3-11.サイコロ、妖精女王を動かす
前話のあらすじ:翁の妖精界の友人達がなかなか気乗りしない中、彼らの心を掴むであろうスペシャルアイテム「サイコロ(妖精界版)」を作る提案をしたお話でした。それと召喚魔術の特殊性や発展の余地についても少し紹介しました。
今朝の目覚めは、鼻のむず痒さから始まった。
薄眼を開けると、尻尾で僕の鼻をくすぐっているトラ吉さんと目が合う。
「にゃー」
「おはよう、トラ吉さん……なんで寝室に?」
「それは、私が必要と判断したからデス。おはようございマス、アキ様」
目を向けると、いつもはケイティさんのいる位置に、ロゼッタさんがいた。一分の隙も無く着こなしたメイド服が良く似合ってる。
あー、そう言えば、交代するとか言ってたっけ。
まだ眠いけど、体を起こして、大きく手を伸ばした。ふぅ。
僕が起き上がったのをみて、トラ吉さんが机の上に飛び移って、座り込んだ。移った瞬間、机が少し沈み込んだけど、軋む音はまったくしなかった。良い品とは思ってたけど、柴犬並みの大きな猫が乗っても平気とは、びっくりの頑丈さだね。
「アキ、起きたか。昨晩、寝室の扉にキャットドアを取り付けたから、こうしてトラ吉さんも入ってこれたんじゃよ」
お爺ちゃんがトラ吉さんの近くに浮いて、説明をしてくれた。確かに扉をみると昨日まではなかったはずのキャットドアが付いている。夜中に工事をしたんだろうけど、全然気付かなかった。
「アニマルセラピーの一環デス、アキ様」
「……触れ合いは大切と言っていた話ですね」
確かにトラ吉さんを触っていると、それだけで心は穏やかになるけど、そんなに僕はストレスが一杯に見えるんだろうか。
「私もできればロングヒルにご一緒したかったのですが、それは叶わないので、同行するトラ吉さんに触れて貰うことにしまシタ」
「にゃーん」
任せろーって感じにトラ吉さんが鳴いた。
「宜しくね、トラ吉さん。……ところで、そのブティックのディスプレイ用マネキンに着せたゴスロリ服はなんですか」
先程から夏なのに、フリル増し増しのゴスロリ服が異様な存在感を持って、ロゼッタさんの後ろで自己主張しているのが気になった。白と黒のコントラストが引き締まった印象を与える服で、とても豪華でシックな装いではあるけど、いかんせん、布の量が多過ぎて夏には合わない。
「ミア様が着ることのなかった衣装を着ていただこうと思い用意してみまシタ。ただ、夏の気候には合わないので、妥協して、衣装をお見せすることに留めてマス」
ゴスロリ服マネキンの隣を見ると、別の籠に、ちゃんと他の服が用意されていた。本当に僕に見せる、ただそれだけのためにマネキンにゴスロリ服を着せたようだ。
「……凄い衣装ですね、これ。こちらでもこういった装飾過剰な服って、着るものなんですか?」
縫製も丁寧だし、布地もぱっと見、高級品に見える。安っぽい印象は欠片もない。
「あちらでいうところのコスプレ相当でしょウカ。式典用の衣装はありますが、装飾はもっと控えめデス」
さぁ、どうぞと渡された今日の衣服を見てみると、こちらはノースリーブのシャツにホットパンツの組み合わせだ。
「……これはこれで、ミア姉には合わない気がしますが?」
なんかこう、布地というか防御力が低過ぎる気がする。
「訓練時には着替えるので、室内だけであれば問題はないと考えマス」
確かに、昼間の三つの訓練はどれも、野外活動用の丈夫な衣服を着るから、この服を着てるのは食事の時くらいだ。気温も高めだし、確かにこういう風通しの良さそうな服のほうが過ごしやすい気はするといえばするけど。
「これを選んだ理由は?」
「ミア様が着ることのなかった衣装も、アキ様が着ることで新たな発見があるかもしれないと考えまシタ」
「つまり、着たところを見てみたいと」
「端的に言えば、その通りデス」
ロゼッタさんは満面の笑みを浮かべて、隠すことなく本心を曝け出した。
この場にいる他の人は、お爺ちゃんとトラ吉さん。……残念、援護射撃は期待できない。
「こういうのは、リア姉が似合うと思うんですよ。まぁ、今回は着ますが、少し自重してくださいね」
無駄な気がするけど、一応釘を刺しておく。
「無理強いはしませんので、ご安心くだサイ。やはり、こういった活動的な服装がアキ様には似合いマスネ」
着替えた僕を後ろから抱き締めつつ鏡に映る姿を確認して、うん、うんと頷いている。そっと包み込むように置かれた手が温かい。ロゼッタさんが見た感じ高校生くらいなせいか、抱き締められてもドキドキ慌てたりしないのは良かった。ケイティさんに同じことをやられたら、間違いなく体温急上昇、心拍数危険域へって感じになるに違いない。
「髪型は、サイドテールに少し捻りを加えて、お姉さんっぽさを狙ってみまショウ」
などと、ロゼッタさんは、僕を鏡台の前に座らせて、楽しそうに髪を弄り始める。……リア姉が言ってたことがなんかわかった気がする。
いい人なんだけど、重い。
……うん。
僕もそう思った。
◇
妖精界用サイコロの提案をしてから三日後の朝。お爺ちゃんが満面の笑みを浮かべて、朝から僕の顔をペチペチと叩いて起こしてくれた。
後ろにいるロゼッタさんが苦笑してる。子供みたいな行動だけど、注意するほどではないと判断したっぽい。
「――なんかとっても嬉しそうだね、お爺ちゃん。あと、おはよう」
「うむ、おはよう。そうじゃ、サイコロじゃがの、その素晴らしさを女王が認め、その功績の褒美として、耐弾障壁の研究を助力してくれることになったのじゃ!」
「なんだか凄いね。でもなんで女王様がそんなに評価してくれたの?」
「サイコロがあれば、他の者と対等な条件で遊べるからの。女王にとって、対等というのは、初めての経験じゃ。それはもう大喜びしておった」
ゲームは対等だからこそ面白い。いつも自分が圧倒的に有利じゃ飽きるよね。面白くないし。
「それに確率や統計といった学問も役立つと言っておったの。それらを学ぶためにもサイコロは欠かせないと」
「さすが統治者だね」
「うむ。我ら自慢の女王様じゃ」
お爺ちゃんが自分のことのように胸を張った。国民と統治者の関係は良好、統治者としての知見にも優れていると。いいことだ。
妖精界とこちらは直接、物のやり取りはできないようだから、互いに出し合えるのは情報のみ。
「ロゼッタさん、妖精界との交流を担当できそうな人を探して貰えますか?」
「専任者が必要と判断されたのデスネ」
ロゼッタさんの口振りからすると、既に選定は始めているようで流石だ。
「はい。情報のやり取りだけなら、召喚より簡単でしょうし、妖精側がかなりやる気のようですから、外交を結んで、ホットラインを開設するくらいの姿勢で、専門の窓口を設けるべきでしょう。時間があれば、僕やお爺ちゃんもやりたいところだけど、そればかりに関わっている訳にもいきませんからね」
「ホットラインと言うと、いつでも連絡を取り合える国家同士の連絡回線だったでしょウカ」
「そう、それです。できれば政治、技術、文化のように回線数も何種類か用意して、一日中、三交代制くらいは敷いて、対応すべき案件です」
「……理由をお伺いしテモ?」
専任者の人選は始めてくれているようだけど、ちょっと熱意が足りないかなぁ。
「ラインだけならそうですが、実務担当の人もそれなりの層を確保したほうがいいと思います。それもなるべく早く」
「政治的な判断を行える技術者は希少デス。それほど人員が必要と、それも早めにと、考えた訳を教えてくだサイ」
「無理に背伸びをする必要はありませんが、あまりに彼我の姿勢や能力に差があると熱意が冷めてしまうかな、と。たいした話ではないのに返事が遅いとか、妖精側が一方的に教えるような立場だと感じたら、やる気が減りそうでしょう? なんでそこまでやってあげる必要があるのかと感じる気がするんです」
「対等なパートナーと示すのでスネ」
「はい。ということなので、お爺ちゃん、今度は攻守交代。大変と思うけど、ケイティさん達に協力してあげてね」
ふぁ~っと、欠伸が出て慌てて口を抑えた。ちょっとはしたない。注意、注意。
ロゼッタさんが指で、宙に何か描くと、それほど間を置かずに、ケイティさんと、アイリーンさん達が入室してきた。
状況と今後の方針について、簡単な説明を受けると、ケイティさんが指示を出した。
「今後、私を含めた四名で、妖精界に対する聞き取りを行います。翁に対するローテーションはこれまで通り。聞き取りを終えた時点で情報を展開できるよう、メモを忘れずに。いいですね」
というか、被らないように誰かしら専任でつくほど体制を工夫せざるを得なかったとは、お爺ちゃんもかなり好き勝手、やっていたっぽい。自業自得だ。
アイリーンさん達も誰がどの分野を聞くかサクサクと話を決めていってる。分担で揉めることがないのはいいね。
「なんじゃ。皆。そんなに妖精界のことが知りたかったとは、気付かなかった。うむ。何でも聞くがよい。誠心誠意答えよう」
お爺ちゃんは偉そうに宣言した。自分の故郷に興味津々となれば悪い気はしないだろう。
「お爺ちゃん、わからないところは、誰かに聞いて、横着しないでちゃんと答えてね」
僕の言葉にも、お爺ちゃんは、任せておけ、などと景気良く話してるけど、さて、いつまで持つやら。
何にせよ、僕ができるのはお膳立てをする前段階までだ。ケイティさんが、蜘蛛の巣を張る蜘蛛のような雰囲気を醸し出しているけど、気にしないでおこう。……お爺ちゃん、頑張れ。
今回はロゼッタが趣味と実益を兼ねて色々と動いたお話でした。やっぱり子供にはスキンシップが大切ですよね。そして、サイコロが状況を大きく動かしました。妖精界もこれでエンジン全開です。
次回の投稿は、九月十六日(日)十七時五分です。(いつもより早いです)