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20-27.皇帝領での大河東遷事業(中編)

前回のあらすじ:代表達と大河の東遷事業について話をする前に、認識合わせをすることになりました。結果として、ニコラスさん、ユリウス様に気を配れ、ヤスケさんを揶揄うな、など注意されまくりに。僕が思っていたより高難度&高ストレスな案件とのことで、賛同してくれる人も周りに誰もいない有様でした。上手く応援していかないといけないですね。(アキ視点)

しとしとと雨が降る中、連邦大使館に到着し、庭先に案内された。空は魔導具によって透明な膜に覆われていて、雨粒はその表面を伝って落ちていくのが見える。その割に風の流れは感じられるのが面白い。


テーブル配置は前回と同じなので、僕は代表達のいる中央テーブルへ、リア姉は周囲のテーブル席へ。


朝から集まって議論を重ねていたというだけあって、各人のテーブルには資料が雑然と置かれていたり、ノートにメモがあれこれ書かれていたりと、それなりに意見交換は進んでいるようだ。ホワイトボードにも、帝国領の地図と、東遷事業によって変更される河川の流れについても赤ペンで追記されている。


要注意人物とされているユリウス様、ニコラスさんは見た感じ、まだまだ元気っぽい。レイゼン様は事前予想通りまぁ余裕そうで、ヤスケさんはちょっと距離を置いてるってとこか。シャーリス様はそれなりってとこかな。手元資料とかがないから、表情や振舞いからしか反応が伺い知れないけど、まぁ元気そう。


雰囲気からすると、話し合いはそれなりに終わってて、小休憩ってとこのようだ。


「お待たせしました。検討作業はある程度終わってるようですね。何か新たなアイデアが出たりしました?」


そう問いかけると、レイゼン様があるぜ、と答えてくれた。


「アキなら言い出すだろう提案なら思い至ったぞ。呪われた地があるなら山登りして皆で眺めればいいと提案したアキなら、鬼族の治水事業の何たるかを知るならば、連邦を訪れてその成果を皆で視察すればいいってな。どうだ?」


 ほぉ。


「皆さんからその意見が出てくれて嬉しいです。やっぱり書物で読むより、今も稼働している治水事業の現場に赴いて、それらを直接、視察する、百聞は一見に如かず、と思うので、とても良いアイデアと思います。僕から補足するとすれば、治水事業に馴染みのない竜族、妖精族には予め、皆が集って行う大規模土木工事が何故必要なのか、どれだけ困難なのか、得られる地の恵みと災害に強い国作りとなるのか。そんなところを事前学習しないで漠然と眺めても理解が浅くなってしまうと思います。ですので、事前学習は二段階実施としましょう。言い出しっぺなので僕のほうで、前提部分まで説明するので、第二段階では鬼族の専門家の方がより発展した内容を説明するとしましょう」


竜族にとっては縄張りというのは、他の竜と得物を取り合わないよう合意した地域という意味に過ぎず、農耕文化のない竜族にとって、土地の改良といったものは概念自体がない。妖精族にしても、必要とする資源が少なくて済むのと、何かあっても空に逃げればいいので、収穫量を増やすとか、災害の影響を抑えるといったニーズがないんだよね。だから、この二種族は必須だ。


 おや。


ヤスケさんが手を上げた。


「事業に興味を持ち、理解を深めることは賛成だ。ただ、その学習だが、連邦の視察を行う者達は、初回から事前学習に参加すべきと思う」


「理由をお伺いしても?」


「治水一つにしても、例えば小鬼族であれば、居住地域を斜面に構え、河川の増水が起こることを前提に田畑の作りを考えておる。雑木林を配して水の流れを緩め、田畑が溢れた水に浸かっても、濁流に吞まれぬようにするといった工夫は、手間と効果のバランスを考えれば、感心する割り切りとも言える。それに比べて、鬼族や我ら街エルフの治水は、河川が暴れること自体を抑えようとするモノだ。効果は大きいが手間もかかる。目指すべきはどこか、コストに見合ったリターンとする方針は一つではない。それを工事に携わる皆が意識せねばならん」


流石、教師をされていたヤスケさんだけあって、種族毎にばらばらな認識、前提とする方針の違いなどをきちんと把握してくれていたようだ。素晴らしい。


ん、ユリウス様が手をあげた。


「ヤスケ殿が指摘されたように、此度の東遷事業ではその成果をどう分かち合うかは議論の余地が多いが、洪水の害が減り、荒されずに収穫できる田畑が大きく増えることは間違いない。そして帝国の地であり、その多くの地域の管理を行うのは、当面は我ら小鬼族だ。ならば得られる実りよりも管理の手間は可能な限り小さくなければ、大事業の恩恵を強く感じられぬことともなろう。だからこそ、鬼族の治水事業の技を前提としつつも、その管理・運用は我ら小鬼族の手で行えるよう手直しが必要だ。そして、その為にも、全種族の認識を揃え、誰もが妥当と言える工事とするのだ」


その為の事前学習、意識を揃える場としたい、と補足してくれた。


 ん。


「視察に参加される竜は、東遷事業に長く関わることになるので、興味を示してくれる竜を選抜して貰う必要があります。拘束時間の長さを考えると、これまでにロングヒルに訪問してきている竜以外のどなたかになる気はしますが、こちらは雲取様と相談しますね。事前学習や連邦領への視察は小型召喚体で行うことで、他者への負荷を減らすのは定番として、事前教育はお手数ですがロングヒルで行えるよう手配をお願いします。全種族を揃えてそれなりの長さで、となるとロングヒル以外では難しいですから。あと、この冬の間には学習を一通り終えたいのでそのつもりでいてください。先送りしても意味ありませんし、少人数がロングヒルにやってくるだけなら冬の期間であっても問題ないでしょう?」


そう話すと、ニコラスさんが苦々しい表情で割り込んできた。


「アキ、他勢力はともかく、連合は人選で揉めるのは避けられない。勿論、連合とて合同の事前学習に人員を参加させたいが、視察に参加する者は、東遷事業においても重要な役職を担う事になる。何年もかかる大事業なのだから拙速な判断は避けたい」


 ふむ。


おや、シャーリスさんがふわりと前に出て来た。


「妾も同意見じゃ。我が国での飛行船の本格運用と期間が被る故、ちと人選は難航するやもしれぬ」


飛行船で遥か高空へと舞い上がり、自分では飛んでいけない遠い地まで、空を進んでいけるとなれば、さぞかし飛行船の乗組員は高倍率になってんだろうね。


「お爺ちゃん、飛行船の乗組員は誰もが羨む花形職業になってたりする?」


「うむ。こちらに倣って乗員達に揃いの制服を用意したが、その装いを見るだけで若い連中が騒ぐくらいには大人気じゃよ」


 なるほど。


日本あちらで言えば、宇宙飛行士くらいの狭き門を潜り抜けた精鋭さん確定だもんね。そりゃチヤホヤされるか。


他の方はといえば、レイゼン様は既にめぼしい人材は脳裏に描いているようでさほど苦労しないとのこと。ヤスケさんも目星は付いているっぽい。


そして、ユリウス様はと言えば、やはりすっきりしない表情をしていた。


「余も残念だが即決は難しいな。無論、帝国にも治水事業に携わっている者は多くいる。しかし、此度の治水事業は、これまでの帝国のソレとは異なる方針となる。それに事業規模も桁違いだ。事業への意識を統一するだけでも暫しの時間を要するのは避けられん」


 むむむ。


「それでは、各勢力の準備が整い次第、改めてスケジュールを調整して、先行教育の場を設けることにしましょう」


落し処を示すと、皆さんもそれに同意してくれた。





 さて。


「事前に資料もお配りしていたので、僕の示した案は、統一国家という視点に立てば、将来起こるであろう食料不足問題を解決するものであり、全種族が力を合わせて大規模治水事業を完遂することで、共に暮らす種族としての意識を育てていけるものと自負しています。ただ、三大勢力が三つ巴の状態で拮抗している現状からの移行をどうするのか、その実現方法には触れていませんでした。その辺りで揉めたかと思いましたが、どうですか?」


ん、ユリウス様が手を上げてくれた。


「その件だが、確かに東遷事業によって得られた様々な恩恵、それらを受けるのはほぼ帝国のみという状況となる事から、帝国が他勢力に対して何らかの対価を支払うべきとの意見で同意した。ヤスケ殿からの提案で、帝国が各勢力に対して返済すべき負債を持ち、それを百年程度の長期で返済し、完済した時点で帝国の所有物とする方針とした」


 ほぉ。


「いいですね。長命種はともかく、人族や小鬼族の方には馴染みのない長期返済とは思いますけど、日本あちらでも大戦おおいくさの戦費を貸してくれていた国に対して八十年かけて返済した事例がありますからね。国家には生物としての寿命はなく、可能となる長期契約なので良い事と思います。帝国領内に多種族が共同管理する広大な地域が生まれる、というのは争いの元にしかなりませんから。細かい条件は後で詰めるとして、後は問題なさそうですか?」


もっとニコラスさんが連合内を纏めるのは無理とか、ユリウス様が多種族の長期間受け入れは厳しいとか話をしてくるかと身構えていたけど、そうしたことも無さそうと安堵したところで、ユリウス様から予想外の問いが投げかけられることになった。


「皆とも話し合ったのだが、帝国が多産多死から少産少死の社会へと在り方を変えていく件だが、乳幼児の死亡率を下げ、医療体制を充実させることでそれを実現するとしても、それは理性に重きを置き過ぎる楽観的な意見ではないか、との疑念が生じてきた。聞けば、日本あちらでは弧状列島と大差のない国土でありながら一億二千万もの人族が暮らしているという。少産少死を達成している例とされるアキの母国の日本だが、人口が増え過ぎているように思う。そこまで我々は理性的に遠い将来を見据えて生きていけるモノなのだろうか?」


代表の皆さんの様子からすると、いくさがなくなれば、戦いで命を落とすこともなくなり、人口はどんどん増えて養える限界を超えてしまい、国として破綻してしまうのではないか、という疑念が拭えないってとこか。


「日本の場合、国土が生み出せる山海の幸で養えるよりも遥かに多くの人口を擁するに至ったのは、海外の多くの国から毎日のように、こちらの大型帆船より大きな運搬船が食材を満載してきて、飽食の時代と呼べるほどの豊かさに至ったからというのが大きいです。こちらでも農村に比べて城塞都市の人口密度は遥かに高いでしょう? 日本は国土全体がある意味、城塞都市のようになり、広い農地の役割を海外の国々が担ったと言えます。ですから、そのまま参考にするのは多分適切じゃありません」


 ん。


ここまでの説明には特に異を唱える人はなし。良し。


「では、今から六十年ほど前に合計25回実施された動物実験の事例を紹介しましょう。その名もユニバース25と言います。水も食料も十分にあり、巣作りの材料も豊富であり外敵もおらず、ただ居住環境の広さだけ限られた場、こちらの大使館の一部屋くらいの隔離空間内で、四組の鼠を入れて繁殖させて世代交代の様子を見ていく、言ってみればそれだけの観察実験でした」


ちょっとホワイトボードのところまで移って、実験空間の広さと、小部屋や仕切り、移動通路などを備えた鼠達の生息スペースを描いて、そこに四組の鼠を放ってその成り行きを観察する様を示してみた。


ふわりとシャーリスさんが飛んで来た。


「外敵もおらず、水も食料も十分にあるなら限界までは数を増やしそうじゃ」


その当たり前の結論にならなかった、と予想ができて、促してくれるのだから優しいお姉さんだ。


「そうですね。一応、鼠の繁殖スペースから計算すると合計四千匹くらいまでは増えられる筈でしたが、実際にはそうはなりませんでした」


「なぜじゃ? 病気か?」


「いえ、病気ではありません。ですが、頭数は最大二千匹まで増えたもののそこを超えることなく、数が減少していき、最期は子供を産み育てることなく必ず絶滅しました。25回とも例外なくです」


例外なく、と強調すると、代表達の顔付きが強張るのがわかった。あー、不味い、ちょっと脅し過ぎたか。

きりがいいので今回はここまでです。

さて、争いのない世を作り、防疫・医療体制を充実させて、水と食料の供給も十分であれば、人口は増えていくことになりますが、多産多死から少産少死に社会がシフトしていくのか。この問いに多産多死時代を生きている代表達では、シフトしていく未来を思い描くのは大変だったようです。


そこで、アキは限界まで増えていくことはない例として、ユニバース25を紹介することにしましたが。もうちょいマシな事例を出せよ、と第三者がいれば突っ込む状況だったでしょうね。残念ながら、そんな人はいないので、紹介してしまいましたが。


という訳で、ちょっと横道に逸れて、次パートは有名な実験ユニバース25を参考例に、だから限界まで増えることはないから安心して、って流れで説明していくことになります。……安心できるか?って突っ込み要員がいないって怖いですね。


次回の投稿は、十月四日(水)二十一時五分です。

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