20-29.ユニバース25(中編)
前回のあらすじ:ユニバース25について説明をしたら、ユリウス様から竜族絡みで懸念事項があるぞ、と三点も指摘されることになりました。他にも思いついてる感じなのに、僕に馴染みのあるところからチョイスしてくる辺り、気配りも半端なし。できる男ってこういう方のことを言うんでしょうね。素敵です。(アキ視点)
ユリウス様が持ち前の聡明さで、竜族絡みの懸念事項三連発を放ってくれたけど、敢えて見せてくれている表情や振舞いからは、本気で危機意識も持ってることが伺えるから、東遷事業での高負荷も考慮すると、この話の扱いは、かなり慎重に進めていかないとヤバそう。
ニコラスさんは、置かれている状況の割には余裕のある印象があるけど、あー、多分、他種族の間を取り持つ人族だからこそ、こういう時こそ冷静でなければならない、って意識から、そう見せる振舞いをしてる感じだ。っと、パチッとウインクして微笑まれてしまった。
あぅ。
大人の余裕って奴かな。ピンチの時こそ余裕の笑みを浮かべる、って創作ではよくあるけれど、こうして実際に目にすると、確かにこうグッとくるものがあるね。ちょい悪な印象があるから、僕はどうしても胡散臭さを感じてしまうけど、それでも、こういう大人っていいなぁ、とか思えてくるくらいだもの。
ヤスケさんが、そろそろ話を進めろ、と目線で催促してきたから、心のぷち休憩はここまで。
ベリルさんが懸念事項三点についてホワイトボードに記載してくれたから、それを見ながら話をしていこう。
「では、懸念事項の一つ目、竜人化が竜族社会に及ぼす影響から考察してみましょう。詳細はトウセイさんと詰めていく必要がありますけど、心身の成長期にもう一つ、竜人としての身体を持つことは弊害が多く、それは認めるべきではないでしょう。幸い、竜族は心身共に成熟し、世界の外に身一つで出ても、世界に頼ることなく自身を保てるようになります。そこまで竜としての自己が確立した状態であれば、竜と全く異なる存在、竜人に変化したとしても、本来の己がどこにあるか迷わず済むでしょう」
事例として、小さい頃からゲーム三昧、対人交流を疎かにしてきた子供は、感情を制するのが下手で、集団の中での立ち位置も上手く作れない、転倒した時に手すら出さずに顔面から地面に激突するなど、人としてのバランスが崩れてしまう、他人との距離感が調整できない、他人との交流を億劫に感じる、など多くの問題が出ている事を紹介してみた。人は成長する年齢に応じて、適切な経験をせず、後から取り返そうとしても苦労するか、或いは取り返せない事すらあり得る、といった話をしていくと、皆さんも思い当たることがあるようで、賛同の意を示して貰えた。
レイゼン様が手を上げた。
「それは鬼人にも言えそうだな。変化後の身体で幼少の頃から過ごし、それが当たり前として育ってしまえば、鬼の身体に戻っても、それを戻ったのではなく、変化したと逆に認識することすら起こりそうだ。そうなれば、鬼人同士で子は為せぬのだから、種としての鬼族は滅んでいくしかない。身綺麗で自分のことにしか興味を示さない鼠と同じだ。鬼族も変化の術の行使を認める基準はキッチリ決めるか」
ん。
「それが良いでしょう。話を竜族に戻すと、変化の術を竜族に導入する件は、まだアイデア段階であって、その実現までには長い年月が必要です。また、異なる身で活動することへの向き、不向きもあるでしょう。聡い竜族は、多分、成竜であれば誰でも変化後の身体での振舞いはできるでしょうが、それを好むかどうか、性に合うかどうかはまた別です。人形操作の術が試金石になるでしょう。異なる身体で振る舞うことを好むか、道具や文字を用いてそれらを組み合わせた文化の深みに踏み込んでいく意識を持てるかどうか。……これは私見ですけど、集団で行動していくことについては、若竜の段階から学ばせていくべきですけど、人形操作はロングヒルにやってきている竜の皆さんくらいになってから触れていって貰い、変化の術は成竜になってから、といった流れが良いと思います」
お、ヤスケさんが手を上げた。
「それは、他者に頼らねば生きていけない幼いうちに、集団活動を学ばせた方が身につくからか?」
「そうですね。あと竜族の文化的にも生まれた幼竜は集めて、皆で面倒を見て育てるというのもあります。幼竜が好き勝手に飛び回っていては、母竜達とて面倒を見きれないでしょう。若竜達に面倒をみさせるにしても、ある程度の集団活動は必要です。なので集団活動の基礎はあるんですよ。そこに他の竜と協力して行動するといったように、少しだけ挑戦目標を足していきます。集団同士で競うような遊びを取り入れるのもいいでしょう。ここで個では群れに勝つのは難しい、協力すれば優れた個にも対抗できることを学んで貰えれば、個としてだけで成長してきた若竜や成竜にグループ行動を学ばせるより遥かに楽に文化として根付かせられると思います。幼い頃ならお仕事ですからね。それだけに専念できるっていうのは子供の特権です」
日本では幼稚園や小学校の段階で、事故や災害への備えとして当たり前のように集団行動を学ばされる。だから、日本の自衛隊なら、集団行動ができることを前提に訓練を開始できるけれど、海外だと話が変わってくる。まず集団行動を行えるようにすること、指示に従うこと、規律を乱さないことから教えていかないといけないそうだ。個性が育ってると言えば聞こえがいいけど、他人に合わせる気がない大人達がぞろぞろいるのだから、集団行動ができるようになるだけでも一苦労となる。
ふわりとシャーリスさんが飛んで来た。
「アキ、人形操作を幼い頃から学ばせぬのは、竜としての成長への妨げになるとの判断からかぇ?」
「ですね。黄竜様も苦労していたように、人形操作って人形を操作するだけでもかなりの手間となりますし、そうして自由に操作できるようになれば、触れられる地の種族の文化の厚みは果てがありません。そちらに時間を割けば、その分、竜としての経験が目減りしていきます。まったく触れさせないほうがいいのか、時間を区切って、例えば一日一時間と制限をかけるか、それは要検討でしょう」
地球の事例として、スマホに触れる時間が長いほど、学力の低下が顕著になる件を紹介してみた。調べれば簡単に見つかるスマホで得た知識は頭に残らないことや、同じ姿勢を続けることによる体への悪影響、視力低下といった問題などにも触れて話していったけど、本質的な問題として、だらだらとスマホから流れてくる情報をただただ受け取るだけ、という時間を増やせば、少し頑張らないと手が届かない思考問題に挑戦していく子との能力差が開くのはある意味、当然の話と皆さんも納得してくれた。
ごろごろ転がってるだけの子が、集団競技のサッカーをしている子と集団行動や運動能力の点で大きく劣る点については、そりゃ当たり前と苦笑される始末だった。
ユリウス様が手をあげた。
「今の話とユニバース25の事例を考慮すると、魔力の過不足だけを考えて竜人を増やしていくのは愚策。竜族の文化が受け継がれる範囲で、慎重な導入をしていくことが望ましい、か。だが、人形操作を使える者、竜人に変化できる者とそうでない者との差は大きく開いていくのは避けられまい。そこはどうする? 以前聞いた時には、それもまた選択であり尊重すべきと話していたが、竜族の未来を考えれば、そうも言ってられまい?」
っと。
鋭いなぁ。僕が雑に未来に放り投げた事もキッチリ拾ってきた。これだからユリウス様は素敵だ。
「集団行動を行えること、人形操作で人形を扱えること、竜人に変化できること、遠い未来には、これらを為して竜族は成人とする、といった文化を育てていくのが妥当でしょう。それぞれ、皆が認めてる最低ラインをクリアできていれば良し、更に伸ばすかどうかは個々人に任せる、と。その匙加減は竜族だけでなく、密な交流を持つ我々も見極めて適宜、相談をしていく。そんなところでどうでしょう? 人形操作の短期間学習に心話が役立ちそうですけど、そちらでは当面、僕やリア姉が絡んでいくことになるので、ある程度はコントロール可能と思います。かなり気長な取り組みですけどね」
「人形操作に興味を示す若竜が増えても、安易に提供するのは控えると考えて良いか?」
ん、踏み込んできたね。
「竜族が使える人形を用意するのが大変です、と正直に伝えれば、彼らも仕方ないと十年、二十年くらいなら待ってくると思いますよ。その間、地の種族への興味が薄れないように、リバーシのような娯楽と適宜、提供していけば、待つことに苛つくよりは楽しみにしてくれると思います。雲取様も、こちらのペースに合わせてくれていますが、竜族のペースも考慮して欲しいとおっしゃってましたからね。竜族がゆったりと歩む間に、我々のペースで歩いて行けば、転ばぬ先の杖を差し出せもするでしょう」
竜族の数はそうそう変化しないので、弧状列島に住まう竜族の全てを把握し、集団行動を行える竜がどの程度か、人形操作を用いる竜が何柱か、竜人化に踏み出す竜がどれだけいるか、それらを竜族よりも的確に把握していくことは十分可能、という見通しも話した。実際、心話を通じて接点のある竜達や、交流を通じて認識できた竜も随分増えてきた。今のペースでいけば、全柱把握もそう遠くはない。
勿論、心話のできない幼竜は対象外だけど、竜族全体の文化を推し進めていく上では成長してから把握しても余裕で間に合う。彼らの成長はとてもとてもゆっくりとしたモノなのだから。
ベリルさんにちょっと手伝って貰い、年表形式で竜族が竜人化を自分達の文化に取り入れるまでのスケジュールをざっくり描いてみた。集団行動は数年でもそれなりにできるだろうけど、人形操作は黄竜さんが使いこなせるようになるだけでも数年、地の種族の文化に精通するのに十年くらい、横展開してある程度、使いこなせる竜が増えてくるのにそこから数十年、竜人化はその先と示すと、明らかに代表の皆さんの表情が穏やかになるのが感じられた。
「なんか随分、皆さん、安堵されてるようですけど、何か心配事がありました?」
そう問うと、ちょっとした視線のパスが繰り広げられた結果、シャーリスさんがふわりと前に出た。
「今の話には竜族への地の種族の文化提供、竜達への集団活動普及、人形操作による竜の直接的な文化利用、それに変化の術が含まれておったであろう?」
「そうですね。いずれも隣人としての竜族には欠かせない要素と思います」
僕の返事を聞いたシャーリスさんはそこで大仰に頷くと、少し意地悪な表情を浮かべた。
「しかしのぉ、それらの要素はいずれも一年前には存在していなかった。それを言うと、妾達、妖精族もこちらの世界とは無縁だったがのぉ。だから、不安に思ったのよ。このペースで世が変化して行ってはついていくのすら困難だろうと。アキが皆の歩みを考えて、立ち止まる気配りができる子で良かったと安堵したのよ」
などと、頭を撫でてよしよし、なんてしてきた。
「それはもう反省しましたから。だからこそ研究組の統制案も示したでしょう? 次元門研究が第一ですからね。他の事でわざわざ波立てるつもりはありません」
『良い心掛けじゃ。妾達が連絡を受けて卒倒せぬよう、これからも宜しくのぉ』
言葉に載せられた思いがぐりぐりと心にめり込んできた。安心一割、心配四割、忠告五割ってとこかな。ただ、優しくて賢いだけのお姉さんじゃない、って事が理解できて、自然と背筋が伸びた。
まぁ。
こうして、好みなお姉さんに優しく諭して貰えるのはご褒美なので、つい笑みが零れると、シャーリスさんが杖でとんとん、とおでこを叩いてきた。
「個人の好みをとやかく言うつもりはないが、もう少し外面を気にせよ。親しき仲にも礼儀あり、と申すであろう?」
おや。
そんなに緩んでたかな?
「ケイティさん、そんなにゆるゆるでした?」
「それはもう、ゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄るようにゆるゆるでした」
むむむ。
代表の他の皆さんも、心を許してくれるのは嬉しいが、他でも大丈夫か心配に思うほどだった、などと言い出してくれて、何とも恥ずかしい気分になった。あー、もう、なんだろ、この居心地の悪さ。嬉しいけど、早く終わって欲しい、こそばゆさ一杯の空気は、身の振り方がわからず困ってしまった。
ブックマーク、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
さて、ユニバース25の説明に関連して、竜人化に連なる一連の文化導入について、ある程度の方向性とタイムスケジュールが明らかになりました。アキの中では自明の理といったとこでしたが、アキの挙げる要素がいずれも1年前にはこの世に存在しなかったことを思えば、代表達が心配するのも当然でしょう。
いくら竜族が聡くとも、未経験の事を何でも無難にこなせる訳ではないし、個で完結する生き方をしてるところに、群れとしての生き方も付け加えよう、というのは、相当な難行ですからね。これが野生動物なら無理、諦めろ、と諭すとこですが、竜族は言葉が通じて理解力も半端ないだけに期待したいとこです。
これまでは漠然と竜人化などについて導入できたらいいよね、と良い点ばかり列挙してきましたが、実際には竜族の社会、文化的な制約によって、導入できる範囲やペースにも多くの制限が入ってくるであろうことも見えてきました。こうした考察を全部口頭で説明されたら、雲取様であっても理解したそばから、色々と零れ落ちていくことでしょう。文字にして情報を外で整理できるというのがどれだけ凄いことか、それも黄竜が人形操作で人形を利用できるようになってくれば、見えてきます。
次回の投稿は、十月十一日(水)二十一時五分です。