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20-32.東遷事業への雲取様の渋い返事(前編)

前回のあらすじ:皇帝領にある大河の東遷事業について、提案は資料を事前に読んでいてくれたので、それぞれから意見を聞いて回るだけで、合意を得る事ができました。後は雲取様に一通りの説明と協力要請を受けて貰えれば、今回の大仕事は完了です。いやぁ、大変でしたね。(アキ視点)

翌朝、寝起きの僕を迎えてくれたのはケイティさんではなくリア姉だった。


いつも通りの簡単な検診を終えて、身支度を手伝ってくれる辺り、なんか怪しい。

鏡越しに合った目線も逸らすし、うーん、何かあったか。


「リア姉、それで何があったの?」


そう問うと、ギクッとした表情を見せて少し固まってたけど、しぶしぶ白状してくれた。


「昨日、アキが寝た後に雲取様に今回決まった同盟や食料援助、それに東遷事業の説明をしたじゃない?」


「うん。そういう予定だったね」


「で、さ。同盟や食料援助の件は、地の種族同士が仲良くなる流れなので歓迎してくれたんだけど、東遷事業がね、かなり駄目っぽい。地の種族や妖精族が同事業をするのは応援するけど、参加できそうな竜は多分いないだろうって」


 えー。


「緑竜様は?」


「勿論、本人に伺ったのではないけれど、雲取様曰く、そこまで興味は持たないだろうって」


 むむむ。


それは不味い。というか、なんでゼロ?


「リア姉、僕がこれまで交流してきた竜達との感触からして、最低でも数柱程度は確保できると感じてたんだけど、なんでゼロ?」


「それはアキも納得しがたいだろうから、第二演習場で説明して下さるそうだよ」


「……念の為、確認だけど、説明の仕方に何か手違いがあったって線は?」


「残念だけど、そういう小手先の話じゃなかったよ。ヒントは時期が悪いってとこかな」


 時期?


竜族には僕がまだ知らない長期スパンのイベントが何かあって、ちょうど手隙な竜が出払ってしまうとか?


うーん、うーん。


情報が足りないね。


「にゃー」


おっと、トラ吉さんが、食堂に行こうぜ、と誘ってくれた。うん、情報が足りない中、あれこれ考えても意味ないし、雲取様が対面で説明してくれるというのだから、そこで聞いてから考えればいいや。





食堂には母さんもいて、昨日の代表の皆さんとの話なんかを軽くしたけど、雲取様への説明の件は内緒、ということで、話題に触れることはなく終わった。他の人の意見を先に入れると余計な雑音になりかねないから、とのこと。


ちなみに、無回答になる事については雲取様も、色よい返事が出せない事を残念と話されてたそうだから、かなり根深い問題が控えてそうだ。


……何せ、一通りの話を聞いた雲取様自身が、それなら少し手伝おうか、と言い出さなかった訳だからね。お忙しい身ではあっても、まったくやる気を見せない、というのは、想定してなかったなぁ。


馬車で移動する間、ケイティさんやジョージさん、ウォルコットさんにお爺ちゃんと一通り、意見を聞いてみたけど、どちらに振れても不思議ではないくらいに思ってた、とのこと。


「それと、雲取様は今日は先にいらして、ベリルと準備をしてます」


「準備?」


「論点がいくつかあるから、話を理解しやすいように先に板書をしておくそうです」


「それはまた嬉しい配慮ですね」


つまり、それだけ面倒臭い話ってことだ。問題点が一つなら板書しておく意味はない。


そうこうしてる間に馬車は第二演習場に到着し、土手を登ると雲取様は落ち着いた姿勢で、傍らにいるベリルさんと話し込んでいるのが見えた。


テーブル席は用意されているけど、リア姉はちょっと離れた位置に座って、メインの話は僕にお任せってとこらしい。代表の皆さんのことを苦手と言ってたけど、雲取様の事も苦手なんだろうか。


近くにいてくれるだけでこんなに安心できるのに、不思議だね。





<アキ、久しぶりだな。地の種族同士が同盟を結び、食料の相互供給をする取り決めに至った件も、アキの働きかけが切っ掛けだったと聞いている。統一国家樹立に向けた歩みが進んでいることは喜ばしく思う>


「ちょうど休耕田が余っていたのと、この秋、帝国の成人の儀が中止になったのが丁度良かったです。食料不足が起きると、どうしても解決を外部に求めがちなので、戦争抑止と食料提供をセットにできたのは良い思い付きでした。……それで、東遷事業の件ですけど?」


わざわざ、気を使って褒められる内容から入った辺り、雲取様もゼロ回答は不本意なことなんだろう。触れてる魔力からも、気が重いって後ろ向きな気持ちが伝わってくるくらいだ。


それでも、気持ちを切り替えるとさっそく本題に入ってくれた。


<うむ。話は聞いたが、色々と条件が悪くてな。我がよく知る者達からは東遷事業への参加を表明する者は出てこないだろうという結論となったのだ。問題となる項目はベリルに書いて貰った>


ベリルさんがホワイトボードを裏返すと、そこには確かに箇条書きにされた項目が記述されていた。


どれどれ。というか、項目が四つもある。


「①浄化作戦で得られる縄張りに対する東遷事業の報酬が直接的でない、ですか」


<大きな要因の一つがそれだ。縄張りは竜族社会の文化に今ある最も大きな価値であり、その獲得を希望しながらも果たせない多くの若竜、成竜達がいる。労に見合った報酬という意味で魅力的でわかりやすい。それに対して、東遷事業で得られるのは、他の種族と共に統一国家に大きく寄与する大事業を行ったという名誉と実績だ。きっと、アキの言うように少ない労で大きな報酬を得られるのだろう。……だが、竜族の部族同士を統一した組織作りすらこれからという我らにとって、その報酬はまるで空に浮かぶ雲のようで実感が湧かないのだ>


 ふむ。


「地の種族にとっては、群れの中で重要な位置を占めること、他者から尊敬されることへの価値は自明の理でも、これまで個で生きてきた竜族にとっては、縄張りに比べると魅力に乏しいということですね。これは僕も予想してました。それで次は、②竜眼への過剰な期待、ですか」


<そうだ。我らの竜眼は確かに地面の下も見通せなくはない。だが、それは歴史的な経緯を思い返して貰えればわかるように、埋められた悪意ある罠を見つけるといった事を成し遂げることができれば良しとしてきたのだ。だから見通す深さもせいぜい人の背丈の半分程度、あまり深ければそもそも罠も発動せぬから、そこまで深く見通す必要も無かった>


 なるほど。


「それだと地質調査は竜眼では難しいと? これまでやってこなかっただけで、挑戦すれば手が届く範囲ではありませんか?」


そう問うと、雲取様は寂しさと悔しさが混ざった遠い眼差しを向けてきた。


<やればできるかもしれぬ。できる可能性の方が高いだろう。それでも浅い地下に比べればかなり荒い探査ともなろう。だが、そのような探査を何万と行い、延べ人数何十万という者達が工事を行い、千年先まで使い続けるとなると、誠意に欠く振舞いに思えるのだ>


 なんと。


雲取様は、地質調査を地雷探査のような精度、確度で行う前提で考えて、見落としがほぼ出るだろうことを気にしてくれていたのか。


 あー、もう、なんて素敵な方なんだろう!


『そこまで考えて頂けたことを感謝します。ほんとは抱きしめたいとこですけど、スキンシップは後にしますね』


言葉にたっぷり、ぎゅっと抱きしめて大好き、とアピールする思いを乗せて伝えると、雲取様も目を細めて笑ってくれた。


<するのは決まりか。ではそれは後にしよう>


「はい。では先に一通り伺うことにして、次は③作業意欲が続かない、ですか」


<これは竜族の文化との関わり合いが深いのだが、我らの行動はその場で結果が出ることが殆どで、同じ作業を延々と年単位で続けるような事は前例がないのだ>


 ふむ。


「縄張りの中に罠が仕掛けられていないか念入りに竜眼で探査する作業は、かなり地道で同じ作業の繰り返しに思えますがどうでしょう?」


<確かに面倒だが、すぐ結果が出て、縄張り全体の調査もその日のうちには終わる。それに比べると地質調査はあまりに範囲が広く結果が出るまでに時間が掛かり過ぎる。きっと意欲が途中で失われてしまい、それは調査の質を悪くしてしまうだろう>


「年単位と言われてますけど、百柱で分担すれば三日で終わりますよ?」


<それは作業の趣旨を理解し、熱意をもって取り組む竜が百頭集まれば、の話だ。そしてアキが熱意をもって勧誘しても、残念だがそれほど集まることはあるまい>


誰も耳を貸さない、とまで言いきらないのは優しい心遣いだね。


「前二つの条件とセットでは参加しようという意欲が湧かないってことですね。理解しました。最後は④地質を深く知る意欲が乏しい、と。皆さんが巣を作る時に簡単に崩れないような地を選ぶ、水が溢れて流れてくるような地を避ける、といったようにある程度、地質も考慮されていると思いますけど、そこをもう少し詳しく知ろうとは思わないものでしょうか?」


<水捌けの良さ、湧き水の位置は竜眼で軽く調べれば判断ができる。地盤の丈夫さは実際に降りて、少し圧を掛ければ確認としては十分だ。地震があったとしても空に退避して落ち着くのを待てばいい。先々、ほぼ使うことがないだろう知識を深めようという変わり者はそうそういないだろう>


 なるほど。


地の種族のように、疑問に思い、直結する利益が何もなくとも、知りたいから考えを深める、検証するという飽くなき探求心がまだ無いんだね。ある意味、淡泊な話だ。


「以上、四点、確かに難題が並んでますね。あと、リア姉から、時期が悪いとも聞いているんですけど、それは①東遷事業の報酬が乏しい、に関連しているという解釈で合ってますか? 今はまだ若雄竜の三柱が動き出したばかりで、竜族の数十の部族を束ねる上位組織が出来上がった後であれば、そうした新しい社会の中で、群れの中での役割、支持を得ること、尊敬を得ることに価値を見出す風潮も生まれる。まだその時ではない、という意味で時期が悪い、と」


<うむ。今はまだ部族の長とそれ以外の二層構造しか存在せぬのだ。長に変わる権威、立場について、まだ誰も明確な姿を描けてない。そういう意味で時期が悪い、と伝えた>


まぁ、それが解消しても、残り三つの問題が残ったままだと、やっぱり参加を名乗り出てくれる竜は確かに望み薄って気がしてきた。


 だけど。


前々から気になってた事があるんだよね。良い機会だから聞いてみよう。


「雲取様、ちょっとお伺いしたいのですが。これまでにも幾度となく、ロングヒルにやってくる竜の皆さんや、心話で交流を求めてきた竜の方々は、他種族との交流を行うのに相応しい選ばれたメンバーであって、竜族全体で見れば、その基準に満たない層もいると話されてましたよね?」


<うむ。残念だが皆が同じとはいかぬ>


「雲取様が、今の条件では名乗り出る竜はいないだろう、と話されたのは、一定基準を満たした層だけに限定したからこその結論であって、基準を緩めれば該当しそうな方の一柱や二柱くらい候補は出てきませんか? 竜族にだって変わった方はいるでしょう?」


地の種族にだって、平均からズレてる方々は多いし、研究組に集まってる方々だって、公序良俗に反しないとか基準を設けたらスレスレのところに引っ掛かりかねないもんね。


そう問いかけると、一瞬、雲取様の魔力が揺らいだのがわかった。あぁ、いるんだね、そういう竜が。


<……基準を下げて行けば確かにいない訳でもない。とはいえ、我が思い浮かんだのは一頭だけだが>


気付かれたか、って感じに顔を顰めながらも、本当は言いたくなかった、という意識ありありだけど教えてくれた。


 良し!


ふぅ。それならまだ交渉できる余地はある。


「ゼロと一柱では意味はまるで違いますからね。基準に満たないところが致命的なモノでなければ、運用などでカバーしていけば採用枠と看做しても良いかもしれません。先の四点の課題と合わせて、竜族の参加が可能か検討を進めてみましょう」


研究組だって変わり者が多いのだから、多少ズレてるくらいなら許容範囲かもしれない、とパチンと手を打って、さぁ、お話しましょ、と伝えると、雲取様は目線を空に向けて眺めていたものの、溜息をつきながらも、僕の提案に同意してくれた。


<アキならそうして食い下がってくるだろうとは思ったが、まぁ、そうなるか。だが道筋は針穴のように小さいぞ>


 おや。


渋々ながら同意してくれた感が強いけど、雲取様の中でも、一応、微かにでも道筋あり、の感触はあるのか。これは面白い。つまり、さっき挙げた四点は一般的な竜目線で考えた場合の難点ってことだ。


そこまで僕が思い至ったことを見抜いたのか、雲取様は面倒さ八割くらいではあるけれど、僕との会話を楽しむ気持ち二割抱いてる、そんな温かい気持ちを無言の思念波で優しく送ってくれた。


はい、と言う訳で、東遷事業はその根幹たる竜族の参加が絶望的臭い、という想定外ラインからのスタートとなりました。時期が悪い件もアキは、だからといって竜族社会の変容を待つ気などありません。待ったとしても改善されるのは一つで、残り三つは駄目なままなのだから。


アキも竜族との密な交流をしてある程度理解している気でいましたが、まだまだ知らないことが多い、と分かっただけでも良い経験だったと言えるでしょう。それにまだ希望は残ってますからね。雲取様曰く「針穴のように小さい道筋」らしいですけど。


きっとアキは、それだけの大きさがあれば、駱駝だって通してみせよう、とか言い出すでしょうね。ミアと伊達に十年も師弟コンビをやってません。


次回の投稿は、十月二十二日(日)二十一時五分です。

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