20-26.皇帝領での大河東遷事業(前編)
前回のあらすじ:エリーからは多勢に無勢な時には仲間を作れ、相手を割れ、といったアドバイスを貰いましたけど、要の立場でもある竜神の巫女がそういう振舞いをするのはどーかと思い、母さん達と相談しました。やっぱり皆を応援し、和を作るよう動こうと思います。(アキ視点)
資料の方向性も決まり、作成された資料は僕が翌朝、起きた時にはもう関係者への配布も終わっていた。
代表の皆さん達との打ち合わせは、前回と同様、連邦大使館の庭先となった。
天候はあいにくの雨なんだけど、庭先にわざわざ雨除けの障壁を展開しての開催だ。
それなら屋内にすればいいじゃないか、と思ったけれど、代表達に就き従う面々まで含めると結局、庭先にあふれ出てしまうので、それなら、前回同様、代表達を庭先、関係者達を屋内とすればいい、という結論になったとのこと。風も日差しも制するだけでなく、雨粒まで防ぐとは何とも便利だよね。地球にはない超技術だ。
で。
そんな顛末を母さん、リア姉から聞きながら、僕はケイティさんに身支度を手伝って貰いながら、慌ただしくサンドイッチを頬張り、のどごしの良い少し温めの緑茶を飲んでいた。
「資料は事前配布ってことだったけど、もしかして代表の皆さんは先に話を始めてるとか?」
「時間もないからね。勿論、そうしてる。あと、資料自体は今朝、朝一で配布し終えていて、代表達も集う前には一読済みと聞いてるよ」
ふーん。
「リア姉は、なんでまたこちらに? 先に行って話に加わってても良かった気がするけど」
「今回の話し合いでは、共和国が前面に出るから、財閥は黒子役になる。そうなると、アキと同じ竜神の巫女としての立場で参加って事になるけれど、マコト文書専門家ならいざ知らず、竜神の巫女ってだけじゃ、積極的な発言をする立ち位置じゃないから、先に混ざる意味も薄いと判断したんだ。竜族との間を取り持ってくれ、はい、わかりました、ってね。それ以上、関与しようがない」
ん、母さんが話に加わってきた。
「リア、貴女もマコト文書を読んでるから、作成された東遷資料ベースなら、ある程度の話はできるんじゃない?」
「母さん。それなら母さんもマコト文書は全部読んでるけど、あの代表達相手に、東遷事業の話をリードできる?」
「無理ね」
おっと。
躊躇なく即答する様はいっそ清々しささえ感じられた。
「あの、母さん、そこまですっぱり他人事扱いしなくても」
「アキ、別にそういうことじゃないの。確かに技術的な視点ならある程度は私だって話はできるわ。でも、昨日、アキが話してたように、それぞれの立場、役割に応じて、その都度、寄り添うべき人に寄り添って応援し、励ましていくような真似は、殆ど交流のない私には無理なの。リアはどうかしら?」
「無理。あんな癖だらけの方々相手に、気にせずゴロゴロ近付いていけるアキが変わってるんだ」
ぷいっ、と横を向く仕草が可愛い。
「リア姉だって見知った仲でしょうに、そんな人見知りするような事を言い出すの?」
「……私だって成人している街エルフだからね。対人交流の一つや二つこなすことはできるよ。でも、それは最低限、できるってだけで、好き嫌いもあるし、向き不向きもある。私はあの代表の方々はシャーリス様も含めて苦手だよ」
おや。
ちょっとお爺ちゃんと見合ってしまった。お爺ちゃんもおやおやって顔をしてる。
「シャーリスさん、面倒見が良くて聡明で優しいお姉さんじゃないですか」
色々と気を配ってくれるし、素敵な方だよね。
「ソレはアキのお姉さん好き好きフィルターを通してるからそう見えてるだけだって。翁だって、あの方がアキが今言っただけの人なら、女王陛下と敬ったりしないよね?」
「儂はあの方を女王陛下として敬愛しておるぞ」
後は聞くな、と拒否られた。
「まぁ、とにかく、あの代表達が集うテーブル席に、私が自分だけで好き好んで混ざりに行ったりはしないってこと。立場的にも混ざる必要性もなかったからね。それと、会議に参加する前にアキと意識合わせをしておこうって算段もある。私はアキほどじゃないけれど、竜神の巫女としての職務もこなしているから、認識のズレがあると不味い」
「ん、了解。と言っても、さっきリア姉が言ったように、竜神の巫女というスタンスなら、竜族に対して、東遷事業をアピールして参加を促すこと、参加する竜がどこで何の仕事をするのか、必要となる技量、知識は何かと言ったところを説明するところまでで、実際の事業が始まったら、現地での他の作業員の方々と竜の間と取り持つのは竜神子さん達にお願いするってことになると思うよ。僕はそもそも遠出できないし、現地入りするだけの時間も確保できそうにないから」
「私はアキと違って活動時間への制限はないけれど、いちいち現地に赴いて仲介をしたくはないってのは同意。そもそも研究所の方の仕事もあるから、これ以上、兼務なんて増やせないからね」
ん。
「あと聞きたいことはある?」
「資料の方でもどの勢力に何を求めるか提案まで書いてあったから、聞きたいのはアキの認識部分くらいかな。どの勢力も東遷事業に参加することのリターンは大きいから、そこはいいとして、リスクについてアキはどう考えてるか聞いておきたい」
ふむ。
「竜族は例外として、妖精族はノーリスク、街エルフと鬼族はローリスク、人族と小鬼族はハイリスクだと思ってるよ。特に大変なのはニコラス様、連合の人族って思ってる。呪いの研究について帝国にお礼を言うことにした件ですら、揉めに揉めてたくらいだからね。顔を殆ど合わせない話ですらソレなんだから、何千人と作業員を連邦領に送り込んで、共同作業という名目だけど、小鬼族の為に新たな河川の通り道を切り開く仕事をする訳でしょう? 送り出す側も、作業員も、色々と葛藤を抱えてると思うんだよね」
「交流祭りへの市民参加は成立させていたけど、それと何が違うかな?」
おや、お試しか。
「交流祭りの会場は狭く限定的で、互いに武器を持ちこむこともなく、警備員達の目も行き届いているから、そうそう衝突騒ぎは起きてないでしょ? それに比べると工事現場となれば広くて監視の目は緩くなるし、周囲には武器になるような道具がゴロゴロ。それに遠い異国の地で、周りは小鬼族だらけで多勢に無勢感が強くなる。多分、かなりストレスのかかる仕事場になると思う。しかも、大規模かつ難工事なのに、恩恵を受けるのは小鬼族達となればモチベーションも人族はだだ下がり。そこを何とか作業員達を取り纏めて、誰が見ても完遂したと言えるレベルでプロジェクトを推し進めないといけないから、多分、現場監督の人を決めるだけでも、かなり揉めちゃう。ニコラスさんも大変だね」
ケイティさんに、慰労の為の栄養ドリンク詰め合わせでも送って貰えるよう提案したら、手配を約束してくれた。良し良し。
おや。
リア姉だけじゃなく、母さんまで、額に手を当てて頭痛いです、ってゼスチャーをしてる。母さんが内心を吐露してくれた。
「アキ、貴女、そこまで理解が及んでて、それでも皇帝領での大河の東遷事業をお勧めするのね」
おや。
「多少の軋轢はあろうと、「死の大地」の浄化作戦みたいに厄介な呪いをどうこうしようって話でもありませんからね。ちょっと大変な方もいますけど、統一国家成立までのスパンで考えれば、取り組みやすい合同作業でしょう? あと、ほら、紫竜さんの魔獣生息域玉突き事件だって、三大勢力から集まった専門家の皆さん達はちゃんと、協力して解決に向けて尽力してくれたとも聞いてますから」
物事は少しずつステップアップですよね、と話を振ると、リア姉が無いわ~って感じに肩をすくめて両手のひらを上にむけた。
「それは選りすぐりの専門家、荒事に長けた探索者達だからこそ成功したレアケースだよ。一般人に同じような対応能力を期待しちゃいけない。ほんと、アキはある意味、誰よりも街エルフらしい感性の持ち主だよ」
「そう?」
「そうなの。それで、話を戻すと、ニコラス殿はかなり大変だとして、ユリウス殿もハイリスクだったっけ。四種族、竜族も入れたら五種族も受け入れるホスト役となればそれも当然か」
「それはね。わざわざ人族が鴨葱状態で飛び込んでくる訳だから、夜陰に塗れて襲撃するような真似をするような輩が出ないよう統制しないといけないし、これほどの治水事業となるとノウハウもないから、過去の水害被害の情報を取り纏めて、最適な東遷ルートの選定も必要になってくるし、鬼族の技でどこまでやって、小鬼族の力でどこまで開通後のメンテをしていけるのか、なんてとこまで見定めるポイントが盛り沢山だから、ユリウス様もお忙しいことになると思うよ。専門家に分析は任せるにしても、最後の匙加減を決めるのはユリウス様だから。ん、ケイティさん、ユリウス様にも何か贈れます?」
「こちらで見繕っておきます。ご安心ください」
ケイティさんも快諾してくれたから、そっちは良し。……そう思ったら、リア姉に手招きされた。なんだろうと近付いたら、パチン、とデコピンを一発叩き込まれてしまった。
痛い。
「えー、なんで?」
「なんでじゃないの。アキ、これからの会議では、その二人の反応をよーく見定めて、いつ火を噴くかわからない爆弾を抱えてると思って、丁寧に対応するように。二人とも稀有な英傑ではあっても超人じゃないんだから。ヤスケ殿も以前怒ってたの覚えてる? 代表のことを超人か何かと勘違いしてないかって。 これはその域の案件だよ」
んー。
「母さん、そうなの?」
「……私なら、考えうる限りの罵詈雑言を叩きつけて、暫くは会うたびに恨み言を切々と伝えて、心の重荷を少しは分かち合え、と迫るくらいかしら」
え゛
その、笑顔なのに目がマジで怖いんですけど。
「そんなに? こう、困難だけど頑張るぞーって奮起する程度じゃなく?」
そう問うと、リア姉も母さんもそんな訳ない、と却下してきた。それなら、とお爺ちゃんに意見を求めてみたけど。
「儂か? そうじゃのぉ、少なくとも良し引き受けた、などとは言わんじゃろう。何とかして同じ仕事に引き摺り込んで、困難を分かち合おうと策を巡らせるくらいの事はするわい」
あぅ。
「ケイティさんなら?」
「アキ様、物事には限度というモノがあります。その際には私はアキ様にそのことを理解していただけるよう全力を尽くすことでしょう」
ぐぅ。
残念、この場に味方はいなかった。っと、ジョージさんなら!?
「相手が気心の知れた相手なら、一発殴らせろ、と殴ってから聞くだろう」
そんな、笑顔でストレートパンチを繰り出すモーションまで付けて、獣みたいな笑みで話してくれなくてもいいでしょうに。すっごく怖いですよ、その目。
「……ご意見承りました。その二人については注意を払うことを誓います」
降参っと、対処することを宣言したんだけど、リア姉がそれでは不満なようで踏み込んできた。
「ヤスケ様を揶揄うのも禁止。ジロウ様、クロウ様も後ろに控えていて竜族も絡む案件なんだから自重すること。いいね?」
んー。
「えっと、はい。会話が弾む程度で留めます。でもヤスケさんもレイゼン様もローリスクな案件だし、シャーリス様はノーリスクなのだから、そちらはそこまで気にしないでもいいでしょう?」
一応、食い下がってみたけど。母さんが困った顔をしながら妥協点を示してくれた。
「不味そうと思ったら踏み込むのは止めておきなさいね? 親しき仲にも礼儀あり、よ」
「はい、そこはちょっと様子を見ながらにします」
長期的にみれば皆がハッピーになれて統一政府の懸念事項も解消するナイスな提案ではあるけれど、どうも素敵でしょ、って推しの気持ちをあまりに強調するとヤバげなので注意していこう。
そう考えていたら、母さんがぽつりと一言、なんでうちの子達はどの子も限界まで踏み込もうとするのかしら、などと達観した思いがドロドロ詰まったような声で呟いた。
代表達との会議に臨む前に、なんかヤバそうとリアが気を利かせて、意識合わせの時間を設けることにしました。まぁ、結果としては、この時間を設けないのに比べれば、だいぶマシなことになってくれそうってとこでしょうか。アキも注意力は人並みにあるので、相手がそれを隠そうとしなければ、ちゃんと気付きますから。
問題があるとすれば、気付いても、ぎりぎりまで踏み込んでいくスタイルが基本になってるとこでしょうか。この辺りの行動パターンはミア譲りですからね。何とも困った師弟です。
なお、ミアなら、アキほど無遠慮に踏み込んだりはしなかったりします。財閥の長としての経験がありますからね。その辺りの見切りはアキよりよほど上なので、もっと上っ面を考えて振る舞うでしょう。
次回の投稿は、十月一日(日)二十一時五分です。