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20-30.ユニバース25(後編)

前回のあらすじ:ユニバース25の事例紹介でユリウス様が気付いた「竜人化が竜族社会に与える影響」についてあれこれ考察してみました。あとシャーリスさん、やっぱり素敵ですよね。(アキ視点)

ぱちぱち、と頬を叩いて、ちょっと気を引き締めまして。

シャーリスさんが僕を見る目もなんか、残念な子に向けるようなソレになりつつあるので、意識を切り替えて、ユリウス様が指摘してくれた残り二点についても、考察を進めていこう。


「それでは、次は竜族がユニバース25のような実験をしてみようと考えたりしないか、というご指摘でしたね。こちらについては杞憂であると断言しましょう。何故かと言えば、竜族には家畜を持つ文化、ペットを飼う文化がないからです。前者については農業も含みますね。自然に手を加えることでより多くの産物を安定的に得る、これこそが地の種族の強みであり、僅かな動物を除いてこれを実現できている例はありません」


例として、昆虫のハキリアリが木々の葉を切り取ってせっせと巣に運び込んで、キノコの栽培をしている話や、他にも自らを蜜の貯蔵庫とする個体が出てくるミツツボアリ、何メートルもの高さの巨大なアリ塚を作るシロアリ、なんて話をしてみた。また、アブラムシが甘露を提供する代わりにアリがアブラムシの天敵を排除する共生例なんて話も。アリがアブラムシを自分の巣に運んで繁殖させたりもするので一応、家畜化の範疇に入りそうではある。ただ、アブラムシが出す甘露の甘味が減るとアリはアブラムシを食べてしまったりもするそうで、まだまだ両者の関係は研究途上だとも伝えた。


あまり皆さん、馴染みが無い話のようで、そういうものか、と取り敢えず飲み込んでくれた。ユリウス様が指技で後ろのテーブルに控えている部下の人達に指示していたから、いずれマコト文書から学んでくれるだろう。


ん、ニコラスさんから手が上がった。


「緑竜様は、自分の森の世話をして庭園として育ててると聞いているが」


「そうですね。でもそれは園芸の枠であって、果樹生産とは異なります。成竜の手は果物をもぎ取るのには向いてないし、収穫物を放り込む籠もありませんから。話を戻すと、縄張り内の野生動物を適宜、間引いて殺して糧とするのと、家畜化では必要な能力はまるで違います。放牧のように餌を自分達で食べさせて連れて歩くだけでも大変です。竜は個で活動が完結していて、他の竜との共同作業ですら稀です。その竜達が家畜化に手を出すのは何段階も必要なステップを飛ばしています。その前にあるのはペットを飼うことでしょうか。ただ、竜と共に暮らせる動物が存在していないので、そうした文化も未発達です」


なので、竜に共同作業を覚えさせるよりも、更に更にいくつか段階を踏まないと家畜化は無理、と話した。


ふわりとシャーリスさんが飛んで来た。


「その話は妾達にも該当する話よのぉ。体の小さな妖精族にとって、他の動物を家畜化しようという発想を持つことは無かった。草木の手入れは多少はやっておる。ただ、こちらやマコト文書で語られるあちらのように、品種改良にまでは手を出しておらぬが」


加工は魔術で行えてしまうから、わざわざ品種改良する必要性を感じなかった、とも教えてくれた。


そもそも少量で済むから量を増やそうという意識も働かないし、気候変化に強くしようとするような気も起きなかったんだろうね。それに素材の微細加工もお手の物、織機はないけど衣服だって天衣無縫って感じに作れてしまうのだから、科学の代わりに魔術が発展するのも当然だ。


というか、ヘリウムが見つからなかったから、魔術で変化させて生成したとか言ってたもんね。地球(あちら)の科学では元素変更なんて核分裂か核融合でしかできないのに、いやはや、妖精族の魔術のぶっ飛び方は半端ない。


「そうですね。シャーリス様、実際、家畜を飼うことで得られる利点、バターやチーズ、牛乳を得られることを知っても、妖精族がそれなら牛を飼うかと言えば、自分達ではやらないでしょう?」


「やれぬのぉ。妾達が欲しい量はほんの少しなのに、繁殖を考えると牛をある程度の頭数で飼育せねばならん。それに妾達に対して牛はあまりに大き過ぎる。乳搾りをするにも専用の術式を開発を必要とする有様よ。それよりはアキが以前、勧めてくれたように、人族との交易で得たようが良い」


うん、うん、そうだよね。


「竜族も同様で、一般的な意味での家畜の世話に彼らの身体はまるで向きません。そして、家畜も飼えない種族に、動物実験の類など手が出せようはずもなしです」


そう言い切ったところで、ユリウス様から手が上がった。


「その論は家畜に自己管理能力がない場合は成立するが、例えば我ら小鬼族に対して、力を持って意に従うことを強いて、意図に沿うよう暮らすことを強要することはできよう」


 む。


あー、まぁ、そういうパターンは確かにあるね。


おっと、皆さんがちょい驚いた表情を浮かべた。ちらりと横のお爺ちゃんを伺うと、スマイル、スマイルとジェスチャーで教えてくれた。


 ふぅ。


「えっと、すみません、そういう輩も残念ながら出てきますよね。乱暴者が暴力で人々に服従を強いて、人々はそれに逆らえず苦汁の日々を送る。残念ながらあちらでもそうした地域は多く、国自体がそうした傾向で圧政を敷いてたりする例もあります」


例として、原始共産主義万歳と称して、眼鏡をかけているならインテリだ、などと言って知識層を悉く虐殺して、無垢な子供に数ヶ月程度の教育を施して医者として活動させた、などという話をすると、皆さんもアレか、と顔を顰めてくれた。


「幸い、今の竜族にそうした力を持って他種族を従わせて何かをさせる、といった思考は広まっていないので、そちらについては我々の今後の行動次第で、そういった悪行に染まる前に手を打つことは可能でしょう。竜の噂は数日で弧状列島中に広まるほどですから、妙な行動をすればすぐ露見します。そうでなくとも我々、地の種族の相互連絡網は十分整備されており、外部に一切知られずにどこかを隔離して実験環境を構築するような真似はそうそう行えません」


 ここで一息。


と言っても、それで完全に防げるとも言いきれない。だから、その時は。


「残念な発想を思いついた竜がいたとしても、竜神子が諫められるでしょう。その発想に問題があること、代替方法は十分にあることなど、説得材料には事欠かないですから。それでも止められなかったら、他の大多数を占める良識ある竜達にお願いして止めて貰いましょう。その頃には共同作業に慣れた竜が大勢いるでしょうから、不埒な竜の一、二柱程度なら簡単に懲らしめられます」


その為には竜族全体と地の種族は良好な関係を築かないといけませんね、とお題目を唱えて締めとした。つい、言葉で仕留めるとか、始末するとか、口にしそうになったけど、口で言ってもわからない悪餓鬼を力を持って止めるだけだから、そこまでする必要はないと気付いて、咄嗟に言い換えることができたのは良かった。それに竜眼が使える竜達なら、口先だけで反省しない竜の性根など見通すことは簡単だろう。


ちょっと思いついたので、フォローしておこう。


「僕やリア姉が活動してる間であれば、他の竜が制圧しようとする際に、心話で残念な竜に怒鳴りつけて行動に邪魔を入れて、制圧の支援を行うといった事も可能でしょう。福慈様の怒りでも露見しましたが、竜族はその身の無敵さに対して心が鍛えられてないですからね。他の竜達と立て込んでる最中に、精神的にガツンと一発叩き込めば、制圧の手間も大きく減るでしょう」


福慈様の怒りを真似て叩き付ければそれなりの効果は出るだろうと話してみたんだけど、リア姉から駄目出しされた。


「アキ、それはできるかもしれないけど、やっちゃ駄目だよ。心話を用いるなら竜神子、他の竜達による説得の後、制圧に入る前までにしないと。……というか私には、竜相手に本気で怒鳴りつけるのは多分無理。あと、竜相手に脅したい時はちゃんとオブラートに包んで、そうしたくはないけれど、あなたの事を思えば強く止めざるをえません、ってぐらいには配慮しよう。そうした思いを混ぜるくらいできるよね?」


「あー、はい、もちろん。例が悪かったですね。福慈様の怒りは、目に映ったら即、滅殺しようと言うくらい理性がぶっ飛んでましたから。例として不適切でした」


制圧を支援しようというのに、殺意十割の怒声を叩き込んでは自暴自棄になりかねない。


ん、レイゼン様が割り込んできた。


「アキは竜が相手でも、悪さをするなら怒鳴ってでも止めに入るのか」


かなり驚いた顔をしてる。なんでだろうね?


「皆さんも、例えば自分より大きく育った我が子が悪さをしそうなら、身を張って止めようとするでしょう? それと同じですよ。まぁ、心話の場合、身体の大小は関係ないってのと、目の前にいないので間違って、ついうっかり消し飛ばされる心配もないというのもあります」


めっ、としかりつけて、本気だぞ、って示せば犬猫だってちゃんと反省するのだから、必要があれば行動で示さないと、と話すと、足元からニャーっと不満そうな声が聞こえてきた。


「あぁ、ごめんなさい。角猫さんはちょっと普通の犬、猫と同列ではないね」


 ふぅ。


何せ、犬、猫はせいぜい三~五歳児くらいの知能だけど、明らかにトラ吉さんは皆の会話をきちんと理解してる。集団行動にも理解があるし、共感はできずとも理解できる、ってとこなのかな。共同生活が長いからこその理解かもしれないけど、凄いことだ。


そんなやり取りをみて、ユリウス様が笑みを浮かべながら忠告を口にした。


「アキ、誰に対しても分け隔てがないのはアキの美徳だが、竜族は竜神と崇められる方々だ。相手の身も立てることを忘れるでないぞ?」


 ふむ。


「あー、そうですね。その辺りは注意します。雲取様も結構、外聞を気にされたりしてましたからね。良い傾向ですけど、その分、聞き流せぬと睨まれる範囲も増えるでしょう。僕も揉め事は嫌いですからね。気を付けますよ」


なのでご安心を、と微笑んでみせたけど、皆の反応は、どの口が言うか、って感じだった。


ふわりとお爺ちゃんが前に出る。


「そうは言いながらも、アキは結構熱いところがあって喧嘩上等と踏み込んでいくところがあるからのぉ。儂も横で見ていてハラハラして老骨の身に堪えるわい」


などと、腰を曲げて、あぁ大変などとお道化て見せてくれて、皆さんが違いない、などと爆笑することになった。





踏み込むと藪蛇だらけな感じなので、この件は軽く流すことにして、と。


「最後は、竜神子の数を増やしたい、どうせなら竜の好む個体を増やしたい、という要望が出てくるかどうか、ですね。地球(あちら)でもブリーダーが客の求める新しい犬種を生み出そうと奮闘していて、確か八百種類くらいいた筈です。これは犬の遺伝子が変異しやすい特性と、様々な仕事に対応した犬種を人が育ててきたことで、目的に沿った犬種が既に一通り揃っているのが理由です。ただ、竜族からすれば、地の種族の体格や体形、色合いなどへの拘りはさほど無いでしょう。聡い人が好まれるとは思いますけど、ただ聡いだけでは多分駄目です。なので、遺伝的な話もあるでしょうけど、竜族への理解や、異なる文化を繋ぎわせて話ができる教養といった面を育てる教育環境の方が重要になると思います」


おや、ヤスケさんが手をあげた。


「とはいえ、竜族三万柱に対して、竜神子の数はまだ候補を含めても百にも満たない。間違いなく彼らは数を求めてくるぞ」


なるほど。


「そこなんですけど、ほら、雲取様も竜族のペースも考えてくれ、と話されていたでしょう? 竜族からすれば、一ヶ月に一度でも高頻度な交流といった感じがあるので、落ち着いてくれば、竜神子一人が三十柱との交流を担うことも可能でしょう。一柱につき月一回の交流です。それなら、竜神子は千人もいれば足りる計算です。その程度なら十分確保できますよね」


これにはリア姉が文句を言ってきた。


「アキ、それじゃ竜神子は休みなしになっちゃうよ」


「なら、倍の二千人用意して、隔日で一柱ずつ。それならいいでしょう?」


「竜神子でも、竜との交流は負担になるからね。その辺りは竜神子側の負担を考えればいいか」


などと話すと、これにヤスケさんが文句を言ってきた。


「そもそも、そんなポンポンと竜神子候補は集まらん。今のままなら搔き集めても倍程度、三倍までは届かんだろう」


 おや。


「そうなんです? 長命種の街エルフ、鬼族はともかく、人族や小鬼族ならまだ幼くて候補に入れてない子達も毎年、毎年、選抜対象に入ってくるでしょう?」


これにはニコラスさんが苦々しい顔で内情を教えてくれた。


「アキ、竜神子は竜の圧に耐えさえすればよいという訳ではない。多少の性格の雑さは許容できるが、国の方針から外れず行動できる道徳心や竜との会話を行えるだけの知力も必要だ。ただの繋ぎ役でも良いとアキは話していたが、我々、為政者サイドからすれば、やはり話し相手程度の人物を採用したい。そうなるとそうそう人材は増えないんだ」


 おや。


「ユリウス様はどうですか? 小鬼族なら沢山の子がいるでしょう?」


「アキ、小鬼族は確かに他の種族より数は多い、これは認めよう。だが、竜の圧に耐えられるかどうかを幼少期に確認する訳にはいかぬ。故に今のところは先例に倣って、子達の進むべき道は選別していくことになる。そうして道筋がある程度決まったところで、竜神子の職に就け、と歩みを変えさせるのは容易ではない。確かに強権で命じることはできる。だが、それでは竜神子は上手くゆかぬ。それはアキが一番理解している事だろう?」


「それは、確かにその通りです。竜達との交流に興味を持ち、深く関わり合っていくことに楽しみを見出せる方でないと長続きしないでしょうし、竜も事務的な対応をしてくる相手に対しては、あまり好感を抱かないと思います」


これには皆さんも同意してくれた。


「今のお話を聞いた感じでは、竜族に関する情報を適切に発信して、良く知らない種族から、隣人としての種族への認識を広めていくことである程度は間口を広げることもできるでしょう。後は先ほどのように竜神子に複数の竜を担当して貰えば、ニーズも当面は満たせると思います。そもそも、今いる竜族三万柱のうち、竜神子との交流をしたいという竜がどの程度いるかさえ明らかではありませんからね。それに一度交流を持てば十分、というような淡白な方もいるでしょう。なので、地の種族として目指すべきは全ての竜に竜神子を付けることですけど、それはずっと未来の最終ゴールと考えて気長に行きましょう」


 ん?


おや、ケイティさんが手を上げた。


「アキ様、我々、魔導師の界隈では顕著なのですが、優秀な魔導師同士の婚姻を望む声は根強いものがあります。代々、魔導師を排しているような名門の家では特にその傾向があります。そうした事例を聞けば、竜族の方々も、竜神子同士の婚姻を期待してくるのではないでしょうか?」


ケイティさんの表情からすると、そういう習慣を良く思ってはいないようではある。


「そうですね。多分、その思想は家制度や群れで生きることが前提となっているように思います。竜族は個で生きる種族です。ですから、伴侶に求める資質については、特定の能力だけに偏ったような選び方はしないでしょう。竜としての理想、力強さであったり、速く飛ぶことであったり、或いはつがいとなる伴侶への気遣いであったりと、そうした基礎的な部分に問題がない、元気な子が生まれるだろう相手を選ぶように思えます。そんな彼らからしたら、竜神子としての特性を持つのを第一優先とするような婚姻は、酷く歪なモノに思えるんじゃないでしょうか? なので、竜神子同士の婚姻となれば言祝ぐとは思いますけど、それを求めることはないと思います。えっと、この件、雲取様……は微妙かな? 紅竜様辺りに聞いてみましょうか?」


一芸に秀でて、というのは群れで他をカバーし合えるからこそ出てくる発想であって、個で縄張りを構えて生きていくのが前提の竜族からすれば、成竜としての力量を満遍なく備えるのは最低条件であって、その上で一芸に秀でてるなら、といったとこだと思う。そもそも魔術を瞬間発動でき、低位の術式を何もせずとも無効化できる竜族にとって、魔術など余技に過ぎない。


皆の反応を伺うと、目線のパスを受けたシャーリスさんが前に出た。


「それは良いが、他の竜にも聞くのじゃぞ? 一柱だけでは偏りも出よう」


「はい。それなら、後は白竜様、黒姫様、んー、それと白岩様にしましょう。桜竜様はこの前、恋愛談義を結構がっつりやりましたからね」


「機会があれば老竜の意見も聞いておくべきかのぉ。福慈様はそうした事は話してくれそうかぇ?」


「大丈夫だと思いますよ。雲取様達の恋愛模様も孫達を眺めてるような感じでしたから」


「雄若竜達も?」


「そっちは、恋愛成分はなかったですけど、若者を鍛えてやろう、ってとこでした」


そう話すと、一応、なるほどと納得してくれた。はて? そんな安心するような要素があったのかな? まぁ、それで安心してくれるならいいけど。





さて。


これで、ユリウス様が指摘された三点についての考察は終えた訳だけど。他の方の意見も伺っておこう。思いついたことがあったようだからね。


「それでは、他のご意見を伺いたいと思います。あ、ではレイゼン様お願いします」


「なら、追加で気になった話がある。ユニバース25の例は極端過ぎるが、連邦では休耕田が出ているように、都市部も過密とは縁遠い状況だ。だからこそ過密になった場合の問題点について、悪化していくもう少し早い段階の例や、その場合の解決策があれば聞いてみたい。どうだ?」


 ほぉ。


火星探査計画を想定して、閉鎖空間での少人数による生活実験……の話は不味い、宇宙開発、空を飛ぶより遥か高空、空気のない域を活動範囲とする話題を振るのはまだ不味い。


 えっと。


「人数こそ増えませんが、同じメンバーで何か月もあまり広くない環境で生活を続けるという意味では、探査船団の航海がこれに該当するかと思います。飲食の質や船内環境の快適さは維持されるとしても、広いと言っても船内は限られますし、船内を歩き回ることしかできないので閉塞感も半端ないでしょう。ケイティさん、船酔いのような船固有の症状は別としても、心身に色々と影響がでますよね?」


「はい。探索者は体が資本ということもありますが、身体能力は探査活動における基盤となるので、その能力維持が必要不可欠です。ですから船員の指導を受けながらその活動を手伝ったり、各種筋トレ器具を用いたトレーニングを行います」


「有酸素運動はどうされてます?」


「ルームランナーがいくつかあるので、交代でそれを使って息が荒くなる程度に走ります」


 ほぉ。


おや。レイゼン様が手を上げた。


「ケイティ、その筋トレ器具やルームランナー、だったか。どんなモノなのだ?」


ケイティさんがホワイボードに絵を描きながら説明してくれたところによると、まず筋トレ器具の方は揺れる船内においても安全に負荷を掛けつつ筋トレできるよう工夫された専用器具が色々とあるようだ。どれも必ず錘が利用者にぶつからないよう動く範囲が制限されていて、例え船が横転寸前になったり、跳ねるような事態になっても、利用者を守る工夫がされていた。また、ルームランナーも、突然揺れても転倒を防げるようにバーが設置されていたり、前方に走りに合わせた風景を表示するような娯楽機能が付いてるようだ。


話を聞いたレイゼン様はなるほど、と頷き、少し考え込んでいた。


「レイゼン様、鬼族の帆船にはそうした設備はないんですか?」


「これは鬼族の文化なんだが、身体を鍛える時に、人族が用いるような器具を用いるのは好ましくないと考えがある。持ちやすく握りやすい器具よりも、単なる自然の岩の方が体を満遍なく鍛えられる、とな。ただ、揺れる船内にそうした重量物は危険過ぎる。だから自重トレーニングをさせていんだが。それとルームランナーというか、船内を走り回るという発想が無かった。我々鬼族は見ての通り身体が大きく、その身も重い。おまけに力んで踏み込めば船体への負担も著しい。軽身功のような技を使うとどうしても魔力を必要とする。魔力不足の問題を抱えている中で、魔力を使うような真似は控えざるを得なかった」


 おや。


「震脚一つとっても、確かに船体への負担は凄そうですね。頑丈にしたらその分、船が重くなってしまって、余剰浮力が減ってしまうし、そこは確かに悩ましい問題ですね。そうだ、ユリウス様。逆に身軽な小鬼族の方々の場合、全力で動けない問題とかは無くて運動不足問題は起きてない感じですか?」


「帝国ではやっと大型帆船を作ろうという頃合いであって、長期遠洋航海ができるほどの経験を積んでおらぬ。だから、せいぜい錘を付けた服を着て船内で運動をしていた程度だった。それに小鬼族にとっては船内は手狭過ぎる。こちらも色々と学ぶことが多そうだ」


 ふむふむ。


「ケイティさん、それで運動は日課としてるようですけど、雨の日とか揺れが酷い日とかだと、どうしても運動不足になりますよね? その場合、何か悪影響が出てました?」


「そうですね。やはり体が適度に疲れていないと眠りが悪くなります。また、個人差はありますがストレスも溜まりやすい傾向が出てきます。暇な時間を持て余すくらいなら、何か船員の仕事を手伝っていた方が気が紛れますね。後は、やはり食事。同じメニューの繰り返しはいくら美味しくても精神的にキツいです。日本あちらに倣って週一回はカレーの日にするなど、メニューも変化を持たせたり、記念日には豪華なメニューにするといった工夫も、皆の楽しみでした」


 なるほど。


その辺りはマコト文書の知識がよく活かされているようだ。


おや、レイゼン様、ユリウス様は結構、ショックを受けてる顔をしてる。まぁ、ここは突っ込むのは止しておこう。本題とも外れるから。


「ケイティさん、ちなみにストレスですけど、選りすぐりの探索者達であっても衝突とか、諍いが起きるのは避けられない感じですか?」


僕の問いに、ケイティさんは深く頷いた。


「程度の差はあれ、影響を受けない者は皆無と断言しても良いでしょう。ですから、船の近くを鳥が飛んでいたり、鯨を見かけたり、或いは星空を眺めたりと、意識して生活に変化を生じさせようと意識するようにしていました。風一つない凪の日などは、船足が這うように遅くなることに文句を言いながら、皆で釣竿を出して魚釣りに興じたりと、とにかく何か娯楽を見つけますね。そうした気分転換が下手な人、内に籠るような人の方がストレスを溜めて爆発させてました」


 あー。


「そこまで工夫しても爆発しちゃいますか」


「しますね。しないように何とか抑えるくらいならある程度のところで爆発させた方がいいくらいでした。幸い、探索者は力比べでぶつかりあうことなどザラですからね。クリーンファイトを徹底させればいい息抜き、娯楽になるんです」


 うわぁ。


ちょっと、コレは同じ探索者の意見も聞いておこう。


「ジョージさん、ケイティさんはこう言ってますけど、武闘派じゃないケイティさんのような魔導師の方もいますよね? その場合はどうするんですか?」


そう問うと、ケイティさんの間で少し目線でバチバチやりあった感はあったけど、一応教えてくれた。


「そういう時は、魔導師同士でど突き合うんだ。ケイティも何度となく見せた事がある技、魔力撃を纏って、互いに一歩も引かず真正面からぶつけ合う。どちらかが降参するまで、ソレを続けるっていうシンプルな話だ」


そりゃシンプルだろうけど、相手の技は避けずに全て受けるって、まるでプロレスだよ。


「魔導師はまぁそれでいいとして、魔術師の方は? まさか術式を撃ち合う妖精族のような真似は瞬間発動ができないから無理でしょう?」


「そっちは、海面に向けてか、空に向けて遠距離術式をぶっ放して、どっちがより見栄えのいい技だったか競う感じだな。当然、そんな時は多くの探索者達も甲板上に集まって、それぞれの技を評価してやる。酷けりゃ皆でブーイングの嵐だ」


 うわぁ。


「ケイティさん、魔術師の方々ってそんな隠し芸みたいな技を使えるんですか? 見栄えのいい技なんて、似通っちゃうでしょう?」


「そもそも、定番の術式をそのまま唱えたりしたら、出直してこい、の大合唱です。最低でもなにがしらアレンジを加えないと、芸として認められません。高位術式なら良いというモノではありません」


「ほほぅ。それってケイティさんも色々とお持ちだったりします?」


「それはまぁ、私も探索者稼業は長いですから。興味がおありでしたら今度御見せします」


「ぜひ! あ、その時はエリーも同席させてください。魔導師見習いとして興味あると思うんですよ」


「では、そのようにお声掛けをしておきましょう」


なんて話をしていたら、ヤスケさんから話を戻せ、とジェスチャーが入った。おっとっと。


「すみません、つい話が盛り上がってしまいました。レイゼン様、質問への答えはある程度出たかと思いますが如何でしたか?」


「おう、色々と為になった。感謝するぜ」


 ふぅ。


レイゼン様も満足してくれて何よりだ。さて次は、と思ったところで、ケイティさんから残り時間についての指摘があり、東遷事業に関する問答との時間配分を考え、残りの話は別途、書面にて伺うこととなった。まぁ、東遷事業より優先したい疑問なんてそうそうないだろうからね。


そんな訳で、横道に逸れたユニバース25絡みの問答を終えることができた。思った以上にあちこちに絡んでくる話になったけど、いい感じに終えられて良かった。ただ、ちょっと事例としてマッチしていると言い難いのを引っ張ってきちゃったから、今後は気を付けよう。

ユニバース25についての懸念事項二点と、閉鎖環境における影響について、あれこれ語ってみました。アキは何でもないことのように話していて、ケイティもあまり気にしていないので軽くスルーされてましたが、レイゼン、ユリウスの二人は街エルフ達の探査船団が蓄積しているノウハウの厚みに圧倒されることになりました。普通ならトライ&エラーで蓄積していくしかない話ですからね。仕方ないところでしょう。あと何でも魔導具というほど贅沢な街エルフでなければ、そもそも無理なほど至れり尽くせりってとこも多い話でした。


街エルフからすれば、探索者達をベストな状態で現地に送り届けるのは最低条件であって、そこからしっかり探索して貰わなくちゃいけないので、その為の配慮を惜しむ訳もないんですけどね。それは航海を余裕をもってこなせるようになったからこそ手が届く次のステップなのでした。


さて、次パートは東遷事業の問答に戻ります。


次回の投稿は、十月十五日(日)二十一時五分です。

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