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20-24.皇帝領での大河東遷事業の資料準備(前編)

前回のあらすじ:僕が提案した大河の東遷事業について、資料を纏める為に1日使うことになりました。でも、朝は共和国から戻ってきた母さんと朝食を共にし、不満たらたら、ストレス増えてます、という状態だった僕のガス抜きをするのが先決、と言われました。ケイティさん、お爺ちゃんに聞いたら、五対一で戦う姿勢マシマシって感じだったそうです。ちょっと気負ってたようです。反省。(アキ視点)

庭先に出ると、既に用意されているテーブル席にエリーとセイケンが座っており、ベリルさんがホワイトボードに貼り付けた資料や書き込みを下に説明しているのが見えた。


資料は、んー、マコト文書に記載されている情報を下に書かれたと思われる利根川東遷事業の概要ってところか。日本あちらの情報でも、地図のような内容となると、僕が図書館などで見て、覚えた内容をミア姉に伝えるという手順を踏むから、余程興味のある内容でなければ、その情報は大雑把なんだよね。描かれている関東平野っぽい何かといった地図だと、伊豆半島、房総半島、それと東京湾があって、茨城県のほうに霞ヶ浦が描かれてるけど、河川はといえば、かなり雑に何本か引かれているだけで、そのうちの一つを東京湾に注ぐルートから、茨城県の方に抜けて太平洋に注ぐルートに変更されていることが示されていた。


まぁ、縮尺図もこちらに揃えてくれているし、こちらの皇帝領の地図も並んでいるから、概要はまぁ掴んで貰えそうかな。皇帝領には霞ヶ浦に似た海域があるけど、海域と言ったように河川の何倍か太い海峡で繋がってて湾といった感じなんだよね。それに東京湾相当のところにも、あちらと同様、多くの河川が注いでいるけど、あちこち蛇行してたり、三日月湖ができていたりと、大湿地帯と言った有り様だったりする。堤防の数も連邦領に比べればかなり少なめだ。


これだと、ちょっとした大雨でも田畑が水没してしまって、収穫量が安定してないだろうね。


「おはようございます。二人に来て貰えて嬉しいです。ベリルさん、説明は粗方終わってます?」


「ハイ。大まかな目的及び、当時の技術力と作業期間まで説明済みデス」


 いいね。


「いきなり話を捩じ込まれて、早朝から勉強会よ。感謝なさい」


エリーが眠い、眠いなどと目を擦る仕草をして揶揄ってきた。


「ありがとう。セイケンはどう? 連邦領なら馴染みがある話だからイメージしやすかったんじゃない?」


そう話を振ると、セイケンは何とも呆れた顔をした。


「確かに工事の内容に近いモノが無いとは言わない。だが、身体強化術式もなく、空間鞄もなく、大型機械すらなく、人の手でこれほどの事業を成し遂げたことは未だに信じがたいというのが正直な思いだ。……それで、代表達と派手にやりあったと聞いたが?」


 む。


「それは大きな誤解ですよ。そもそも――」


まぁ聞いてください、と昨日、統一国家樹立に向けた流れとして、天地人の視点から諸勢力の状況を分析したところ、現在の弧状列島の置かれている状況は、様々な要素が組み合わさって成立している稀有なモノであり、何か要素がズレれば、その道筋は困難なモノとなっていただろう、とまずは説明した。


勿論、色々と端折ったけど、中立勢力としての竜族、妖精族、竜神の巫女が揃うことの意義や、中立の立ち位置だからこそ出せる提案、視点がある、といったことも話した。


それから、そもそもの話だったけど、代表の皆さんが苦労している内幕を今後はある程度見せていくことになった事も伝えた。苦労は分かち合うべきだとか何とか。


何か思いついたことがあれば話せ、と言われて、それならと統一国家に相応しい事業はないかと考えて、利根川東遷事業を参考に、こちらでも大河の東遷事業をやればどうか、と提案したけど、なんか話してる間にだんだん、皆が静かになってくし、表情も固くなっていくし、で散々だった事も。


皆さん、表情や言動がこれまでに比べると雑というか生々しい感じが増えて、ちょっとやりにくくなった事も正直に話した。というか、誰かに聴いて欲しかったんだよね。


そんな感じに、だーっと一通り話し終えたんだけど、二人とも相槌を打ちながらも、自分の意見を言うより、僕の見聞きしたこと、考えたことを話せ、と促すことと優先してくれていた。


おかげで、あとはもう話し忘れたことないかなー、とちょっと考えても出てこないくらいには、思ってたことを吐き出すことができた。


 ふぅ。


置かれていたコップの水を一口飲んで、やっと一息。


そんな僕を見て、エリーがボソッと一言告げた。


「随分とまた不満を溜め込んでたわね。もう言い残したことはないかしら?」


 んー。


ベリルさんが箇条書きにしてくれた内容を眺めてみたけど、漏れは無さそう。


「大丈夫。これで全部だよ」


そう伝えると、エリーが目線でお爺ちゃんに意見を求めて、お爺ちゃんも頷いてみせた。


「話している内容はともかく、感想は大人衆の集まりに初めて参加した童のようで安心したぞ」


セイケンが手を伸ばして頭を撫でてきた。なんか優しい目をしてるけど、すっごく子供扱いしてる。


「何に安心したんです?」


「竜や鬼とも平然と話をして気負わないアキは、だいぶ変わった子というか大人びた感性の持ち主だと感じることが多かったが、ちゃんと童のような初々しい部分もあった事に安心したんだ」


 むぅ。


そう言われると反論したい気持ちが湧いてくるけど、セイケンが本当にそれを喜ばしいことと感じていることが伝わってきたので、口にはできず、沈黙をもって不満を表明するに留めるしかなかった。





口火を切ったのはエリーだった。


「それにしても代表の皆様も大人げないわよね。色々取り繕ってるけど、要は苦労してるのにその内実をアキが知らず、それに苛ついて、全部ぶちまけた訳よね」


「身も蓋も無い言い方をするね、エリー」


「取り繕った言い回しじゃ、私の呆れた気持ちが伝わらないでしょ。あと、今日の私はアキの姉弟子として来てるから、そのつもりで遠慮なく言いなさい」


とん、と胸を叩いて任せろ、と頷いてくれた。これは心強い。


「私も今、この場においては、大使や調整組としてではなく、一人の友として来てると思っていい。そもそも話の内容が上役達ばかりとなれば、立場を考えていては言えないことばかりだが、それでは意味がない」


などと、セイケンも嬉しいことを言ってくれた。


 ん。


ぽんぽん、と頭を撫でられた。お爺ちゃんだ。


「儂もこの場では、年の差を超えた友として話すからのぉ。話したことは女王陛下には内緒じゃぞ?」


 おっと。


「勿論。ありがとうね」


ケイティさんがタオルをそっと差し出してくれたので、気持ちが一杯になっちゃって溢れた涙を拭いて、ちょっと気持ちが収まるまで待って貰った。


「にゃー」


俺もいるぞーって感じにトラ吉さんも声をかけてくれて、尻尾で足を撫でてくれた。




 ふぅ。


「すみません、もう平気です。やっぱり嬉しいですね。こうして助けて貰えると」


涙が出たのは悲しいからじゃなく、嬉しさに感極まってのこと、と話すと、エリーは羨ましそうな視線を向けてきた。


「そういう感情を素直に表せるのは良いことよね。普段から仕事の顔ばかりしてると、そういう感性をつい忘れがちになるもの」


「王女様も大変だ」


「そう、大変なのよ。とっても」


「セイケンはどう?」


「大使としては無様な顔などできず、家に帰れども家長としての振る舞いをせねばならないから、楽ではない。そう思う時もある」


ふむ。でも、それぞれの役割に誇りもあって、嫌々やってる訳じゃないってとこか。お父さんだね。


「ちなみに儂は、もう隠居の身じゃから気楽なもんじゃ。とはいえ、子守妖精の仕事中は何があっても対応できるよう気を張っておるから、やはりそれなりに大変じゃぞ」


確かに、つい意識から外れがちだけど、僕を守る最後の壁としていつでも即応できるよう身構えているのは大変な話だ。


「いつもありがとうね、お爺ちゃん」


「うむ。儂もアキがまったく危機意識を持たずに過ごしてる様子を見て誇らしい気持ちで一杯じゃ」


なんか、チクリと刺された気もするけど、良い関係ではあるから、ここはスルーしとこう。


「それじゃ、話を戻すわね。今回の東遷事業については、「死の大地」の浄化作戦に比べれば、アキの言う通り、障害となるような話もなく、すぐ取りかかれそうで、事業自体はとても良いことと思うわ。ロングヒルでも領内を流れる大河に放水路を設けた実績があるから、規模感も何となく想像できる範疇ね。セイケン殿はいかがですか?」


「私も同意見だ。竜族が関わることでどれだけ工期の短縮ができるか正確なところはわからないが、それでも竜眼による深い地層までの探査を含めれば、工期短縮と工事の高い質も両立できる事だろう」


なるほど。


「儂は治水事業には疎いから、事業内容へのコメントは控えるが、二人がそう言うのなら、実施に問題は無さそうじゃな」


うん、うんとお爺ちゃんも頷いた。


「それでエリー、事業は、ってことはそれ以外に何か気になるところがあるの?」


「そういうこと。私から指摘したいのは、アキがわざわざ代表達全員と纏めて討論する事を選んだこと、そこに問題というか、改善点があると思うわ」


 ふむ。


「わざわざ、ってことは、個別に話し合えってこと?」


「そうじゃないわ。代表達もロングヒルに来てから、皆で議論を延々と重ねていたおかげで、ある種の仲間意識を持って一体感を醸し出していた事でしょうね。でも、ちょっと考えてみればわかることだけど、代表の五人は異なる勢力に属しているの。立場も違えば、東遷事業への関わり方もかなり違う。大きな仕事は、小分けにして個別に片付けるのが基本でしょ」


 ふむ。


ちょっと話しながら考えを整理してみよう。


「まず東遷事業を行う地域を統治している帝国、ユリウス様は一番の当事者で最大の恩恵を得るよね。小鬼族だけでは実現が困難で多分、日本あちらで江戸幕府が行ったよりずっと長期の工事期間を費やすことにもなるだろうけど、皆で力を合わせれば工期も投入人員も大幅に削減できる」


「でしょうね。なら連邦、レイゼン様はどうかしら?」


「大規模治水事業なら、連邦内で多くを行った実績もあるから、鬼族が東遷事業に絡むのはとてもありがたいし、鬼族としても武以外の力を大きく示せるから、大歓迎だと思う。鬼族がいたからこそ、百年、千年と続く立派な治水事業となった、と胸を張れるからね」


「その意見には同意しよう。これほど巨大な事業となれば、我らの総力を結集せねばならんだろうが、それだけの価値はある」


「では竜族はどうじゃ? 竜眼で地層を調べ、竜爪で固い岩盤を切り刻んで難工事を手助けするんじゃろう?」


「それはその通りだけど、竜族からすると地盤改良とか土木工事みたいな話は必要がなかっただろうから、そちらに長けた竜は殆どいないと思うんだ。竜爪も今のままだとかなり勿体ないから、もう少し技を洗練して欲しいとこなんだよね」


「竜爪が勿体ないとな!?」


「ほら、黒姫様が柱を竜爪で斬ったけど、後で同じ柱と比べてみたら、結構な幅で柱が削られてたでしょう?」


二つに別れた柱を、他の柱と並べて、上下を合わせると、間が拳一つ分くらい消失していたんだ。破片一つ残さずに。


「ごっそり消えてたのぉ」


「だよね。だけど、竜爪で斬るのをお願いするような固い岩なら、河の流れを弱めたり、治水事業に向いているから、できるだけロスを少なくした方がお得だと思うんだ。だから、竜爪で斬る幅をもっと薄くするよう修練して貰って、できれば魔刃みたいに紙一枚の薄さですぱっと岩盤を斬ってくれると最高だなぁ、って」


そう話すと、エリーがこめかみを揉みながら、声を絞り出した。


「何か酷い提案を聞いた気がするけど、その是非は後回しにして、竜族の立ち位置、関わり具合について焦点を絞りましょう。それで竜族は前の二種族、子鬼族、鬼族に比べるとどんな関わり方になるかしら?」


 ふむ。


「大河の東遷事業では、「死の大地」の浄化作戦と違って、縄張りが増える訳ではないから、事業に関わる竜は、一種の娯楽として参加する姿勢になると思う。ボランティア活動に近い意識かな。そこは、竜族しか提供できないサービスとして、仕事としての側面を強調して、きっちり仕事をこなすこと、千年先まで残る事業であり、尽力してくれた功績は子々孫々、語り継がれることになるだろうとか話して、竜族の中でも、工事に携わった竜への評価が上がるだろうことを伝えれば、やる気も出てくると思う。他種族がその竜の功績を褒め称える訳だからね。竜側の窓口として出てくるのもいいし、相談役みたいな立場でもいいと思う。たかだか数ヶ月働くだけで千年先まで功績が続くんだからお得だぞーって」


だから浄化作戦よりは勧誘に力を入れないといけないけど、賛同してくれる竜もそこそこ出てきてくれるだろう、って話した。


話したんだけど。


エリーが眉間を揉みながら質問してきた。


「それでアキは、確か緑竜様なら賛同してくれるだろう、他にも数十柱くらいは参加してくれるだろうって見込みと考えたんだったわよね」


「そうだね。竜眼で地質調査をするとか、岩盤を竜爪で切り刻むなんて地道な作業が多いから、やる気を見せてくれる竜はそんなに多くないかなって気もするんだ。それでも一、ニ%が賛同してくれれば、東遷事業を行うのには十分だから、竜族の手が足りないってことは無いと思う」


参加する竜が足りないことを危惧したのかと思って、心配ないよ、と話したんだけど、そうじゃないと呆れられてしまった。


「思考の基準がズレてるわよ。ロングヒルは確かに大きな国じゃないけど、それでもそれなりの規模はある方なの。そんな国でも天空竜が一柱降りてくるだけで右往左往の大騒ぎ。それが数十柱? いくら帝国だって、受け入れ限度ってモノがあると思うわ」


 ふむ。


「まぁ、そこは同時に数十柱が参加しなくてもいい話だから、二つに分けて交代で働く感じにすれば、数は半分になるよ」


「……まぁ、そこは今日、私が話したい部分じゃないから掘り下げるのは止めておくけど、雲取様ともよく相談したほうがいいわ」


「うん、それは大丈夫。賛同してくれる竜を集めてもらう必要があるから、雲取様には相談するつもりだったよ」


「ならいいわ。残りは連合、共和国、妖精族の三つ。それらについてはどうかしら?」


纏めてきたね。まぁ確かに纏められる程度の関与しかしないんだけど。


「連合、人族は小鬼族より大きな身体を活かした土木工事を行うことができるから、工事区間のどこかを分担して貰う形での参加になるだろうね。反発も強いだろうから参加者を集めるのに苦労するかも。共和国は地中探査グランドソナー術式の使い手を派遣して地質調査を支援すればいいと思う。あとは工事に使う各種魔導具を提供して、三大勢力の工事をサポートするのがお勧めだね。最後に妖精族だけど、直接的な意味でも利害関係はないんだけど、人族が集団で行う大規模工事について学ぶよい機会だから、各地の監督に何人かずつつく形にして、応援する形で参加するってのはどうかと思ってるよ」


お、ふわりとお爺ちゃんが前に出てきた。


「アキ、それは子守妖精のような護衛の仕事かのぉ?」


「それよりは、助監督とか助手みたいなイメージかな。それと異なる種族の監督同士が打ち合わせをする時にも、自然と妖精族が立ち会う形になるでしょう? そうなれば、争い事も減るかなって打算もあるよ」


「助手というと、作業者達の仕事の様子を眺めてくるだとか、測量の手伝いなどをする感じか」


「そういうこと。新しく河川を通すルートは、歩きやすい道ばかりとは限らないからね。一般的な工事だと困難な地形は迂回するのがセオリーだけど、竜族がいるから、邪魔な丘くらいなら削り取ってまっすぐルートを通すなんてのも有りと思うんだ」


上水道じゃないから、岩山に穴をあけてトンネルを通すような真似までは考えてない、とも伝えた。


「儂らも地質には疎い。その辺りは専門家に教えを請うとしよう」


お爺ちゃんも妖精族の担う仕事についてある程度納得してくれたようだ。ふぅ。





「一通りの確認をしたから、もうわかったと思うけれど、代表達は東遷事業に参加するといっても、その関わり方にはかなりの違いがある。だから、議論する項目に応じて、積極的に発言してくれそうな代表を仲間に引き入れて、代表の五名を分断していけばいいの。二人取り込めば三対三。それなら気も楽になるでしょ」


というか、五対一で退かずに戦うって辺り、見た目に反して血の気が多いわよね、などと揶揄われてしまった。


 ぐぅ。


お、セイケンが手をあげた。


「今回の件もそうだが、統一国家樹立に向けて華を添える共同事業、それによって同じ国家に属するという意識を育む。その意図は理解している。東遷事業によって東に流れを変えた大河、その前代未聞の大工事を皆で終えた記念として、きっと各地に記念碑も建てられるだろう。その石碑が語る過去、皆が共に手を取り合った時を忘れぬように。それは、人々がそうした過去の願い、決意を忘れがちであり、忘れぬ為の楔とする意図があるように思えるがどうだ?」


 ほぉ。


「まぁ、その意図はあります。巨大地震によって海岸付近にあった街が津波で消え去り、このような悲劇を忘れてはならぬ、と津波の到達した高台の先に石碑を立てて、ここより下に家を立ててはならぬ、津波はここまでの地を洗い流した、と警告したものでした。けれど、十年、百年と時が過ぎていくうちに、いつの日か石碑の存在自体が人々の意識から忘れられていき、漁をするのに海の近くでないと不便だから、海までの平地で農業をするのに遠くから通うのは不便だから、と人々は低い地に家を立てて住む生活に戻っていったんです。だから、共同作業を称える石碑を立てるのは、山に熊の出没に注意、と看板を立てるくらいの意識です」


「手を取り合った過去を褒め称えるのではなく、警告なのか?」


「んー、ほら、今回の件って、地の種族が皆で仲良くします、隣人である竜族もその事を喜ばしく思い、記念すべき工事に参加します、という趣旨になるでしょう? なのに東遷事業によって得られた豊かな穀倉地、その実りを巡って種族間で争いが起きてしまったらどうです? 竜族はきっとその事を寂しく、悲しく思うことでしょう」


「竜族は長命だから人々が集った時を覚えている。だからこそ、寂しく思うのだな」


「そうです。そして、あまりに争いが酷ければ、争いの原因である穀倉地を潰して、無かったことにすることもできるでしょう。わざわざ竜の吐息(ドラゴンブレス)で消すなんて真似は必要ありません。彼らは東遷事業への参加を通じて、地質への理解を深めるので、地質や治水への深い理解も持っています。だからほんの一部、現行の河川へと繋がる僅かな区間を破壊して、大河の流れを戻してしまえば、東遷事業によって生まれた穀倉地は再び沼に沈むことになるでしょう。争いの原因になるくらいなら、そんな土地など無い方がいい。そう未来の竜族は考えるかもしれません。そして、そう考えるかもしれない、それを為せるだけの力と知識がある、という事実こそが、為政者達の目が穀倉地の実りに惑わされるのを防いでくれるでしょう」


世代は移り変わっていく。だから、当初は崇高な理念を掲げていても、いつしか組織は腐り、あるいは硬直して、世の移り変わりに対応できなくなっていく。そうならなければよいのだけど、歴史は盛者必衰であり例外はないことを教えてくれる。


「街エルフ、鬼、竜、妖精と長命な種は多いが、それでも皆で富を分ける意識は廃れていくのか?」


「統一国家の大多数を占める人族、小鬼族にとって何代も前の世代が取り交わした出来事は、遠い歴史の彼方の話になりますからね。当時はそうだったかもしれないが、今はこう考える、そんな思いを抱いても不思議じゃありません。それが理に適った妥当な内容ならいいんですが、生き物はどんな環境にも慣れてしまいます。生まれた時からあったなら、それは獲得したモノじゃなく、あって当たり前のモノなんです。悲観的かもしれませんが、地球あちらの歴史では、どんな文明圏でも例外なく変遷の時を迎えていきます。それは崩壊かもしれないし、過去との決別かもしれないし、新たな誓いかもしれないですけどね」


なので、東遷事業で得た富は皆で分ける、そのことを竜族は言祝ぎ手を差し伸べる、この流れが東遷事業にはあったほうがいいんですよ、と話を締めた。





その後もあれこれ話したけれど、東遷事業の話というよりは、考え抜いた後に、それを上回る策をポンと出されれば、色々と行場のないドロドロした感情が湧いてくるのは仕方のないことで、それよりはそれぞれの見極めて温度差を見極めて、割っていく方がいい、割った後に自分は一歩引いて、衝突させられれば最上だ、なんて話を聞かされた。わざわざ矢面に立つのは下策だとか、それはもう色々と。


セイケンは苦笑してたけど、華奢でか弱い少女に合った振る舞いをして、助けてください、と頼った方が相手も気持ちよく手を貸してくれるでしょう?、などと言われ、女は怖いと悟ることになった。そういう手練手管は僕には無理そうだ。

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。


さて、息抜き時間その2ということで、エリーとセイケンがお呼ばれしてきました。周りも気付いていたように随分とストレスを抱えていたようで、まぁ聞いてくださいよ、と随分と饒舌に語り尽くしてましたね。おかげで十分にガス抜きができたようです。


次回の投稿は、九月二十四日(日)二十一時五分です。

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『彼女を助けようと異世界に来たのに、彼女がいないってどーいうこと!?』を読んでいただきありがとうございます。
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