぁ、って内容をこなしていっただけのつもりでしたが、十九章が29パート+SS一つ、二十章が35パート(予定)+SS一つ、約8か月掛かりました。もうちょっと筆が早ければいいんですけどねぇ。倍速あたりでいいから欲しい。
次回の投稿は、十月二十五日(水)二十一時五分です。