20-25.皇帝領での大河東遷事業の資料準備(後編)
前回のあらすじ:自分で思ってた以上にストレスを抱えていたようで、エリー、セイケン、それとお爺ちゃんが聞き役になってくれて、今回の一連の話について、あれこれ、たっぷり語り聞かせることになりました。あとエリーが多勢に無勢な時の話の進め方を提案してくれたけど、女は怖いと改めて思いました。(アキ視点)
あと、タイトルを一部修正しました。
旧:20-24.皇帝領での大河東遷事業(前編)
新:20-24.皇帝領での大河東遷事業の資料準備(前編)
エリー、セイケンとの楽しいお話の時間は名残惜しかったけど、資料を準備する時間も必要だから昼前にはお開きとなった。セイケンは交流祭りに家族揃って出掛けたりもしてて、公私ともに充実してるようだった。
さて。
精神的にはかなりリフレッシュできたけど、代表達と話をする上での姿勢については、ある程度決めておいた方が良さそうだ。
邸内に戻って、母さんとお茶しつつ、外で話してた内容に触れつつ、そう切り出すと母さんも頷いてくれた。
「そうね、上に立つ者の振舞いはこれが正解というのはないけれど、無闇に部下同士を衝突させるのはあまり推奨はできないわね。切磋琢磨し合うライバル関係と言えば聞こえはいいけれど、必要な人材だけを残して少数精鋭で尖った研究をするような会社でないと長続きしないわ。それにリーダーと対立してごっそりメンバーが抜けるような争いも起きやすい。数十年程度の短期ならともかく、竜神の巫女であるアキは、そんな短いスパンで物事を考えてはいけないのではないかしら?」
慣れ合わずある種の緊張感を持って仕事に取り組む空気の維持は必要だけれど、とも話してくれた。
うん。
長命種らしい企業運営姿勢ってのを聞いた気がする。数十年を短期って、小鬼族なら老後に入っちゃう就労期間、人生と言って良い長さだからだからね。
「代表の皆さん達は僕と上下の関係って訳でもないし、要としての役割と言っても、僕もこれまでの人生で経験したことのない立場だから、参考になるお話だったと思います。ありがとうございます。エリーが話してくれた内容も、全員と対峙するという姿勢に問題がある、というモノだったと思うんですよ。今回の東遷事業で言えば、話す項目それぞれで誰が主体となるか、関係が強いか、或いは弱いか、その温度差は結構見えてきたので、誰かの意見に寄り添う形で応援、困難な役割となる方には皆に配慮を求めるといったように、代表達と僕、ではなく、代表達の間を都度、移動して寄り添って、進む方向に手を添える感じがいいかな、って。どうでしょう?」
大河の東遷事業という素案は示すけれど、それが示す目的地に向けて歩いていくのは各種族であって、僕は皆を牽引していく立ち位置ではなく、それぞれの横に立って悩みがあれば聞いて、他の人と問題解決する、その気運の手助けをする程度だよ、と。
そう伝えると、ふわりとお爺ちゃんが前に出た。
「急ぎの時には悠長で間に合わん姿勢じゃが、本人の自主性を伸ばすなら、それも有りじゃろう。それでアキはゆったり構えて進められると思うとるのか?」
ん。
「連邦の休耕地を利用する話で五年くらいは余裕で稼げると思うし、それだけの期間があれば、東遷事業も完成までには至らないとしても、河川の流れを東に変えるとこまでは十分進められるよ。それに工事する場所はあのユリウス様のお膝元だよ? 借りられる手は借りて、人族なら驚くような早さで事業計画も纏め上げてくると思う」
そう話すと、母さんが微笑ましいって顔で目を細めた。
「アキはユリウス様がほんと好きね」
むぅ。
「好き嫌いだけじゃなく、小鬼族として時を貴ぶ文化や、国を纏め上げる手腕、必要とあれば竜族が相手であろうと手を取り合うことを厭わない姿勢があればこその信頼ですよ。好感を抱いているし尊敬もしてますけどね」
「はいはい。あまり好き好きオーラを出し過ぎて、他の方々の嫉妬を招かないようにね」
「嫉妬?」
あの代表の皆さんには縁のない言葉だよねぇ、って気持ちがつい言葉になった。だけど、そんな僕の表情を見て、母さんはニマニマと笑い出した。
「子供を見てれば、男の子でも女の子でも嫉妬するのはわかるわよね。大人になると表現方法が変わり、己を律する能力が育って、場を考えて振る舞うようにはなるけれど、物事に何も感じなくなるんじゃない。誤解を恐れずに言えば、誤魔化しが上手になってるだけよ」
「まぁ、ミア姉も嫉妬するカワイイとこがありましたから。そういうところもあるかもしれませんね」
「その点、男衆の方がそうした言動を控えることが美徳とされているから、ちょっと注意した方がいいわよ? 何でもない顔をしてると思ったら、沸々と不満を抱えていて大爆発なんてことになりかねないから」
ふむ。
なんか重みがあるというか、凄く実体験に基づいてそうな感じだけど、ハヤトさんとの夫婦仲とかに波及する地雷案件な気がするから、ここは逃げよう。
「ケイティさん、母さんはこう言ってますけど、比較的荒っぽい人が多かっただろう探索者の皆さん達はどうでした?」
そう話を振ると、ケイティさんはちょっと視線を外して考え込んでいたけど、一応、教えてくれた。
「そうですね、探索者の場合、男女比率はやはり男性の方が多い傾向があります。以前、ジョージも話してましたが、不満を抱えていそうなら衝突させて解消させればいい、といった不文律があるのは確かです。つまり、アヤ様の話された通り、振舞いがどうであれ、不満はあれこれ溜め込むもので、それが生じないようにする、という考えはそもそも無理があるのだと思います。嫉妬の感情も勿論、その中に含まれると見ていいでしょう」
ん。
なんか、かな~り言葉を選んで話してくれた感があるなぁ。ケイティさんも相手を黙らせるのに低位の術式を遠慮なく叩き込むようなとこがあって荒っぽいとこがあるし。壁沿いに立っているジョージさんに見ると、こっちに話を振るな、と目線で拒否られた。あー、はい、飛び火案件だと。
「参考にさせていただきます」
一応、そう答えたけど、いまいちピンとこないとこがあるんだよね。例えば、見た目がお洒落で振舞いもスマートなニコラスさんが嫉妬するような姿なんて……あ、ニコラスさんはそうでもないか。愛情表現とかも熱烈そうだもんね。イメージしにくいのはヤスケさん達、長老衆の方々かな。あの方々は嫉妬みたいな執着する感情がだいぶ薄く感じられるんだよね。過去を思えば仕方のないところだけど。
◇
それから、と言ってもさほど多くの時間は確保できた訳ではないけれど、比較できる他の大規模治水、干拓事業との比較資料についてもどれを選ぶか相談して決めた。必要とされた時代と完成した時代ではニーズが変わってしまい、完成したけれど、あまり歓迎されなかったなんて事例紹介では、諫早湾干拓事業が印象的だったようだ。マスコミも閉門作業をギロチンだのなんなのと散々煽ったからね。
まぁ、東北沖巨大地震を経験した世代からすると、いくら長大な水門を築いて排水して農地を生み出したとしても、そこは海面より低い水害に弱い地帯であって、水の都ヴェネツィアみたいに穏やかなアドリア海に面しているようなとこならまだしも、日本のように日本海側でも太平洋側でも海が荒い地域でゼロメートル地帯は怖過ぎるよね。
それならまだ、土を使わない水耕栽培の垂直農法で既存農業の十倍収穫量を目指す、とかにお金を使った方が良かったと思う。まぁ、後知恵だけどね。
そんな感じで、どんな資料を用意するのかサポートメンバーの皆さん、それに母さんにも参加して貰って決めていった。注意したのは、活動内容のどの部分をどの種族が担当するのか、何ができて、何ができないのか、一目でわかるようにすることだった。
あと、作成した資料だけど、事前に関係者には配布して、予め目を通しておいて貰って、それを前提に議論の場を設けることにもなった。限られた時間を最大限有効利用する為にも、議場に集まってから資料に目を通すのでは時間が勿体ないって話になった。
いいね、ありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
短いですけどきりがいいので今回はここまでです。
アキも言いたい事をたっぷり言い尽くしてストレス解消となりましたが、エリーが言うような立ち回りをするのは、自分の場合はどうだろう、と思い、それを相談することにしました。まぁ、短期的には上手く行っても、仲間内で競い合わせるようなやり方は、どうしても軋轢も生じやすいですからね。強力なカリスマを持つ創業者がいる間はそれも上手く行ったりしますが代替わりで大体、問題噴出って感じになりますから。
とは言え、こちらは戦乱の時代ですから、不満を抱えてる? なら、衝突させて解消させてやれ、衝突してまでの話ではない? ならその程度もっと上手く隠しておけよ、ってな具合で荒っぽい気風がたっぷりあるのでした。
ただ、同種族同士ならそれでもいいんですが、多様な種族が今後は密に交流していくことになるので、もう少し文化的な解決方法を模索していく必要もあるでしょう。竜族が軽くどついたりしたら分厚い城門だって飴細工のようにぐにゃりと曲がってしまうのだから、ダメ腕力、絶対ってのを基本にしないと危険過ぎです。
次回の投稿は、九月二十七日(水)二十一時五分です。